そうだ、あの刃物はこの時のためにあったんだ。
何を僕はうじうじ考えていたんだろう。
目の前にいるのは何だ? 屑だ。外道だ。人でなしだ。恥知らずだ。人非人だ。救いようのない下劣だ。お前を産んだ人が可哀想でならない。
人の母親を脅迫の材料としか見られない度し難い下衆に、産んでもらった資格などない。人の母親に手を伸ばすと口にした時点で、この男は人間ではない。
今の僕は犯罪にだって手を染める覚悟がある。覚悟がないと指を震わせていた僕はもういない。必要とあらば、あの男の母親に「息子さんをあんな目に遭わせたのは僕です」と謝罪に行く予定だって立ててやろう。
なあ、覚悟しろよ。
桐島ミオにも、桐島家の人間にも指一本触れさせないからな。
「──らあぁッッ!」
──ブンッ!
「は? おい、お前──っと、危ないな。何投げた?」
……チッ。
避けられたか。
まあ、当たるはずもないだろうが。
「さあ? 何を投げたと思う? 当たれば分かったかもな、当たれば良かったのにな」
「おお、何がそんなに逆鱗に触れたんだ。あんなひょろひょろしたフォームで投げたものが俺に当たる訳ないだろうが。さっきまでこう……色々考えながら攻撃して来ただろ。自棄になったか?」
「そう思うなら攻撃したらどうだ、下種野郎。僕は今の暴投で手持ちがこの懐中電灯だけだ。隙だらけだぞ」
「……いやいやいや、今更そんな安い挑発には引っかからないぞ。第一に、お前……」
第一に、何だ?
「さっきお前、急に移動して……『何を切った』? 『ブツン』って音、したよな?」
どうだろうな。
「投げたのは刃物に見えたぞ。どうして投げた? それでまだ戦えたんじゃないか?」
どうだろうな。
「どうして向こうの明かりが少しずつ弱くなってるんだ。その線、まさかとは思うが」
どうだろうな。
「……イルミネーションの配線を、切ったのか?」
「さあ? お前も、もう分かってるんだろう?」
「は~……マジかよこのガキ。ヤバすぎだろ」
あーあ。まさか僕が、こんなことをするなんて。
これで立派な器物損壊罪だ。明確に自分の意図で、緊急避難が成立するか怪しいまま、イベントのイルミネーションの配線を切ってしまった。もう辻セイラに指なんて差せないな。これからは二度と刃物を本来の用途以外で使わないと心に誓わなくては。
だが、今の僕は犯罪を犯す覚悟を決めたんだ。この程度で躊躇していられない。
イルミネーションの近くまで誘導したのはお前の判断だろうが、その明かりを管理する機材だってここにはあるんだ。僕がそれに手を出さない訳がない。
「俺の攻撃手段を減らすために? 感電とか考えなかったのか?」
「感電? 今更そんなもの怖い訳がないだろう」
「そうでなくても短絡とかあるだろうに……って、マジで言ってんのか?」
そうだな。
感電だけじゃない。もっと悪いことになる可能性はあった。
だが、どちらにせよ僕はお前に勝たないといけないんだ。
手段なんて選んでいられない。
会場の外、電源から装飾へ引かれてくる途中の配線が、壁沿いを走っている。
この配線が繋がっている先は屋外のイルミネーションだから、当然使われているのは丈夫なキャブタイヤケーブルだ。刃物程度で簡単に傷つけられるような代物じゃない。
だが、コネクタ部分となれば話は別だ。プラスチックの筐体、細くなった首の部分、そこへ入っていく線、外皮の保護が存在せず、露出している。そこに角度をつけて浅く切り込みを入れた。
当然、配線内部の電気は行きと帰りの二本で回っている。
その二本を同時に切りつけると、刃が両方の導体を橋渡しして抵抗ゼロで大電流が流れてアークが発生する。火花が飛んで、刃は溶け、破裂音がして、僕も無事ではいられなかっただろう。
だが、電気は二本で回っているのだから、片方だけを断てば電流は止まるし、アークも発生しない。僕の刃物は柄の部分が絶縁体で、なおかつ乾いているから感電しにくい。
コネクタ内部の端子は絶縁物を挟んで数ミリ以上離して配置されているから、力加減さえ合えば一本だけ切断することは可能だ。どの程度の力加減なのかは外から見えないが。
だから、僕がやったのは「一本だけが切れることを祈って浅く切り込みを入れること」。
失敗すれば、目がくらみ、火傷を負い、耳鳴りがして、感電し、刃の溶着が起こってコネクタから外れなくなる……そんな可能性もあった。
