「やっぱりループしてるだろう、君」
「……急に呼び出して、それ?」
「1週間前と同じ返しだな。なら僕も同じことを言うぞ。誤魔化すな」
それに全然急じゃない。むしろ一晩、我慢に我慢を重ねた方だ。
君なら思い立った瞬間電話で僕を呼びつけただろう。昨日の時点でそれをしなかった僕を褒めてほしいくらいだぞ。
そして生憎、九条ノドカの世話係は、今日で終わりなんだ。
校舎の案内も教科書も提出書類も先週のうちに済んでいるし、学習進度の確認も……いや、確認するまでもなく穴なんて初めから無かった。委員会だって今日新しく決まったし。世話係として僕がやるべき仕事は、もう一つも残っていない。
今日から彼女は転校生でなく、クラスの一員として普通に席に着くことになる。
結構なことだ。実に結構なことだが……手放しでは喜べない。
世話係でなくなったということは、僕が彼女の隣に張り付く名目も、彼女を僕の隣に拘束しておく名目も、同時に消えたということになる。名目を全部剥がして残るのは、調査対象と調査員、それだけだ。水曜の放課後、専用自習室で恐れていた形が、今日から本番になる。
だからこそ、今しかない。任が解けた初日の放課後、彼女が委員会の面々に挨拶をしている今この瞬間だけが、唯一あの目を気にせずに辻セイラを旧校舎裏へ呼び出せるタイミングになる。
「確かに問題はあったけど……別にいいでしょ。もう解決したし」
「いいや、説明してもらう。説明できないなら、僕は君を信じきれない。納得できるまで、こちらで勝手に追及させてもらう」
「……めんどくさ」
面倒とは何だ。
君が何かしらの問題を抱えていたことは分かり切っているんだ。
確かに、こちらとしても君のプライバシー全部に踏み込むつもりはない。「通学路に蜂が出た」なんて悩みまで全部相談しろと言っている訳ではないんだ。
しかし、今の君にはループを思わせるような行動があまりにも多く見受けられる。「問題があった」というのなら、それを説明してもらわないことにはこちらも納得できない。
もし、本当に問題が起こっていて、それが犯罪になるから隠している可能性は?
もし、ループが発生していて、無理をしているのに僕に内緒にしている可能性は?
実は精神的に極めて疲弊していて、一人にしておくのが危険な状態である可能性は?
僕にはどれも否定できない。
この1週間、この女は何も説明しなかった。それ自体は今に始まったことじゃない。だが、説明されないまま「大丈夫」だけを飲み込めというのは、僕には無理な相談だ。
彼女が何と言おうと、今日はもう止まらないと決めている。
「はぁ………………分かった、話す、話すから」
「説明してくれるんだな」
「もういいよ。めちゃくちゃ恥ずかしいから言いたくなかったけど、このままじゃアンタ好き勝手嗅ぎまわりそうだし」
……なにそれ。
まるで僕が辻セイラみたいな真似をするとでも言いたげな……。
見たこと無い反応だぞ、君。観念してくれたのはいいんだが……溜め息一つで折れるくらいなら、初めから言ってくれればいいじゃないか。
……いや、油断は禁物か。この女がこうまで出し渋るのは珍しい。下手をすれば犯罪の告白よりよほど嫌そうだ。しれっと嘘を混ぜてくる可能性だってゼロじゃない。
「まず、起こってた問題ってのは……その、確かにループなんだけど」
「!」
「ストップ! 今説明するから!」
……いや。
いきなり嘘が出てきたぞ、君。やっぱりループなんじゃないか。
どうして黙っていた。「犯罪に関係しない」というのも嘘で、やっぱり犯罪行為に手を染めようとしてて、僕が邪魔だったんじゃないのか。
既に解決したと言っていたな。事と次第によっては今から通報する可能性だってあるぞ。
一体、どんな言い訳をするのか……。
「『トロイメライ・ガーデン』って漫画……知ってる?」
……ん?
「ま、ま、漫……画?」
「去年ぐらいから、ルナに勧められてハマってた漫画なの。大体今で40巻ぐらい」
「……え、は?」
「で、好きなキャラがいたんだけど。先週の時点で、かなり死亡フラグが立ってて」
……?
な、何の話をしている?
漫画? どうして今、漫画の話が出てくるんだ。僕は今、実は発生していたループを黙っていた理由について聞かされているはずだよな? どうして漫画?
三好ルナから勧められた……もし彼女が絡んでいるなら、人間関係のいざこざとかか?
