「……珍しいじゃん。アンタがズル休みなんて」
「学校教育法には欠席関係に対応した法令が存在しないから問題ないぞ」
「そういやアンタ、そんなこと言ってたっけ……」
?
そんなこと僕、言った覚えはあっただろうか。
あれか、ループか。ループのどこかで言ったんだな。
仮にも僕は成績優秀生だし、出席日数ぐらいこっちで把握しているぞ。
しかし……本当に元気が無いな。見ていて胸が痛い。
当然だろう。祖母が緊急で運び込まれてもう早2日目の月曜日。家族が危篤なのだから、その状態で元気でいろというのも無理な話だ。そういう取り繕いが得意なのはミオであって、辻セイラではない。
今もこうして同じ時間軸が続いているところをみるに、ループはまだ起こっていない。つまり、祖母はまだ死んでいない、まだ余命も決まっていない──まだ延命可能な状態ということだ。
ただ、それもいつまで続くか分からない。実際にあの人が延命できなくなるほど弱ってしまうのは2月上旬なのか、今週なのか……今日なのかも分からない。とにかく早急に手を打つ必要がある。
「お祖母さんとはきちんと話し合えているか?」
「大丈夫……それより、話って? 何か……案が?」
「そうだ。わざわざ人のいない場所に呼んだのもそのためだ」
「そう、なんだ。じゃあ、お願い。聞かせて」
……この作戦には不確定要素が多い。
まだ試していないことが多いから、何が起こるかは確信をもって「そうだ」といえない。
試そうと思えば辻セイラに犠牲を強いることになってしまうし、それでループが解決してしまえば取り返しのつかない事態を引き起こす可能性もある。ループの都合上、乱用できない方法でもあるし、「失敗するかもしれないけどいいや」で済ませられる手法でもない。
しかし僕は、もうこの方法しか無いと思っている。
この方法に賭けることしか、円満に解決する方法は無いと思っている。
「これを」
「……なにこれ」
「論文だ。『先占効果』について調べていた」
「……能力で、死に戻りを止めようってこと? それは──」
「──分かっている。既にループは発動しているから無駄だと言いたいんだろう」
その効果の名前を知らなかった訳ではないが……このループを突破できないのは先占効果の一件があるからと、そう君が教えてくれた。確か、夏休み前の……雨の日だったか。
もし『ループを強制的に解除する能力』があったとして、君の『大切な人を救うために死に戻る能力』と競合すると、先に発動している君の能力が勝利してしまい、ループ解除が行われることは無いと。
既にループが始まってしまっている以上、君の能力を他の能力で解決することはできない。ループが始まる前にループ解除の能力を発動することは、いつループが起こるか分からないから対処できない。
僕もそれで納得したんだ。
それが盲点だった。
──「私、定期的に瀬尾さんのお知り合いに能力を一瞬だけ使っていまして」
「君は、自分にとある能力が使用されていたことを知っているか?」
「……?」
「その様子だとやはり知らないんだな」
「えっ……そうなの?」
「そうだ。『両目で視た相手の動きを止める能力』というものなんだが」
辻セイラは、九条ノドカに能力を使われている。
とはいえ、気づかないのも当たり前だ。「九条ノドカが近くにいる瞬間」に「少し体の一部が硬い/動かしにくいかな……?」と思ったとしても、それ自体を特別なことだとは思わないだろう。肩あたりが動かしにくいと思っても、肩こりではないかと考える程度で済んでしまう。
多分気づかないうちに僕も使われているのだろう。能力者か否か疑われている訳だから。
九条ノドカ本人は、本人が違和感を覚えたような素振りをしたか否かで能力がきちんと効いているか理解している。もし自分の能力が効かなければ気づくはずだ。もし調査対象の周囲に能力者が存在しているのなら、それが議題に上がらないはずがない。
しかし彼女は「周囲に能力者の存在は確認できない」と主張していた。嘘であればWPPOが信用できない組織だと分かるだけだが、もし事実であれば向こうは死に戻りのことに気づいていないということ。
そして、彼女は「定期的に使っている」と言っていたが、WPPOのルール上、初手で対面する時には確実に使用しているはずだ。そして彼女と辻セイラが面と向かって話し合いをしたのは彼女が転校してきた金曜日──ループ期間中だった。
つまり、ループ期間中でも、君の能力に矛盾しなければ能力自体は発動する。
それが身を持って証明されている。
「……だから何? 私が知らないのも、きちんと発動するのも当たり前じゃない?」
