【完結】 『大切な人を救うために死に戻る能力』   作:破れ綴じ

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[26:39] 忘れ物って?

『1時間半後に地震が来る』

 

「じしん……というのは」

 

『えっ、歴史の授業で習ったでしょ? 習ったよね?』

 

 いや、分かる。分かるぞ。

 仮にもこちとら成績優秀生で通っているんだ。小学校理科の授業で習うような知識ぐらい頭に入ってる。

 あれだろう? 断層が壊れて、摩擦でエネルギーが解放されて、波になるっていう……理屈では理解できるが実感の湧かない現象。

 

 ……あれが1時間後に来るのか? 

 それで九条ノドカが死亡し、ループが先に起こるからWPPOは対策ができないと……。

 えぇ……? 

 つい昨日は「手加減してくれているのでは?」だなんて思ったが、全然じゃないか。

 

『……マコト?』

 

「OKだ、整理させてくれ」

 

 いったん冷静になろう。

 ハルキとアサヒを待たせている以上、ずっと呆けている訳にもいかない。

 

 今回のループは九条ノドカが対象。正直驚きでしかないがツッコミは後だ。

 原因は地震とかいう自然災害、あるいはそれによる二次災害。前の周は携帯から凄まじい轟音──つまり揺れている最中に、僕達と連絡が取れなくなって……そのまま死に戻りが発動して死亡した。

 二次災害で考えられるのは……建物の倒壊か、あるいは雪崩、地盤沈下あたりか? 

 

 僕は現物の地震を見たことは無いが、その揺れ及びその揺れが引き起こす二次災害は九条ノドカが多少移動した程度ではどうにもならない程度の被害を引き起こすのは確かだ。WPPOがわざわざ一つ残らず削除しているというのだから、そのエネルギーは計り知れないものになるはず。

 つまり、僕や辻セイラや九条ノドカがどうにか頑張って止められる相手ではないということだ。この問題を解決し、完全に被害ゼロのまま突破するためには、九条ノドカを地震から救うことで「地震という現象がWPPOの予知範囲に入るように仕向け、削除してもらう」という流れでなくてはいけない。

 

 WPPOならきっとできるはず。これまでもずっとやってきているのだし。無茶ぶりだということは理解しているが、人命のために多少の無茶は耐えてくれるはず。

 ……というかWPPOにもどうにもできないなら辻セイラが世界初の人的被害を引き起こした能力者ということになってしまう。彼女にそこまでの責任を負わせてはいけない。

 

「つまり、僕がすることは九条ノドカを安全な場所まで逃がす、それでいいか?」

 

『流石マコト。ノドカに何も無ければWPPOが動いて地震ごと消してくれるはず』

 

「その地震の規模は分かるか」

 

『……ごめん。こっちは揺れなかったから、分からない』

 

 ふむ。

 確かに、結構離れてるからな、君と僕。

 直後に脳が破裂してしまう訳だし、実際に揺れていても気づかない程度の揺れ……あるいはその揺れが非常に局所的なものだと考えるべきか。

 規模が分からない以上は残された情報から推測するしかないが……九条ノドカを旅館の外まで誘導した周でも全く同じタイミングでループしているのだから、ただちょっと場所を移動する程度では一切意味が無いということだ。逃がそうと思ったら、結構な距離逃げないといけない。

 

 これは難しいぞ。

 どこまで移動すれば本当に逃げきれた判定になるのかこっちには見当がつかない。

 逃げている最中に地震が起こったら不十分だということだ。だが、逃げている最中に地震が起こらなければ、それは「何らかの要因によって遅れたのか」それとも「WPPOが認知して削除したのか」。そのどちらなのか僕達には判断できない。完全に安全だと分かるまで逃げ続ける必要が出てきてしまう。

 

 ああ、よりにもよってどうして旅行中なんだ。

 よりにもよってどうして九条ノドカが対象なんだ。

 カス能力め。相変わらず性根の腐った奴だ。

 だがいいさ、やってやろうじゃないか。

 

 時間は限られている。

 地震という単語の衝撃で思わず面喰らいはしたものの、協力者として僕がやることはいつも通り。とにかく急いで九条ノドカの元へ向かうだけだ。

 今から大急ぎで山吹屋まで戻ったら残る時間はおおよそ1時間。そこからどこまで彼女を遠方に逃がせるか。この温泉街の地理に詳しい訳でもないし、交通手段でも限界がある。そこは考えないと。

 

「分かった。後のことは任せてくれ。また何かあったら連絡する」

 

『気を付けてね。マコトが死んだらループしないんだから、もし危なければ連絡して』

 

「分かってる。僕だって母さんを泣かせるのはごめんだ」

 

 僕が死亡した状態で九条ノドカが生き残ってしまえば、ループは解除される。

 僕が痛い目に合う分には構わないが、子供が親より先に死ぬのは最大の親不孝だ。そんなシチュエーションにならないよう極力注意しなくては……。

 

「……」

 

 待てよ? 