三好ルナと展開で揉めた、とか? いや、それなら死亡フラグなんて単語は出てこないはずだ。まだ何も繋がらな……。
……。
「それで、今朝、最新話が更新されて」
……えっ。
まさか。
「そのキャラが死んで。それで発動した」
……お、おお。
「……待て、待ってくれ」
「ま、驚くのも無理ないけどさ」
その……まさか、説明はそれで終わりじゃないよな。
その好きなキャラが死亡して、それで誰かとトラブルになったり、誰かが精神的ショックを受けたりとか……そういうのじゃなくて?
え、じゃあ死んだのは、誰だ。
漫画のキャラ。
つまり、架空の人物。
実在しない。
この世のどこにもいない存在。
「……すまない、確認させてくれ。死んだのは、現実の人間じゃなくて」
「漫画のキャラ」
「君の『大切な人』の枠に、その、紙とインクの存在が」
「入った。入っちゃったの」
「実在しないのに?」
「私に言われても」
……言葉にすればするほど馬鹿げてくるぞ。
だが、この手の冗談を言って楽しむ女でもない。
「今までは、どうしてたんだ」
「他人と距離取るためにそういうのには触れないようにしてたんだけど。ルナが面白いって言うから」
「じゃあ……本気、なんだな」
「こんな嘘ついて何になるの。自分でも、まさかフィクションのキャラで発生するとは思わなくて」
……本人が一番困った顔をするんじゃないよ。僕だって予想外だ。
能力の説明書があるなら今すぐ出してほしい。ないからこうして二人で困っているんだろうが。
一旦、整理だ。この能力における『大切な人』の判定条件は何だ。
僕が今まで見てきた限り、基準は彼女の内側の好意だけだ。血縁は関係ない。契約も、物理的距離も関係ない。そして──実在するかどうかという条件は、どこからも聞いたことがない。彼女の口からも、過去のどの周の顛末からも、一度も。
つまり、架空のキャラであっても、一定の好感度があれば……条件は満たしうる。判定を下すのが彼女の好意だけなら、好意の側は現実も虚構も区別しない、ということなのか。
そんな前例が一度も無かったから、辻セイラも予想だにしていなかっただけで。
この能力には底がないのか。
発動のたびに脳が潰れて死ぬらしいのに、対象の範囲だけは無限に広い。仕様を設計した何者かがいるのなら、正座させて小一時間問い詰めたいところだ。
この1週間、僕が疑ってきたものは何だ?
家庭の問題? 暴漢? 怪異の再来? WPPO絡みの厄介事? 彼女自身の病?
全部外れだ。かすってすらいない。
漫画だ。この1週間の様子から漫画に辿り着ける人間がいるか? いや、いない。何日考えても無理だ。
そしてこれは、僕達にも手の出しようがない。
月曜の更新の瞬間に死亡したというのなら、おそらく唯一差し替えできる寸前までがタイムリミットということか。
作者に手紙を送るなり、編集部に意見を届けるなり。展開を変える経路が皆無だとは言わない。だが、見ず知らずの高校生の手紙一通で40巻も続く作品のプロットを急に変えろと言われても無理な話。そのせいで内容がぐちゃぐちゃになってしまったら、関係各所に迷惑をかけて終わるのが関の山だ。
……待てよ。
じゃあ、彼女はどうやって解決したんだ?
月曜日の朝に更新されて死に戻りが発動するなら、こうして月曜日の放課後を生きているということは確実にループを突破しているということになるが……。
「じゃあ、どうやって、解決したんだ」
「原作の反転アンチになったの」
「……は?」
「だから。粗を探して、批判集めて、嫌いになる。それだけ」
「そ、そんなものが?」
「そう。好きじゃない作品のキャラが死んで、誰が悲しいの」
お、落とす? 好感度を?
そんなことが可能なのか?