「当たり前だな。だが重要なのはそこじゃない。論文のここを読んでくれるか」
「……『段階的な能力は段階ごとに先占効果が発動する』?」
つまり僕が言いたいのは、君の能力が──
1. ループ期間に『大切な人』が死亡するか監視するフェーズ。
2. 辻セイラの脳が圧縮・破裂し、死亡するフェーズ。
3. 死に戻りが発動し、特定の時間まで巻き戻るフェーズ。
──以上の3段階に分けられているのではと考えている。
九条ノドカの能力がきちんと効いたのは1のフェーズ中であり、彼女の能力は「ループを解除する能力」ではなかったので、きちんと発動した。
「これまで、君の死に戻りには、君の死亡を考慮しないパターンも存在したか?」
「……どういうこと?」
「要は、もし君が死亡しなかったとしても、特例でループだけ発動させてくれる親切設計だったのか? と聞いている」
「まさか。そんな優しい能力なら直前でガタガタ震えたりしない。私自身が対象の時は何もないけど、そうじゃないときは私の頭が必ず……ああなる」
だろうな。
相変わらず性根の腐ったカス能力だ。
設計者がいるとしたらソイツの心は醜悪極まりないものだろう。
この能力は、君を苦しめるためだけに、ループ前に「君が死亡しなくてはいけない」という大前提を踏んでいる。大切な人を救いたいなら死に戻りをすることが大前提で、何の痛みもなくやり直しの機会を与える気はないと、暗にそう宣言している。
君をただ苦しめるためだけに、そんな仕様を入れているんだ。
「つまり、君が死ななくては死に戻ることができない」
「……そりゃそうでしょ。『死に戻り』なんだから」
「だから、考え方を変えろ」
「……?」
「君が死ななければどうなる? 能力はデメリット無しでループさせてくれるのか?」
「そんな訳………………あっ」
「君の能力は、君が死ななかった場合、強制的に死亡させて辻褄を合わせようとする」
「なら……」
「君の死亡が──つまり、脳の破壊が起こらなければループは起こらない」
それが、僕の導き出した、最後の解決策だ。
「待って。そんなものどうやって止めるの? 手で押さえるつもり?」
「勿論、能力しかないだろう」
「でも、先占効果が……」
「だからこその、さっきの論文だ。もしこの能力の内部構造が段階的に分かれているなら、脳の破裂が起こる前に破裂を防ぐ能力をかければ打ち勝てる」
例えば、生まれた時から常時発動している能力があるとしよう。受けた光に合わせて体色が自動的に変化するとか……そういう能力だ。
そういう能力は「生まれた時からずっと同じ効果を発動している」から段階なんてものがなく、他の能力で止めることができない。体色が赤から青に変えるのを止められないのは、それが「赤から青に変わる」という一つのイベントだからではなく、「受けた光に合わせて色を変える」という同一の効果だからだ。
そして、君の能力は違う。
君の能力は必ず同じ段階を踏まないと発動ができない。
「……私の能力が、段階的じゃないって証拠は? そういう色々な挙動含めて全部一つの効果だって可能性はないの? それに、破裂を抑える能力って? そんな都合の良い人、今から探してくるの?」
「順番に答えるぞ。まず前半だが、可能性はゼロではない。しかし限りなく低いはずだ」
「……!?」
君の言いたいのは、もし君の能力が
1. 大切な人の死を監視する。
2. 辻セイラの脳を破壊して殺す。
3. 時間を巻き戻す。
という流れではなく
1. 大切な人の死を監視し、死亡し次第、辻セイラの脳を破壊して、時間を巻き戻す。
という単一の構造だった場合、脳の破壊はループに内包されるものであり、発動タイミングはループ開始時に定められるから、先手を打つことができないのではという疑念だろう。
だが、そんなことはないはずだ。もし君の能力が単一の構造であれば、ループ中に「脳の破壊」を防げる可能性のあるような能力は君に通用しないことになる。
しかし、そういった能力がループ中の君に発動することは既に証明されているんだ。
辻セイラがこの情報に思い至らなかったのも当然だ。
君は「ループを解除する能力」でないとループを強引に突破することは不可能な上、それは先占効果によって弾かれると考えて、選択肢から除外している。確かにそれは正しい。ループの発動期間中に他の能力でループの流れを止めることはできない。
だが、最初から必要なのはそんな能力ではなかった。本当に必要なのは「脳が勝手に破裂することを防ぐ能力」なんだ。能力は「発動しようとする」が、辻セイラを殺すプロセスが完了しなければ、巻き戻りというゴールに到達できない。
