「──でさ、ウチは止めたらって言ったんだけどその子はちょっと張り切っちゃって」
「まあ張り切るのも仕方ないだろうな」
「ウチはもっと男らしい系の、『君を守ってみせるっ!』って感じが好きだったんだケド」
「なるほど? 参考になるな」
「え……さ、参考? なな、なんの?」
「いや、覚えておこうと思っただけだ」
どうだろうか。相槌は打てている、はず。
こんなこと考えるのは失礼極まりないと分かっているんだが、正直なところ少し前の話をもう思い出せない。せめて今の会話には応えられるようにしているはずだが、どこで話の繋がりを見逃したんだったか。
通報から、今日で3日目。
21日のバイト中も、ずっと解決したかどうかが頭に居座って……レジを打っている間もずっとあの通話を反芻していたんだから、我ながら始末が悪い。会計を打ち直したのは、バイトを始めてから初めてだったかもな。
結局バイトの後気になって例のシャッター街まで足を運んでしまったし。無人のはずなのに10人ほどの人影が見えた──もしかするとあれは、WPPOの職員が捜索に来ていたのかもしれない……なんて考えながら。
保留の長さ。文言の変化。これは当たりだ。論理的にはそう結論できる。
だが、「確定です」とは言われていない。あの組織は最後まで何一つ明言しなかった。当たりだと判断したのは、こちらの推論に過ぎないんだ。もしあの男がまだ街にいたら? もし通報が空振りだったら? 明日の夜、もし三好ルナの家に──
「マコっち、なんか疲れてる?」
「そう見えたか? すまない。24日に時間が取れない埋め合わせを、と提案したのは僕なのに」
「んまぁ……ウチもちょっと喋りすぎてたかもだし」
「いや、確かに考え事をして気が逸れかけたのは事実だが、君の話は面白いぞ」
「そ、そーかなぁー? んふふ」
嘘は言っていない。
彼女の話は聞いていて退屈しないし、僕には無い視点も多い。ただ、そこに割く分の容量を別の場所に持って行かれていただけだ。
それに、自己評価を勝手に下げられるのは困る。彼女は繊細だから、こういう場面で「どうせ」の方向に入りやすい。事実は事実として先に潰しておかないと、後々おかしな方向に転がってしまう。
しかし配分を間違えたな。
明日の件は、今日いくら考えたところで結論の出ない話だ。答えの出ない問いに時間を使って、目の前の予定を疎かにするというのは、単純に段取りが悪い。考えるべきではあるが、それは今じゃなくたっていいんだ。
今日は最初から桐島ミオのために空けた時間なんだから、そこは徹底すべきだった。
まあ、ここまで上機嫌になってくれているんだから、その甲斐はあったんだろうが。
……本当に上機嫌だな。
「いーよ。なんか気になることがあるんでしょ。ウチとのデートも集中できないくらいは」
「……否定はできない」
「こういうとこウソつけないんだから。もー」
嘘をつきたくないだけだ。
ここまでしてくれているのに騙すのは気が引けるじゃないか。ここで「そんなことはない」と言ったところで、事実として僕は聞き逃していたんだから、訂正のしようがない。
それに、今日の君は相当気合を入れてきているだろう。
朝からずっと「あの店寄ろう」「あっち行ってみよう」と僕の袖を引いて、僕との会話を楽しもうと努力しているのが伝わって来た。相手の話を面白がる・行きたい場所を先に言う・沈黙が苦にならない……もし恋人がいるというのなら、あのデートはまさに理想的だ。
加えて、君がお洒落好きなことは知っているが、今日の装いはいつにもまして本気度が違うように見える。僕には名前すら分からないような上着を羽織っているし、真冬だというのに脚はそのまま。
何か薄いタイツでも履いているのかもしれないが、それにしたって寒いはずだ。明日は雪が降るとも聞いているし、僕だって厚手のズボンを履いている。これがなければ家から出られないだろう。
