『大切な人を救うために死に戻る能力』   作:破れ綴じ

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ちょっと描写に納得がいかなかったので結構改稿しました。
ご迷惑をおかけしております……<m(__)m>


[25:00] 血は水よりも濃いはずで

 言ってしまった。ハルキに言ってしまった。

 言うべきでは無かったのに。

 僕はどうしてあんなことを……。

 彼と別れて、解散して、帰路について……なのにまだ頭から離れない。

 

「瀬尾さん……大丈夫ですか?」

 

「委員長、ハルキと二人で飛び出してから様子変だぜ。何話してたんだ?」

 

「いや、大したことじゃ……君達は帰らないのか」

 

「? 私は瀬尾さんのごえ──」

 

「いや、オレ家がこっちの方だから」

 

「──あっ、そうです! 私もそうでした」

 

 あっぶな。

 あっぶな君。

 何言いかけてるんだ九条ノドカ。

 アサヒの前だぞ。最近気が緩みすぎじゃないか。

 

 ……いや。

 それは僕も同じか。

 

 

 

 

 

 ──「あんなもの、『瀬尾家の父親』なんかじゃない……ッ!」

 

 

 

 

 

 あれは、間違いなく……感情の爆発だった。

 自分でもまさか、あんな風に叫んでしまうとは……あんなもの、どう考えても「僕は異常事態にあるんです」と主張しているようなものじゃないか。

 テストの点数を落としたことより、ハルキの前で制御を失ったことの方がよほど気持ち悪いぞ。「父さん」と言われただけで理性が吹き飛ぶだなんて。自分がどれだけ追い詰められていたか、その瞬間まで自覚できていなかった。いつからこんな風になってしまっていたのか。

 

 別にハルキに致命的な情報を渡してしまった訳じゃない。

 あの男が『帰って来た』と言ってしまった訳でもないし、それ以上の詳細は向こうから自重してくれた。僕が精神的に非常に参っていて、かつ内容がデリケートなものだから自分の感情より優先することを決めてくれたんだ。

 だがハルキは仮にも僕の幼馴染で一番の親友、瀬尾家の事情も知っている。

 あの一言だけで、ハルキの中では十分な推測が走っているはずだ。そして自分にできることは何もない、僕自身にすらどうにもできないものを、友人が解決できるはずがない……そういうことも理解できたはず。

 それが分かっていて、叫んでしまった。

 

 何故言ってしまったんだ。

 追い詰められたからか? 限界だったからか? 彼につい素を出してしまったから? 

 あの場を「何でもない」で切り抜けられたはずだ、いつもならそうしていた。6月に辻セイラから聞かれた時は「個人的な悩みがちょっと」で止められたというのに。

 なのにハルキの前では止められなかった。同じ方法が通じなかった。

 自分の中で何かが変わっている。5月からずっと、少しずつ削られていたものが、今日96点で表面化して、ハルキの一言で決壊してしまっている……。

 

「なあ委員長。事情があるなら聞かねーけどよ、あんま抱え込みすぎない方がいいぜ」

 

「そうですよ、瀬尾さん。いざとなれば『私のこの力』で助けになれるかもしれません」

 

「……いや、大丈夫。家庭の問題だから、大丈夫だ」

 

 ……とりあえずは、彼らには何も言わない方が良い。

 これ以上、僕の友人に心配を掛けたくない。友人達の思考回路のほんの一部でさえ、『あの男』で汚したくない。どちらにせよ彼らでは解決できないことは同じなんだ。話すことでメリットが一つもない。

 

 大丈夫、もうすぐ二人とも別れる。

 家は、すぐ近くだ。

 

 

 

 

 

「そういや九条ってクリスマスの日に変なことしてたよな。急に路地裏で眼帯外したと思ったらさっきまで普通にしてた委員長がカッチーンって動かなくなって」

 

「あっ……」

 

 あっぶな。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「……ただいま」

 

