「──という情報を受け取って来た」
「いやとんでもねえクズ野郎じゃねえか!? なんだそりゃ!?」
「……大丈夫かい?」
「大丈夫……ではある」
いや、どうだろう。
果たして今の僕は冷静になれているのだろうか。
辻セイラの「殺していい?」にこれほど共感したことは無い。
というか死ね。殺す。
しかし、おかげで全ての情報は揃った。揃ってしまった。
あの男が能力者だということ。その能力の内容と外道な運用方法。母さんやアラタ、その他の人質の存在。ただ単純に通報して終わりではない厄介極まりない今の状況そのもの。
能力を発動させるために「相手の家に上がる必要がある」なんて言い回しをしたのは、自分の不貞行為が能力発動のために必要だとでも言いたいからなのだろうか。気持ち悪くて仕方がない。
そして、母さんの『事情』。
離婚しない理由も、あの男を受け入れた理由も、あの発言をした理由も……全てに意味があった。あの男への愛着や恐怖や認知の歪みで僕とアラタを蔑ろにしたわけではないということが辻セイラのおかげで明確になった。
やはり母さんは僕達が信じるに値する人だったと、改めて再認識することができた。
それだけが、さっきの電話の中で唯一喜べるところだったかもしれない。
「だけど……どうするよ? 聞いた話じゃ、詰んでるようにしか思えねーが」
「そうだね……マコト、何か案はある?」
「……うーん」
憎むべきは……あの男がこれほどまでに、長い時間をかけて僕達を追い込む状況を完成させていたことか。相手が能力者であるという情報を今知った都合上、こちらから事前に手を打つことは全くできなかった。そこを最悪の形で突かれてしまったことになる。
1. 通報すれば解決する?
しかし証拠が無い。前の周では調子に乗って喋ったようだが、それもこちらを黙らせる目的で、録音対策が完全な状態でのみの会話しかなかったらしい。急ぐ必要もないのだから、明確に証拠を残させようという意思がある限り、向こうは喋ってこないだろう。
2. WPPOに頼る?
それも不可能だ。CKDは一般的に起こりうる病気であって、あの男はそれを一斉に発動させて、大勢を一気に殺す……等の方法で運用しない。WPPO側からはそれを能力犯罪であると判断することができないし、被害者にとっても同じだ。
3. 距離を取る?
それもあまり良い選択とは言えない。聞いた話では、既に標的になった人間の「疑似的な魂」のようなものを取り出して、それを操作することで遠い場所から影響を及ぼすことが可能らしい。母さんを逃がそうにも、あの男を遠ざけようにも繋がり自体は残ってしまう。
4. 不貞を証拠に脅す?
それだけでは駄目だ。不倫相手は肉体的に衰弱していて好きなタイミングで証言を取れる……そんな都合の良い存在ではない。それに、こちらから無理なアプローチを仕掛けようとすれば、それこそ人質の命を危険にさらすだけになってしまう。
5. 他の能力者に頼る?
それも封じられている。僕が今すぐに頼れるのは辻セイラと九条ノドカだけ。二人の能力ではこの状況を打破する決定打にはならないし、緊急性を証明できないからWPPO-HBにも駆け込んでもすぐ対処してもらえない。そもそも先占効果があるから他の能力で解除は不可能だ。
全部が塞がっている。
きっとここまで何度も自分で試し、有効な活用方法を模索して来た結果がこれなのだろう。あの男は自分が安全な理由を正確に把握し、その余裕からここまで横暴な態度を取れるようになってきた。
今の境遇に至れるだけの余裕と、その余裕の源となる圧倒的優位を創り出すための能力を持った結果がこれだ。本人の下種極まりない性格と能力が最悪のタッグを組んでしまった結果と言えるだろう。
辻セイラがあの能力を持ってしまったが故に排他的な性格へと成長した、影中トオルが危険な能力を得てしまったが故に危険思想に染まってしまった、それらと全く同じだ。
九条ノドカはちょっと抜けてるからあんまり関係ないが。
つまり、あの男が想定しているような方法、正攻法での突破は不可能ということになる。