そして、その能力はループそのものとは矛盾しないから、ループ中の君にも適用できる。「辻セイラの能力そのものを無効化する」という大きな枠で考えていたから気づかなかった。
そして君は、そんな能力者がいることを知らない。
学校で知っているのは僕だけだ。だから君にはこの作戦を立てられなかった。
全ては、あの露悪趣味の仕様が存在するが故。
辻セイラを「殺してからでないと巻き戻させない」という、君を苦しめるだけの要素を逆手に取り、「殺さなければ巻き戻らない」という形で弱点とする。
「後半だが……既に協力者を呼んでいて、今、外の部屋で待機させている。ここに呼んでいいか?」
「え……」
「九条ノドカ。前に転校してきた女学生だ」
*
「辻さん、お久しぶりです! 以前は漫画をありがとうござ──」
「待て九条ノドカ! その礼は絶対するな。戦争が始まってしまう」
「え、えぇ……?」
危なかった……。
なんてこと言い出すんだ君は。
今ここで辻セイラに『トロイメライ・ガーデン』の話をしてみろ。確かにあれは面白かったし、君と二人で帰り道に読んでかなり盛り上がったが……ここにいるのはかつて最新話を追っていた反転アンチだぞ。
せっかく協力関係を結ぼうと思ったのに、すべて破綻するところだったじゃないか。
──ぐいっ
「ん……うぉっと」
「(せ、瀬尾! アンタ、喋ったの!?)」
「(急に引っ張るな。まさか、彼女には君の能力も、君の事情も何一つ説明していない)」
「(は、はぁ? なんでそれで協力してくれ……っていうか、この転校生が能力者だったなんて、私全然知らなかったんだけど……)」
まあ、それはそうだろうな。
WPPOのルール上、エージェントが自分の能力をペラペラ喋ることは許可されていないだろうし、僕もそれに倣って君に一度も九条ノドカのことを喋ったことは無い。
にしても新鮮なリアクションだ。僕も初めて彼女に出会った時はこんな感じだったんだろうか。ドッキリする人ってこういうのが楽しくてやってるんだろうな。状況が状況だけに楽しくはないけど。
しかし、九条ノドカがこの作戦に賛同してくれてよかった。
彼女はずっと僕に負い目を感じてくれていたからな。あれは彼女の責任ではなく僕の自業自得だが、理由が何であれ協力してくれるというのならそれを生かさない手はない。
こちらの事情も聞かずに一方的に、関係ない他者に対して能力を使ってくれ……そんなこと言われて戸惑っただろうが。「僕との関係が良好になるし、きっと被害は出ない──なんなら上に確認してくれていい」とまで言ったのが効いたんだろう。実際、上からはゴーサインが出たと聞いている。
彼女には感謝だ。後で高級グッズでも買ってプレゼントしよう。
「一応確認するぞ。君の『それ』に時間制限はないし、部位指定ができる。そうだな?」
「はい、その通りです」
「『自律して動けない』ではなく、『座標を固定する』でもなく、『動くことそのものを封じる』、で合っているな?」
「あの……辻さんがいない場所で話すべきだったのでは」
「別に問題ない。続けてくれ」
「えぇ……?」
ごめんな。
君から見たら辻セイラが部外者だから能力のこと喋れないよな。
でも彼女はもう全部分かってるし、効果を本人の口から聞かせた方が納得できるから。
だから今は目を瞑って、ここで全部喋ってくれ。
「……はい、その通りです。実際、瀬尾さんは受けたことがあるので承知だと思います」
「ああ。確かにあの時、『脱力して立てなくなる』や『人に抱えられても移動できなくなる』ではなく『その状態で固定されて動けなくなる』だった」
確定だ。
九条ノドカの能力は、対象を麻痺させるものではない。
かけられた瞬間から移動できなくなったりするものでもない。
途中で勝手に時間切れになるものでもない。
かければ全身が動かなくなるものでもない。
つまり、「対象の頭の上部分のみを、対象の祖母の余命が確定するまで、連続的に動かなくさせる」という状態にすることができる。手足や肩や腰を動かせなくなるならまだしも、動く必要が無い頭部を固定されるだけだから日常生活にも支障は出ない。
デメリットはその間、僕の護衛ができない非力な女子高生になってしまう点だが……護衛自体は別動隊が存在しているし、未来予知ができる上層部がゴーサインを出しているから、解除時まで僕の身に危険が訪れることは無い。
そして、その状態は「対象の脳が勝手に破裂する」と明確に矛盾する。
