「ふー食った食った。アラタの作った飯は美味かったな」
「……そうか」
8月。
ループ3日目。
作戦は余裕があるうちに行うべきだ。
母さんは具合が悪そうで、夕食とは別でおかゆを準備し、それを受け取って自室に休みに行ってしまった。アラタはゴミ出しに外へ出て、今ここにいない。
居間に残ったのは、僕と──食卓に肘をついて寛ぐ、目の前のカスだけ。
前の周と違い、今回は全ての情報を持っている。
捏造された証拠も準備しているし、話してはいけない情報もどんどん開示していく予定。偶然とはいえ母さんがこの場にいないのは幸運と言えるだろう。
今日、この場、この夏休みの瀬尾家で、全てを終わらせる。
準備は全部揃った。あとは、この男を追い詰め、母さんを呪縛から解放するだけだ。
「ショウゴ。話がある」
「……あんま父親を下の名前で呼ぶなってーの。なんなんだ藪から棒に。学費の礼でも言う気になったか?」
前もって伝えていると、この男が逃げようとするのは辻セイラから聞いている。
警戒されずにこの男と対峙するためには、予め「この時間に話をしよう」と伝えるのではなく、今のように二人きりになった状況で唐突に話を持ち掛けるのが最善の方法だ。
「お前は──能力者だな」
「は……何言ってんだお前」
「そしてお前はその能力を『魂を引っこ抜いて衰弱させる能力』だと思い込んでいるが、その実態は『腎機能を操作する能力』である。そうだな?」
「………………は?」
全く予想通りのリアクションだ。
風呂場なら僕に優位を取るため、嬉々として語り出すんだろう。だが、録音される可能性がある場所では肯定しないし、ただひたすら惚けるだけ。まるで面白みがない。
こんなところでもメリットが存在しないだなんて、本当にいなくていい存在だった。
「なに、寝ぼけたこと言ってやがる。何の証拠があってそんなこと……」
「対象と同じ部屋に入り、密室で二人きりになった瞬間に、お前は相手と不可視の接続を確立する。お前の認識では『魂を抜き出す』と言った方が通りがいいかもしれないな。一度繋いでしまえば、どれだけ距離が離れようと関係ない。お前の匙加減一つで、出力を上げ下げし、相手の腎臓に致命的な過負荷をかけることができる」
「は……っ」
「母さんには、3年前に蒸発する直前、既に繋いでいた。だからお前は、この家を出て3年間一度も姿を見せなかった間も、母さんの腎機能を遠隔でじわじわと悪化させ続けることができた。そして今年の5月、帰ってくる瞬間に出力を跳ね上げた。違うか?」
「お、おい……マコト、お前……」
「他の女性達も同じだ。お前は女性の家に上がり込み、二人きりになる時間を作っては能力を繋ぎ、病気にして自由を奪い、都合が悪くなれば出力を上げたまま次の女へと乗り換えてきた。次の家に行くたびに出力さえ上げれば受け入れられやすい土壌が作れるという、ふざけた能力を持っている」
「……!?」
脂汗が滲み出ているぞ。
そこまでして図星だと表明しなくてもいいだろうに。それとも『アレ』が原因か?
