『大切な人を救うために死に戻る能力』   作:破れ綴じ

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[25:02] 二人は親子だから

 ま、待ってくれ? 

 能力者? 誰が? お父さん? 僕に父はいないぞ? 

 え、は? 

 ……。

 

 ……ふぅ。

 急に何を言い出してるんだ辻セイラは。

 

 能力者だぞ? 二十万人に一人しかいないあの能力者だぞ? 0.000005%だぞ? クラスメイトに既に能力者が二人いるのに、僕の身内にも追加で一人? そんな訳がないだろう。

 夏の暑さで頭をやられてしまったか。まあよくあることだ。安静にしておくといい。

 とりあえず、緊急性が無いなら僕は後で動く。ループがあったかどうかだけ教えてくれればいい。そこのところだけまず聞くべきだろう。

 

「とにかく、今何周目だ?」

 

『2周目、戻って来てすぐ』

 

「期間は?」

 

『今から3日間』

 

「要因は?」

 

『調査中。カリンとミオとルナではなさそう』

 

 うん。落ち着け。

 僕は辻セイラの協力者。

 自分の都合に振り回されて彼女に迷惑をかける訳にはいかない。

 筋が通っていたら話を聞くという約束なんだ。約束を違える訳にはいかない。

 

 しかし3日間か。結構猶予があるな。

 いや、普段と比べて余裕があるという訳ではない。一つ前のループは数ヶ月に及ぶものだったし、それに比べればあまりにも短すぎる……そう捉えることもできる。

 しかし、過去には15分間や6秒のループもあった訳だからな。あれらと比べれば今すぐ動かなくてはいけない理由も存在しない。少なくとも、一旦作戦会議を終えてからかけ直す程度の余裕はある訳だ。

 

 要因は今の口ぶりなら、辻父か辻母……あるいは認知できなかっただけで自分か。

 調査中というのも、まあ2周目ならまだ分からなくもない。戻って来てすぐと言っているし、要は一人で思い詰める前に僕に連絡だけしてくれたということだ。切羽詰まっている様子もないし、彼女はこれから両親のどちらかが要因なのか調べようとしているのだろう。何が起こるのかはまだ分かっていないと。

 

 良かった良かった。

 事情を説明すれば安心して電話を切れそうだ。良かったよ。

 

 

 

 

 

『で、お父さんの情報は前のアンタからの伝言で』

 

「ちょっと詳しく聞かせてもらえるか」

 

『初めからそのつもりだけど……?』

 

 

 

 

 

 やっぱり無視できない情報だった。

 なんだ、前の僕からの伝言って。なんだそれ。

 

 じゃあ、今の情報は、辻セイラが夏の暑さにやられて変なこと宣い出したという訳でもなく……前の周の僕が今の僕に情報を渡すために行った伝言だというのか? 

 前の僕は、同じくあの男について調べようとして……。

 

 そして、「能力者である」という事実あるいは可能性に行きついたと? 

 

『聞いた話だけど、アンタ家の中で揉めてるらしいじゃん』

 

「……それも前の僕から聞いたのか?」

 

『そうだけど』

 

「……じゃあ、その情報の出所を教えてくれ」

 

 ……流石に、僕が意味のない情報を渡すとは思えない。

 かといって今の情報だけで何かが分かるとも思えない。

 

 いくらあの男を嫌っているとはいえ、次の僕の行動に邪魔をしてしまっては本末転倒。

 だから前の僕は、ある程度は信憑性のある手がかりを、それを補強する情報と共に伝えてきているはずだ。ただ「あの男が能力者かも?」なんて意味もなく辻セイラに伝えたとは思えない。

 

『前のアンタは尾行作戦をやってたとか言ってた。心当たりは?』

 

「……そうだな。その通りだ」

 

『で、尾行して行きついた相手の一人に「自分は能力者だ」って喋っていたのを突き止めたって』

 

「……なるほど」

 

 つまり、そうか。そういうことか。

 

 あの男は、本人曰く、能力者だった。

 その事実を、理由は分からないが……自己顕示欲なのか、マウントを取りたかったのか、相手を脅したかったのか、とにかく外出先のいずれかで喋っていた、ということだ。

 

 確かに、僕達が尾行作戦を取るのはまさにその通り。

 実際にこれから僕達は作戦内容を詳細に詰め、明日から行動を開始しようと話し合っていた。特に介入が無ければ、問題なくその作戦を実行し、同様にその事実に行きついていただろう。