好きなものを嫌いになるだなんて、努力や根性でどうにかなる類のものじゃないだろう。
少なくとも僕は、母さんを嫌いになる訓練なんて想像もできないぞ。規模が違うにしても、方向は同じはずだ。
いや、だが現に彼女はここにいる。死に戻りが止まっている以上、成立はしたんだろう。
つまり、それが正しい攻略法ということになってしまう。
「じゃあ、僕に何も言わなかったのは……」
「私個人が嫌いになるのに、アンタが協力して何になるの。集中が散るだけ」
……ああ。
そういう、意味か。
あの、「アンタの手は借りられない。一切役に立たないことが分かり切ってる」という言葉は防げないからでも、危険だからでも、僕を遠ざけたいからでもない。一人でやる作業だからだ。
仮に協力を申し出たとして、僕にできることが一つもない。人手が要らないどころか、人がいたら邪魔にすらなる種類の仕事なんだ。
粗探しの代行? 僕はその漫画を読んだことすらない。
批判まとめの音読? じゃあ自分で読めばいい。どうして僕が関わる。
一緒に非難で盛り上がる? どう考えても要らない。目的が変わってしまう。
……何もない。本当に、何一つない。
この1週間、あの言い方を不誠実だと恨み続けてきたが、恨む先を間違えていたのか。
そして……そうか。そういうことなら、全部そうか。
1. 携帯。授業中の高速入力を注意したら、意外なほど素直に従った。
従う余裕がある、切羽詰まってはいない、故にループではない……そう推理していたが。
実際は粗探しの真っ最中だった。批判まとめの巡回を、一時中断しただけだった。
2. アクセサリ。
耳のピアスも手首のじゃらじゃらも減って、校則違反要素が減ったと僕は喜んだ。感動すらしたが……。
あれはキャラのモチーフか何かを外していただけ。校則なんて一ミリも関係ない。
3. 水曜の「転売、かぁ……」。
僕はあの一言から犯罪の可能性を疑って、古物営業法の要件まで頭の中に並べて、隠す理由が分からないと一人で唸っていたんだぞ。
……グッズだ。グッズを売ろうと考えていただけだ。ハマっていた作品の、集めたグッズを。
4. 桐島ミオから聞いた「やっぱ燃やすか……」。
ゴミか、落ち葉か、まさか証拠品か、と候補を並べたのが馬鹿みたいだ。
グッズの処分。売るか、燃やすかの二択だった。それだけの話。
5. 桐島ミオへの既読が遅かったのも……。
親友すら締め出すほど深刻な事態かと考えていたが、構っている余裕が無かっただけ。
そうだよな。自分の感情と正面から殴り合っている最中に、雑談の通知なんて見ていられないよな。
全部だ。全部、説明がついてしまう。
僕の1週間の推理は、一体何だったんだ。
「……ちなみに、何周した」
「5周。5週間かかった」
「それで、今は」
「もう完全に嫌い。何とも思わない……代わりに今すっごい恥ずかしいんだけど。なんでこんなこと説明してんの私」
……なんてむごい。
さらっと言ってくれるが、その一言の重さを僕は今、正しく測れているんだろうか。
好きなものを嫌いになる。それも、命が懸かっている以上、中途半端は許されないはずだ。
ただ「ちょっと冷めた」……そんな程度では足りないんだろう。死亡フラグの立った好きなキャラが死んでも、心が一ミリも動かないところまで。粗を探して、批判を集めて、雑に扱って。1年かけてずっと追い続けてきたものを、5週間かけて、4回も死亡して嫌わないといけない。
そして成功したのか。感情の操作なんて可能なのか、じゃない。そうしなきゃ生きることすらできない。
想像しただけで、胃の底が重くなってくるぞ。
「これで懲りたから。もう私、フィクションには一切触れない。漫画も、アニメも、映画も、小説も、全部」
「全部って、本当に全部か」
「全部。ゲームも、ドラマも、歌詞がストーリー仕立ての曲も」
ああ、そうか。そうなるのか。
考えるまでもない理屈だ。好きになるかどうかは、選べない。
ハマるつもりが無くてもハマるのが「ハマる」ということで、入口で防げるならこの世に沼なんて言葉は無い。途中で気づいた時にはもう遅い……今回がまさにその実証だ。三好ルナに勧められて、軽い気持ちで読み始めて……気づけばこのカス能力によって命を懸けられていた。
なら、打てる手は一つしかない。接触そのものを断つこと。
理屈としては、反論の余地が一つもない。作品の中の誰かを好きになってしまう前に、作品そのものと出会わなければいい。
──「もうフィクションにはハマらないようにするから。大丈夫」
あの言葉の意味は、そういうことだったんだ。
僕は、どうだ?