だが、全て承知で賭けに出て、そして一本だけを切断することに成功した。
それだけのことだ。
「……マジで? じゃあ切ったのは線そのものじゃなくてコネクタか? 中で線がどう配置されてるとか分からないだろ? 失敗すればお前今頃……」
「だからなんだ? それはお前に勝つ以上に大事なことなのか?」
切った後も、電源から順に配線が伸びているから、消えるのは切った箇所より下流のみ。短絡は起こらなかったからブレーカーも落ちはしない。単に回路が開いただけ。上流側の電気は点いたままだ。
イルミネーションは専用回路として独立させるのが普通で、分岐ブレーカーの下流だけが落ちるのが一般的。だから街灯にも住宅にも影響はしない。
今の時間は夜も丁度いい頃合いだ。イルミネーションが消えたところで、「消灯時間になった」と思うだけ。誰も、電気トラブルがあったとは認識しない。
「そこまで覚悟キメてるのなら、気づいてるはずだろ。イルミネーションがなくなったところで、光源は別にある」
「月明かりか? それが僕を想定しないとでも?」
「……なるほどね。命懸けてまで、俺の行動範囲を狭めたかったと」
そうだ。
イルミネーションと違って、月はずっと頭上にある。光が上からしか入らない以上、横から光が入る時に比べて影は大きく伸びなくなり、範囲が狭まる。
イルミネーションなら影が縦横に走って網目のように繋がるが、月光では平行に伸びるだけ。 つまり繋がりが単純になり、途切れやすくなる。
月光なら満月でも照度は0.2ルクス程度。イルミネーションとは千倍の差がある。元々薄かった影は、光源が月光に変わった瞬間に輪郭が曖昧になり、繋がりが途切れていく。
潜れる影が減って、移動範囲が狭まって、光に照らされる場所が増えた。
僕にとってはメリットでしかない。
「だが、こんなことして本当に良かったのか? 大事なことを忘れているぞ」
「……なんだ」
「人質だよ、人質。ここまで抵抗的な態度見せられて、俺が何もしないとでも?」
……分かっている。
そんなこと百も承知だ。
僕があまり抵抗的な態度を取ってしまえば、それは人質になっている桐島ミオの身に危険が迫るということ。最終的に僕が勝利しようが、彼女が死亡してしまえばループは避けられないし、彼女にそんな怖い思いをさせたくない。
だが、まだ勝機はある。
今は、さっきと「影の向き」が違う。
それにコイツは、まだ気づいていないはず。
さっきまではイルミネーションのおかげで生まれていた影の中に桐島ミオがいた。影中トオルがその気になればすぐにでも殺しに行ける範囲内に彼女はいた。
しかし今、光源になっているのは月光。さっきとは向きが全く違う。事実、今彼女がいた場所は月に照らされていて影になっていない。
つまり……。
「──大方、『影の向きが変わったから、俺の能力で彼女を襲うことは不可能だ』とか考えているだろう?」
「……ッ!」
コイツ、もう、そこまで理解を……。
「……っ、待て! 彼女は僕とは」
「『何の関係もない』、か? こんな大立ち回りしておいて無理があるだろ」
「……しかし、今のお前は、影を伝って向こうまでは移動できないはずじゃ……」
「足を怪我して走ることなんてできないお前と、ノーダメージの俺。理解したか?」
……その通りだ。
この男には、未だに一度も有効打を与えられていない。対して僕は、脚を斬りつけられている。
それは、拘束されて足の腱を切られた人間にも同じことだ。足の腱を切られても、立つことや歩くこと、膝を使うことは可能だが……地面を蹴る力が出せないから走ることができない。
だからどちらも、影中トオルが普通に歩く速度にさえ追いつけるかどうか怪しい。
「一瞬たりとも油断できないな。目を離した隙に次は何をやられるかと思うと……あー怖い」
「……なら、ずっと僕を見ているべきだ。第二、第三の手があるかもしれないぞ」
「いいや、それはできない。俺はこれからあの人質を痛めつけに行かなきゃなんだ」
「……っ」
「馬鹿な真似をしたことを後悔すればいい、じゃあな」
……。
……。
……。
「は?」
──馬鹿が。
「待て、あの女はどこだ。手足はロープで縛っておいたはず──」
「──セイラ直伝! 膝蹴り金的!!」
──グシャァッ!!
