「どうして、君がここに」
「元々お風呂に入る予定だったのですけれど、辻さんから急に電話が来て」
そ、そうか。
彼女は僕に電話する前に、既に九条ノドカに一報入れていたのか。
おそらく九条ノドカはこれから温泉に向かうつもりだった。
そうなってしまえば九条ノドカの携帯はロッカーの中だ。僕は電話で連絡できなくなってしまうし、部屋番号だって知らないからロビーから一歩も進めなくなってしまうところだった。
そのため辻セイラはそれを見越し、僕が九条ノドカの所在を把握していなかったとしても問題無いよう先回りして合流できるようにロビーで待機する旨の指示をしていた……。
どう探すか迷っていた僕に対し、なんて的確なフォローなんだ。最初からこのことを予期していたのだろうか。結構冷静なのかもしれない。僕が焦りすぎていたのかも。
「辻セイラからどこまで聞いている?」
「『マコトが会いたがってるからロビーで待ってて』『事情はマコトに聞いて』と」
「そうか、完璧だな。聞き入れてくれてありがとう」
「いえ、辻さんがいつになく真剣だったので。ただごとではないと判断しました」
そうか。
彼女はWPPOの職員ではあるが、同時に普通の女子高生でもある。
任務と関係ないにしても、友人からの──しかも普段は無愛想な辻セイラから懇願されれば、理由を聞かずとも事情があると判断してくれた訳か。
しかしおかげで助かった。
これは大きなロスタイム削減になるぞ。
今の九条ノドカは辻セイラに頼られたのが嬉しいのか、心なしかやる気に満ち溢れているようにも見える。背筋も伸びているし、合流場所も1階ロビーだから準備は既に済ませているだろう。
加えて、僕関連の指示だったから、護衛としての職務を遂行しなくてはという使命感もあるのかもしれない。実際にこれから守られる必要があるのは目の前の彼女なんだが……。
とにかく、残り時間も40分以上確保できている状況だ。
40分強ある場合、徒歩だと3~4km。走れば4~6km。雪で進みにくいということを鑑みてもせいぜい1km縮む程度か。車を使うことができればもっと大幅に離れられるだろう。
問題は、それだけ離れることで解決になるのかということだが……。
「上からは、これから何が起こるか聞いているか?」
「もしかして、未来予知ですか? 我々には認識できない何かを発見したと?」
「僕は能力者じゃないと言っているだろう。で、質問の答えは」
「……現地に来られないので予知は不可能かと。とりあえず年明けに私達全員が五体満足であるということ以外は聞いていないですし、もし連絡しても分かることは無いと思います」
「ふむ。未来予知能力者は現地に行く必要があるのか」
「あっ」
そうだよな。毎回報道を元に問題となる現象の削除を行っているなら、予知の能力者あるいは災害を削除する能力者自身が起こる事態そのものを知覚しないといけない訳だ。報道もされず、現地に行った訳でもない場所の災害は認識できないのだろう。
もし遠隔からいつでもどこでも九条ノドカの様子を確認できるなら今回の現象に気づかない訳が無いし、そもそも影中トオルのように取り逃がした敵を見失うこともない。WPPOは年始に九条ノドカが無事であるという事実で、問題があったかどうかを判断している。
再度未来予知を回すためにはそのための人員が、現地にやって来て地震あるいは雪崩の状況を予知してもらう必要があるということか。面倒だ。
「……ちなみに、もし予知できると言ったら強力な能力者を寄越してくれたりするのか?」
「えっ私では力不足ですか」
「いいから答えてくれ」
この際、WPPOの力が必要な案件だとバレてしまってもいい。
もし僕の疑われている状況を利用して、九条ノドカの生死に関係なく解決することができるなら、この問題はそこまで時間をかけなくても対処できるということになる。
電話一本で解決できるなら、それに越したことは無いが……。
「不可能だと、思います」
「理由は」
「予知をしなければ防げないような問題に対処する能力者は、非常に多忙で、今も世界を飛び回っています。WPPO公式の未来予知に何も問題が無い以上優先度は下がりますし、優先度の低い案件も全て対応できるほどの時間も確保できないからです」
「……そうか」
ならやはり、九条ノドカを生かし、地震そのものが報道できる状況まで持っていって無理やり知覚させ、強制的に優先度を引き上げなければ問題解決は不可能ということか。
