[26:37] 白に塗りつぶされて
「いやー、やっぱすげーな! 温泉街って言うだけあるぜ」
「あんまり騒がない方が良いよ、日高くん。勉強不足だって思われる」
「いいじゃないか、ハルキ。せっかくの『卒業旅行』なんだし」
「そうだけどさぁ……」
僕だって気分が結構浮ついているんだ。
硫黄の匂いも日常的に嗅ぐものではないし、その非日常感にワクワクしてしまうのも仕方ないことだろう。雪が降る冬の温泉街という光景も、特別な感じがしてテンションが上がるじゃないか。
ここまでバスで長かった。
かなり山奥まで進んできたし、聞こえるのは雪を踏む音と、どこかの排水口から漏れる湯の音だけ。静かで、冷たくて、余計なものが何もない。イルミネーションとかも無いから本来この時期に感じるであろうクリスマスの雰囲気さえ微塵も見られない。カップルは……まあこの時期だし、そこそこいるかもしれないが。
まあ、クリスマス翌日から二泊三日の卒業旅行している僕達が言えた義理でもないか。
季節感がおかしいというか、根本的に色々ズレているのは自覚済みだ。
「だが、アサヒ」
「んあ?」
「スポーツ推薦の目途が立っていたなら言ってくれればいいじゃないか。そうすれば夏の勉強会であそこまで苦しまずに済むのに」
「いやでもよぉ……周りが受験勉強頑張ってる中、オレだけ県大会でスカウト受けてて受験パスできそうなんて言えねーだろ……?」
へえ、そうなのか。
確かにかなり好成績だとは聞いていたが、7月の県大会見に行けなかったんだよな、僕。家に変な寄生虫が入って来たせいでそれどころじゃなかったっていうか。
その時点でまさかスカウトを受けるまでに至ったんだから、相当なものだったのだろう。どちらにせよ周囲にプレッシャーを与えないためスポーツ推薦のことは黙っていただろうが……それでも応援しに行きたかった。
「それにどっちにしろ勉強しなきゃだしな。彼女と学年違っちまったら気まずいし」
「へぇ、良いことを言うね。マコトほどじゃないけど、君のこと見直したよ」
「ハルキは相変わらず勉強魔だなぁ~」
「マコトほどじゃないけどね」
「それ強調する意味あったか?」
だが、彼のおかげでこうして卒業旅行するに至れている。
そういう点では、スポーツ推薦を受けてくれてよかったというか。
スポーツ推薦が確定するのは大体11月か……遅くても12月頃。
今の時期には既に進路が確定している状況ということになる。普通の受験生と違って、旅行に行く余裕が十分にあるということだ。
僕とハルキは一般選抜。
気を抜いてはいけない立場ではあるが……正直、落ちる要素が見当たらない。
模試の判定も内申も全くの問題無し。過去問は毎回初見で満点。ハルキもほぼそれに次ぐ結果を出せている。あの男を追い出せて以降の僕は本当に絶好調だ。
共通テストも個別試験もまだ先だし、最終的な合格発表に至っては3月になるまで分からない……が、今から落ちる方が難しいというものだ。杞憂を抱くための材料すら用意されていない状況というのは、精神衛生上非常に好ましい。
つまり、ここにいる三人は「受験生」という肩書きだけが残っているものの、中身としてはとっくに卒業に向かっている。実際の卒業旅行シーズンは今よりもずっと予約が混んでしまうし、料金も跳ね上がる。合格発表を待ってからの予約では選択肢も限られるということだ。
であれば、余裕のある僕達三人がやや早めの先取り卒業旅行を行うには、クリスマスと年末年始の境である今この瞬間こそが最高のタイミングだろう。
現時点で全員18歳の誕生日を迎えているし、法律上・制度上に僕達が保護者の同伴無しで国内旅行することを制限するものは存在しない。
校則でも休業日の個人的旅行には口出ししてこないし、一応保護者の同意も全員確認済みだ。
「というか、彼女に許可はもらえたのか? 昨日はクリスマスだろう?」
「おう。めっちゃ疲れてるぜ。温泉旅行で良かったな」
「マコトも今年は家族で過ごしたんだよね?」
「ああ。ミオに誘われたが、旅行もあるし断った」
「流石だよマコト。その判断は間違いなく正解だ」
そうだろうか。
誘ってもらった上で「クリパに行けない」と断った時の彼女はとにかく悲しそうだった。間違いなく正解だと断言できるほどのものでもない気がする。