「おかえり、兄さん」

 

「アラタ……」

 

 靴は……ない。三人の分だけだ。

 僕と、アラタと、母さんの靴だけ。他の靴はない。

 

 つまり、今日はアイツは来ていない。

 あるいは、まだ来ていない。

 

「母さんは?」

 

「体調は良くなってるみたいだったよ」

 

「……そうか」

 

 そうか。

 そうなのか。

 そんな訳ないのに。

 やっぱりそうだというのか。

 そんなことあってはならないのに。

 

 それじゃあまるで、母さんは──あの男が帰って来て喜んでいるみたいじゃないか。

 僕達が、ずっとずっと支えてきたのに。それ以上にあんな男が要ることの方が嬉しいだなんて、そんなこと絶対有り得てはいけないのに。

 

「……あの男は屑だ」

 

「うん」

 

「絶対に許してはいけない屑中の屑だ」

 

「そうだ」

 

「嘘ばかりついて、約束を破って、ルールを守らなくて」

 

「そうだよ」

 

「そのくせ外面は良くて、聞こえのいいことばかり言って来て」

 

「……兄さん」

 

 頻繁に家を空けて、帰って来たと思ったら首筋の赤い跡を隠して誤魔化すような男だ。

 そのくせ、証拠は何一つ残さないし、母さんが寂しそうにしているのを見て、自分が愛されているとおめでたい勘違いに浸っているような屑だ。

 

 病院に行かないといけない日に「送ってやるよ」だなんて言って母さんを喜ばせて。いざ出発の時間には現れず、夜になって酒の匂いと一緒に帰って来た男だ。

 泣きそうな顔で「仕方ないの」「事情があったのよ」「責めないであげて」と言う母さんと一緒に、病院へのバスに乗った僕の気持ちなんて、考えたこともないんだろう。

 

 母さんの誕生日に「俺が料理を作ってやる」なんて言って期待だけ煽っておいて。急な電話が入ったからって途中で放置して「やっぱナシで」だなんて言う男だ。

 作りかけの食事を母さんが仕方なく一人で仕上げたあの日のことを僕は一生忘れられそうにない。どうして幼稚園児の僕は料理ができなかったのか、悔やんでも悔やみきれない。

 

 自分の息子だろうと、子供だからって見下して、碌に相手にもしない男だ。

 一丁前に父親面だけして、「誰のおかげで食えていると思っている」「お前に何が分かる」「俺のおかげだな」と宣い、周囲にも「良い旦那さん」を演じて悦に浸って。母さんが苦しそうだと呼びに行った僕に「後で行くから」と言って結局来なかったことを覚えているのか。

 

 何よりあの男は──母さんを泣かせた。

 事あるごとに体の弱い母さんに「俺がいなかったらお前はどうするんだ」「こんな体で、俺に感謝してもらわないと困る」「普通の男なら出て行ってるぞ」だなんて言い続けて。母さんに「悪いのは自分なんだ」と思い込ませるようにして。

 

 思い出すだけで腹が立つ。

 忘れたかったのに、母さんの悲しそうな顔が忘れられなくて、ずっとずっとずっと。

 功績は横取りし、口だけで体を動かさず、全ての言動に言い訳を成立させようとして。

 それを指摘しようとすると、指摘する側が神経質だと主張する。

 いっそのこと僕に暴力でも振るってくれればよかったのに。そうすれば通報できたのに。母さんもお前を見限るのに。ただの短絡的な暴力男ならどれだけ良かったか。

 そういうところだけ日和って中途半端に自己正当化に走るからあの男が憎いんだ。ルールは禁じていないから大丈夫だなんて言い訳を述べてばかり、その口が誰かの役に立ったことが一度でもあったのか。

 

 なのにどうして。

 どうしてあんな男が帰って来て母さんは喜んでいるんだ。

 お前が去ったせいで「私が悪かったのかもしれない」と母さんは泣いたんだ。

 それのせいで体も壊してしまった。全部あの男のせいなのに。

 

 一度は愛した男だからか? 