心なしかキラキラしているような装飾が細部に施されているし、光が当たると少し輝いて見えるくらい。かといってギラついている訳でもなく、まるで降り積もる雪のような佇まいで、完全に黒に戻った長髪との対比が美しい。学校では決して見られない姿だ。
うん。やっぱり黒髪はいい。
となると……さてはこの服、本命用の勝負服なんじゃないだろうか。
「やっぱ考え事はセイラのこと? 前も公衆電話で二人……あっ」
「見ていたのか? ああもう、だから早く出ようと僕は言ったのに……」
「……あれ? セイラのことじゃないの?」
「違う。どうして君とのデートに水を差してまであの女のことを考えないといけないんだ」
「……やっぱりどういう関係? 仲良さそうだったり、悪そうだったり……」
どういう関係って、仲悪いに決まっているだろう。-2だぞ、-2。
どこをどう見たら仲良さそうな二人に見えるって言うんだ。彼女の親友である君の前で辻セイラを悪く言いたくはないが……そういう仲を邪推されても、僕も向こうも迷惑だぞ。
……いや、違うな。きっとこれは彼女なりの話の逸らし方なんだ。
傍から見れば僕と辻セイラが嫌い合っているのは明白なはず。それなのにこんなバレバレな強がりを突いて来るあたり、やはり彼女は傷ついているんだ。そうに違いない。
そしてそれも全て理解できる。
本当は本命の男に今の服を見せたかったから。本命の男と明日を過ごしたかったから。明日、本命の男──日高アサヒが別の女性と一緒にいるという事実に耐えきれないから。
僕と彼女のイブ前日デートが決まったのはかなり最近の話だ。なのに、この気合の入れよう……昨日一昨日から準備を始めてなんとかなるものじゃない。つまり、前から準備していた……本来使う相手が存在したということ。
だからこうして、僕と会話し、少しでも気を紛らわそうとしているんだ。
それに対し、僕が真面目に取り合えていないのは……やっぱりよくない。
……あ。まただ。切り替えると決めた側から、これか。
どうしてこうも考え込んでしまうんだろう。僕が今考えるべきは桐島ミオを楽しませることだけだというのに、余計なことを考えてはまた「集中できていない」と詰められるだけじゃないか。
あくまで僕は引き立て役の当て馬なんだから、彼女を蔑ろにしてはいけないというのに。本番でアサヒの隣に立つ彼女を困らせてはいけないのに、練習相手の僕が手を抜いてどうする。
せめて何か、何か無いか。彼女が喜びそうな話題は。
何か、何か……。
……あっ。
そういえば、日高アサヒ関連で一つだけあったような。
あまり褒められた内容ではないし、そんなもの聞かされても嬉しいとは限らないが。しかし、桐島ミオの気持ちが少しぐらい晴れるかもしれない……そんなトピックが、一つだけ。
昨日のバイト中に偶然知ることになった、あの──
「──っと」
「ん……電話?」
「そう、みたいだ」
「……誰? 女の子?」
「……辻セイラだ。明日、頼み事をしたいと」
「ふーん……」
なんてタイミングだ。
しかも、自分は手が離せないから、少しだけ頼み事をしたいと。
なんだか良いように扱われている気がする。少なくとも仲のいい友人との接し方ではない。
ただ……この内容は確かに、無視できないな。
彼女は明日、無理を言って三好家のクリスマスパーティーに参加する予定だ。完全に脅威が去ったと確信できる訳ではない以上、彼女が三好ルナから目を離すことはできない。
しかし、この「頼み事」もループ突破のためには軽視できない内容だ。無くてはいけないという訳ではないが、あれば間違いなく事は有利に進む。
明日の我が家のクリスマスパーティーには間に合うだろう。
それなら、行っても問題ないように思える。
「……明日って、イブだよね」
「ああ」
「そっか、セイラと……別にいいけど」
……いや問題だなこれ。
どうしよう。これで桐島ミオと辻セイラとの関係が悪化してしまったら。
彼女のことだし、八つ当たりの矛先を別の方向に向けるなんてことはしないだろうが。もしこれが後々喧嘩の原因とかになったら僕は相当罪悪感を覚え……。
矛先を……別の方向に向ける?