なんとかあの男に勝利し、瀬尾家から追い出し、人質を解放し、再犯できないように手を打ち、二度と顔も見せないように完膚なきまで叩きのめすには……向こうが想定できないような方法で相手をする必要がある。
だから。
「考えられるのは……」
「違法な、手段だ」
「っ!」
「お、おお……マジか」
そりゃ、僕がこんなこと言い出したらそういう反応にもなるよな。
でも仕方ない。あの男は法律で対応できる問題には全て対処した状態で今を迎えている。意表を突くには法律の外から叩く形式でないと駄目だ。
あの男は法の抜け穴を探してそれの対策をする、上手い言い訳だけ準備してこれまで面倒事を回避してきた男だ。となると、僕が取る手段も「いつも通りの、ルールで禁止されていない内容を狙う」といったものではなく、相手の更に一段上を行く必要がある。
「委員長って結構大胆に行くんだな……抵抗とか無いのか?」
「ない」
「即答だと……」
僕自身、法を踏み越えることに然したる抵抗は感じない。
自分でもこれまで散々法律がどうのと言ってきた自覚はあるが、そうしてきたのも全て──ルールを守れば母さんが喜ぶからだ。
法もルールも約束も守らないあの男は母さんを悲しませ続けてきたが、それと逆のこと──法を守り、ルールを順守し、約束を破らないようにするだけで、母さんは「えっ感激。流石うちの息子」と喜んでくれた。
あの男と真逆のことをして、それで母さんが喜んでくれる。なら遂行しない理由が存在しない。法を守るから母さんが喜ぶのではなく、母さんが喜ぶから法を守る、それが正しい順序だ。
ぶっちゃけ無法者が母さんの好みなら今頃僕は委員長をやっていないだろう。多分真摯に不良をやっている。ミオと仲良くなるのはもっと早かったかもしれない。
しかし今だけは状況が違う。
綺麗事だけを言っていては母さんを守れない。
法で母さんを救えないのなら、法を守る意味などない。
去年の4月に、辻母を救うために虚偽通報をしたあの時と同じだ。
後悔しない学生生活を送ってほしいと言ってくれた母さんのためにも。
僕は後悔しないために、ここで法を破る選択を選ぶ必要がある。
そうなると、次に浮上する問題は。
「その上で、君達は僕に協力してくれるだろうか」
「……」
「……」
僕は友人を頼ると決めた。今更、法がどうとかで躊躇ったりしない。
しかし、向こうの都合を無視するのは話が別だ。協力者が「やりたくない」と言っているのに、「協力すると言っただろう、さあ従え」と強要するのは相手の善意を踏みにじる行為になる。
明確に違法で、正当防衛にも緊急避難にもならない。言い訳の余地がない。そんな行為を、一切説明も拒否する機会も無しに押し付ける……そんな真似を、この二人にはしたくない。
だからこれは最後通告だ。
降りたいなら、今しかないという……。
「これから僕は通常では問題になる手段を取ろうと思」
「まあいーぜ」
「って……えっ?」
え、あ……。
まだ、話の途中だったんだが。
「え、いいのか?」
「いーって、オレら結構遊んだ仲じゃねーか。あの内容聴いた上で見捨てるなんてちょっと後味悪すぎるぜ」
「……アサヒ!」
「そもそもあんな登場の仕方しておいて話だけ聞いたらやっぱ帰りますなんて言えっかよ」
な、なんて熱い男なんだ君は。
僕の提案にここまでノータイムで賛同の意思を示してくれるとは。
君にとっては今日になって急に聞かされた話のはずだ。僕がこれから行う提案が犯罪だともしっかり理解しているだろう。場合によってはこれからの進学にも影響するかもしれない……それが分からない訳じゃないはず。
しかし、その上で引き受けてくれるというんだ。
初めに声をかけたのも「その話、聞かせてもらった」だったし、彼にとっては「ここで僕に賛同すること」こそが正しい行いだと、そう自分の意思で判断してくれているんだ。
アサヒは体力も行動力もバイタリティもあるから、味方に付いてくれれば作戦を大きく進展させてくれることは間違いないだろう。今この瞬間勝率は大きく変動した。
すごい。やっぱり彼と友人になってよかった。
「……マコト」
!