 アレが、母さんの愛を受けるのに値する男だとでも言うのか? 

 母さんの病気を利用して優位に立とうとする。自分に都合が悪くなればさっさと捨ててしまう。そして今度も、自分の都合次第で戻ってくる。

 

 それとも、5月にあの男から教えられた「あの理由」のせいなのか? 

 

「兄さん。あの人、追い出せないのかな」

 

「……無理だ。無理なんだ」

 

 1. 協議離婚には両者の署名が必要。母さんが署名しない限り出せない。

 離婚届を出せるのは母さんと……あの見るもおぞましいカスだけだ。僕やアラタには権限がないし、仮に僕が勝手に出せば有印私文書偽造で犯罪になる。

 

 2. 裁判離婚も 申し立てできるのは配偶者本人のみ。子供には申立権がない。

 一応、法定離婚事由として「悪意の遺棄」が使える可能性がある。3年間蒸発していたのは同居義務違反だ。だが申し立てるのは母さんで、母さんにはそのつもりが無い。だからこの道も塞がっている。

 

 3. 暴力が無いから接近禁止命令を出すこともできない。

 要件は「身体に対する暴力」か「生命等に対する脅迫」を受けたこと。モラハラや暴言だけでは認められない。精神的DVへの保護拡大自体はあったが、それでも「生命、身体、自由、名誉、財産に害を加える旨の脅迫」が必要で、かつ「今後も重大な危害を受けるおそれが大きい」ことの立証が求められてしまう。

 あの男の行動は証拠が残らない。そして申立人は被害者本人、つまり母だ。

 

 4. 住居権者が退去を要求して従わない場合には不退去罪が成立する。

 だが婚姻中の配偶者には居住権がある。母名義の家でも、婚姻関係が続いている以上、父には住む権利を主張できる余地がある。その婚姻関係が存続し続ける以上、あの男にはこの家に自由に出入りする権利が存在してしまう。

 

 5. 児童相談所への通報も不可能だ。

 僕はまだ対象年齢内だが、目に見える虐待がない。あの男は暴力を振るわないし、ネグレクトも立証しにくい。モラハラは児相が動く根拠としては弱い。

 

 つまり、ここが限界なんだ。

 法に照らし合わせれば合わせるほど、あの横暴の合法性を証明するだけになってしまう。

 ハルキにどうしようもできないのだって当たり前だ。

 せめて何か、僕達にあの男の致命的な証拠を掴むことができればいいんだが、それができていれば今頃、こんな苦労はしていない。

 

「とにかくアラタ。僕達にできることは母さんを守ることだ」

 

「うん。瀬尾家に四人目はいらないものね」

 

「そうだ。あんな人間は瀬尾家に存在してはいけない。夫だろうが何だろうが、母さんに指一本触れていいはずがない。母さんに手を出そうとした時点で暴漢と何も変わりない」

 

「でも、どうしようか?」

 

「とにかく説得を続けることだ。母さんに理解してもらうか……時が経てば、あの男の横暴に母さんも失望して諦めてくれる。その時まで守り続けることが大事なんだ」

 

 ……本当にそうだろうか。

 僕が生まれる前から可哀想な母さんはあのカス野郎の配偶者で、あのカス野郎の不在を皮切りにただでさえ丈夫でない体を弱らせてしまった。本当に時間が解決してくれるのか、僕自身、保証できない。

 

 本当は学校にもずっと行かなくていいのに。それならずっと母さんを守れるのに。

 でも、自分のせいで息子が学校に行けないと知ればあの人は酷く悲しんでしまう。

 そろそろ監視カメラの導入を検討すべきだ。辻セイラあたりがその辺の事情に詳しそうだし、なんとか法が禁止していない範囲で母さんを守る方法を見つけ出さないと。このままでは期末考査でも満点を逃してしまいかねない。

 

 あの男が職に就いているのは唯一の救いだ。

 そのまま職場で死んでくれればいい。

 労災は全部募金にでも突っ込んでやるから。

 僕達の家から永久に痕跡を消してくれればいい。

 

「とにかく。これからも、お互いできるだけ早く帰宅することを心がけよう」

 

「分かったよ。兄さ──」

 

「──なんでだ? 子供は子供と遊んでればいいだろうが」

 

 っ!? 