ただ疑惑がかかっているだけの高校生一人では、災害を止める能力者を自由に呼びつけたりはできないと。まあそれが可能なら簡単にテロとかできてしまうだろうから仕方ないが。
仕方ない。
やはり彼女を逃がす方向で考え直そう。
彼女からの疑いは深まっただろうが、今はそれに構っていられない。
「なら、この温泉街の地図って準備できるか?」
「えっと、はい。観光ガイドマップがあります」
「そうか。事情は説明できないが、今すぐ二人で街の外まで移動したい。いけるか?」
「へ、ふ、二人で? ……あの、後で戻ってきますよね?」
「勿論。問題が解決すればすぐ戻っても大丈夫だ」
「なら……はい、分かりました。瀬尾さんの頼みであれば構いません。どうぞ」
よし。
今回僕が彼女を逃がす上で絶対的に回避すべきなのは。
1. 地震。
2. 二次災害、おそらく建物の倒壊か、雪崩か、地盤沈下。
この2点だ。
地図を見るに……この温泉街は、街全体が細長い谷の底にある。
外へ出るには谷の出口──8~10km先の一本道を抜けるしかない。道の両側にも急な斜面が続いているから、ここも雪崩に巻き込まれる危険性は十分にあるだろう。抜けるためには相当急いで車両を確保する必要がある。
まず、地震だけで死ぬとは考えにくい。
地面が揺れたから人間はどうなるというんだ。可能性としては転ぶくらいだが、これまで何回も何回もバランスを取るのに失敗して頭を打っている訳ではないだろう。二次災害を防ぐ方向で考えるべき。
となると、建物の中は危険か。
どれだけ頑丈な建物であれば耐えきれるのか、僕達には分からない。むしろ頑丈な建物が倒壊してしまった場合、逆に生き埋めになって生き残る可能性がさらに潰えてしまいそうだ。地盤沈下の危険性も考慮すると、どの建物の中だから大丈夫と考えるのは危険だろう。
その場合、外に避難するとして……安全なのはどこだ?
谷底は狭くて、斜面から十分に離れた広い場所というものは中々見つからない。この宿は背後に大きな雪山があるから十分巻き込まれる可能性があると仮定して……だからといってこの山から離れれば無事とも考えにくい。逃げた先で別の山の雪崩に巻き込まれて終わりな気がする。
雪崩の巻き込む範囲が100mなのか500mなのか1kmなのか分からない以上、「ここまで来れば間違いなく大丈夫」と確信できる場所はこの温泉街に存在しないのではないか。逆に、範囲が狭ければただ中央に移動するだけで解決できそうな気もするが。
となると、一番良いのは大急ぎで車を走らせて谷の外まで出ることか。
歩きや走りでは谷の中で時間切れになってしまう。車なら、雪の山道で30~40km/hとしても、10km移動するのにかかるのは15~20分。間に合う。
「だが……車か」
「?」
旅館の送迎車は……駅との往復を時刻表通りに運行するだけだ。次の便まではかなり時間があるし、客の頼みで臨時に谷の外まで走らせることもできない。路線バスも駄目だな。山間部だからか本数が少なすぎる。
レンタカーも論外。二人とも免許を持っていないし、運転手を都合できたとしても温泉街の中に店舗があるかどうか定かじゃないのが現実だ。
となるとやはりタクシーか。
さっき走っていて全く見かけなかったから、おそらく山間の温泉街で客を探して流しているタクシーはそもそもほとんどいないだろう。基本的に駅前の乗り場で客待ちをしているか、呼ばれて営業所から向かうかの二択。空車が通りすぎるかどうかは完全に運任せで、残り時間で賭けるには分が悪い。
アプリを使って急いで呼ぶのが最善手……。
「……げ」
「あら」
……「近くに車両がありません」だと。
つ、次は……「本日はもう配車できません」……!?
な、何故だ。
山奥の温泉街だからタクシー会社の台数が少ないのか? それとも年末が近いし、他の客の送迎予約まで夕方まで全車埋まっているというのか。
ああ違う、ここは都会じゃない。観光地のタクシー不足というのは全国的に問題になっているし、車両台数に限りがあるなら予約を断られるのが当たり前。前日に済ませるのが本来は普通なんだ。
し、しかし。
じゃあ、どうすれば……。
「車が必要なら、私達職員専用の車両を手配しましょうか?」
「……へ?」
WPPO職員専用の……車両?
そんなものが、あるのか?
