「リストは全部読んだ、後は任せてくれ」
『ごめんマコト、せっかく旅行中なのにこんなこと……』
「時間が無いんだろう。そういう約束じゃないか」
「……あー分かったよ。特別だからな!」
「あ、ありがとうアサヒ! ハルキも助かった!」
「いいよ。僕は君の親友だから……って、速ぁ」
「瀬尾さん! さっき辻さんから電話があって、瀬尾さんを待つようにと……」
「そうか。車は呼んだか? とりあえず話は歩きながらしよう」
「は、はい。辻さんの指示通り呼びましたが……あっ、待ってください!」
*
「つまり瀬尾さんは、大急ぎで外に出たいと」
「そうだ。君に車を呼んでもらったのはそのためだ」
「私、瀬尾さんに車のこと話しましたっけ……? また無意識で漏洩を……?」
安心するんだ。君はきちんと聞かれてから答えている……らしいぞ。
僕が知っているのは、辻セイラがわざわざ電話とテキストで説明してくれたからだ。
大方、WPPOが未成年の職員のために足としての移動手段を準備してくれたということだろう。
交通費全部浮くってことじゃないか。至れり尽くせりだ。いいな。
とにかく、辻セイラによれば。
ループ開始から1時間半後に、地震が起こり、その後にこの温泉街全体を呑み込む……らしい規模の雪崩が発生して九条ノドカが死亡する。
九条ノドカはいつの間にか辻セイラの『大切な人』になってしまっていて、死に戻りが発動するため、WPPOの未来予知が機能しない。
九条ノドカさえ救えれば、WPPOの未来予知が機能するので雪崩も地震も対応してもらえる。今回目指す解決策はこれ。
本当に地震ってそこまで怖いものなのだろうか。揺れるだけだろう。
雪に呑み込まれて死亡するというのもいまいち実感が湧かないが。
とにかく僕は、彼女を谷の外に連れ出さなくてはいけない。
「車が到着するのは連絡から1時間後だったな?」
「はい。私はてっきり近くで待機しているものだと思っていたのですが……」
「構わない。1時間以内なら間に合わないことも無い」
既に辻セイラが僕に連絡を入れる前に九条ノドカへの下準備を済ませている。
1. 風呂に入るのは後にしろ。
2. 僕が来るから旅館のロビーで合流しろ。
3. 帰り用の車を呼んでおけ。
4. 事情は言えない。ごめん。
5. 分からないことがあれば僕に聞け。
そして、辻セイラからの珍しい協力要請に彼女は二つ返事で頷いた。
どうやら話を聞くに、前回は車を呼ぶのがかなり遅れてしまったようだ。
彼女にそんな移動手段があったことには驚きだが、確かに到着まで1時間もかかってしまうようでは、少しの遅れが致命的な影響を引き起こしてしまうだろう。
しかし今回は大丈夫だ。僕が手に入れた情報を元に辻セイラが初手で対策を打ってくれていたおかげで、タイムリミット30分前には車が到着していることになる。
結果的にWPPOの僕に対する疑いを深めてしまった気がするが……まあ状況が状況だ。今だけは仕方ない。
僕もハルキとアサヒへの説得を済ませ、急ぎ足で戻って来たから、タイムリミット1時間前に山吹屋まで戻って来られた。
車は30分後にこちらへ到着するはず。そこからUターンして、残り30分間で飛ばしてもらえれば谷の外には出られるだろう。
確実な余裕がある訳でもないから、保険として僕達も既に宿を出発し、できるだけ移動時間を短くして道中で合流する……それが今回の作戦。
逆算するに、温泉街の出入り口辺りまで歩みを進められれば良い方だろうか。そこからの細道に入る辺りで合流できれば十分な余裕が持てる。
時間が足りず失敗した前回の周に対し、今回はループが開始した時点で全ての準備が完了している。
僕と辻セイラが限界まで時間を短縮した結果が、こうして実を結んだという訳だ。
「急がないといけないんですよね?」
「そうだ」
「では、私のせいで遅れてしまう可能性がありま──」
「君がいなきゃ車に乗れないだろう」
「あっ」
そして僕の役目は、九条ノドカが無事に谷を抜けられたかの確認役。