だが、この時点で自供してはくれないか。
念のため録音機器を隠しているから「何故それを知っている」等と漏らしてくれればその時点で解決するんだが。そこまで甘くはないと。
作戦その1。
この男が喋ったことのない、秘密にしているはずの「能力」について詳細に言い当てる。
向こうからすればこれは大きく意表を突かれた一撃のはずだ。自分が完璧に隠し通してきたはずの絶対の秘密を、目の前の高校生が寸分の狂いもなく把握している。しかも自分以上に。
ここで動揺を稼いでこちらのペースに引き込み、あわよくばボロを出してくれと思ったが……。
「……そんな妄想、親に向かって吐いていいと思ってんのか」
「認めないんだな」
「認める訳ねえだろうが。名誉棄損だぞ名誉棄損。根拠も無いのによくもそんな戯言抜かしてくれたなクソガキが」
名誉毀損か。
公然性の要件も満たしていない密室の会話に名誉毀損が成立するはずもないし、そもそも僕が口にしているのは妄想ではなく客観的事実の指摘だ。
だが、この居直りも想定内。
この男が録音を警戒して簡単には認めないことくらい、最初から織り込み済みだ。
言わぬなら、外堀を完全に埋めて逃げ道を塞ぐまで。
僕の手札はまだ揃っているんだから。
「証拠ならある」
「は?」
「お前がこの3年間で渡り歩いた滞在先、関わった女性達を全員調査済みだ」
「んだと……?」
他県のアパート、一軒家、賃貸マンション……他にも諸々。
辻セイラから教えられた、前の周の僕が調べ上げた情報と、ハルキとアサヒで協力して調べ上げたさらに詳細な情報。滞在していた期間、相手の女性の氏名、同居していた時期、すべて裏付けを取ってある。
「何が言いたい。不倫の証拠だとでも言いてえのか?」
「そんなことをしてもお前は否定するだろう。問題なのはこの女性全員が慢性腎臓病の確定診断を受けていることだ」
「じゃあ何だ。俺が病人に付け込む性悪とでも? 本人の不摂生は俺の責任じゃねえだろ」
自分の能力をはっきり理解してないからこんな馬鹿な発言ができるのか。
お前は自分の能力を「ただ弱らせるもの」だと勘違いしているんだろうが、腎臓が悪くなれば、単純にそれで体調不良になるんだぞ。
パートナーの病状そのものに興味を持たないお前だからこそ気づかないんだな。
反吐が出る。
「……あーなるほど? 急に腎臓がどうとか言い出すから笑っちまったが、全員同じ病気だったから俺のせいだって言いてえんだな? 言いがかりにもほどがあるぞ、それのどこが能力と関係するんだって?」
「そうだな。普通の病気になることと、能力がかかっていることの証明は別だからな」
「だから、全員をWPPO-HBに連れて行き、特殊検査を行ってもらった」
「……は?」
「全員、『先占効果』によって、治療ができないことが分かっている。見ろ」
「!?」
作戦2。
WPPO-HBの検査で、要因が能力であると突き付ける。
病気そのものが能力と関係あると証明されれば、矛先が全員と関係にあるお前に向くことは自明。容疑者探しが始まった瞬間に、一番初めに狙われるのが自分だと理解できるはず。
お前のような無学なカスにこの結果の意味が理解できるか不安だったが……。
どうやらこの様子だと、杞憂だったみたいだな。
「全員の生体データから、特定の能力波形による『先占効果』が確認された。つまり、自然発症の病気ではなく、何者かの能力によって強制的に臓器の機能が阻害されているという科学的証明だ」
「……マ、マジなのか、これ。おい見せろ」
「全て事実だ。決まっているだろう」
嘘に決まっているだろう。
嘘嘘嘘。全部嘘だ。
精巧なレターヘッドと、それらしい医療統計。そして『先占効果陽性』のスタンプ。
勿論、全て完全な『捏造』だ。
母さんの診断書を穴が開くほど読み返した僕の記憶を頼りに。
辻セイラのノウハウで書類・画像・グラフをそれらしく捏造し。
ハルキが考案した症状をもとに専門用語を散りばめて体裁を整え。
作業量が必要な部分をアサヒがひたすらに進めていく。
何もかも全部偽装書類。分かる人間が見ればすぐに分かる。
実際にこの女性達全員が検査を受けられる訳がない。