「未成年の職員が旅行する際の足として、上が手配してくれるんです」
「今回の旅行も、それで来たと?」
「はい。帰るときにも電話で呼ぶ必要があるので、番号も分かっています。私が頼めば飛ばしてもらえると思いますし、お急ぎであればその車を今呼ぶのはどうでしょう?」
そ、そんな便利なものが。
しかし、意外ではあるが、考えてみれば筋は通る。
未成年の職員を危険な任務に就かせない組織なのだから、休暇中に遠出すると言えば向こうから面倒を見てくれていても何ら不思議ではない。むしろ僕の印象通りのホワイトさだ。
それに、今回の車は「災害を止めるような能力者」という、優先度によって行動が決まる人材ではなく、彼女の旅行のために用意された車ということ。電話一本で呼べるし、優先度で後回しにされることも無い。
これは、かなり良いんじゃないか?
そういった、「車を手配する」といった次元の話には疎いからよく分からないが……今近場に車が待機しているなら、谷の外に出るまでの時間も十分に稼げる。
「実際に、今すぐに呼べるものなのか?」
「試したことはないので分かりませんが、これまで日帰り旅行で使っていたこともありますし、毎回近くで待っていてくれました。呼べるのではないでしょうか」
「そうか。じゃあ、今すぐ呼んでくれ」
「了解です。ちょっと失礼しますね」
良かった、良かったぞ。
これでなんとか希望が見えてきた。
一度は車を準備できないという壁にはぶつかったが、九条ノドカのおかげでなんとか時間内に谷の外まで脱出することができそうだ。
後は、外で時間まで待機して、揺れが来ないことを確認、あの二人に連絡し何もないことを把握した後、ループ突破できたと判断して、温泉街に戻ればいい。
解決、これで解決だ……。
……。
──「あっ、もしもし。九条ノドカです。車両の手配についてお願いがあって……」
いや、本当に大丈夫だろうか。
僕が今頼りにしているのは、九条ノドカの知識、経験則であって……。
……だ、大丈夫だろうか。
ひとまず、後々のために、アレの準備だけはしておくか。
*
──「え、今は……そちらに?」
……。
──「はあ。日帰りと、泊まりがけは、事情が違う……」
……。
──「あっいえいえ! 急にお願いしてるのはこちらですし」
……。
──「そ、その。今から来てもらうことって……」
……。
──「っ、ありがとうございます! ではまた」
……。
「あの、瀬尾さん」
「ああ」
「その、初めて知ったんですけど。泊まりの場合は外の営業所まで戻っているらしくて」
「なんとなくそんな気はしていた」
「ですので、大急ぎでこちらに向かっていると……あ、あれ。どうして私の手を?」
「走るぞ九条ノドカ!」
「えぇっ!? わっ、わあっ!?」
*
「す、すみません! てっきり近くにいるのかと!」
「分かってる! 僕だってそうだと思ってた! 着くのはどれぐらいだ!」
「い、1時間ほどだと!」
「じゃあ途中まで走るんだ! 合流してから拾ってもらおう!」
「あっそんなレベルで急がないと駄目なんですね!?」
なんて誤算だ、そう都合よくはいかなかったか。
なるほどな、車の手配ってそういうシステムなのか。確かに、数日間の滞在で使う予定も無いなら行きは送り届けて一旦帰り、帰りの日に改めて迎えに来てもらうのが妥当か。
運転手含めて近くに泊まり込むとなると、数日間連続して契約していることになってしまう。ツアーであちこち回るような場合でもない限り、相当高くついてしまうからしないのが普通だろう。
そして、九条ノドカは「日帰り」で利用したと言っていた。
日帰りの外出なら待機してくれるが、今回泊まりがけの旅行で使うのは初めてだから、夜を跨ぐ場合は運転手が一度営業所に戻るという決まりを知らなかったんだ。だから経験則で「近くで待ってくれている」と考えてしまったと。
こっちへ来るまで1時間。残り時間はもう30分も無い。
計算上ほぼ不可能だが、運転手が限界まで飛ばしてくれて、かつ僕達が途中までの道のりを進むことができれば、ギリギリで間に合う可能性がゼロという訳でもない……。
つまり、走るしかない!
走って、少しでも逃げ切る距離を稼ぐしか、今できることは無い!
「せっ、瀬尾さん、ま、待って……!」
「っ……分かった、僕がおぶっていく!」
「え、えぇっ!? あっ、うわぁっ!? は、恥ずかしいんですけど!」
そんなこと言ってられるか!