本当に辻セイラの作戦が成功するかどうかはまだ分からない。僕無しでもただ辻セイラが指示を出すだけで完結する作戦ではあるが、その道中を彼女が逐次把握することは不可能だ。
だから、九条ノドカの無事を見届けるという意味でも、もし失敗した場合に何が起こったか、次にその失敗をどう生かすべきか、その報告役という意味でも僕が同行する必要がある。
生憎、九条ノドカは今のこれを「僕の事情」だと勘違いしていて、自分は護衛する側だからいざとなれば置いていけばいいと考えているのだろうが……。
実際、今回守られるのは君の方なんだ。職業病で、自分が当事者であるという認識をそもそも持てないんだろうが、「足手まといだから置いていく」なんて判断は今回に限って一切意味を持たない。
事情が事情だから「標的は君だ」なんて言う訳にもいかないが、それでいつも通りの対応を取られてもこっちは困るんだよ。
「辻セイラからも色々注意を受けていただろう」
「確かに。『暖かい恰好をして』とか、『足元が冷えないように』とか、『体力的に無理だったらマコトに背負ってもらって』とか。初めて辻さんのデレを感じた気がしました」
「なら、君を置いていくという選択肢が無いことは理解できるはずだ」
「そうですね。せっかく緊急用の準備もしましたし、勿体ないです」
そういうことじゃ……。
いや、それで理解してくれるならそれでいい。こっちには好都合だ。
実際僕も『足元には気を付けて』だの『逐次連絡入れて』だの『無理はしないで』だの色々言われている。
足元が雪なんだから言われなくても足元に気を付けるし、ループの情報を伝えないといけないから連絡は欠かさないし、無理しないとループは突破できないだろう。
らしくない。君は『録音が惜しかったら約束通り協力して』とでも言えば良かったんだ。
それで僕はいつも通り協力するっていうのに。
……そういえば、あの録音のことについてあまり考えなくなってしまったな。
いや、今でも取り返せるなら取り返したいんだが。謝罪しに行きたいし。
ただ、取り返したからと言って辻セイラを見捨てることはもう無い気がする。
というか、用が済んだから次からのループは君一人で……なんて言う気も起きない。
「でも、なんだかこうして二人で行動するのは久しぶりですね」
「そうだろうか」
「そうですよ。もう転校して1年と少しになりますが、完全に二人で動いていたのは初めの1週間だった気がします。後は他の人がいたり、一緒でも目的が違ったり……」
「そうか。もうそんなになるんだな」
「事情を教えて頂けない辺り、まだ私は瀬尾さんの信頼を稼ぎ切れていないのでしょうか」
そんなことないさ。
君のことは良い意味でも悪い意味でも信頼している。教えられた以外のことは決してしないことや、ところどころ抜けていて全面的に任せきれないところとか。
ただ、喋ってしまうとこっちにも都合が悪いし、君の精神衛生的にも良くないだろう。
第一、僕が辻セイラのループに協力するのは君のような人がいるからでもあるんだ。知り合いが死ぬかもしれないというのに、他人事だと思えるほど冷酷な性格をしているつもりもない。そんな性格だと母さんに叱られてしまう。
さあ、早く温泉街の出口まで進もう。
このペースなら上手い具合に合流できるはずだ。
*
できるはず……。
……だったんだが。
「ここで、合っているよな。温泉街の出入り口は」
「です、ね。ここからこの細道を進んでいけば、谷の外まで出られます」
「で、僕達がここまで進んできた以上、どこかですれ違っているはずだよな」
「はい。基本的に一本道ですし、時間的にもう来ているはずです」
残り時間は……あと30分。
本当はこの時間に車が山吹屋に到着しているはずだった。
すれ違った車は全部確認したし、九条ノドカも「運転手も乗る車も、行き帰りどちらも同じだから見れば分かる」と主張していた。それに、もし入れ違いで到着していれば今頃連絡が届いているはず。
……遅れているのか?