 ただ、1周目の僕はそこで調べきることができず、タイムリミットが来てしまった。そこで僕達が突き止めた情報を、何らかの理由で共有していた辻セイラが、この場で伝えたということだ。

 

 それに、あり得ない話じゃない。

 あの男の性格だ。人を見下したければ何でも利用するだろうし、優位に立ちたいがために持てる情報があれば好きに開示するだろう。

 能力者の中には選民的な意識に溺れる人間がいなくもないし、あの男も例外でなければその情報で悦に浸ろうとすることぐらい容易に想像できる。実際、そういう人間の前例はこの目で見ている訳だし。 

 しかも出所は、あの男の自己申告と来た。第三者の推測ではないということになる。

 

 問題があるとすれば、これが又聞きの又聞きであること。

 あの男が嘘を吐いた、話を盛った可能性自体は否定できないし、前の僕が誤解した可能性だって存在する。何より──何の能力なのかが分かっていない。

 

 つまり、分かったことは三つだ。

 1. 前の周ではループを解決できず、内容もまだ不明であること。

 2. タイムリミットの3日間だけでは、僕はあの男を排除しきれないということ。

 3. 3日間の尾行作戦の中で得られる情報は「自称能力者」の証言のみということ。

 もし彼女からの連絡が無ければ、僕達はこれから前の周と同様の尾行作戦を実施し、全く同じ情報を携えてタイムリミットを迎え、「次の情報はまた明日調べよう」などと考えながら巻き戻ってしまうところだったという訳だ。

 彼女の連絡は、僕達の捜査を1周分推し進める結果になったと。

 

 流石にあのカス野郎が今回のループに関わっているという可能性は無いだろうが。

 辻セイラとあの男には関係性というものがあまりにも存在しないし、世界は僕を中心に回っている訳でもないんだから。おそらく今回のループは僕達の問題とは無関係の独立した問題として考えるべきだ。

 

 ……となると、僕はどうすべきだ? 

 

 ここは一度彼女のループ解決に協力すべきなのか? 

 今のままでは僕達が捜査に使える時間は3日しかないことになる。

 夏休み中に片付けたいとは思っていたが、夏休み終了まではまだ数週間だ。猶予を増やすためにも、一度あの男の捜査を中断し、ループ解決のために方向転換すべきなのかも……。

 

 

 

 

 

『だから、次のタイムリミットまでに何かあったら、私に教えて』

 

「……えっ?」

 

『私のループを使ってアンタを助けてあげる。次のアンタへの伝言役になってあげるから』

 

 

 

 

 

 待て、それは、君。

 自分が死に戻りの苦痛を負うから、それを利用しろと言っているのか? 

 

「流石にそれは駄目だ。僕の問題のために君を巻き込む訳には……」

 

『いいよ。まだ調べる周だからアンタは役に立たないし、きっとまたループする。どうせならそれを使って効率的に情報を集めた方が良いでしょ』

 

「それは、そうだが……」

 

『おばあちゃんの時のお礼。たまには人に頼ればいいのに』

 

 ……っ。

 そう、か。

 

 確かに、この問題が夏休み中に解決するとは限らない。

 そうなれば後は泥沼戦だ。僕とアラタは学校が再開し、受験も相まって思うように時間が取れなくなる。僕が勉強できなくなるのはどうでもいいが、それでアラタにまで影響が出てはいけない。

 

 もし、情報収集にかける時間をループ期間で補えたら? 僕達視点の時間は一切進まず、辻セイラが伝言を行うことで対カス男の情報だけを効率的に集めることができる。

 彼女と、彼女の大切な人の死を利用するという……倫理的に見れば真っ黒な案ではあるが。もしこれから辻セイラが本格的に調査を開始するというのなら、一緒にいても邪魔になるだけだ。

 僕が役に立つのは作戦立案と実行においてであって、今できることはない。逆に、一切デメリットが無い空き時間があるというのに、母さん救出のために一切使わないというのもおかしい。

 

『ほら。こっちは気にしてないし、これまで手伝ってくれたアンタに何もできないって方が嫌だから』

 

 だから、彼女は、これを利用しろと。

 人を頼れと、そう言っているんだ。

 