 

 

 

 

 

「よう、ただいま。飯の味がしない家に家主サマが帰って来たぞ?」

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「相変わらずうっすい味の飯だな。こんなんじゃ強くなれないぞ。俺が作ってやろうか?」

 

「お前の分を作ったつもりはない。ショウゴ」

 

「なんで親父を下の名前で呼ぶのかね。やっぱ好感度高いのか?」

 

「抜かせ。お前にうちの苗字を使わせてたまるか」

 

「俺がくれてやった苗字なのによく言うぜ。二文字で使いやすいだろ?」

 

「その、二人とも……悪いのは私なんだから……」

 

 気持ち悪い。

 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い! 

 

 なんなんだこの男は。そこまでして僕を煽るのが気持ちいいか。

 食事を作った時点で、包丁を持っているのは僕なんだぞ。この家で今一番殺傷能力があるんだぞ。それを考える脳すらも足りないんだな。管理食に難を示す程度の舌しか持てないなら切り落としてやろうか? 

 

 母さんはいつも優しい。

 僕とカスの仲を取り持とうとしてくれる。

 そんなことしなくていいのに。

 ほら、そっちでアラタと仲良く食事をとっていればいい。汚い物を見る必要はない。

 

 というか、その、母さんには言いたくないんだが。

 止めてほしい。

 この男に同調しないでほしい。

 きっと何か事情があるのは分かってる。でも、でも、でも……。

 

「第一、俺が戻って来てやったのはお前らのためだぞ? サヨリだって分かってる」

 

「気安く母さんの名前を呼ぶな。そんな戯言は聞き飽きた」

 

「いやいやいや……現実お前が思うほど甘くないんだって」

 

 

 

 

 

「だって、女一人とバイト一人で、子供二人の学費なんて払えないだろ?」

 

「……ッ」

 

 

 

 

 

「マコト……その、ごめん。私がこんな体じゃなかったら、お金には困らなかったのに……」

 

「違う、母さんが謝ることじゃない……」

 

 違うのに。あの男に「お前の体が弱いせいだ」と言われ続けた結果がこれだ。

 実際に、体が弱いのも、本人の意思でどうにかできることじゃないというのに。

 

 そして、母さんがこの男の言いなりになっているのも、間違いなくこれのせいだ。

 

 僕とアラタは来年の4月からそれぞれ新たに大学生と高校生になる。

 そうなると、一気に学費が嵩むことは目に見えている。普通に学年が上がることと、新しく学校に入ることでは必要になる額が大きく違うからだ。

 今でこそ母さんの仕事の収入と僕のバイト、多様な支援制度で賄えているが、だからといって払う額が減る訳じゃない。加えて体調の問題もあるし、母さんに何かのことがあれば息子の僕達がいきなり路頭に迷う可能性も考えられる。だから、この提案を無視できないのも理解できる。

 

 だが、僕は奨学金制度を使う予定だったんだ。

 僕が母さんのためにと本気を出せば取れない補償なんて存在しない。将来的に借金が残ることにはなるが、母さんのためならいくらでも背負えるし、母さんが望むなら卒業から5年でも3年でも1年以内でも全額返済してみせる。それぐらいの覚悟は持っているし、アラタだって同じ気持ちのはずだ。

 母さんが心配する気持ちも分かるが、僕達が苦労するぐらい気にしなくていいのに。

 