……いや、まさか。
「(せっかく楽しかったのに……)」
「(……もっとマコっちと……明日も、一緒にいたい)」
「(いや、こんなこと……ダメだって、分かってるけど……)」
*
「結構重いな……」
で……これが、辻セイラの頼み事の中身という訳か。
どう考えてもクリスマスイブに高校生が運ぶ荷物じゃないな。
桐島ミオとのデート中に「12月24日に通販で頼んでいたものが届くから、ルナの家まで届けてほしい」なんて連絡をしてきて。おかげで僕は彼女の機嫌を取り戻すために色々やっていたんだぞ。
まあ、流石にこれを無視できる訳も無いが。
「防刃チョッキに、懐中電灯に……刃物」
まあ、一つ一つの理屈は理解できる。
防刃チョッキ。
あの男の攻撃は刺突と聞いている。手順も毎回同じで、影を伝って近づき、足元から実体化して一撃、また影に戻るという流れだ。
つまりあの男が攻撃できるのは、実体でいる一瞬だけということ。その一撃が通らなければ、もう一度実体化するしかない。それは、隙が二度生まれるということだ。三好ルナがこれを着ていれば、少なくとも即死は避けられる。
懐中電灯。
光が無ければ影は無い。あの男の能力は光に完全に従属している──なら、逆に言えば、光を持つ側が影の位置を決められるということじゃないか。
消せば影は消えるし、向ければ影が生まれるんだ。使いようによってはこちら側の不利に働く可能性が無い訳でもないが、急に暗がりへ引きずり込まれてもある程度の対策ができるだろう。最悪、そこそこの重さのあるこれで殴りつけるという手も打てる。
そして刃物。護身用だろうな。
銃刀法二十二条、業務その他正当な理由による場合を除いて、刃体の長さが6センチを超える刃物の携帯は禁止。それから軽犯罪法一条二号、正当な理由なく刃物を隠して携帯することの禁止。
だが、箱の表記だと刃体は6センチ以下だから、銃刀法には触れない。軽犯罪法の方は「通販で購入したものを持ち帰る」という状況だから、一応は触れていないはず。これ以上のものを持てばそもそも運ぶこともできないのだから、ここが妥当なラインではあるが。
まあ、影中トオルの脅威が完全に去ったという訳ではない。
結局今日この日まで、あの男が逮捕されたというニュースは聞いていないし、備えるに越したことは無い。
辻セイラは三好ルナの元を離れられないし、かといって通販で買ったものが予定日までに必ず到着するとも限らない。クリスマス時期だから20日に頼んでも、到着が24日ギリギリ……というのはあり得なくない話だ。
コンビニ受け取りだから番号さえ伝えれば僕が回収できるんだし、一応は合理的。
僕としても、早く帰って瀬尾家のクリスマスパーティーを楽しみたいところだが、「桐島ミオとのデート」と違って、「荷物の配達」程度ならそこまで時間も必要とはしない。
ループを突破できたという確証を持てない限りパーティーを心の底から楽しめる気はしないし、安心材料を届けに行くと思えばそこまで嫌な任務でもない訳だ。
「一番良いのは、これを使わなくて済む……というシチュエーションなんだが」
1. 通報が当たり、既に確保されている場合。
あの男は今頃どこかの施設の中で、三好ルナは無事で、今夜は何も起きない。
この場合、僕がすることは何も無い。荷物を届けて、家に帰って、母さんとアラタとパーティーをするだけだ。ぜひこれであってほしいものだな。
確保の連絡がこちらに来ない点も、一応は矛盾しない。ニュースになるのは数日後かもしれないし、WPPOに「結果を民間人へ律儀に報告する義務」なんて無いんだから、黙って終わらせるのがむしろ通常運転だろう。
2. 通報が当たり、確保されていない場合。
あり得ないと言い切れないのが嫌なところ。あの組織は被害の防止率こそ100%だが、本当に完璧であれば指名手配犯なんて存在しないはず。今もなお確保できていない可能性はあるかもしれないし、期待のしすぎは禁物だ。
WPPOからすれば、「今から数日後に影中トオルを逮捕している未来」が見えているかもしれないが、それは即ち「未来が変わるリスクを負ってまで、逮捕を急がなければいけない」という訳ではない。監視が増えているから今日の襲撃自体は延期されるかもしれないが、問題の根本解決には至っていない。
3. 通報が外れていた場合。
あの5箇所のうち、最後の一つも外れだった場合。あの男は何も知らないまま、予定通り21時台に三好家へ向かうはずだ。一番単純で、一番危ない。正直、考えたくない。
おそらく辻セイラも同じことを考えているだろう。
そして、2と3の危険性を考慮し、今僕にこんな配達をさせている。
全ては三好ルナが、3年前に影中トオルを通報してしまったから。
だから、今日も三好ルナが襲われると思い込んでいる……。
本当にそうか?
