本当にすみません<m(__)m>
──「おばあちゃん、紹介するね。私の新しい友達の……なんて名前だっけ」
──「えぇ……?」
これで……これで良かったはずだ。
彼女は僕の提案を受け入れ、九条ノドカは事情も知らないまま能力をかけた。当日すぐには無理だったが、3日後には辛うじて意識も回復したから、二人は今こうして祖母の病室で談笑に勤しんでいる。
僕にできることはやりきった。もう僕がここにいる必要はない。
なのに、連日でこの場所に来てしまうのは、まだ複雑な気持ちがあるからだろうか。
今回のループのタイムリミットは延命できなくなると確定した瞬間だ。
病気に感染したり、誰かに刺されたり、精神を病むイベントがあったり……そういった明確なタイミングというものが存在しない。辻セイラの頭部破裂も無効化される想定だし、いつタイムリミットに達したのか僕達の方で把握するのは不可能だ。
祖母が病院に運び込まれたタイミングもこれまでより早いのだし、過去5周の知識はもう当てにならないと考えた方が良いだろう。もしかしたらもう峠は越えてしまったのかもしれないし、まだ少しは猶予があるのかもしれない。今はただ、いつ来るか分からない祖母の死を待つしかないということになる。
僕の判断が正しかったのかどうかもまだ完全には判断できていない。
もしこの作戦が失敗に終わったら? その可能性は否定できない。能力のことなんて分からないことだらけなのだし、寿命による死に戻りは前例が一件しかない。調べるのも不可能だ。
もしかしたら実は祖母を失わずに済む方法があったのでは? この作戦が成功すれば祖母は完全に死んでしまうし、それを選ばせたのは僕だ。もしまだ何かあるというのなら責任は僕にある。
とはいえ、終わりは必ず来るものだし、それを順当に済ませるためにはこの方法が一番だという気持ちもある。結局は、なんだか座りがつかないままで僕が気持ち悪いだけだ。
今回の作戦が成功すれば、今後どうしようもないループに陥った時、「あくまでループを脱するため」という名目で同じ手法を取ることができる。できるが……基本的には使わない方針になるだろう。
この方法は能力の弱点を突くことで強制的にループの発生を抑えるものだが、「大切な人の命を諦める」という代償を払わなくてはいけない。今回の寿命の件や……例えば、大切な人が月の裏側に飛ばされたみたいな、そんな絶対的に対処できない場面以外で使うべきではないし、使いたくもない。
このカス能力は「大切な人を救える条件を担保してくれる」のではなく、「大切な人が死んだら勝手に発動する」ものなのだから、絶対に回避できないシチュエーションに限る奥の手とするべきだ。
──「えっと……ごめん。私も、本当は仲良くなりたくて、でも今までの反射でつい」
──「???」
九条ノドカが今の状況をどう思っているのかどうかも気になるところ。
今回の件はWPPO視点でも「なんか未来視えるっぽい調査対象が急に依頼して来た」という状況に見えているはずだ。僕への疑いは深まっているかもしれないが、僕が困る程度大した問題じゃない。
ただ、何度も繰り返せば何かしらの根本的な要因が辻セイラの方にあると感づかれる可能性もある。今の彼女は事情を知らないまま協力している形だが、いつか真実に気付く可能性もあるし、今の状況を疑問に感じていないというのも無理がある。
いつ「そろそろ解除しても……?」と聞いてきてもおかしくない。
僕達との距離が近づくことで『調査』がより進みやすくなるかもしれない。
僕達の密会も、職員としてではなく友人として混ざりこめるようになるかもしれない。
九条ノドカはポンコツではあるが馬鹿ではない。あまり考えられる情報を与えすぎるべきではないし、いい具合に理由をつけて、ある程度こちら側で彼女の理解度をコントロールしなくてはいけないということだ。
彼女自身が「やりたくないです」と主張した場合は僕に強要もできないし。
今だって、どう思っているかは分からないし……。
──「でも、私も辻さんとは仲良くなりたかったんです。だから今、とても嬉しいです」
──「……!」
──「あのセイラに新しい友達が……ふふふ、長生きしてよかったねぇ」
──「……ぅ、ぅぅ……!」
……いやまあ、今だけは杞憂か。
何か起こるようであればフォローに入ろうと思っていたが。
そういえばそうだった。彼女はただ一筋にWPPOの職員という訳では無く、高校生活を謳歌していいとお墨付きをもらっているただの女子なんだ。友人が欲しいのも、調査だけではなく本人の意思があってのこと。