 ……そして、僕はハルキとアサヒに頼ると決めてしまった。

 ここで、「辻セイラだから嫌だ」というのは、筋が通らない。

 

「……すまない」

 

『なに謝ってんの』

 

「伝言、ありがとう。その……手を貸してくれるか」

 

『ん』

 

 やはり僕は、周りの人間に……。

 

 ……友人に、恵まれてしまっているようだ。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「ということで、作戦を変更したい」

 

「電話から帰って来たと思ったら急だな委員長」

 

「……マコト、辻さんに何か吹き込まれた?」

 

「もし吹き込まれたとしても、それが有用なら採用すべきだな」

 

「……まあ、それはそうだね」

 

 とにかく作戦変更だ。

 もうこれは変えられない。

 今の話で、あの男が能力者であるという可能性が出てきてしまった。

 となると実は、さっきの尾行作戦は危険だということだ。

 

 能力があるのか無いのか、もしあるとしたらその能力とはいったい何なのか……内容次第によっては、遠くから行動を見張っているだけでこちらがダメージを受ける可能性もある。

 前の周では偶然引っかからなかっただけかもしれない。次に尾行を行うと、その能力の影響で僕や……もっと悪い想像をすれば、純粋な善意で協力してくれているだけのハルキやアサヒが被害に遭うパターンも考えられてしまう。

 流石にそんな作戦を強要することはできないし、もし強要したにしてもダメージの内容によっては尾行そのものが不可能になってしまう。あの男に直接接触する可能性のある作戦は実行すべきではないということだ。

 

「現在、僕は尾行そのものに危険性があると危惧している」

 

「まあ、そりゃそーだろうな。バレたらどうなっちまうか」

 

「それ以降の家庭に響くし……リスクは大きいよね」

 

「だから僕は──別のアプローチであの男の内情を暴く必要があると考えた」

 

 要は、問題はあの男にバレかねない、あるいは能力の影響を受けるかもしれない「直接的な尾行」という行為にあるということだ。二人が誤解してくれた通り、バレてしまえばそもそも問題。それが原因で能力を行使される、あるいは向こうが認知していなくても能力が発動する……そんな状況があり得る以上、あの男を追跡することは避けた方が良いだろう。

 

 それはつまり、逆に言えば、直接的な方法で無ければ、あの男の裏を暴くことができるかもしれないということ。探すのは今のあの男の放浪先ではなく、「現時点であの男とは接触が無く、しかしあの男の記録が残っている場所」に限定される訳だ。

 

 そして、それは……。

 

「あの男が蒸発していた、3年間の軌跡を追うことだ」

 

「……なるほど」

 

「あー! 出て行った期間に行ってた場所を探ればってことだな?」

 

「その通りだ」

 

 あの男本人に近づかず、あの男の過去を洗う。

 つまり、3年間どこで何をしていたかを辿ればいい。

 その場でもなお不貞が続いていた可能性がある。

 そうでなくても何かしらの証拠が見つかるかもしれない。

 

 それに、今回探すのは不貞の証拠だけではない。

 あの男の「能力が何なのか」という点もだ。

 

 もし長期間、別拠点で暮らしていたのなら、同居人や近くに住んでいた人間があの男の能力について何かしらの情報を得ているかもしれない。

 喋っていない可能性もあるが、出かけ先でも喋っているような馬鹿だ。もしかしたら何かしらの証拠を残している可能性が高い。逆にそう言ったものが無ければ「能力者説は誤解だった」と判断することもできる。

 そしておそらく、13年近く住んでいた瀬尾家でそのことを三人に一度も話さなかったのは──その話を開示することが、あの家の中では不利に働くからではないか。能力の内容を知り、問い詰めるだけで、あの男を追い詰められる可能性がある。

 

 軌跡を辿るには起点がいるが……それについても問題無い。

 

「家にはあの男が持って来た私物、郵便物、レシート類がある。あの男の勤務時間は把握しているし、その間に荷物を漁って、3年間何処にいたかを絞り込めれば、後は現地に行くだけだ」

 

「へー……処分してねーのか?」

 

「していない」

 

 あんな男の荷物、家の誰も触りたがらないし、あの男自身片付ける気がない。

 だから帰って来てからずっと同じ場所……かつてのあの男の部屋だった場所に置きっぱなしだ。鍵はかけられない部屋だから自由に出入りして中身を漁ることも問題なく行える。

 