影中トオルの矛先が……別の方向に向いた可能性は。
影中トオルが──僕を狙う可能性はないか?
昨日、デート中に思い至ってから、もうずっとこの考えが頭を離れない。
あの男は、三好ルナに恨みを抱いていた。恨みの理由は通報を受け、指名手配犯になったからだ。なんとも器の小さい……いかにもな犯罪者というイメージしか受けないが。
であれば、同じく「通報を行った僕」が標的になる可能性もゼロではないはずだ。
影中トオルからすれば3年以上安全だった拠点に、突如としてWPPOの職員達が押し寄せてきた。偶然ではありえない。自分の存在が何者かに通報されたと考えるのはごく自然なことだろう。
僕が行ったのは匿名通報だ、誰が通報したかを特定することは難しいはず。だが、影中トオルがどれだけの情報ネットワークを持っているかは定かではない。三好ルナも一般市民で、彼女の通報記録が犯罪者に見えるはずがない。それでもあの男は彼女に辿り着いて、3年越しに殺しに来ている。
もし彼が全力を出せば、通報者を執念で特定することができるかもしれない。
3年前はどうだった?
三好ルナが狙われたのは、顔を見たからじゃない。目撃して通報したという、どこからどう見ても正しいそれだけの行動が、あの男にとっては指名手配と3年間の潜伏の原因になった訳だ。
つまりあの男の憎悪は、三好ルナ個人に固定されている訳じゃなくて、「自分を追い詰めた者」に向くという性質を持っている。目的こそ不明だが、その根本には「恨みを晴らす」という感情があるのは間違いない。
なら今、その条件に一番当てはまるのは誰だ。
公衆電話から、匿名で、あの場所を指して通報したのは──僕だ。
もしかしたら、今夜、狙われるのは。三好ルナではなく──僕の可能性もあるんじゃないか。
しかし、三好ルナと僕とでは、致命的に違う点が一つだけある。僕には護衛がついていて、被害が起こるようであればすぐに九条ノドカが飛んでくるということ。
あの組織が動くかどうかは、全て未来予知の結果で決まる。幸か不幸か、僕はあの女の『大切な人』じゃない。僕が刺されたところで時間は巻き戻らないんだから、その未来はちゃんと予知に映る。
つまり、僕が24日の夜に襲撃を受けるのなら、25日以降の僕にはその襲撃によって起こった変化が表れているはずだ。僕に変化があると確定すれば、それは未来予知に映るはず。
僕を未来予知能力者だと疑っているWPPOからすれば、僕が大きなダメージを受ける展開は避けたいはずだ。だから、それを避けるために、鳩を排除した時のように護衛がやってくる。
断定はできないが、そうなる気が、ずっとしていた。
もし影中トオルが標的を三好ルナから僕に、変更あるいは追加したとしたら。
それをそのまま放置すると、僕と影中トオルは今夜、対峙してしまう。
そんな未来が視えたとしたのなら。WPPOが取る手段は一つのはずだ。
「……瀬尾さん。危なかった、あと少しでした」
「九条ノドカ、奇遇だな。いつもの眼帯はどうした?」
「止まってください。ここから先へ、進んではいけません!」
毎度の如く遅れています。
今週は月火水木がめちゃくちゃ忙しいウィークなので、かなり投稿時間が乱れることが予想されます。何卒ご理解のほどを……。
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