予約しても検査を受けることができるのは数ヶ月後。この男が帰って来たのは3ヶ月前で、それだけの期間で全員がHBの検査を終えることは不可能。そもそもこの3日間でこの人数とコンタクトを取ることだって不可能なんだ。
HBにも「治せない理由が先占効果によるものか」を調べる手段は存在しないし、こんなスタンプが存在する訳も無い。特殊検査なんて今作った造語だし、他人の検査結果の写しを僕が持っていること自体がおかしい。
だが──この男には、それを偽物だと見破る術がない。
何故なら、この男は自分が捨ててきた女たちの現在の動向など何一つ把握していないからだ。そして何より、自分自身が確かに彼女たちに能力を使い、病気にした張本人であるという『絶対の自覚』がある。
自分の犯行事実と寸分違わず合致する証拠を突きつけられた「身に覚えがありすぎる」人間は、それらしい公的書類を突きつけられたとき、それが捏造であるという可能性に思い至ることすらできない。去った後の女性達の現状やHBのシステムを把握していないこの男に、彼女達がどんな検査を受けたかなんて確認しようがないんだから。
僕達が事情を知っている理由もそこから推測してくれるだろう。
それが分からないほどに馬鹿なら、後は口八丁手八丁で誘導できるんだが……。
「だから、何だってんだよ! 先占効果が出たからって、それが『俺の仕業だ』って証拠にゃならねえだろ!」
「……往生際の悪い」
「誰の能力かなんて、特定できるわけがねえ、俺はただの一般人だ。偶然その女たちが病気だっただけで、俺を犯人に仕立て上げようたってそうはいかねえぞ」
居直るか。自分の能力が「現実に存在する病気」を引き起こすだけの地味なものだから、特定が難しいと知っているんだな。だから、まだ「知らない」と言えば逃げられると思っていると。
能力者基本法における犯罪立証の難しさを、この男は中途半端に理解している。だからこそ、これまで尻尾を掴ませずにやってこられたという自負がある。法律の網を掻い潜って来た悪知恵だけは回るらしい。
「そうだな。お前の言う通り、先占効果の結果だけで即座にお前の名前を断定することは難しい」
「だろ? 分かったら頭擦りつけて土下座を──」
──プルルルッ
「……あ? 電話か?」
「お前にも関係ある話だ。スピーカーにしてやる」
だから、さらに手を打ってある。
お前を追い詰めるために、こちとらとにかく考えつくしたんだ。
1. 自分が「知らない」と主張するだけでは十分な対策にならず。
2.一番初めに自分が探られると察することができて。
3. いざという時の人質の「意味」がなくなる。
そんな手段が、あと一つ。
『もしもし』
「ああもしもし」
『WPPOエージェントの九条ノドカです。「瀬尾さん」の調査の件で話したいことがあると……』
「っ!!?」
午後6時30分。
事前に指定した、完璧な時刻。九条ノドカは規則が無ければ臨機応変な対応ができなくなるポンコツだが、こちら側から予め厳格な指定をしていれば、それを確実に遂行してくれる。
「ま、待て! 切れ! 黙らせろ!」
『えっあっなっ、何ですか──』
「──ほら、切ったぞ。これで良かったか?」
「良かったかじゃねえ! 番号、番号を見せろ!」
そうだな。
お前のことだ。僕が事前に根回しした人間に「WPPO職員のフリをしてくれ」と言い含めていた可能性も考慮しているんだろう。実際に九条ノドカには僕から言い含めているんだから、あながち間違っていない。
だが、僕にはそれも予想済みだ。
作戦その3。
既にこの男の犯罪は明らかであり、そのために組織が動いていると誤解させる。
九条ノドカには、WPPOの公式の問い合わせ先から僕に連絡を入れるよう指示している。規則上問題が無いことを確認した上で、彼女は自分の携帯ではなく、公式の番号からかけてくることを約束してくれた。
だから番号を見ても、そこに発信元の電話番号は──WPPO日本支部の、公的機関としての代表回線番号だ。これは偽装などできるはずもない。通報を恐れているお前なら覚えがあるだろう。
そして彼女は、僕から指示を受けただけ。
自分はWPPOの職員です。
苗字が『瀬尾』の人間の調査を担当しています。
発信元は公式の番号です。
ただそれを明示しろと指示を受けただけ。
だが──この男の耳には、どう聞こえたか。