というか、その後の「明日から卒業旅行なんだ」と告げた時の彼女はそれ以上に絶句していた。「ウチもマコっちと卒業旅行行きたかった!」と言われた時の方がなんだか可哀想だった。
ミオに「合格できたら一緒に旅行行こう」と慰めたがあれで満足してくれただろうか。
彼女から「二人きりで」「日帰りはナシ」「宿泊プランは任せて」と提案されて全部了承したが、僕はあれを了承してよかったのだろうか。
彼女はアサヒのことが好きなのに……練習にしては規模が大きい気がする。
勘違いしそうになるから止めてほしい。なんだか今から緊張して来たぞ……。
「とりあえず観光地は全部回りたいよな。スノーレジャーもあるみたいだぜ」
「僕はこの街の過去に興味があるな。実物を見て、歴史を実感したいよ」
「僕は向こうの展望台が気になっている。この山々を一望できるとか」
ああ、なんて充実した瞬間だろう。
高校生活が終わろうとしている中、友人達とちょっと贅沢な旅行だなんて。
この3年間の密度を思えば、普通の高校生の何倍分を生きたのか分からない。とはいっても初めの1年はいつも通りだったが……2年で辻セイラに録音を取られてから全てが変わってしまった。
辻カリンのFDEIA。数字現象とミオとの関係。
夏休みにはミオとプールへ行き、ハルキに映画を教え、不審者を撃退。
街全体に存在しない怪談を広め、仮死魔霊故を撃破。
九条ノドカが転校してきて、WPPOに目をつけられて……。
クリスマスには影中トオルとの激闘。大怪我をしたのもあの時だったか。
あの男を永久にこの世から追放して、母さんの病気が改善したのも良かった。
今では少しずつ普通の食事も摂れるようになってきたし、僕もまた満点以外取れない日々が再開して……とにかく、この3年間、色々なことがあった。全部を経て、僕はこうして冬の温泉街を歩いている。
辻セイラからの死に戻りについての連絡も8月以降ずっと来ていない。
毎月確認しているが、もう半年近く死に戻りは発生していないし、前回の死に戻りもこれまでに比べて遥かに難易度の低い物だった。そもそも前回と前々回にも半年近くの時間が空いている。
今回の旅行についても「最近何もないし、楽しんで来たら?」と言ってくれたし、彼女も辻カリンもミオも三好ルナも今は受験勉強で外出頻度が大幅に低下しているから、リスクは比較的少ない方だ。
死に戻り能力も手加減してくれているのだろうか。
終身名誉カス能力の評価を改めることは無いが。
「あっ、あそこじゃね? 『山吹屋』」
お。
ようやく旅館まで歩いて来れたか。
にしても古めだな。広く大きい旅館ではあるが、少し年季を感じさせるというか。
高校生が出せる額だし、高級旅館を期待していた訳ではないが……想像より更に古い。
だが、悪くないぞ。むしろ良い。取り繕わない場所の方が信用できる。見た目が綺麗以上に、この宿は温泉が非常に高品質だと聞いているから、重要なのはどちらかというとそっちだ。
見た目だけ立派で中身が伴わない存在には、もう一生分付き合わされたんだし。
「おお、渋いじゃん。当たりだろこれ」
「写真より雰囲気があるね。良い旅館を見つけたじゃないかマコト」
「評判だけで選んだが、正解だったかもしれないな」
ああ、ロビーに入った瞬間の畳と暖房の匂い。
やっぱり悪くない。むしろこれだけで来た甲斐が……。
来た、甲斐が……。
……。
「あっ瀬尾さん! ……に、宮野さんと日高さんも。奇遇ですね!」
「こっち来てくれるか」
「えっ瀬尾さんなんで引っ張っあっ──」
*
「WPPO関係か?」
「せ、瀬尾さんって結構力強いですよね……」
何言ってるんだ君は。
ハルキとアサヒが怪しむからさっさと答えてくれないか。
だって、おかしいだろう。
今は受験シーズン、九条ノドカだって受験生だ。WPPOのエージェントだからって試験まで融通してもらえるわけじゃない、それは彼女が転校してきた時に証明されている。
それに彼女は眼帯をしているんだ。見たところ一人だが……片目の視界が塞がれている、女子一人で旅行をするというのもちょっと危機感に欠けている気がする。
第一、完全に偶然個人旅行に来ていたとして、行く時期も行き先も泊まる宿も全部同じということは考えにくいだろう。いつも通り、僕を調査するために追いかけてきたと考えるべき……。