 それじゃあ……。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「その、二人とも、すまない。急な電話で」

 

「仕方ねえよ。列に並び直すのはちょっと面倒だけど、大したことじゃねえさ」

 

「そうだよ。マコトだけ置いていく訳にはいかないし」

 

「あ、ああ……」

 

 違う。

 二人と違って僕はすぐに宿へ戻らないといけない。

 

 僕が戻ると主張すれば、きっと二人はついてくるだろう。展望台に行きたいと言い出したのは僕なんだし、今日は僕が主導する日という取り決めだ。僕に他の目的があるからといって、二人も「じゃあ自由行動してくるわ」とはならない。前の周でも同じ結果になったはずだ。

 

「……マコト?」

 

「どした? 委員長」

 

「……いや、僕は後から行く。二人で先行してくれないか」

 

 だが、今回だけはそうもいかない。

 二人を宿まで連れて来てはいけない。

 

 二人が死亡したままループを突破してしまえば、彼らは永久に死亡してしまう。

 二人は、ここで別れないといけない。

 

「その、忘れ物をしたんだ。すぐ追いつくから」

 

「……んあ?」

 

「……へぇ」

 

 僕はおそらく、きっと無傷なまま展望台まで到着した過去があるはずだ。

 

 辻セイラは今回の標的を特定するのにかなり時間がかかったと言っていた。僕も彼女も、能力の対象になる『大切な人』は合計で5人しかいないと思っていたから、きっと辻セイラは初めの何周かは原因特定のため一人で動いていたと推測できる。

 彼女が一人で動いている間は、僕達に対して一切介入していないんだから、雪山男三人組は毎回必ず展望台へ向かっていたと考えるのが妥当だろう。そして、どのループでも必ず地震を経験していたはず。

 

 もし、地震と雪崩が起こり、僕達が「明確に死ぬ」と自覚できるような状況になれば、きっと僕は今の状況が辻セイラのループによるものだと理解するだろう。

 WPPOが死人が出るような自然災害を防げないのは決まって辻セイラの妨害が働いた時に限るからだ。だから、「展望台で死ぬようなこと」があれば僕は辻セイラに「ループが起こったのではないか」と連絡を入れているはず。

 

 しかし、さっきの彼女の口ぶりからするに……。

 原因が地震であると分かったのはかなり最近の周だったように聞こえた。

 

 つまり、タイムリミット時点で展望台にいた僕達は死亡していなかった。

 タイムリミットの瞬間まで、あの展望台は無事ということになる。

 

 勿論、後から展望台が崩れるとか、雪崩に飲まれるとかの可能性があるかもしれない。

 だが、このループを突破しない限り、死に戻りが発生するから二人の命は最悪やり直すことができる。逆に、ループを突破できたとしても、その後に起こる大規模災害はWPPOが知覚できるんだから防いでくれる。

 二人が九条ノドカより先に死亡するようなことがあってはいけない。そのために、九条ノドカが死亡した時点で無事だったと推測できる展望台に、二人がいてくれないと困るんだ。

 

 問題は、二人がこれを了承してくれるかどうかだが……。

 

「……委員長。もしかして、また何か面倒事でもあったのか?」

 

 ぐっ……! 

 駄目、か……。

 

 ハルキは……考え込んでくれているみたいだが。

 アサヒが、無視してくれない。僕の今の発言を明確に怪しんでしまっている。

 

「だが、時間が勿体ないじゃないか。忘れ物は僕の責任だ」

 

「どうせ列は並び直しだって。てゆーか、なんかおかしいぞ委員長」

 

 ……事情を話すことはできない。

 それは辻セイラの『大切な人』を増やすことに繋がりかねない。

 

 そもそも、旅館にそんな危険が迫ってるなんて言えば猶更「行かない方がいい」あるいは「なら旅館の全員を逃がそう」と提案されるだけだ。

 九条ノドカだけを救えばいい話ではあるが、二人にはその事情が理解できない。「どうして他の客は見殺しにして、九条ノドカだけ連れて行くんだ?」とか言われても僕は説明できないんだぞ。