矛盾した場合どうなるか? 優先されるのは先に発動した「動かなくなる」であり、後に発動するはずだった「破裂する」は先占効果によって「不発」となり消滅する。優先ではないからといって順番待ちで発動するということもない。
つまり、君を殺すイベントは、彼女の協力があれば消滅する。
君の祖母に会いに行かなければ思いつかなかった案だ。
「それと、辻セイラ」
「な、なに」
「彼女と──九条ノドカと、友人になってくれないか」
「えっ! いいんですか?」
「は? 嫌なんだけど」
「えっ……」
「……反射で回答するんじゃない」
「いや……でも、なんで?」
「考えてもみろ、この問題は今日限りじゃない。それに友人が増えるのはいいことだろう」
「そ、そうですよ……ね? その、嫌なところがあれば直しますし」
「そういう話じゃなくて」
いいや、そういう話だ。
九条ノドカに怪しまれるとマズいからここでは「友人を作ろう」という体で話す必要があるが。君より年上で、君より先に老衰することが確定しているのは、祖母の他にもあと二人いる。その時にまた「都合の良い能力者」をわざわざ探して、協力してもらえないかと手を打つのも二度手間だ。
彼女が『大切な人』になってしまうリスクは確かに存在するが、能力者である以上、彼女が危機に陥ることは少ないだろうし、WPPOは職員が死亡するような案件は未来予知で避けて対応してくる。実際に死亡してしまえば未来予知には映らなくなるが、あの組織が攻撃力のない女性を最前線に出す任務を任せないだろう。
死に戻りがバレそうになっても、彼女が注目しているのは僕だ。極力サポートだってするし、危なくなったら僕が身を挺して「実は僕未来が視えるんです!」と庇おう。
彼女一人であれば、友人になるデメリットより、メリットの方が大きいはずだ。
君を殺すイベントが消えれば、後は『大切な人』を見送ればループは突破できる。
次に同じことがあっても同じ方法で回避できるようになる。ループできなくなり、死を止められなくなるので、今回の老衰のように本当に回避不可能なものに限られるが。
この方法であれば、死の間際まで祖母と言葉を交わし、これまでの思い出を語り合い、「嫌い」などと言わずに円満に別れを告げることができる。
九条ノドカと友人になるということは、そういうことだ。
この選択肢を受け入れるということだ。
「だから、後は君が決めるだけだ。『彼女と友人になる』のか」
「……っ」
「『友人になった』場合、もうやり直せないから取り返しはつかない。しかし、『彼女を友人にしない』と君は結局同じ問題にぶつかるだけだぞ」
「そうだけど……!」
「……私と友達になるのってそんなに面倒なんですか?」
いざ、選択を迫られて、判断が鈍ってしまうのも分かる。
しかし、僕の作戦は「もし成功すれば、本当に祖母とはお別れになる」と言っているのと同じ。ここまで1年間、その人のことを考え続け……それが次で完全に終わるかもしれないとなると、躊躇ってしまうのも当然だ。
しかし君には、その覚悟があったはずだ。
それに……。
「君は、友人が少ないよな」
「……こんな、時に、なん、なの」
「そして、お祖母さんを心配させてしまったんだろう」
「そう、だけど……」
「じゃあ、最後に、友人ができたと、伝えてみないか」
「……っ!!」
異常なまで落ち込んでいた孫がいたら? 祖母は心配になるはずだ。
友人を全く作ろうとしない家族がいたら? 周りは心配になるはずだ。
君が、新しくできた友人を連れてきたら? 最期の瞬間に、安心できるのではないか。
人間誰しも、大切な人と別れなくてはいけない。
僕もいつかは母さんと別れなくてはいけないし、他の誰だって例外じゃない。今回は、それが君の番だったんだ。過程がカス能力のせいで複雑だっただけで。
それも、少し能力をかけてもらうことで解決するかもしれない。
頭を洗う時に違和感があるかもしれないが……それを飲み込めば、君は大切な人を憎んでそれ以来だなんて、特別悲惨な別れをしなくてもよくなる。解決しないループをもう一周する必要もなくなる。
この作戦が成功しなければ、僕は辻セイラをさらに苦しめるだけだ。
次の僕は君に恨み殺されるかもしれない。それぐらいの覚悟を持って話している。
その上で、君にこうしろと強要することはできない。
九条ノドカも僕への詫びのつもりでやっているから、僕が諦めれば何もしない。
決めるのは君だ。
「わ、わたし、私は……っ!」
2026/08/26に投稿できなかった補填分です。
お納めください。
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