なら、今すぐに拒否される心配は無さそうだな。
少し安心できたよ。
*
「あ……マコトくん」
「辻カリン? 君も来ていたのか」
「うん……隣座って、い?」
「どうぞ」
学校の帰りに寄って来たのだろうか。
きっとそうだろうな。時間的にも丁度いいし、僕達だってそうだ。面会の条件は中学生以上だから、自由に出入りできるし、普段なら今頃部活動に勤しんでいるのだろうが、状況が状況だ。楽しく泳ぐこともできないだろう。
毎日来ている訳では無いのは……僕達と違って、祖母の様子を毎日確認する必要性が無いからか。それとも、救急通報を担った人物の一人として、あまり向き合いたくない気持ちがあるのか。
しかし、彼女も相当落ち込んでいるな。
祖母が倒れた時はパニックになりかけていたが、今はそれとは少し違う。パニックというより、静かに疲弊している。母さんの具合が悪い時に僕が鏡で見るのと同じ顔だ。
僕はこの1月中、ずっと辻セイラばかりに注目してきたが、家族を失うのは辻カリンにとっても同じこと。こうなってしまうのも当然だろう。何と声をかけるべきだろうか。
「おばあちゃん……もう、あんまり長くないんだって。お医者さんが」
「そうなのか」
「いつどうなっても……おかしくないよ、って」
……それは、相当危なかったということじゃないか?
僕達が間に合わなければあのまま亡くなっていた可能性もあるんじゃないか。
ただ、これはある意味ではほんの少しだけ救いなのかもしれない。
死亡想定時期が前倒しになることは分かっていたが、これまでの周と違ってこの情報がもたらすのは医者が家族に覚悟を促していること。つまり医療側も延命より看取りに方針を切り替えていることを意味している。ループのタイムリミットになる峠を、無事に超えられたことの証明になっている。
……人が死ぬのに救いとは何だ。ふざけるなよカス能力が。全部お前のせいだからな。
「どうしよっか。あの時は、こんな気持ちになるなんて思わなかったんだけどなー……」
「あまり考えすぎない方が良い。余計に落ち込んでしまうぞ」
「……でも、こういうの、うちでは久しぶりで。ママも落ち込んでて……」
そうか。久しぶり、か。
それもそうだろうな。
この家族は辻セイラの能力によって守られてしまっている。
彼女が家族を大切に思う以上、この家族は周囲の「大きな怪我」「大きな病気」「事故」「事件」「死別」を経験することができない。経験したとしてもそれを記憶した周は消えてしまって覚えていない。
唯一存在するのは祖父を喪った経験だろうが、それは辻セイラ曰く彼女の幼い頃の出来事だ。辻カリンはもっと幼かっただろうし、記憶にあるかどうかも怪しい。実質、この子にとって家族の死は今回が初めてになるのだろう。
辻母もきっと同じ気持ちのはずだ。
人生で一番辛いのは母親を泣かせることだが、二番目に辛いのは母親を喪うことだろう。これは間違いなく断言できる。家族関係は良好そうだったし、少し前まで「歳だから」と流していたものが一気に現実味を帯びてきたのだから精神的なショックを抑え込めないでいる。
彼女の保護が及ばないものが来た時、この家族にはそれを受け止める耐性が育ち切っていないんだ。
「ね、マコトくんはこういうとき……どうしてるの?」
「どうとは?」
「すごく悲しい時があったとき、マコトくんはどう乗り越えるんだろって」
……ふむ。
意図は理解できる。自分が今とても悲しい気持ちだから、少しでも人生経験のある僕に対処法を聞いて何か対策ができないか、と考えているんだな。
落ち込んでいる家族に聞く訳にはいかないし、かといって何も知らない他の大人に尋ねるのもよろしくない。だから現場にいて事情を知っている僕を相談相手に選んだと。
だが……僕がどうするか、か。
……。
…………。
………………。
……あれ、思い当たらないな。
確かに僕にもそういう経験はあったはずなんだが。
あのカスの父親関連の情報には何一つ興味がないから置いておくとして、確かに僕は母さんの両親──母方の祖父母を亡くしている。
あの二人は母さんを産み、育ててくれた人達だ。あのカスのことを悪く言っていたし、母さんが困っている時に守るのは息子のお前なのだと教えてくれた。
とても信頼出来て、尊敬できる人達だった。僕は当時のことを確かに悲しんだはずだ。
しかし何故?
僕はどうやって立ち直ったのか、どうして覚えていない?