「それって法的には大丈夫なの?」

 

「アウトだ。占有侵害になる。窃盗の構成要件に接近する」

 

「えっ」

 

「だが、仮にも一応建前上は、同居している……親子……の設定だ。その場合は『親族相盗例』により刑罰は受けないし前科もつかない」

 

「へー」

 

 認めたくない。

 本当に認めたくないが。

 

 法律上は「中身を見るだけ」でも他人の財産への侵害だ。「持ち出していないからセーフ」ではなく、他人の支配下にある物を勝手に扱う時点で財産犯の範囲に入ってしまう。

 しかし、同居している親、子、祖父母、孫、兄弟姉妹であれば窃盗・横領などの財産犯をしても刑罰が免除されると刑法244条は記している。

 

 犯罪は成立する。だが、刑罰は科されないということだ。

 前科として扱われないのが通常だし、警察沙汰になっても不起訴になる。

 

 つまりセーフだ。

 これを利用しない手はない。

 

「分担としては、僕が家の中で情報を集める方向性になると思う。初日は情報が出ないから、二人の出番は明日以降だ。僕の結果を元に、現地に行って二人で調べてきてほしい……できるか?」

 

「任せてよ、マコト」

 

「おっけー、了解だ委員長」

 

 現地に着いた後は、もうこちらからは状況が分からない。

 一方的に指示を出し続けることは不可能だ。向こうで独自に動いてもらう必要がある。

 だが、家でずっとアラタが一人というのも問題だし、3日という制限の中で情報を調べないといけない以上、家の中で自由に動くことができる僕が外で活動するのは非効率的だ。

 

 正直、僕個人が自分の足で情報を探しに行けないのは不安でもある。

 だが、ついさっきハルキに「役割分担さえすれば一人で十分と思っている」と指摘されたばかりだ。協力してくれる皆のことを信じられなくて、何が友人か。

 

「……悪い、二人とも」

 

「いーって。なあ?」

 

「うん。マコトが元に戻れるように、僕も全力で頑張るから」

 

「……ありがとう」

 

 ……今の僕達は一つの目的のために共に動く仲間なんだ。

 この信頼に応えるためにも、早く家に帰って、情報を探すとしよう。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 レシート、レシート、レシート、郵便物……。

 ……なんか、ちょっと遠いな。あと2日で現場まで間に合うかこれ? 

 もう少し綺麗にしておいてくれればもっと効率的に探せたかも……まあ、この家の人間ではないと実感できただけマシとするか。

 

 それにしても不潔な男だ。こういった私物を丁寧に整頓するという発想が無いんだろう。

 あの男が「まだ帰らない」と確定している時間まであと1時間しか無いというのに。今日は帰ってこない日だと助か……むしろそのまま死んで帰ってこなくなったら一番良いんだが。

 しかし、ここまでの情報を整理すれば、ある特定の場所に集中して入り浸っていることは推測できる。名前からしてどこかのアパートの一室か、もしかすると浮気相手の家かも……。

 

 ……おっと。

 

「……マコト?」

 

「何かあった?」

 

 ……しまった。

 母さんに見られてしまったか? 

 

「あー……いや、何も無いんだけどね。その……ね」

 

「話があるなら僕の方から行くのに……ああ、まず座ろうか。椅子持ってくるよ」

 

「えっあっそこまでしてもらわなくても」

 

 いや、見られていない。完璧に隠したはずだ。母さんもそこまで俊敏には動けないし、母さんもあんな荷物には触りたがらないから注意が行っていないだろう。

 というか、母さんをこんな部屋まで歩かせるとは何事だ。こんな部屋無くなってしまえばいい。母さん、事が済んだら解体しないかこんな部屋。

 

 ……で、どうしてこっちに来たんだろう。

 この男の部屋に来たいと思う訳がないし、多分僕を探してきたんだ。

 何か話があるということだな。

 母さんの話なら全てより優先して聞くよ。是非とも話してくれ。

 

「……その、ね」

 

「うん」

 

「アラタの受験のことなんだけど……どうなるのかな~って」

 

 ……どうなるのかな? 