ハルキ……。
「その、まずだね。君に謝りたいことがあるんだ」
「謝りたいこと?」
「僕は『君の認知が歪んでいる可能性がある』だなんて言った。つまり、もしかしたら要因はキミのお母さんにあるのではないかと、そう言ってしまったんだ」
「……」
「でも、君は正しかった。本当に『事情』は存在したし、君の『母親を見る目』は間違っていなかったんだ。『イマジナリー母さん』の存在も知っていたというのに、君の直感と君のお母さんを少しでも疑ってしまったことを謝りたい。ごめん」
……えっと。
うん。まあ、はい。
確かに、ついさっきの僕は周囲から見たら不安定に見えていたのかもしれない。
僕は初めからずっと母さんを信じていたし、母さんの行動には全て隠された意味があると推測していた。そしてその推測は実際に当たっていたし、母さんを信じた僕は間違っていなかった。
こちとら17年間全力で母さんを見守り続けてきたんだ。母さんの抱く感情がどんなものであるかははっきり読み取れるつもりだし、本当に母さんがノンデリなだけであればその時点で気づいている。僕が信じた時点で、正解は初めから分かり切っていた。
しかし、「僕はあの人を信じている」「きっと理由があるに違いない」「あの男が憎くてたまらない」とハルキが言っていたら、僕も「えっ大丈夫か? ちょっと落ち着いた方が良いんじゃないか」と言っていただろう。
あの時の僕は自分を客観視できていなかったが、普通ああいう状況で「本当に正しかった」というシチュエーションはあまり多くないだろう。ハルキがあの時点であの発言をしたのは友人として至極普通の行いだ。
一応そのあとちゃんとフォローを入れてくれていたし。
別に謝るほどのことでもないと思うが。
「……『気にしなくていいのに』って顔をしているね」
「なんでバレたんだ」
「僕だって君のことを何年見てきたと……ああいや、言いたいのはそういうことじゃなくて」
「だから僕も、君についていくよ。君を元に戻す手伝いをさせてほしい」
「ハルキ……!」
その、「元に戻す」という言い方は気になるが。「母さんを助ける」ではなくて。
まあ彼にとっては僕が「96点を取るような状態」から元に戻すと言っているのだろう。勉強魔なのだから、そういうところが気になるんだろうな。
だが、ハルキも協力してくれると言ってくれた。
ハルキだって今回の僕の提案にリスクがあることを理解しているはずなのに、それよりも親友の僕を助けることを優先してくれた。二人とも、なんて美しい友情なのだろう。
なんでこの友情を認識するきっかけがあの男なんだ。
腹が立ってきたな。
「二人とも、ありがとう」
「おう。高校最後の夏休みぐらい、いい気分で終われないと嫌だからな」
「うん。僕としては日高くんに先を越されたのが悔しいんだけど」
「なんかお前委員長のことになるとちょっと怖いよな」
とにかく、人員は揃った。
次は、具体的な作戦とその準備だ。
まだ打てる手段はある。
母さんとアラタと、三人の協力者のために、僕はできる全力を尽くすんだ。
「(……そういや、『イマジナリー母さん』って何だ?)」
「(委員長もハルキも気にしてなかったけど、すげえ自然に出てきたよな)」
「(オレが世間知らずなだけか? ……後で委員長にやり方聞いてみよ)」
*
「二人とも、上がってくれ」
「お邪魔するぜーっと」
「マコトの家、なんだか久しぶりだね」
「今日はあの男も来ないはずだ。安心して漁ってくれ」
ループ2日目。
辻セイラの情報によれば、いずれの周でもあの男は2日目にやって来ていない。
初日に行動しようとすれば向こうに勘付かれ、警戒されてしまう可能性があるが……逆に言えば、家に来ないと分かっている2日目に行動しても問題はない。
だから、アクションを起こすなら2日目だ。
準備は今日、終わらせる。
「とりあえず、二人は事前に言っていた部屋に行ってくれ。そこにある荷物から使えそうなものをあらかた洗い出すんだ。バレないように、配置などは後で戻せるように」
「警察みてーだな。ラジャー」
「マコトはどうするの?」
「僕もすぐ作業に移る。その前に、一本だけ電話を入れて来る」
前の周の僕はきっとこんな調子じゃなかったんだろう。
告げられた衝撃の事実、母さんが人質という絶望的状況、タイムリミットが迫っているという焦燥感……色々なものが相まって、とても再起動するだけの余裕を持てていなかったはずだ。
そして、決定的な情報を持てていなかったから、2日目の行動方針ももっと曖昧なものだったに違いない。今日のように明確な目的を持って動けたことは無かっただろう。
しかし、今回は違う。
今の僕には、前の周の僕が命がけで掴んだ情報が、そっくりそのまま手元にある。あの男が何をする能力者で、どういう条件で発動し、どうやって母さんを縛っているのか。全部分かっている。
そして何より、あの男自身がそれを喋ったと気づいていない。
