「──という、情報を、受け取って来たんだが……」
「……じ、自称能力者? さ、流石に予想外なんだけど」
「CKDってのは……何だ? 略称使われても分かんねーぞ委員長」
二人とも、困惑するのは分かる。
僕だってそうだ、意味が分からない。
あの男が3年間で複数個所を渡り歩いた。それは分かる。
うち1年は特定の女性の家に入り浸っていた。それも分かる。
これらの情報のために僕達が作戦を立て実行した。それも分かる。
あの男が……能力者?
特定の女性は、CKD患者?
今ループ中で辻セイラと伝言ゲーム?
???
なんて情報量だ。
直前まで尾行の相談をしていた三人の前に、こうもいきなり結論に近いものを並べられると、流石に整理する時間が必要になるぞ。おかげで彼女の「今3周目」「要因は多分パパ」「運転中に大きな事故が起こるっぽい」という情報にまるで集中できなかった……。
いや、その……なんとなく想像はつく。想像以上に醜悪だったが。
要はあの男が、扱いやすい病人のみに焦点を当てて行動しているということだろう。
CKDの患者は食事制限によるエネルギー不足や筋力不足、疲れやすさや倦怠感もあるからいざとなった時に抵抗しにくい状態にあることは確かだ。進行すれば命にも関わるし、初期は自覚症状も薄いから、CKDと分かっている頃にはかなり進行が進んでいることも多い。
逆説的に言えば簡単かつ自由に相手の命を、生命線を握ることができる。対処法も何が駄目かも分かっているのだから、何をすればいいのかも全て把握済みという訳だ。
自分に抵抗できない標的を選んでいると考えれば確かにあり得ない線ではない……か。
「マコト、この情報は……辻さんが調べたものなの? それとも君の指示?」
「……どちらかというと後者だ。彼女は調べた情報の伝言役を請け負ってくれている」
「へー」
「ならいいけど……」
……二人には悪いが、こう説明するしかないな。
これだけの情報だ。黙ったままというのは流石にできない。
しかし、二人からすれば、今尾行作戦について話していたというのに、唐突に全てを覆すような情報を持ってこられた訳だから……その情報源が気になるのは当然だ。
僕は辻セイラと電話をしてくると言ったばかりだし、そこから急に新情報を持ってこられても信用していいのか判断に困ってしまう。だが、彼女のループのことは話せない。
実際、辻セイラは伝言役だし、彼女本人が情報の調査を行っている訳では無い。この情報自体を仕入れてきたのは前の周の僕達だ。それ自体は嘘じゃない。
アサヒは気にしていなさそうだし、ハルキもなんだか不服そうだが納得してくれている。情報源が僕の把握しているものだと理解してくれたんだろう。
とりあえず、話し合いには入れそうだ。
「じゃあ、この問題に対し僕達はどう対策するべきなのか」
「……堂々巡りになってきたね」
相手が能力者かもしれない以上、尾行作戦は中止だ。
能力の発動内容も発動条件も分からない。もし反撃されてしまったらハルキやアサヒに危害が及ぶかもしれないし、反撃されている時点でこちらの尾行は捕捉されていることになる。そうなれば警戒されてもう尻尾を出さなくなってしまうだろう。
かといってその女性に証言を頼むのも難しそうだ。
狙うのがCKD患者なら、母さんと同じで、あまり無理をさせられない状態のはず。証拠も残っていなかったと伝言を受けているし、この調子では他の手がかりを探っても二の舞になる可能性が高い。
貴重な三日間を「今回もダメだった」で消費するのはハイリスクだ。
そして、金銭問題が母さんの悩みの種でないことも分かってしまった。
となると、離婚をさせるという案そのものがあまり実用性を持たないかもしれない。不貞の立証はあくまで離婚の口実にはなりえるが、あくまでその判断を下すのは母さん本人だ。
前の周では、離婚が成立しなくても能力の証拠さえ手に入れば……という目的があったが、証拠は無かったんだから結局あの男の能力が何なのかも分からない。
今の僕達は説得材料を失っている。
次の方針を決めなくては……。
「でもよ、そんな都合よくCK……なんとかの人って見つかるもんなのか?」
……!