「可愛い息子が高校中学に上がるのを助けてやろうって言ってんじゃないか。だからこんな久しぶりに帰って来てやったってのに」

 

「既に僕達は高校生中学生だ。入学のタイミングは分かるのに子供の年齢はどうでもいいっていうのか? 何か他に目的があるんじゃないのか?」

 

「あったらどうするんだ? 稼ぎ頭に歯向かってもいいって?」

 

 いいさ、いいに決まってる。

 法が許すなら母さんを別室に通して、その間にお前を切り刻んでやるところだ。

 

 でも、母さんは優しいんだ。

 

 分かっている。母さんは僕達に借金を背負わせたくないんだ。

 体が丈夫じゃない自分が、もしいなくなった後に息子が返済に追われる--そんな未来を想像するだけで耐えられない。僕が『大丈夫だ』と言えば言うほど、母さんは『この子にそんなことを言わせている自分』を責めてしまう。

 だから僕の提案では母さんは救われない。それは、分かっている。

 分かっているのに——それでも、まさか、あの男に頼ってしまうだなんて。

 

「私、マコトがバイトを増やすって言ってるの聞いて、怖くなって。私がもう少し元気だったら、マコトにこんな苦労——」

 

「違う。母さんのせいじゃない」

 

 そもそも、こんな男から金を出してもらうくらいなら大学なんて結構だ。

 桜台の試験を満点でクリアした上で、合格の通知書を顔面に叩きつけて「消えろ」と言ってやる。後は僕がバイトをいくらでも掛け持ちするなり、高卒でも給料が良いところを探すなりして、母さんの薬代もアラタの学費も用意してみせる。辛い事情があるなら全部僕に押し付ければいい。

 

 だけど、僕がそんなことをすれば母さんは悲しんでしまう。

 この人は優しいから、僕が苦労するだけで自分を責めてしまうんだ。

 そんなことないのに。貴女が生きていてくれるだけで僕とアラタは救われるのに。

 だから、母さんを悲しませることだけはしてはいけない。

 

 この男は、それを利用している。

 母さんの優しい心を人質にして、僕達を言いなりにさせようとしている。

 

 そうだ、母さんは利用されているんだ。

 決して、こんな男を愛しているから、こんなことをしているんじゃない。本当は母さんだって、今すぐに出て行ってほしいに決まっている。息子の学費という一点だけで、この男の存在を許可しているだけだ。

 自分の体はいつどうなるか分からない。そんな状況でかつての知り合いが金を工面してやると言い出して、まともな整理がつかなくなっているだけなんだ。

 そうだ、そうに違いない。

 

 母さんを苦しめた存在が、母さんにとって救いだなんて、そんなこと許されない。

 ああ憎い。1年前の辻セイラなんて比じゃない、ダブルスコアをつけて……いや、彼女にそんなことをするのも失礼なくらいこの男が憎い。今だけは法律の存在が恨めしい。

 

 ……僕はどうしてしまったんだ。

 法律が恨めしいだなんて、本当に、駄目だ。

 この男のせいで、どんどん自分を乱されている。

 だから、ハルキを困らせてしまったというのに……。

 

 

 

 

 

「にしても、やっぱり俺の息子だな」

 

「は?」

 

 

 

 

 

 ? 何を言っている? 

 僕と、お前が似ている? 

 

 はは。

 馬鹿な。

 

「アラタはサヨリ似だからな。俺の要素が強いのはどっちかっていうとお前だろ」

 

「止めろ。アラタと母さんの名前を呼ぶな」

 

「事実だろ。髪伸ばしたらサヨリそっくりかもしれないぜ?」

 

 確かにアラタは母さんに似て、整った顔をしているさ。

 心まで透き通っていて、僕と共に母さんを守ってくれる……頼もしい同志なんだ。

 母さんを苦しめるような、お前が名前を呼んでいい存在じゃない。

 お前より、ずっとずっと純粋な存在なのに。

 