「マ、マジでWPPO……なんでWPPOが『俺の調査』なんてやってやがる!」
「分からないのか。お前の能力はとっくにバレていて、『瀬尾ショウゴの調査』が既に始まっている。HBにあんな届け出があったんだから、WPPOが能力犯罪を無視する訳が無いだろう」
「……っ!」
彼女が僕を苗字で呼ぶことが功を奏したな。
この男と同じ苗字で良かっただなんて思いたくないので彼女を褒める方向性で行こう。
この男の脳内では、先ほど突きつけられた偽造データ、自分の過去の悪事、そして目の前で鳴り響いた本物のWPPOからの連絡が、一つの恐るべき一本の線として完全に結実しているはず。
証拠が無いだの、俺は知らないだの、ここまでならまだ言い逃れができただろうが。もうバレていると思い込んでしまっているんだから、今までの方法で言い逃れることはもうできない。
既に公的機関が能力の内容を知った上で調査を始めている……そんな事実を突きつけられれば、この男の中で「まだ誤魔化せる」フェーズから「今すぐ逃げなくてはいけない」フェーズに移行する。所在が明らかなままで言い訳を続けていようが、WPPOが嗅ぎまわっているという状況を無視できないはず。
実際にはまるでバレていないが。この男にはそれを確認する術が無い訳だ。
だって自分の能力について他言していないのはこの男本人なんだから。
「だ、だがよ……俺にはまだ……ッ!」
「人質か? 調査中のお前が、その能力を使って人質を殺すと?」
「……あっ!?」
そして、もう人質にも意味は無い。
今、この瞬間に母さんやアラタやその他の人質を殺してみろ。
「ここまでの条件が揃っていて、WPPOが、『ああ、これはただの病死ですね』と見逃すと思うか?」
「それは……」
「100%、間違いなくお前の仕業だと断定される。その瞬間に、お前の罪状は『過失』や『傷害』から『特定能力による連続大量無差別殺人』へと切り替わる。次に吸う空気は、一生出られない特殊収容施設の独房のものだ」
「っ……」
お前が能力者だと知られ、被害者のCKDが把握され、WPPOが動いている設定。この状態で人質を殺せば、どうなる。能力者の周囲の人間が、揃ってCKDで死ぬ。動いているWPPOが、それを能力犯罪だと判断する。
そうなると、お前は終わりだ。少なくともお前の想定の中では。
つまり、お前はもう人質を殺せない。
殺した瞬間、お前は秘匿していた自分の能力を証明することになってしまう。人質は、お前の脅しではなく、お前を縛る証拠に変わった。
もし不貞で追い詰められているならまだ人質にも価値はあっただろう。だが、「人質を殺す手段」について嫌疑をかけられている人間が、その手段をもう使える訳がない。
「その調査を暴露してまで、お前と話をしたのは、三つの要求を通すためだ」
「……」
「一つ。母さんの繋がりを、今ここで切れ」
「……っ」
「二つ。お前の荷物を全てまとめ、今すぐこの家を出ていけ」
「…………」
「三つ。今後、母さんに一言の連絡も入れるな。金輪際僕達との関係を断絶しろ」
今のシナリオは「僕が通報しないが故に、捕まらずに済んでいる」というもの。
人質を使って脅すことができない以上、今のお前は逃げることしかできない。
「……ち、調子に乗るんじゃねえぞガキが……! 俺がいなきゃ、この家は……!」
「そうか。ならコールバックしてお前の所在を通報するだけだ」
「……ッ!!」
僕達も、逃げられる前に僕達自身の無事を保証する必要がある。
無事さえ確認できれば、もう本当にお前のいる意味は無くなるんだ。
母さんの、「保護者が必要だ」という懸念ももう必要はない。
この男が能力を解除すれば、母さんが今すぐ死亡することは無くなるんだから。
「もう僕達に関わらないというのなら、本格的な告発を見送ってやると言っているんだ。既に言い逃れが手遅れな状況で、能力の証拠を残したまま、危険な家に滞在し続ける理由は何だ?」
「……」
この男の行動原理は、徹底した自己保身と快楽主義だ。
リスクとリターン。居座り続ければ確実に破滅するが、ここから逃げ出せば、少なくとも今の自由だけは保たれる。他の町へ行き、また別の獲物を探すことだってできるかもしれない──この浅ましい男の脳内では、今、猛烈な勢いでその計算が働いているはずだ。