「!!? があああっ!?」
うわ。
……うわ。
「マ、マコっち! 大丈夫? っ、いつつ……!」
「僕は大丈夫だが。それより君は」
「ウチは何とも。切られたときは痛かったけど、頑張ったら歩けるし……」
いや、僕としては気が気でなかったんだが。
せっかく君が『拘束から解放された』のに、そこから逃げようとせず、隙を突いて少しずつこっちに近づいてくるものだからどうしようかと。確かに君は自分一人だけ逃げるなんてできないだろうとは思っていたが……大声で「逃げろ!」という訳にも、目配せする訳にもいかないし。
それに、いくら問題のない膝を使ったとはいえ、足の腱を斬られた状態で片足立ちして蹴り上げた訳だし。影の外だったから、あの男も実体化していたが……。
というか、「セイラ直伝」ってなんだ。あれって相当接近されたとき用の技だよな。
もしかして辻セイラって、「男に襲われた時は股間を狙え」「距離ごとにこういう対応をしろ」「近い時は膝から蹴り上げろ」とか教えてるってことなのか。
こわ。いや助かったけども。こわ。
「でも……ごめん、マコっち。ウチがいたせいで、邪魔……だったよね」
「邪魔なものか。友人を助けるのは当然だろう。それに、こういう時は謝罪じゃなくて感謝を述べるべきだぞ」
「う、うん! その、ありがと、ね」
「マコっちがナイフ投げてくれたおかげ。ウチのこと、信じてくれてたんでしょ」
「ああ。君なら、あの意図をきっと理解してくれると思って」
「……ぐっ!」
「ひっ!」
「桐島ミオ、僕の後ろに下が……いや近すぎる。僕の影には……いやだから近いって」
影中トオル、もう立ち上がれるまでに復活したのか。
一番ダメなところにかなりマズイ角度で思いっきりクリーンヒットしたように見えたが、ものの十数秒で立ち上がれるのは、その汚らわしい執念がなせる業なのか……。
「お前……っ! ナイフを投げたのは、自棄になって、俺に当てるためじゃなく……!」
「そうだ。リスクを恐れるお前なら、受けも掴みもせずに避けるだろうと」
「そうか、拘束のロープを切るために、わざと……は、ははっ、油断、した」
……油断してくれたのは、状況的に仕方なかったところもある。
この男は僕を警戒していた。僕から少しでも目を離すべきではない、人質の桐島ミオを一瞥することもしない方が良い……そう考えていた程度には。
そんな中で、手を明かさず第二第三の手を匂わせるような僕の言動、配線のコネクタを切りつけるという異常な行動、明かりがどんどん消えていくという現象……これら他のイベントが折り重なったが故に、この男は背後の人質がどうなっているかと思考する隙を与えられなかった。
桐島ミオの元まで届いたのも、彼女が偶然影中トオルの背後──僕の対角線上にいたからだ。だから影中トオルに当てるためだと誤認させられた。
能力の全能感に溺れているのだから、相手が弱いと実感すればするほど調子に乗ると。
あくまで自分を「気を抜かない完璧主義」だと思っているが、勝ち筋が見えれば見えるほど、こちらの些細な言動を気にしなくなる……この男はそういう人間だ。
「自分の、優位性に、目が眩んでしまった。ダメだな。これでは、WPPOに、勝てない……」