 

 どういう意味だろう。

 僕は母さんの感情の機微であれば読み取れるが、その崇高な思考まで何もかも読み取れる訳じゃない。そこまでツーカーの仲にはまだなれていないが、いつかなりたいとも思っている。

 

 もしかして、何か不安なことがあるのかな。

 アラタは医者になりたいと言っているし、私立になったらどれくらいかかるのか、国立でも学部によっては六年あるとか。そういうことで少し気持ちが落ち込んでいるのかもしれない。

 あるいは……あの男が家にいるせいで落ち着かないのか。

 

「……最近ね、そういうことをよく考えるようになって」

 

「母さん。心配しなくても僕とアラタなら──」

 

 

 

 

 

 

「私が……いなくなった後のこととか」

 

 ……ん? 

 

 え? 何を? 言って? 

 

 い、いなくなった後? 

 誰が? 母さんが? 

 

 ……は? 

 

 

 

 

 

「そういうことを、ちゃんと考えておかないといけないなって」

 

「……母さん、それはどういう」

 

「あっ違くて、そんな大げさな話じゃ」

 

「大袈裟じゃない話が一つも無いんだが」

 

 いなくなるってなに? 

 どこに行くつもりなんだ。旅行か? 旅行の話か? 

 いやそんな訳がない。今の流れでそんな訳がないだろう。アラタの受験の話をしていて、その次に「いなくなった後」だ。文脈が一本に……繋がってしまっている。

 

 落ち着け。

 母さんがいなくなる訳がない。

 ただ、母さんの言葉には必ず意味がある。

 僕が取り乱してしまえば、母さんは言葉を引っ込めてしまう。

 

 だから、今回は、聞かないと。

 最後まで、聞かないと。

 

「……ごめん。続けて」

 

「……うん。あの、お父さんが、学費を出してくれるって言ってたでしょ?」

 

「……ああ」

 

「あの人、ちゃんと働いてるみたいだし。アラタのことも、マコトのことも、考えてくれてるみたいだから」

 

 考えてくれている……? 

 

 あの男が? 

 母さんとアラタと僕のことを? 

 

 ……いや、耐えろ。

 ここで否定してはいけない。母さんの話の途中だ。

 

「だから……その、ね」

 

「うん」

 

 

 

 

 

「……あの人と、仲良く、して、ほしい、なって」

 

 ……。

 

 

 

 

 

 ……そうか。

 うーん……。

 

 やっぱり、母さんは、あの日と同じことを言いに来たんだ。

 あの日、「二人は親子なんだから」と言って、その夜に謝って、それでも僕はずっと考えを変えていない様子だったから。だから今日もう一度言いに来たんだ。

 

 母さんがそこまでするんだ。

 つまり、そこまでして僕に言わなければいけない理由があるということ……。

 

 ……何だろう? 

 

「……母さん」

 

「うん」

 

「僕は、母さんの頼みでも、すぐ『はい』とは言えない」

 

「……そう、そうよね。私も、そう思う……って、あっ」

 

 ──ぎゅっ

 

「でも、母さんが後悔するような選択は取らないから」

 

「……マコト」

 

「だから、安心してほしい」

 

「ごめん……」

 

 分かってる。これはあの男に洗脳されているからだ。

 そう言わざるを得ない状況に追い込まれているからだ。

 

 あの男にまだ愛着があるという線はあり得ない。

 認知を歪められているから、あの男を憎んでいる……という訳でもないだろうが。

 今の母さんの顔には、「息子が傷つくと分かっていて」「自分が嫌われる可能性を考慮して」「その上で自分が言わなければいけない」という気持ちがはっきりと汲み取れた。

 愛着があれば、この男の荷物も片付けてやるだろうし、「二人は親子なんだから」と濁した言い方をせず真っ直ぐに「似ている」と言ったはずだ。今だって「仲良くしてほしい」をそこまで渋って言わなくていい。

 

 きっと何か他に事情がある。

 それはまだ、僕には分からないけれど。

 きっと母さんは、僕とアラタのためだけに動いてくれている。

 

 僕の母さんを見る目は世界一だ。

 世界で誰よりも母さんのことを見てきた。

 他の誰が何を言おうが、僕の方が母さんに詳しい。

 母さんが本当は望んでいないことなんて全部分かっている。

 母さんの抱えてる問題が、母さんを酷く苦しめているのだと分かっている。

 

「……マコト? ちょっと、力が……」

 

「……」

 

「……ううん。なんでもないわ」

 

 安心して、母さん。

 

 貴女を幸せにするためだけに、僕は生まれてきたんだから。




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