「……」
「マコトくん?」
……ああ、そうか。
僕はあの時、悲しんでいた。
だが、それ以上に。
「……僕の大切な人が悲しんでいるのが、嫌だったんだ」
「マコトくんは……もっと心配な人がいたってこと?」
「まあ、言ってみればそういうことになる……な」
そうだ。思い出してみればそうだった。
あの時、僕やアラタ以上に悲しんでいたのは母さんだった。
僕達は自分が悲しいよりも、母さんに悲しんでほしくないという気持ちが強かった。
だから、母さんを支えないと、母さんに笑ってほしいんだと、僕達がこんな様子ではいけないと、二人でお互いを奮い立たせ合ったんだ。
強い感情というものは、自分の気の持ちようや、考え方を多少変える程度でなんとかなるようなものじゃない。それを無理に変えようと拗らせて、そして僕なんかに泣きついてしまったのが5周目終わりの辻セイラだった。
「私は……お姉ちゃんが、ちょっと。ちょっとだけ、心配」
「辻セイラが?」
「うん。ママよりももーっと落ち込んでたし……結構泣き虫なんだよ、お姉ちゃん」
「……」
「でもお姉ちゃん、過保護だから。ホントは皆のこと大好きで、だから悲しいんだと思う」
「……そうか」
……この方法が必ずしも正しいとは限らない。
限らないが、少なくとも、ただ「こうすればマシになるかも」と気持ちの向きを少し変えるより、「こうしなくてはならない」と思える理由がある方が、ダメージも減らせるはずだ。
そして、その人が立ち直ってくれれば、自分の中の辛い気持ちもおのずと消えていく。あれだけ落ち込んでいた人が立ち直ったという事実が、同時に自分も悲しみから立ち直らせてくれる。
幸い、今の彼女は僕の提案を受け入れ、幼い頃以来全くできなかった「新たな友人」を紹介し、先に進むことを決めた。九条ノドカとの関係がセイラにとって完全な演技なのか、それとも多少は本心なのか……それは分からないが、もし彼女の言葉が本音なら、この作戦はループの解決だけでなく、辻セイラ自身にとっても悪い結果にはなっていない。
心の中はまだ穏やかではないはずだが、それでも少しずつ回復傾向にある。辻カリンが辻セイラに立ち直ってほしいと思うのと同じように、辻セイラが辻カリンの悲しみを払拭することができるのかもしれない。
「なら、病室に行ってやれ。今なら、辻セイラもいるはずだ」
「うん。そーする。お姉ちゃんは私のこと大好きだから……暑苦しいけど」
「そうしてやるといい。あまり力になれなくて悪かった」
「ううん? マコトくんのおかげで私、頑張れそうだから!」
そうか。強い子だ。
実質初の死別を前にして、自分よりも姉を心配し、それを支えにして立とうとしている。
辻カリンは自力で答えに辿り着いた。
僕が教えたのは「大切な人が悲しんでいるのが嫌だった」という自分の経験だけで、「だからこうしろ」とは言っていない。彼女はそれを聞いて自分で「お姉ちゃんが心配」に変換して、自分で病室に向かった。
つまり、この場面で僕が役に立てたかどうかは本当に怪しい。
彼女は最初から行くつもりだったのだろう。ただ誰かに背中を押してほしかっただけで、僕が何も言わなくても成立した可能性がある。それができるのは、彼女の中でも覚悟が決まっていたからだ。
そういう点では、僕よりずっと立派だな。
僕にはそんな真似、できそうにない。
「あっあとね! 一個……じゃなくて二個言い忘れてたんだけど!」
「なんだ?」
「えっと、あんま深い意味はないかもだけど、ちょっと前にお姉ちゃんが寝言でね」
「『ありがとね──マコト』って、言ってたんだよ」
「え」
「あともう一個は慰めてくれてありがとってこと! またデートしよーね! じゃー!」
「あっちょっ……」
……『マコト』?
……『瀬尾』じゃなくて?