「日高くん? それは今関係ないんじゃ……」
「いやさ。そういう病気の人狙うつっても、沢山いる訳じゃねーだろ? 相当運良くないと無理じゃないか? ……ああいやただの疑問なんだが」
た、確かに。
アサヒの言う通りだ。
3年で複数個所、全部が病人だったとすれば確率として不自然になってしまう。
CKDは成人の約15.6%……6~7人は有するとされる病気。しかし、それは高齢者によって平均を大きく押し上げられているからに過ぎない。
事実、60代女性で14.6%、70代女性で31.3%がCKDだと言われているが、あの男が不倫相手に選ぶであろう40歳未満……若年女性のCKD率はほぼ0~1%だ。能力者ほどではないが、医療関係者でもない限り意図して探し出せるものではない。
他の病人を狙う手もあるが、事情の分かっているCKD以外の病気を一から勉強し、どう扱えばいいか準備する……あの男にそんな労力を惜しむ手間があるとは思えない。かといって、偶然CKD患者が連続したというのも同様に確率からして考えにくい。
盲点だった。
お互いの家の事情を知っている僕とハルキとは違い、一歩引いた場所からフラットに、かつ直感的に考えられるアサヒだからこそ気づけたのか。
「だからこそ、マコトの家に帰って来たんじゃないのかな。確か5月だったっけ」
「そ、そうだな。あの男が来たのは5月だった」
「あっそっか。沢山いる訳じゃねーし、他にアテが無くなって戻ってきちまったのか。わり、今の質問忘れてくれ」
「いや、待て。待ってくれ。ちょっと考えさせてくれ」
「?」
確かに、母さんもCKDだ。
婚姻関係があるし、帰れば屋根がある。戻ってくる理由には妥当かもしれない。
他にCKD患者を探して回るのに疲れて、既にCKD患者だと分かっている瀬尾家にやって来た……そう考えれば、確かに筋は通るが。
母さんの病歴は、僕が一番よく知っている。
母さんの体調が急速に悪化したのは、あの男が去った後だ。
「あの男と出会う前の時点で──母さんはCKDで弱っていなかった」
「……あっ!?」
「えっそうなのか!?」
おかしい、順序が逆だ。
あの男が弱っているCKD患者を重点的に狙って行動しているなら、後から母さんが弱っているのは矛盾する。出会った時点であの男に目を付けられる理由にならない。
なら、あの男にとって、母さんが初めてのCKD患者だったのか?
あり得ない。配偶者が初めて見る病気にでもかかればあの男はすぐに出ていくだろう。しかし実際に出て行ったのは僕が中学生の時だ。それに、以降もCKD患者を狙うことと矛盾する。
「じゃ、じゃあどういうこと? その人の目的と、病気は関係ないってこと?」
「……どうだろう。今のところ、母さんの大きな病状悪化には全てあの男が関わっている」
出会った後に発症。
去った後に悪化。
戻って来た後に回復。
それ以外で連続的に状態が大きく変わった覚えはない。
これであの男が無関係だと言えるのか?
しかし、関係性を拾い上げるにはまだ情報が足りない。
あの男が何を切っ掛けに行動しているのか、それさえ分かれば……。
「じゃあ、ソイツが帰って来た5月に、委員長のお袋に何かあったとかか?」
……ん?