「なら諦めたらどうだ」
「無理……だな。周りの弱さを知った俺が、もう強い立場を忘れて生きることは不可能だ」
「はぁ!? カッコつけてるだけじゃん! 人見下して楽しいってだけでしょ!」
「そうだが? 違うのか?」
「股間を押さえながら喋っても恰好つかないぞ」
そして、ここから先はそれのどれもがもう通用しない。
僕が意図的に油断させていることがバレたんだ。この男は僕をいつでも殺せる相手だとは思わないはず。
正面からの──真っ向勝負になる。
僕達が立っているのは、周囲の影から一番離れた、月明かりが一番に当たる場所。
もうイルミネーションの光は無いし、配線が死んでいるからどうやっても再点灯しない。
位置関係は桐島ミオが僕の少し右側についただけ。僕自身は足の怪我でさっきの配線の位置から全く動けないまま。投げたナイフは影中トオルの方が近いから回収には行けない。ただ近くに影はないから、向こうの圧倒的な優位性も潰せている。
僕が顎を狙おうとしていることはもうバレている。狙いが気絶であろうことももう悟られているだろう。そのために懐中電灯を振り回すつもりであることも、お見通しのはずだ。その上で、気絶で終わらせるには相手の予想を裏切る必要がある。
「お前は異常だ。もう放置できない。ここでお前を殺さなければ」
「こっちの武器が懐中電灯だから気が大きくなってるのか? やってみればいい」
二人の武器には大きな差がある。
向こうが軍用ナイフ、こっちが懐中電灯。勿論、バレているから不意打ちは不可能。
もう油断はしないが、それ以上に僕を無視することの危険性が上回っている。
考えてることは同じ。もうここでお互い、相手を倒すしかない。
そして、まだ僕は──大怪我をしていない。
おそらくそう単純には、解決しない。
これが、僕にできる限界。
あの屑を、叩きのめす、最後のチャンス。
「……マコっち、勝てるの? 逃げない?」
「通路に入ってしまえば、もうそこは影だ。二人とも死んでしまう。ここで勝つしかない」
「もし……勝てなかったら?」
「安心しろ。何があっても、『僕が君を守ってみせる』」
「~~っ!! ……うんっ!」
勝負はきっと──一瞬だ。
──バッ!
先手必勝!
狙うは──ダメージの残る股間!
顎を狙うだろうという予想を大きく裏切り、さらなる激痛による一瞬の停滞で、確実に隙を作れば──
──バキィッ!!
──ザクッッ!!
「ぐああああっ!!」
「マコっち! 右手が!」
「馬鹿が! 顎以外を狙うのはお見通しだ!」
ッ!!
痛い!!
痛い痛い痛い痛い痛い!
刃が、右手にっ……手のひらから、ッ、切り裂かれて……!
なんて、奴! なんて切れ味だ!
軌道を変えた僕の手の動きを一瞬で全部読んで……両手に持ち替え降り下ろした!
だが、懐中電灯ごと斬るヤツがあるか! 本気だ、本気で切り落とす気だ!
無理やり押し付けてそのまま切り進むだなんて、本当になりふり構わなく……ッ!
「このまま切り開いて、もう二度と何も握れなくしてやる!」
「があああ……ッ!!」
痛い!
痛い!!
いたい!!
このままじゃ、腕まで切り裂かれてしまう!
懐中電灯は大破して、右手は何も握れず、影中トオルは止まらないまま……!