向こうは今も、僕が何も知らないと思い込んでいる。
これほど有利な状況もない。
やることは決まっている。あとは、決まったことを一つずつ潰していくだけだ。情報を整理しきれずに立ち止まっていた前の周とは、そもそも立っている場所が違うんだから。
「あっ兄さん……あれ、お客さん来てる?」
「おっとアラタか、そうだ。二人はあの男の部屋の用があって……」
……あれ。
アラタが何か手に持っているような……。
「それは?」
「これ? カツラだよ。昔に買ったことがあったでしょ?」
「ああ、あったな」
「その時のやつだよ。お客さんがいるみたいだし、恥ずかしいから隠そうと思って」
そういえば昔にそんなものを買った覚えがある。
僕とアラタで、「アラタは母さん似だ」なんて話をして、それで試しに買ってみたんだった。案外似ていて、二人で驚いていたんだったっけ。僕達の楽しい思い出の一つだ。
あの男に「アラタはサヨリ似だから」と言われた時に腹が立ったのもそうだった。思い出を汚されたような気がして、とにかく気分が悪かった。
「あの人の部屋に用があるってことは……何か手を打ってるってこと?」
「そうだ。アラタは気にしなくていいからな」
「分かったよ。明日の献立でも考えてるから、できたら確認してくれる?」
「明日はアラタが料理当番だったか。勿論だ」
「ありがとう。何かあったら言ってね」
このアラタも、あの男によって人質にされている。
この子が安心して暮らせるようになるためにも、打てる手は全て打たなくてはいけない。
そのために必要になるのは──あの男の能力の証拠だ。
不貞等のように別の要素で追い詰めようとすれば、あの男は人質を使ってこっちの行動を制限しようとしてくる。だがそれは、逆に人質とあの男の能力に明確に繋がりがあることを証明できれば、「人質を殺すこと」=「能力犯罪を犯すこと」になると突き付けられるという意味でもある。
問題は本物の証拠は存在しないことだ。あの男が徹底的に秘匿する限り、いつまで経ってもその繋がりを明らかにすることはできない。
だから僕は、彼女に協力を頼む必要がある。
「……もしもし」
『マコト? なんか進展あった?』
「そのことで電話したんだ──辻セイラ」
「一応聞いておくが、ループ解決はできそうか?」
『かなり順調。原因はトンネルの中の結構大きい交通事故だったみたい。急な用事で呼ばれて、その最中で巻き込まれちゃったって』
「去年を思い出すな……」
本来はWPPOによって簡単に防がれるような事故なんだろうが、そこの被害者に、仕事中の急な用事で運転をしていた辻父が含まれてしまい……予知が働かなくなってしまったと。
相変わらずカス能力だな。
去年の4月も交通事故によるループだったが、前回と違うのはループ時間が大幅に伸びたところか。同じ要因で15分と3日間のバリエーションがあるあたり、本当に能力は戻る時間を考え無しに決めているんだろう。
しかし、猶予が伸びてしまっても「急用が来ること」を未来予知以外で説明できないため未然に防止しにくい。いざ運転が始まってからなら異変を指摘できるが、職場からの移動なら辻セイラが同乗できないし、運転中だから電話にも出られない……これらが手こずっているポイントだろう。
「どう対処するか決まっているのか?」
『今回は3日もあるんだし、時間も場所も原因も分かってる。その日のその時間のその道が危ないっていう証拠とか、急用があるみたいっていう証拠を教えて説得するつもり』
「実際にはそんな証拠無いんだろう?」
『当然。とにかく捏造しまくって、最後に「マコトもそう言ってたよ」って付け加えるだけ。そしたらパパもきっと信じてくれるだろうから』
良いように僕の名前を使って……。
まあ、今の僕は辻セイラがいなければここまで到達できなかったんだから、正直そうやって利用されようとも別に構わないが。
しかし、今実に良い情報が聞けた。
元々彼女ならそういったことも得意だろうと踏んでの相談だったが、今現在実際にそれに取り組んでいるというのだから、本当にタイミングがいい。
彼女は、「父親を」救うために。
僕は、「一応戸籍上父にあたる親なんてワードを死んでも付けたくない不誠実極まりないこの世の汚れ全てを煮詰めたような瀬尾家最悪の敵であり永久的に追放する対象であるあの男」を倒すために。
『で? アンタの用事ってのは?』
「よくぞ聞いてくれた。バレない犯罪スペシャリストの君に是非聞きたいことがあるんだ」
『ふふ……なにその言い方。で、なぁに?』
「あの男を追い詰めるために──証拠捏造のノウハウを教えてくれないか?」
『へ? あのクズ殺してほしいとかじゃなくて?』
「何言ってるんだ君は」
そんなこと君に頼むか。
危ないだろうが。
めっちゃ遅れました。
ほんまにすみません。
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