あっ。
「それを目安にソイツは戻るかどうか決めてるとか……ああでも今からじゃそんなこと調べようがないか」
「いや……それならいけるな。母さんに直接聞いてみよう」
「……へ? 聞く?」
確かにアサヒの言う通りだ。やはり彼は直感で鋭い一言を差し込んでくれる。
僕もハルキも理論派だからな。感覚派の意見というものは参考になるんだ。
僕達目線では主観的な情報しか手に入らないが、もし母さん自身に何かしらの変化が発生していれば、あの男がCKDを基準に戻るかどうかを決めていることになる。逆に一切の変化が発生していないと言われれば、あの男は病気を起点に狙っている訳ではない可能性が高くなる。
5月の母さんに何が起こったかは──母さん本人に聞いてみれば分かる。
「じゃあ、一旦作戦会議は……解散ってことか?」
「その必要はない。ちょっと待っていてくれ」
「……あぁ。マコト、『アレ』を使うんだね?」
「そうだ」
「これからイマジナリー母さんを起動する」
「……??? 委員長壊れたのか?」
「大丈夫だよ日高くん。マコトは至って平常運転だから」
*
イメージしろ。5月のあの日だ。
あの日、インターホンが鳴る前、瀬尾家はどんな様子だったか。
人間であれば誰であろうと、一瞬一瞬の母親の姿を鮮明に記憶しているものだ。だから、当時の母さんの様子をベースに少しずつ他の情報を組み立てて行けば、次第に当時の情景を完全再現することができる。母親から愛を受けて育った人間であれば、できて当然の芸当だ。
写真に撮り忘れた絶景を忘れることがあっても、特定の日時の母親の姿を忘れることはない。そうやって記憶を基に作りあげた「5月当時のイマジナリー母さん」に質問をすれば、当時のことを教えてもらえるはず。
僕が覚えているのは、当時料理を作っていたこと、アラタから質問を受けていたこと。
もう3か月前だから何の話をしていたかは覚えていないが、確かその時に母さんは……。
──「……息子たちは好きなもの食べていいのに~」
そうだ。母さんは辛いだろうにわざわざ台所までやって来て、瀬尾家の食事制限で僕達が無理をしていないかと心配してきてくれたんだった。
──「よよよ。私のせいで息子たちが修行僧みたいになっちゃう……」
あの時の母さんは少し困ったような、汗をかいたような顔だった。僕達の返答が少し気に入らなかったみたいだったが、それも僕達の愛情だとして冗談めかして受け取っていた。
──「いや、違うか。いつもありがとうね、マコト、アラタ。こんなに無理させちゃって」
そして、自分は悪くないのに、僕達がこうするのは当然のことなのに、そんな僕達に礼を言ってくれた。
母さんが悲しんでいるところは見たくないという僕の想いに答えるように、謝罪ではなく感謝で僕達の愛に報いてくれたんだ。
よしよし。
やはり母さんを起点にすると全てのことが思い出せる。
1. あの頃はGW中だった。
2. あの時は午後6時半だった。
3. アラタが勉強していたのは理科だった。
4. 母さんは台所と居間の境目で壁に手をついて立っていた。
5. 母さんは綿の薄手のカーディガンを羽織っていた。5月でも冷えるからだ。
6. 色はくすんだ青みのグレーだった。袖が少し長くて、手の半分が隠れていた。
7. ウエストがゴムの淡いベージュのズボンを履いていた。締め付けはないもの。
8. 厚手で生成りの靴下を履いていた。むくみと冷えで家でも裸足は良くないから。
9. 髪は後ろで緩く一つにまとめていた。ゴムは黒だった。
10. アクセサリーは無し。指輪もしていなかった。嬉しかった。
『母さん、聞きたいことがあるんだけど』
成功した。
『ん? なあに?』
誰でもできる──イマジナリー母さん(5月)だ。
『5月に、何かあった? 体の様子がどうとか』
『……今が5月だけど?』
『あっごめん。ケアレスミスだ』
『マコトがケアレスなんて初めて……えっ本当に初めてかも。えっ』
よし、僕の応答に5月の状態の母さんが応えてくれている。
こうしてみると、少し体調が悪そうだ。少し歩いたくらいでこうはならない。食事制限のことがそれだけ重荷になっていたのか。それともやっぱり5月はまだ寒かったか。CKDに冷えは大敵だ。あの時の僕は配慮が足りなかったかもしれない。
……あるいは、母さんがこの時点であの男の帰還を知っていたか。
いやそれはあり得ない。
知っていたなら僕に言わないはずがないし、実際にアラタが扉を開けて一番驚いたような顔をしていたのは母さんだ。母さんが本気で驚いた時と、驚いたフリをしている時の差は息子であれば当然分かる。
『だいじょぶ。私ミスなんて何にも聞いてないから』
『えっと……じゃあごめん。もう一回質問するよ』
『どうぞ~』
『……最近、何か体に変化はあった?』
思えば、こんな風に落ち着いて母さんと会話できたのはいつだったっけ。
あの男がやって来てから母さんの調子は良くなったけど、家の雰囲気は悪くなっていた。僕とアラタはずっと警戒していたし、7月のあの夜以降は母さんがあの発言を気にするようになって、増々落ち着いて会話できる感じじゃなかった。余裕そうにしていたのはあの男だけだ。
だが、この答えで、何か分かるはず。
もしあの男が、やはり母さんの病気を利用していると分かれば……うん。
恨みと憎しみが増々加速して、法を超えた強引な手段に出てしまうかもしれない。
あの男は母さんを傷つけたんだ。あの男がいなくても、瀬尾家は普通に回っていた。
この家にあの男は必要ない。これからもあの男がいない方が三人は幸せだ。
あの男の存在はノイズでしかない。一刻も早くこの家から消えてほしい。
母さんのために。母さんがいつも通りの母さんに戻れるように。
全ては母さんを幸せにするため、だから僕は生ま──
『うーん……? 何も無いかな~』
あれ? 嘘だ。
母さんは今嘘をついたぞ。
あれ?