このままだと、押し負ける、殺される、ミオが死ぬ、ミオが死ぬ、ミオが死ぬ!!
──勝った。
「はっ──」
「馬鹿はお前だ、影中トオル!」
武器がある右手に気を取られ。
右手を潰すために実体化を止めず。
僕は『配線』の場所から動いていない。
切断されても上流側にはまだ通電している。
そして、感電させられれば──人間は気絶する!
痛みで気を失う?
巻き込まれて感電する?
手が丸ごと完全に裂けてしまう?
そんなもの全て耐えればいい!
この男を倒すためなら、それぐらい構わない!
「おいっ、おま……!」
「くらえ、影中トオル! 一般的な屋外イルミネーションは……」
「対地電圧100V!!」
*
「マコっち! 大丈夫!?」
「き、気絶した! よし! よし! よし! やったぞ桐島ミオ!」
「い、いや、そうじゃなくて……手! 手の方!」
「え、ああ……まあ、大丈夫なんじゃないか」
「えええ!?」
今めちゃくちゃアドレナリンが出ている気がする。
とてつもない興奮だ。絶対に負けられない勝負に寸でのところで勝利するってこんな感覚なのか。
いやでも、大丈夫、なはずだ。
左手はしっかり被覆部分のみを掴み、露出した芯線の先端だけを皮膚に直接押し当てた。
僕も手を斬られてしまったが、押し当てる瞬間に無理やり右手を振り抜いてナイフを引き抜いたし、僕には電気が通過する部分が存在していなかった。
痛みで過大に錯覚していたのかもしれないが、今見返せばそこまで深くは切られていない。指先の感覚は変だが。
だから、一応、まだ大丈夫。
影中トオルも確実に気絶した。
一般的な屋外イルミネーションに使われる電圧は100V。
皮膚や体内、足元の抵抗を考えれば流れる電流はせいぜい20mAにも届かないくらいだが……押し当て続けて痙攣した影中トオルが地面に倒れた。
その場合は接地面が増えて抵抗が下がるから、電流はおおよそ40mA。心室細動のリスクがある電流で、筋肉は完全に硬直し、自力で離脱不能。
動かなくなってからも押し当てたから、大丈夫。
正直、命の保証はできないが、明日には「逮捕されている」のだから生きているだろう。もし十分に意識が奪えなければ数十秒で自然回復して僕達が殺されるのだから妥当な判断のはずだ。
僕の「大怪我」のノルマも達成した。これで、予知の通り、という訳だ。
「桐島ミオ、君は大丈夫か?」
「あ、うん……口覆ってた布あったじゃん。あれで縛ったから、一応」
……止血?
ギャルが?
辻セイラの教えかな……。
すごいなアイツ。
思えば影中トオルの注意が股間に集中したのも彼女のせいか。
すごいなアイツ。
「す、凄いな。じゃあ、電話はあるか?」
「え、あ……アイツに取られちゃって」
「ならどこかに持っているだろう。探して、救急車と、WPPOを呼ぼう」
「ら、らじゃー!」
よし、これで大丈夫。
イブの日にも出勤することになる救急隊員とWPPO職員の方々には申し訳ないが、今は桐島ミオをいち早く診てもらう必要がある。家族への連絡も、彼らがしてくれる。
この通報自体は予知できるだろうから、到着までそう時間はかからない。
だが、きっとやってくるのは「影中トオルの捜索班」だ。だから、九条ノドカ達のチームが僕達の所在を確認できるのは、翌日僕達が病院にいると知らされた明日以降になる。
彼女に知らされる予知の内容も25日以降のものに限定されると考えれば……うん、辻褄も合うな。
でもどうしようかなこれ。
辻セイラへの事情説明は別にいいとして、九条ノドカにどう説明すれば……。
……まあいいか。
もうこれ以上考えられる気がしない。その時になればどうにでもなるだろう。まずはWPPO-HBに橋渡ししてくれないか頼むところからだ。
「で、でも、大丈夫? アイツに触っちゃって。結構長い間押し当ててたケド……」
「大丈夫だ。ちゃんと気絶している。むしろ電圧が弱くて心配だったくらいだ」
「え、そーだったの? てかデンアツ? 100ボルト?」
「ああ、地面が濡れていなかったら気絶までは行かなかったかもな」
「濡れ……?」
……あれ?