「……」
「せ、瀬尾さん?」
「あー……」
「やっぱり、WPPOの職員でも、年末年始は休みなのか?」
「は、はい。そうですね。お休みを頂いたので、旅行に来ました」
そ、そう……だったのか。
去年のクリスマスは普通に僕の護衛として名乗りを上げてきたから、正直休みがあるかどうか分からなかったんだが……職員を大事にしているなら、休みぐらいあって当たり前か。
むしろ僕はなんで自分を調査している彼女の勤務体制ぐらい質問しなかったんだろう。今みたいにきっと聞けば教えてくれるだろうに。
「じゃあ、追いかけてきたとかじゃなく……完全に偶然なのか?」
「そうなります。私もまさか瀬尾さんがいるとは思ってなくて……嬉しいですね!」
「そうだな。もし本当に偶然なら嬉しいよ」
考えてみれば当然か。
彼女は受験生ではあるが──彼女も僕達と同じ成績優秀が故の合格確定組だったんだ。
出来過ぎている状況だが……要は僕達と全く同じ発想だったということなんだろう。
もしそうなら、クラスメイト兼友人として、普通に喜ぶべきだな。
「一人で来ているのか?」
「はい。お給料はいいですから、せっかくなので贅沢しようかと」
「危なくないか? 見えにくいだろう」
「眼帯なら慣れてますし、不審者程度ならどうとでもできます。その上、上から『年明けの君を確認したけどいつも通りにしていたよ』とお墨付きを頂いたので」
「あー」
そういえばそうか、それがあった。職員のことを大切にするWPPOであれば──職員の未来を視て、何か問題が無いかを確認しておくぐらいするのか。
そう考えれば確かに安心だ。
もし「年末に旅行に行きます」と上に連絡すれば、「じゃあ年始の君に異常が無いか確認するよ」と言った形で、旅先で問題があったかどうかを確認してくれるということなんだな。
もし年明けに病院送りになった九条ノドカや、九条ノドカの葬式をやっていたりすると、大きな問題があったと判断できるが……いつも通りの業務をしている姿が視えたなら問題無かったと判断することができる。
すっかり失念していた。
そう考えれば彼女が一人であろうと、安心して旅ができる訳だ。
「瀬尾さんはどうする予定なのでしょう? 私は温泉を満喫する予定ですが」
「あー……僕はハルキとアサヒと来ていて、三人で色々見て回る予定だ」
「では、一緒に行動はできなさそうですね。残念です……」
「性別が違うからどっちにしろ一緒は無理だろ」
しかし、何もないなら安心だ。
旅先までWPPOに見張られているのかと少し怖くなってしまったが、僕のプライバシーには踏み込まない約束だし、彼女自身どこへ旅行しようと自由なんだから問題ない。
年始の彼女が通常作業をしているということは、同じく護衛対象の僕が病院送りになった……ということも無いだろうし、正直ちょっとホッとできた。
なら、彼女を無理に引き止める必要は無いか。
ハルキとアサヒもそろそろチェックインを終わらせているだろうし、早く戻ってしまおう。
「悪かった。旅行を楽しんでくれ」
「瀬尾さんも。またどこかで会えたらその時はよろしくお願いします」
「ああ」
「あっ部屋番号教えておきましょうか? 遊びに来ていいですよ」
「いらない……」
*
「いやー、やっぱすげーな! 雪だらけで歩きにくかったが、良い景色だぜ」
「はぁ、なんで、ロープウェイから、さらに1時間も歩くのさ、はぁ……」
「まあ、展望台って山の上にあるものだからな」
「そうだけどさぁ……」
そんな風に見つめなくても。
途中ちょっとおぶってあげてたじゃないか。
1. 宿からロープウェイまで30分徒歩。
2. ロープウェイの待ち時間10分。
3. ロープウェイに乗って20分。
4. ロープウェイから展望台までさらに1時間徒歩。
……確かに運動不足気味のハルキからすれば結構重労働だったか。
でも初日はハルキ、2日目は僕、3日目はアサヒの要望通りに過ごそうって取り決めだったんだし。僕は「少し遠いが展望台を見に行きたい」と言って、君は「いいね。僕もついていくよ」と嬉しそうに言ってくれたじゃないか。
それとも何だ? もしかして僕におんぶしてほしいだけだったり?