 そもそも、手伝ってくれるのはありがたいが、守らなければいけない対象が三人に増えた状態で死地に突っ込んでいっても僕にとってメリットが無い。今だけは君達の親切が仇になってしまうんだ。

 

 だから、頼む。

 僕を信じて、展望台に行ってくれ……。

 

「委員長? オレ、抱え込みすぎるなって言ったよな?」

 

「言われた。言われた上で、展望台に行ってほしいんだ」

 

「んなこと言われたって。事情が分からなきゃ、委員長が無理してるかも分からねえだろ」

 

「そこをなんとか、頼む。今は、展望台に行ってくれることが一番助かるんだ」

 

「どういう状況……? なあ、ハルキはどう思う?」

 

 

 

 

 

「日高くん。マコトは嘘をついていないよ」

 

 えっ? 

 

 

 

 

 

「へ? そうなのか?」

 

「うん。今、『イマジナリーマコト』を使って確認した」

 

 えっ。

 

 

 

 

 

「お、おう、そうか。オレ使ってよく練習してたもんな、ハルキ」

 

「実践するのは初めてだけど……うん。今の発言は嘘じゃない、と思う」

 

「ごめんな委員長。あの夏の頃からハルキ、イマジナリーなんとかにハマってるみたいで」

 

 ……? 

 

 な、何を言っている? 

 イマジナリーを適用できるのは母親だけだぞ? 

 イマジナリー僕? 

 ハルキは歩き疲れておかしくなってしまったのか? 

 

 そもそも、「思う」ってなんだ。

 イマジナリーの発言は、現実でも起こりうる事実だぞ。

 思うってそれ主観じゃないか。それじゃただの想像と変わらないのでは? 

 あっでもハルキがイマジナリーするのを見るのは初めてだな。何だか得した気分。

 

「ごめん。まだ完璧じゃないから、マコトだけしか再現できないし、僕の知らないことは教えてくれないんだ」

 

「なあハルキ。遊ぶ分には面白いけど、本人の前で使うのは止めようって言わなかったかオレ?」

 

「仕方ないよ。今のマコトには事情があるみたいだし、本当に僕達が協力しない方が得策なのかもしれない。幸い、これは男女の問題という訳でも無さそうだし」

 

「そうだけどよぉ……」

 

 ……い、いやだが、これは好機だ。

 

 どうしてハルキが僕のイマジナリーを作ろうとしているのかは不明だが、それで僕の発言の正当性が担保されるならこれ以上望むことは無い。

 イマジナリーはあくまでその人の再現シミュレーターだから、本人が隠そうとすることは無理に喋らない。ただ、僕が本気で「二人が展望台に行ってくれた方が助かる」ということをより強く証明してくれる。しかもそれが、「自分を犠牲にするため」ではなく「明確な理由があってのこと」だとも主張してくれるはずだ。

 

 だから、ハルキが信じてくれるなら、説得が成功するかもしれない。

 

「……アサヒ。僕からも、もう一度だけ、頼ませてくれ」

 

「委員長……」

 

「僕一人でやらなきゃいけない理由があるんだ。どうか、信じてほしい」

 

 

 

 

 

「……あー分かったよ。特別だからな!」

 

 ……っ! 

 

 

 

 

 

「あ、ありがとうアサヒ!」

 

「いいって! 時間無いんだろ、早く行って来いよ!」

 

「ああ! ハルキも助かった!」

 

「いいよ。僕は君の親友だから。後で理由聞かせてね」

 

「それは保証できない! じゃあ!」

 

「えっ」

 

 良かった、本当に良かった。

 ハルキとアサヒは展望台に向かってくれる。

 あの二人は大丈夫だ。少なくとも、タイムリミットまでは。

 これであの二人の命はひとまず保証される。

 

 ──あとは、僕の問題だ。

 

 

 

 

 

「おー速……委員長もよく違和感持たなかったよな」

 

「? イマジナリーはマコト発祥なんだけど」

 

「ははは何言ってんだコイツ」

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「はっ、はっ、はっ……!」

 

 制限時間はループ開始から1時間半。

 辻セイラから説明を受けて、ハルキとアサヒを説得して、歩きで30分の道のりを走って戻って……到着する頃には残り45分ほどか。

 

 そこからどうする? 

 僕はどうやって九条ノドカを安全な場所まで逃がす? 

 

 1. 彼女に頼んで、上司に「地震が起こるから対処してくれ」と頼むか? 