*
──「つまりマコトは、母親であれば何時の姿でも脳内に再現できるんだよ。それで現実の母親に『母さんが正しい』とか『流石にそれは母さんが悪い』とか助言したりしてさ」
──「えぇ……? それは……ただの想像じゃなくて?」
──「まぁ想像と言えば想像なんだけど……とにかく精密だから、マコトに不都合なことも、場合によってはマコトの知らないことも喋るみたい。勿論、隠そうとするのも変わらないらしいけど……基本的に実際の内容と一致してるんだって」
──「なんだそりゃ……やっぱヒーローって常人にはできねーのか?」
──「マコトに聞かれたら『僕もできるよ』って言った方が喜んでくれ……あっやっぱり言わなくていいや」
──「?」
「……どうして嘘を?」
「あっ戻って来た」
「もうオレ驚かねーわ。委員長って思ってたよりすげーんだな……」
僕は母さんの息子だ。
母さんを17年間見てきた。
母さんのことを信じている。
だからこそ──嘘をついたならすぐ分かる。
「……5月の母さんに『体調に変化は無いか』と聞いて、確かに『無い』と嘘をつかれた」
「今回はそのパターンなんだね」
「やっぱ驚くわ。オレにもできるのか……?」
イマジナリーの母さんが嘘をつくということは現実の母さんも同じことを言う。
母さんを常に見続けていた僕によるイマジナリーなんだから、そこに関しては絶対の自信がある。それだけは間違いが無い。
しかし、思っていた想定と……違ったな。
「一旦置いといて考えるぜ。変化は無いって返事して、それが嘘だってんなら……」
「変化があったってことだね。それで合ってるかい?」
「そういうことに……なるな」
あの男がやって来る直前に、明確に何か変化があった。
それも、普段病状の変化を話している僕相手にも隠すほどの、大きな変化が。
これは、精神の問題ではないはずだ。
あの男がいるから母さんがストレスで体調を崩す、ただの偶然だ……そう片付ける線も存在しない訳ではないが、変化が起こった時点であの男はまだ来ていなかったし、そもそもストレスが原因なら後で回復したりしない。
「しかし、そうでないとすると……」
「……マコト?」
「いや、まさかだとは思うが……」
「……委員長?」
母さんがそうなら、他はどうだ。
あの男が共に1年住んだ女性もCKDだった。他の拠点もそうだった可能性はある。あの男が去った後も、回復はしていないようだった。あの男のストレスで悪化・改善した訳ではない。
僕達はそれをさっきまで「意図的に選んだ」と解釈していた。
だが、若年女性のCKD率は0~1%。意図して探し出せるものではない。
にもかかわらず、CKDだった。普通で考えればあり得ないはずだ。
では──選んでいないとしたら?
順序が逆だ。
母さんがそうだったように。もしかすると、あの男が関わった後に病気になっているのでは。
母さんの病弱が治らないのは、体質のせいだと思い込んでいた。
体が弱いのは生まれつきで、体質は治せないから病気を治しても鼬ごっこにしかならないのだと思っていた。
だが。
──「『能力の先占効果』って、聞いたことある?」
まさか。
──「母さんはHBに行ったことがあるんだ。だけど、良くならなかったよ」
もしかすると。
──「……じ、自称能力者? さ、流石に予想外なんだけど」
「あの男は『腎機能を低下させる能力』を持っているのでは?」
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