小学生の時はよくしてたからな。なんだか懐かしかったよ。
「逆にハルキは体力無さすぎだぜ。お前、ロープウェイ着いた時点で『お、おぶってマコト……』とか言ってたじゃねーか。びっくりしちまった」
「そうだな。『これからロープウェイなのにおぶったら危ないだろう』と思ったよ」
「委員長のズレ方にもびっくりだよオレは」
にしても。
アサヒの言う通り良い景色だ。
文句を言いつつも、ハルキの目だって景色に釘付け。
無理もないだろう。
「……はぁ」
白い、としか言いようがない。
見渡す限りの白。山も、谷も、遠くの稜線も、全部雪に覆われて境界が曖昧だ。空との区別すらつかない場所があるし、まるで世界を白い絵の具で塗り潰したみたいな……。
そう考えてみてみると、この温泉街だけ少し異質な風に見えるな。屋根の黒、壁の茶色、立ち上る湯気の灰色。小さな箱が寄り集まったような街並みが、白い谷間で異彩を放ってる。
「あ、あれ山吹屋じゃね? ほら、あの屋根がちょっとデカいやつ」
「大きい宿だからな。こうしてみると他との差がよく分かるというか」
「背後が雪山だから、よりよく見えるね」
確かに。
あの古めの外装を思い返せば、後ろの雪山と比較してより目立って見える気がする。
あそこに昨日泊まって、今朝出てきたのか。
上から見ると随分小さく感じるな。
「九条も来てたんだよな。すっげー偶然」
「温泉を満喫すると言っていたからな。今頃楽しんでるんだろう」
「へぇ、賢い選択だと思う。こんな山登りするよりさ」
「じゃあノドカと二人で僕達の帰りを待ちたかったか?」
「まさか! なんで僕を置いていくのさ」
そう言う話じゃないのか。
でも本当に来てよかったと思う。
こんな景色、写真や映像では絶対に伝わらない。
風が止むと、本当に何も聞こえない……こんな静寂も生まれて初めてだ。
三人の呼吸と、たまに雪が枝から落ちる音だけ。空気の冷たさも、静けさも、自分がどれだけ小さい場所に立っているかという感覚も、ここに来なければ分からなかった。
写真に撮るとしたらどういう構図がいいだろうか。
母さんやアラタが喜んでくれるような素敵な写真を撮って帰りたい。三人映った写真も撮っておこう。瀬尾家の面々は、8月にハルキとアサヒが家に来た時に顔を合わせているし──
──ごごごごごご……
「うおっ!?」
「はっ!?」
「うわぁっ!?」
──ぐらっ!!
「は!? え、な、なんだ!?」
「ま、まま待って! 立て、立てない!」
「落ち着け! しゃがむんだ、手すりに掴まれ!」
な、何が起こっている!?
なんだ!? どういうことだ!?
急に、地面がゆ、揺れて……何がどうなってる!?
と、とりあえず、近くの手すりに摑まるべきだ。
展望台は丈夫だから揺れた程度でどうにもならない。上の方にあるからかなり揺れているが、足場はしっかりしているし、上から何かが落ちてくるようなこともない。全員でしっかり捕まってれば大丈夫なはず……。
というか、なんなんだこれ!?
さっきからずっと揺れてるぞ? 山全体が振動しているのか? 何がどうなって……。
……地震!?
地震か!?
「お、おい委員長! 何だこれ!」
「地震だ! 多分!」
「じ、地震!? これが地震か!? 初めてだ!」
「こ、こんなに、揺れるものなのかい!? どれだけのエネルギーが……うわぁっ!?」
「わ、分からない! 僕も地震なんて初めてだから……!!」
でも、多分、これは地震だ!
地下の岩盤が急にずれたり割れたりして、そのエネルギーが地面を揺らす現象のはず。
昔はよく起こっていたらしいし、授業で習いもした。
時折WPPOが「n件の地震を削除しました」とか通知していたおかげで僕も名前だけは知っているが……そのWPPOのせいで今の今まで、一度も体験したことが無かった。
で、でもここまで揺れるものなのか!?
岩盤のパワーだから相当なものだとは思っていたが、本当にこんなに揺れるだなんて。
そういう、『地震を起こす能力』を持った能力者がいるとか、そういう話ではなくて? 本当にただの自然現象でここまで地面が揺れるなんて、そんなこと、あり得るのか?
「委員長!」
「なんだ!」
「む、向こうの山! 見ろ!」
……は?
「山の雪が崩れて、『山吹屋』に……!」
──ズドドドドドッッ!!
待て。
そもそも、どうして地震が起こっている?
どうして、雪があんな風に崩れて──雪崩が起こっている?
間違いなく、甚大な被害が出るんじゃないのか、これは。
じゃあ、WPPOは、何をしているんだ?
いや違う、WPPOは、どうして動かな──
*
出発して……大体30分か。
ちょっと体があったまって来たな。
「おー、ロープウェイだ。すげー」
「僕、ロープウェイを見るのは初めてだ。ハルキはどうだ……って」
「お、おぶってマコト……」
……え、えぇ。
30分歩いただけでバテたのか?
それにおぶってって……。
これからロープウェイなのに、おぶったら危ないだろう。
ん? 電話?
……辻セイラ?
7:15に投稿する日は、その日のうちに二度目を投稿する意思がある日です。
投稿できたことは滅多にありません。本当にすみません。
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