そして何より、母さんとの繋がりを切ることは、ショウゴにとっても「自身が能力を使った証拠を隠滅する」という利害の一致を生む。能力が解除され、母さんが健康になれば……先占効果の痕跡も薄れ、能力犯罪の立証はさらに困難になるのだから。
「……本当なんだな? 俺が出て行きさえすれば……」
「ああ。僕は母さんの平穏が守られれば、それでいい。お前のようなカスの処遇に割く時間などないんだ」
「ぐ……っ、クソが……!」
「荷物なら昨日綺麗にまとめておいてやったぞ」
「はぁ、はぁ……分かったよ! 出てってやる! それでいいんだろ! 畜生が!」
行け。家族を置いて消えるのはお前の得意分野だろう。
お前が何を叫ぼうと、もうこの家の中にお前の味方はいない。母さんは奥で休んでいる。アラタは外にいる。居間にいるのは僕だけだ。
お前がどれだけ声を張り上げたところで、その声に怯える人間はもうこの家にいないんだ。
「……覚えてろよ、クソガキが……!」
覚えてたまるか。
お前の顔も、声も、この家に居座っていた3ヶ月間も。母さんの体が元に戻って、アラタが気兼ねなくぐっすり眠れるようになって、この家がまた三人の場所に戻ったら、お前がいた時間ごと全部消してやる。
瀬尾家は三人だ。最初からずっとそうだった。お前の席は初めから無かった。
「お前は俺に似てるんだよ……!」
似ている? そんな訳がない。お前とは覚悟が違う。
お前がどう思おうと、僕にとってお前は3ヶ月間この家を占拠していた害虫と同じだ。害虫に似ていると言われたところで傷つく人間がどこにいる。
それに、僕は母さんの息子だ。お前の息子だったことは一度も無い。
「早く出ていけ」
「……っ!」
何か言い返したいのか?
言えばいい。何を言ったところでもう結果は変わらない。
お前が次に取れる行動は、あの玄関から出ていくことだけだ。
それ以外の全ての選択肢は、僕が潰した。
「二度と、この家の敷居を跨ぐな」
「……ッッ!!」
──バタン!
「……」
……。
…………。
……ふぅ。
終わった、のか。
本当に、終わったのか。
よ、よし。勝った。勝ったんだ、僕は。
母さんを17年間苦しめてきたあの男を、この家から叩き出した。
捏造と虚勢とハッタリを武器にして。たった3日間で。
……いや、3日間じゃない。3ヶ月だ。
あの男がインターホンを鳴らしたあの日から、今日までの全部。
96点を取って、ハルキの前で感情を壊して、法を破ると決めて。
辻セイラが何度死んでも情報を繋いでくれて、ハルキとアサヒが知らない土地を駆け回ってくれて、九条ノドカが訳も分からず電話をかけてくれて。
辻セイラも、この周でほぼ確実にループを脱すると主張していた。
もし失敗したとしても、この作戦が成功することを連絡しておけば、次の周で同じことをするだけでやはり解決できる。
つまり……。
「これで、母さんは……助かる」
もう遠隔で腎臓をいたぶられることもない。
5月のように突然死の淵に立たされることもない。
僕とアラタのために嫌われ役を演じ続ける必要も、もうない。
母さんはずっと、僕達のために自分を犠牲にしてきた。
自分の命を天秤にかけてまで、僕とアラタの行く末を案じ、体の弱い自分が悪いのだと。
違う。母さんは何も悪くない。悪いのは全部、あのカスだ。
もうあの人に、そんな顔をさせない。
僕は、そのために生まれてきた。
母さんが理不尽に傷つけられるなら、それを取り除くために。
母さんが自分を責めるなら、その必要はないと証明するために。
これでようやく……役目を果たせたんだ。
……ああいや。
あと一つだけ、確認すべきことは残っているが。
*
「(ハァ、ハァ……)」
「(あのガキ、絶対に後悔させてやる! 間違ってるって思い知らせてやる!)」
「(腎臓だァ!? 俺の能力はそんなんじゃねえ! そんなんで証明されるかよ!)」
「(サヨリの繋がりは切れとか言ったな……だが、もう一人については言わなかった!)」
「(……っ、これだ、アラタの魂だ! これを……っ!)」
「あっ、ちゃんと家出てる。兄さん、成功したんだね」
「(……っ! アラタじゃねえか、丁度いい!)」
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