僕達が道を間違えているということも無いはずだ。
温泉街はここで途切れていて、以降はただの一本道。片側には雪を抱えた急な上り斜面があって、反対側にはガードレールの向こうに川へ落ちる斜面。地図でも見た通り、ここから先が谷の外に続く一本道のはず。
カーブが多く、先が見通せない。だから、このカーブの一つか二つ向こう側に車が来ていても、僕達からは一切見通すことが不可能だ。完全に気付いていないだけですぐ近くまで来ているという可能性も……無い訳では無い。
まあ、まだ誤差の範疇か。
残りまだ30分程度の猶予がある。もし遅れているにしても、残り距離から推測するに1、2分、最悪20分……タイムリミット残り10分を切るまではまだ耐えられる。逆にそれ以上遅れてしまうようであれば、例え合流できても車が谷の中を抜けられず、失敗だ。
だから、まだこれぐらいなら許容できる。
少し遅れているぐらいなら、僕達はこのままこの細道を進んでいけばいい。途中で合流する想定だったのだし、その合流地点が少し先の方にずれるだけ。流石に歩きだけで外まで出られる訳ではないが、合流さえできれば脱出は容易なはず。
「運転手と連絡は取れるか?」
「運転中なので、電話には出られないかと」
「なら仕方ない、僕達だけで先に進もう。テキストで質問だけしておいてくれ」
「分かりました」
運転中に電話に出ろというつもりはない。
運転手の苦労を無視する気もないし、こちらに向かっていること自体は確実なんだから、いずれ合流できると考えるべきだ。僕達の電話に妨害されて、それで間に合わなくなっても本末転倒でしかない。
1時間というのも、運転手が初日を思い出して言った目安でしかなく、今日のこの雪の中で実際に何分かかるのかは誰にも確かめられていない。遅れの理由として一番ありそうなのは、今日降る雪が初日と少し違った……そんなとこだろう。
となると、僕達に残された選択肢は──時間を削減するため、ただ進むことだけだ。
大丈夫。
このカーブを曲がれば見える景色も違うはず。
ここの向こう側にヘッドライトの光が見えるかもしれない。
そうすれば、「なんだ、やはり少し遅れているだけだったのか」と安心できる。
九条ノドカの息も少し上がってきているし、できるだけ早い段階で見つかると良いんだが……。
……。
……うーん、見えない。
カーブを曲がったところで、また新しいカーブがいくつか見えてきただけ。ヘッドライトどころか、エンジンの音すら聞こえてこないぞ。もういくつかカーブを曲がらないと無理か?
「……せ、瀬尾さん」
「どうした」
「その……今、返事が来たんですが」
「何だって?」
「こっちへ来る途中で、除雪作業に巻き込まれてしまったと……」
「……え」
じょ、除雪作業だと?
よりにもよって、今このタイミングで?
「……どれぐらい遅れるんだ?」
「そこまでは少し……ただ、途中で除雪車の後ろについてしまって、目安より遅れてしまうかもしれないと謝罪が来ていました」
「……っ」
そ、そうなのか。
確かに、この雪だ。急激に強まった訳でもないが、放置していればどんどん降り積もっていく。適度な除雪は必要だ。道路に手を入れないはずがない。
運悪く、その除雪車の後ろについてしまったということなのか。除雪車はゆっくりとしか進めないし、後ろの車はそれに合わせてしか進めない。ここへ続く道は温泉街の人々にとっても生活経路なんだし、その範囲を除雪車が定期的に走るのも当たり前のことじゃないか。
運転手の人も、こっちがどれだけ急いでいるかは把握していない。ただ、目安のために告げた時間よりは遅れることになりそうだと判断し、こちらが急かしたからわざわざ状況を説明してくれたんだ。向こうの連絡不足という訳でもない……。
しかし、そうか。そうなのか。
今いないのは、本当に遅れているからなのか。
だとすると、どれだけ遅れているんだ?