 いや、望みは薄そうだ。上司だって休み中だからすぐに対応はできないだろうし、そもそも予知を走らせたところで視えるのは「地震が起きた未来」じゃない。「調査対象に謝罪してくれ、そんなものは確認できなかった」と返答されるのが関の山だろう。

 あっそうなると「誠に申し訳ない」とか言われるんだろうか。僕の名前とかかってるな。

 ははっ。ははっじゃない。笑ってる場合か僕は。

 

 2. 彼女を展望台に連れて行く案もある……いや、無理がある。

 クリスマスの時に、彼女は僕を抱えたアサヒにさえ追いつけなかった。能力は強力だが、身体能力はあくまで一般的な女学生と変わらないんだ。無理に走らせるか、僕が抱えて走ったとしてもそこまですぐ移動できる訳じゃない。

 30分経ってロープウェイ乗り場まで着いたところで行列が待っているし、押しのけて乗り込んだとしても移動中に地震が起こってしまう。未知の揺れにロープウェイが耐えきれる可能性は限りなく低い。

 

 3. 街の中心部や高台に向かうか? ……どうだろう。

 地震でどういう被害が起こるのか僕には想像がつかないし、開けた場所や高台が果たして安全なのか胸を張って言い切ることは不可能だ。特に高い場所なんて揺れたらとんでもないことになりそうな気がする。

 昨日はハルキ主導で街の至る所を見て回ったが、基本的に温泉宿や雪室が並ぶばかりで、高い建物と言ってもそこまでではない。雪崩に飲み込まれない保証はない。

 

 4. いっそのこと彼女の手を引いて街の外まで逃げ出すか? 

 流石に街の外まで移動できれば巻き込まれる心配はないだろう。そう簡単に突破できる距離では無いが、運よくタクシーを拾うことができれば不可能ではないかもしれない。

 ……いやどうだろう。偶然空席のタクシーを見つけて乗り込み、困惑する九条ノドカを無理やり押し込んで、街の外へと急がせる若い男……完全に事案じゃないか? 通報が先かもしれないぞ。

 

 5. 彼女の能力で僕を地面に突きさし、固定して盾にするというのはどうだ。

 ……駄目だ疲れている。確かにそうすれば姿勢が変化しないから、曲がらない雪除けとしては利用できるかもしれないが、根元から折れて一緒に流されてしまいそうだ。HBの世話になるとかそんなレベルじゃなくなってしまう。

 

 どうする、どうすべきだ。

 山吹屋が見えてきた。だが現状、無策のまま戻って来ただけだ。

 

 今のところ限られた時間でどこへ逃げても安全の保障が無い。展望台だけはループの構造から推論できたが、時間的に不可能だ。他に安全な場所を見つけるために総当たりするとしたら……一体何周必要になってしまう? 

 しかも、45分以内に探せる場所限定だぞ。範囲は狭まるかもしれないが、選択肢も狭まる。九条ノドカのことも説得しないといけないし、本当に上手くいくのか……。

 

 ……。

 

 ……待てよ? 

 

 

 

 

 

「僕、九条ノドカの部屋番号を聞いていないぞ」

 

 

 

 

 

 しまった! 完全にうっかりしていた! 

 どうして僕は辻セイラに聞かなかったんだ! 

 ああ、地震という単語の衝撃で思わず面喰ったからだ! 

 最悪だ! 僕のせいで辻セイラに一回分無理をさせてしまっている! 

 

「ま、待て。冷静になれ」

 

 落ち着け、落ち着くんだ。

 45分以内に彼女が見つからない訳じゃない。

 考えろ、考えるんだ。彼女のこれまでの発言からするに……。

 

 あっそうだ大浴場! 

 大浴場にいるんじゃないか? 

 何かしらの手段を講じれば彼女を連れ出すことができるはず。

 なんなら女湯に突撃してもいい。そのレベルの失態をやらかしてしまったんだから。

 

 よ、よし。

 一旦大浴場に向かおう。

 焦りのせいで頭が回っていないだけかもしれない。

 少しすればいい考えが思いつく可能性も……。

 

「ちょんちょん」

 

「っと、誰だ? 今急いでいるんだが」

 

「はい、存じ上げてます」

 

 ……ん? 

 

 ……っ!? 

 

「45分ほど前に辻さんから頼まれて、瀬尾さんをお迎えにあがりました」

 

「き、君は……!」

 

 

 

 

 

「はい。貴方専門の護衛、九条ノドカです」




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