僕は、母さんからの怪談や架空の話、感動的な映画……そんな教育を受けて育った人間だ。物語から受けた恩恵を数え上げたらきりがない。9月には自分で怪談を一本書き上げたりもした。
そして昨日は、映画館でハルキと九条ノドカと、よりにもよってループ物の映画を観て──面白かった。途中から集中できてはいなかったが。
そして、彼女のループには一切協力できなかった。
「ストリーミングのアプリも消そうかな。音楽で感動しちゃまずいし」
「……」
この女は、そういったことが一生できない。
もしできるとしても……作中に死亡描写のある作品は二度と触れられない可能性がある。ジャンルを日常モノに限定するところから全ては始まる訳だ。
こういうとき、何と言うのが正解なんだろう。
こういう時のための言葉が、世の中にはあるはずなんだ。労いとか、共感とか、せめて相槌とか。委員長として2年近く、場を回す言葉なら人並み以上に持ってきたつもりだぞ、僕は。
せめて、彼女の気を紛らわすような言葉を、言うべきじゃないのか。
「なにその顔」
「……いや」
「同情とかいらないから。やめてよ、そういうの。終わったことだし。もう言わないで」
「……国語の授業や試験の問題はどうするんだ。小説も含まれるぞ」
「そんなもんに入れ込むワケないでしょ!」
*
「あっ瀬尾さん! お疲れ様です。今から帰りですか?」
「九条ノドカか。ああ、そのつもりだ」
辻セイラと別れてすぐに調査役のご登場か。タイミングが合わなくて可哀想だな。
しかし、心なしか機嫌も良さそうだ。大きな手提げ袋まで抱えて……委員会のメンバーとの関係は良好ということだろうか。
この女、クールに見えて何かあれば分かりやすく反応するし。
誰かに拒否されてれば今頃こんな嬉しそうにはしていないだろう。
そして、今は周りに誰もいない。
となると、話しかけてくる心当たりは一つだけ。
「今朝、上の者から『瀬尾さんが能力者である可能性が高い』と判断が下りました。今後も、成果が出るまで私は続投となります」
「未来予知使えば分かるだろう、そんなもの」
「いえ、そこのところは制度が少し複雑でして。規則ですので……ね?」
……まあ、隊員の士気に関わるからな。
原則、任務の結果は部下に教えられないと。
だが、未来予知で「僕の調査結果は白だった」と判明する未来が視えていればそもそも作戦をする必要もないよな。
ということは、WPPOが抱える未来予知能力者の予知できる期間・範囲に制限がある、だから最後まで見通せない……そんな事情でもあるんだろうか。
「あと、僕は能力者じゃないぞ」
「はい。ですが、無自覚な能力者の可能性、他の能力者の媒介とされている可能性、我々が信用されていない可能性、それぞれ存在します。規則ですので、瀬尾さんの一言で調査を打ち切ることはできず……」
「まあ、そうだろうな」
「勿論、瀬尾さんの護衛は完璧に務めさせていただきます。何か能力の干渉が予測されても、発動そのものごとこちらで阻害しますので、ご安心頂ければと」
「うーん……」
……もしかして嬉しそうな理由はそれか?
任務が続くということは、この学校に居続けられるということ。終わりの見えない関係が確定した。
友人ができて、遊びに誘われて、映画にも行った。任務というのも、時折指示に従って敵の動きを止めるだけ。調査というのも、「対象及びその周囲と仲良くする」ことが第一ステップになっている。
少なくとも、急な任務で再度転校の可能性は下がり、給料をもらいつつ学生生活を謳歌できることが確定したんだ。彼女が喜んでいるのはそっちかもしれない。
というか、さっきまでの辻セイラとの落差が凄いな。
九条ノドカが辻セイラに突っぱねられず、仲良くできる日々は来るんだろうか。相当先になりそうな気がする。
「……瀬尾さん? この手は?」
「握手だ。長い付き合いになりそうだから」
「まあ。ふふふ、これからもよろしくお願い致します……ね?」
「こちらこそ、よろしく」
だからとりあえず、僕も彼女の好感度を稼いでおこう。
彼女を敵に回しても、良いことなんて一つもないのだから。
*
「ところで、その紙袋は何だ? 重いなら代わりに持つが」
「これですか? 今日、辻さんから頂いたんです。『火事になっても困るし、いつ売れるかも分からないから譲る』と」
「……? 辻セイラから? どういうことだ?」
「きっと、辻さんと少し仲良くなれたのだと思います。調査も捗りますし、私も嬉しいです」
「何を貰ったんだ?」
「はい! 『トロイメライ・ガーデン』と呼ばれる漫画のようで……」
「あっ…………えっ、なんで取るんですか?」
「校内に漫画を持ち込んではいけない。校則違反だ」
「え、ええっ!?」
これで7周目終わりです。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
主人公が一切関知できないループは二度とやらないとか言ったな。あれは嘘だ。
ゆるして(震え)
可能であれば、感想や意見や評価やここすきを頂けると嬉しいです。大喜びします。
それでは、次話以降も宜しくお願いします(´・ω・`)