数分で済むのか。10分か、20分か。
作業の規模も、除雪車がどこで道を譲ってくれたのかも、僕達には一切分からない。僕が立てた限度に、まだ収まっているのか。それとも、もうとっくに越えてしまっているのか。
「急ぐぞ。少しでも近づかなければ」
「はい」
カーブを一つ……見えない。
もう一つ……見えない。
残り時間は……もう15分を切っている。
今ここで車と合流できたとして、出口までの距離は……。
……本当にこの方法で解決するのか、今から不安になってきたぞ。
車が間に合えば、それに乗って出られるという話だったが……今出てきたのは、その車がトラブルに巻き込まれて間に合わないかもしれないという事実だ。
だから、初手から車を呼ぶという方法は、初めから間違っていたという可能性も……。
いや、大丈夫、大丈夫だ。僕達がすべきなのはどれだけ時間があれば間に合うか間に合わないかを計算して一喜一憂することじゃない。温泉街から少しでも離れることだ。
待っていても、分かることは何も無い。分かっているのは、車がこの一本道を通ってこちらに来るということだけだ。それを疑ったところで、今からどうにかなる訳じゃない。
九条ノドカが毎回死んでいたのは、あの街の周りだ。ここまで来れば大丈夫かもしれないし、もう少し遠くまで行って、あの車に乗って、少しでも奥へ進めば……最悪、谷の外へ抜けられなくても、あるいは。
僕達が進んだ分だけ、車が出口まで戻る距離は短くなる。
限度は延びている。まだ、延びているはず。もうすぐのはずだ。
辻セイラへの定期連絡も欠かさず、足は止めない。止めてはいけない。
彼女のためにも、今はただ進まなければ。
カーブ。
見えない。
次のカーブ。
見えない。
また次のカーブ。
見えない。
……。
見えない。
いや、見えなかった結果を数えるんじゃない。
余計に焦りが加速するだけ。今はただ進むだけだ。
「大丈夫か、まだ歩けるか」
「は、はい」
「そうか、もし辛いなら、僕が──」
「──っ、瀬尾さん! あれ!」
へ?
あれ?
なんだ、どこを指さしている。
そっちの方向は……一番奥のカーブか?
なんだ、何がある。
少し、光っているものが見えるような……。
いや、光?
光だと?
た、確かに、光だ。
あれは──ヘッドライトだ。
「き、来た……!」
「来ました! 来ましたよ瀬尾さん!」
来た。来てくれた。
遅れはしたが、確かにこっちに向かってくれていた。
あそこまで行けば。
あの車に乗れば──
──ごごごごごご……
「は?」
──ぐらっ!!
「きゃあっ!?」
「!? 九条ノドカ!」
──がしっ!
っ! ゆ、揺れる! 凄い揺れるぞ!
もう、もうそんなに時間が経っていたのか!?
冗談だろう、あと少しで車に合流できたところだというのに!
というか、君……!
「っわ、わわ! 瀬尾さん! 間一髪です! ありがとうございます!」
「言ってる場合……かっ! 君、今、落ちかけているんだぞ!」
あ、危なかった!
咄嗟にガードレールに掴まらなかったら、九条ノドカの手を取ったまま、僕も勢いで落ちていくところだった! いくら揺れるとはいえ、足元のバランスを崩して谷底に落下だなんて笑えないぞ!
とにかく、早く彼女を引き上げないと。
向こうの運転手もきっと困惑している。
急いで車に乗り込まないと、間に合わな……。
……というか、揺れる揺れる揺れすぎだ!!
こんなんじゃ引き上げるなんて到底無理だ、そのまま僕もろとも落ちてしまう!
「九条ノドカ! 固定だ、固定しろ!」
「へ!? な、なんですか!?」
「僕の両手を固定しろ! 君の手を握る右手と、ガードレールを掴む左手を固定するんだ!」
このまま重力に耐え切れなくなって、この手を放してしまえば九条ノドカが落下してしまう。雪で滑って、ガードレールを掴む手が滑ってしまったら、二人とも落下してしまう。
だからこその咄嗟の思いつきではあるが……いい案、のはずだ!
彼女は片手だけ僕に引っ張られて塞がっているが、もう片手はフリーなはず。その空いた片手で眼帯を無理やりはぎ取れば、この体勢から僕に能力をかけることができるはずだ。
九条ノドカの能力で両手だけ固定してもらえれば、僕の意思に関係なく、この両手が勝手に開くことは無い。力を込めようが込めまいが、今の姿勢をキープすることができる。
そうすれば、いくら揺れようが僕達は落ちることが無い!
「はっ、はい! 使います!」
「よし! 後は、揺れが収まるのを待って、その後、あの車の元まで向かえば……!」
──ズドドドドドッッ!!
──バキッ!!
「は?」
「へ?」
え、ガ、ガードレールが、折れ……。
しまっ、手が、離れな……!
待て、光が──ヘッドライトが見えていたのに!
こんな、こんなところまで来て!
「うわあああああっ!?」
「きゃあああああっ!?」
な、なんとかギリギリ滑り込み投稿……(・ω・`;)
感想やご意見をお待ちしていますのでよろしければ……(´・ω・`)
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