な、なんなんだあの女。
夢の中だと呼称を使い分けているのか? なんでそんな面倒なこと……。
……いや、考えたところで無駄か。
祖母を見殺しにする作戦を立てておいて、恨み言ではなく感謝を言われたんだから。あの女にしては譲歩してくれた方だと思うことにしよう。
そこまで素直になれるならさっさと録音を渡してくれという話なんだが。
*
「──やっぱり優しいんですね。瀬尾さんは」
「うわっ、いつの間に……というか、いつから見ていた?」
「『慰めてくれてありがと』のとこからです」
「何も見てないじゃないか」
びっくりした。
病院の廊下で眼帯つけた女にいきなり背後取られたら怖いだろ。
一瞬ここの患者かと思ったぞ。分かりにくい。
もうちょっとファッションって分かるデザインにしないか? しない? そう……。
「先ほど、お祖母様への紹介も終わり、他の方の姿が見えたのでお暇させて頂いたんです」
「そうか。お祖母さんの様子は?」
「返事はできていましたが、元気という訳では……ですが、喜んでは頂けたかと」
「そうか。それなら良かったよ」
つまり、辻セイラの祖母は心労で早めに入院してしまったが、君のおかげで少しだけ安心できるようになったと。当初の目標が達成できたようで何よりだよ僕は。できることならそのまま深い部分のことは一切考えず「辻さんとお友達になれました!」ぐらいの気持ちでいてほしい。
君は賢いが、扱いやすいんだ。
その気になればめちゃくちゃ誘導できるからな。覚悟しておけよ。
まあ、実際に今の彼女は大して気にしていなさそうだ。
能力を解除する時は僕の方から必ず伝えると明言してあるし、勝手に解除して辻セイラを殺してしまうということは無いだろう。
一応余命宣告フェーズはもう過ぎたかもしれないが、タイムリミットを確実に過ぎたと言える保証はない。「大切な人の死が確定した瞬間」以外にも「大切な人が死亡した瞬間」でも能力は発動するんだから、「一発目が防がれたので二発目いきます!」となる可能性も否定できない。
このまま辻セイラの祖母が死亡するまではかけたままにしておいてもらおう。
それまでは冗談でも言うなりして注意を逸らし続けるんだ。
「しかし、どうしてここまでするのですか? 特定のクラスメイトに対して、そのお祖母様を喜ばせるために、友人ができたと報告をさせる……少し過干渉では? 頭を固定する意図も分かりませんし」
「さあ。未来予知で何か見えたのかもな?」
「今のは肯定と受け取っても?」
「軽い冗句だ。僕は能力者じゃない」
「……あまり喋りたくない内容ですか?」
なんか結構しつこいな。
上から調べるように言われてるのかな。
「まあ……弱っている母親、あるいは肉親というものに弱いんだよ、僕は」
「? お母様に、何か?」
ん?
「知らないのか? 確かに外では一度しか言っていないが」
「存じ上げません。家族のことはプライバシーに当たるので、調査してはいけないことになっているんです。今の口ぶりからすると、おそらくお母様が病弱、といった内容だと推測できますが」
「……徹底しているんだな。ここで言い当てるのはよくて、勝手に調べるのは駄目と」
「規則ですので……ね?」
へえ、意外だな。
確かにプライバシーの侵害はしないとは言われていたが、流石に家族構成や病歴ぐらいなら調べられているものなのかと勝手に思い込んでいた。そういった情報も許可が無ければ調べられないのか。
となると、僕の家の中を見た……あるいは、僕の家に近づいたという経験すらも無いのかも。悪い印象を抱かせないために、あえて末端の人間に伝えていないだけの可能性もあるが。もし事実だとすれば、WPPOの「密会は覗かない」等の宣誓も、これまで以上に信頼できそうだ。
「それなら、WPPO-HBの診察を受けてみてはいかがでしょう。瀬尾さんの家族であれば、検査を優先させることも可能になると思います」
「そんなことできるのか?」
「はい。WPPO-HBには緊急時用に、優先者枠が設けられています。協力者や護衛対象、迅速な対応を求められる重傷者等を対応するためです」
「へえ」
それもあれか。
僕から信頼を得るために許可されているサービスの一つなのか。
別に知らなかったけど、そういう事情があるなら融通してあげるよ、と。
あるいは逆に、実はこのことを知っていて、僕を協力させるためにわざとこんな提案をしている……なんて可能性も考えられるが。果たして真相はどちらなのか。
まあ、いい。
僕の答えは決まっている。
「お気遣い感謝するが──結構だ」
「? それはどうして……」
「母さんはHBに行ったことがあるんだ。だけど、良くならなかったよ」
これで9周目終わりです。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
過去一展開に悩みました。やはり勢いで書き始めるのはよくないですね。
普通に当ててる人がそこそこいて驚いています。集合知ってすごい(恐怖)
可能であれば、感想や意見や評価やここすきを頂けると嬉しいです。大喜びします。
それでは、次話以降も宜しくお願いします(´・ω・`)