傾斜だし、この雪だ。足を取られて走りにくいなんてことはとうに分かってた。
二人とも防寒具に身を包んでる訳だし、動きにくいことだって百も承知。能力以外は一般的な女子高生の九条ノドカが何百mも走り切ることができないのは目に見えてたじゃないか!
大丈夫、僕ならまだ走れる。
九条ノドカを背負ったぐらいでどうこう言うほど弱くは無い。
いつだって母さんを背負って避難できるようにそれぐらいは鍛えてるんだ。
母さんのために鍛え上げた肉体があれば、彼女一人分ぐらい造作もない!
「まっ、待ってください! そこまでしなくても! 置いていってください!」
「はぁ!? なんでそうなる!?」
「何が起こるのかは分かりませんが、瀬尾さんがここまで急ぐなら、自分のせいで間に合わなくなるのは嫌です! 後で追いつきますから、今は瀬尾さんだけでも!」
「それじゃ駄目だ! 君が一緒じゃないと意味が無い!」
「えっ………………」
「そもそも僕一人じゃ車に乗せてもらえないだろう!」
「あっそうですよね! ごめんなさい勘違いしました運んでください!」
びっくりしたぞ、急に何を言い出すかと思った。
君は事情を知らないとはいえ、こちとら君の命を救えなきゃ未来は無いんだ。
僕を見捨てて君が先に行くなら分かるが、君を見捨てて僕が先行しても何の意味も無い。
ああでも、なんだか不思議な状況ではあるな。
少し前までハルキにおぶってくれとねだられていたのに、親友の彼にそうはせず、わざわざ説得して別行動してまで「おぶらなくていい」と主張する九条ノドカを背負っているのだから。
残り時間的に余裕も無いのに、変なこと考えてしまった。
もしかして僕は、心のどこかで既に、諦めかけていたのでは……。
──ごごごごごご……
「っ!?」
「え、な、何の音で──」
──ぐらっ!!
「ぐっ!」
「きゃあっ!?」
ゆ、揺れ!?
まさか、もうそこまで時間が……!?
て、ていうか、ここまで揺れるのか?
走るなんて、それどころか、立つことすら難しいぐらいだぞ……!
「ど、どうして地震が? 総司令官は何を……まさか、瀬尾さんはこれを予知して」
「おい、逃げるぞ! 早く! 『雪崩』が来ている!」
「えっ、あっは、はい!」
見えた。見えてしまった。
さっき、一瞬振り返った時に、山肌の雪がどんどん崩れ落ちていくのが、確かに見えた。
山吹屋のすぐ後ろの山だ。間違いない、起こる二次災害とは雪崩だ。
旅館、および旅館近くにいた九条ノドカは毎回あれに巻き込まれて死んでいた。
逃げないと。
このままじゃ僕達も巻き込まれる。
雪ってどれぐらいのスピードなんだ。
雪だぞ? 案外重さだけで、スピードなんて無いんじゃないか。今まで気づかなかったから回避できなかっただけで、本当は走れば逃げられるんじゃないか。
理論上は相当速いのかもしれないが、あのふわふわした塊が多少固まったくらいで、本当にそこまでスピードのある流れが押し寄せて来るのか? 違うかもしれないぞ。
だから、逃げれば。
走り続ければ……。
……。
「瀬尾さんっ! すぐ後ろに!」
──ズドドドドドッッ!!
ああ、そんなに都合よくないよな。
って、本当に? こんなに速いのか、雪崩って。逃げられる訳ないだろこんなもの。
そうか、じゃあ無理か。
じゃあもっと早くに動くべきだったんだな。僕も、君も。
「辻セイラ! 聞こえているよな! 聞こえるようにわざわざ『準備』したからな!」
『聞こえてる! 次はもっと早く動く、でしょ!』
そうか。
あの時、通話中にしておいて、良かっ──
*
出発して……大体30分か。
ちょっと体があったまって来たな。
「おー、ロープウェイだ。すげー」
「僕、ロープウェイを見るのは初めてだ。ハルキはどうだ……って」
「お、おぶってマコト……」
……え、えぇ。
30分歩いただけでバテたのか?
それにおぶってって……。
これからロープウェイなのに、おぶったら危ないだろう。
ん? 電話……と、なんだこのめっちゃ長いテキスト。
……「やることリスト」?
辻セイラから? 何を?
感想やご意見をお待ちしていますのでよろしければ……(´・ω・`)
お気に入り・評価・ここすき等も、可能であればぜひお願いします。大喜びします。