 アラタは僕の弟だ。母さんの息子だ。

 お前の子供なんかじゃないんだぞ。

 

「で、お前もそうさ」

 

「何がだ」

 

「俺に似てイケメンに育ってきたじゃないか。背丈だって追い抜くんじゃないか?」

 

「そんな訳ない」

 

「いやそうだって。女にもモテるだろ? 人生楽しいんじゃないか?」

 

 僕の人生が楽しいのは、僕が友人に恵まれているからだ。

 母さんが「一度しかないんだから、後悔しない学生生活を送ってね」と言ってくれたから、それを忠実に守り続けているだけだ。

 辻セイラに協力するのも、ミオの恋路を応援するのも、テストで満点を取り続けるのも、そうしないと後悔するからだ。後悔する選択を取っていては母さんとの約束を果たせない。だから今まで頑張って来た。

 

 僕の学生生活が充実しているのは母さんとの約束があったからだ。

 お前から与えてもらったものなんて一つもない。自惚れるんじゃない。

 

「僕とお前が似ているだなんて、そんな訳がない」

 

「同族嫌悪ってやつか? 恥ずかしがりやがって」

 

「違う」

 

「本当にそうか? サヨリはどう思う?」

 

 は? 

 待て、止めろ。

 

「……えっ、わ、私?」

 

「待ってくれ母さん、大丈夫だから」

 

「お母さん、答えなくていいよ、あんな質問」

 

「お前らは黙ってなって。で、サヨリは? 本当はどう思う?」

 

 止めろ。

 本当に止めろ。

 

 本当にそうだ。

 僕とこの男が似ている訳がない。今から採血をしてみよう。きっと血液型が違うはずだ。

 見た目には気を遣っているが、それは母さんの息子として恥ずかしくない恰好をしなければという自覚があるからだ。この男のおぞましい見た目を受け継いでいるからなんて訳がない。

 僕が女性にモテたりする訳もない。そんな、女遊びの激しいあのカスと同じような特性を、僕が持っているなんて……考えただけでも恐ろしい。そんなことあり得るはずがない。

 百歩譲って、見た目が似ているとして……それが意味することは何もない。ただの偶然だ。

 

 ──「ルールは禁じていないから大丈夫だなんて言い訳を……」

 

 母さんだって、きっと否定する。

 僕と、この男が……。

 

 

 

 

 

 ──『……常用はできないな、この手段。今日限りにしよう』

 

 ──『しかも、これなら嘘にならない。行政に対する虚偽申告にはならない』

 

 ──『命の保証はできないが、明日には「逮捕されている」のだから生きているだろう』

 

 

 

 

 

 違う。

 確かに、ルールの範囲内だから大丈夫だとか言って色々やってきた自覚はある。

 だが僕は、ルールを守れればなんでも良い訳じゃない。あくまで、ルールの範囲でできることを工夫しているだけだ。この男と、似たとか、そういう訳じゃない。

 だから、そんなはずはない。

 僕とこの男は違う。

 

 母さんだって、分かってるはず。

 母さんは、僕とこの男に「仲良くしてほしい」と思っているかもしれない。「親子としてやり直してほしい」と思っているかもしれない。「争っている二人を見たくない」と思っているかもしれない。

 ただ、事実と違うことはきっちり違うと言ってくれるはず。

 

 大袈裟かもしれないが、僕にとっては大事なことなんだ。

 母さんにそう言ってほしいんだ。

 僕は、貴女の息子なんだ。

 あんな男の、息子じゃないんだ。

 

「や、止めて、二人とも……ね? 家族がバラバラになったのは、体の弱い、私のせいなんだし」

 

 ちがう。

 ちがう。

 やめて、やめてくれ。

 そんな、わけがない。

 

 そんな。

 わけが。

 

 

 

 

 

「二人は──親子、なんだから……」

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 ……あっ。

 

 なるほど、そうか。

 母さんがそう言うということは、やはり『そういうこと』なのか!




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