気づいてなかったのか?
ああ、いや。ちらほらと、だもんな。
ついさっきまで人質になっていたんだし、気づかなくてもおかしくない。
「ほら、さっきからちょっとだけ、雪が降っているんだ」
「へ……あ、ホントだ。気づかなかった……」
「予報でも言っていたからな。雪が降るかもって、ホワイトクリスマスだ」
「な、なんかもったいなー……あっ電話あった」
まあそんな日に、こんな遅くまで、一体僕達は何やっているんだっていう話だが。
とにかく、もうこれで桐島ミオの命の危険も、三好ルナのクリスマスパーティー襲撃も起こらない……。
……あれ?
待てよ? 結局彼女はどうして僕のことを追いかけていたんだ?
今になって気になって来たぞ。
単純に考えれば、僕が気になった……それだけの理由だろうが。だがそれでは、「日高アサヒが彼女と一緒ではなく僕と一緒にいた時点」で、彼の方についていなかった理由が説明できない。
つまりは、日高アサヒではなく僕の方についていったということだろう? なんで? 本来彼女がいるはずの想い人が、一人でいた……それならそっちの理由の方が気になるはずだ。
……???
訳が分からない。もしかして、彼女は何かに気づいていたのか?
「なあ、桐島ミオ……」
「ま、待って! 今電話中だから」
「ああ、わ、悪い」
……いや、そもそもこのことを聞くのは正しいことなのだろうか。
もしかして、彼女には他に特別な事情があったのかもしれない。
想い人との今より、友人である僕の違和感を気にしたのかもしれない。
日高アサヒを確認する、その前の時点で既に人質にされていたのかもしれない。
だとしたら、無理に掘り返さない方が良い。
結局、今ここにいるのは僕達二人で、どう悔やんだって今日をやり直すことはできない。それこそ、目の前の影中トオルが覚醒したりしない限りは。
まあ、覚醒したらもう一回感電させるが。
覚悟できてるか? 僕はまだ母親発言を認めてないからな。
「よし、電話できた! で、えっと……何の話、だっけ」
「ああ、いや、その……」
そうか、母親発言。
思えば、僕は今日我が家のクリスマスパーティーには参加できないんだな。
まあ、母さんとアラタは強い人だ。
心配はしてくれるが、昔から僕が怪我しても、それが人のためになると分かればすぐに理解してくれた。
「? なに、マコっち」
「いや、二人きりだなと思って」
「………………へ?」
思えば、今の状況はかなり奇妙だ。
雪が降るクリスマスイブ。
凶悪犯から何とか生き延びて。
月明かりしかない澄み渡った夜に。
誰の声も、何の音も聞こえない空間で。
僕達は、二人きりでここにいる。
僕が日高アサヒならきっとロマンチックな雰囲気で、恋人みたいになるんだろうが。
まあ、僕達はあくまで友人だ。まあ、友人ならこんなに命を託し合うこともないけど。
今年のクリスマスは……目の前の彼女と過ごしたことに、なる。
ははは、まるで親友じゃないか。
「こんな形だが……メリークリスマス、ミオ」
「あ…………………………」
「……うん♡」
これで8周目終わりです。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
ループ解決後も残る脅威を書きたかったんですが、おかげでとんでもない化け物が生まれました。
戦闘シーンを書くのはなんて難しいんだ(自縄自縛)
可能であれば、感想や意見や評価やここすきを頂けると嬉しいです。大喜びします。
それでは、次話以降も宜しくお願いします(´・ω・`)