本当に、この道で合っているんだろうか。
歩き出してから、何度も同じことを考えている気がする。
昨日滑り落ちた斜面を候補から外したのは、間違っていないはずだ。
雪崩が通った跡というのは、一度崩れた雪がそのまま積み直されている場所のはず。降り積もった雪と違って締まってもいないし、下の地面がどうなっているのかも分からない。二人分の体重をかけた途端に崩れて、今度は僕達自身が次の雪崩の引き金になる可能性もある。助かった命を自分の足で捨てに行くような真似は、どう考えても下策だ。
だから、九条ノドカの観光ガイドマップに賭けるしかない。
谷底の川沿いに遊歩道が描かれていて、少し下流に、外の道路へ上がる階段の印があった。夏の散策客向けの、ほとんど飾りみたいな印だが……あの印が僕達の最後の希望になるかもしれない。
「瀬尾さん、この先もずっと川沿いですか?」
「ああ。このまま下るぞ」
だが、地図に描いてあるからといって、この雪の中でも使えるとは限らない。
階段ごと完全に雪で埋まっていたら、そこまで歩いた時間が丸ごと無駄になってしまう。
さっき携帯で確かめた時は、向こうの雪がそこまで崩れていないことは一応確認できた。雪崩は起きていないか、起きていたとしても小規模だったということだ。階段が埋もれていない可能性は十分にある。
あの雪の中で二人の携帯が御釈迦になっていなかったのは不幸中の幸いだったと言えるだろう。九条ノドカのモバイルバッテリーで充電して、カメラのズームで斜面を拡大して、多分大丈夫だろうと判断して出発して……。
もう、二人で夜を越した木が見えないところまで来たんだ。
あそこには、時刻と行き先と僕達二人の名前が書かれたメモを残してきてある。九条ノドカに一番太いペンで書かせて、枝に結ばせた。雪の上には、枝を並べてSOSと矢印も作った。
もしあの階段が外れだったとしても、わざわざ元の場所へ戻る必要はない。救助があれに気づいてくれれば、そこから足跡をたどって僕達を見つけてくれるはずだ。
……大丈夫だ。僕達の判断は正しい。
僕達は、命欲しさに選択を見誤ってなどいない。
「九条ノドカ、そこは踏むな。氷だ、右に寄れ」
「は、はい!」
「杖で先を突いてから足を置くようにした方が良い」
「はい。突いて、確かめて、足を置く……」
川沿いは進む道の目印にはなるが、雪場で歩くには危険でもある。
一見すると、雪を被った平らな地面にしか見えないのに、実はそれが凍っただけの川だったり、地面じゃなくて崩れやすい石の上だったり。どこが薄いのか、外からは分からない。
一度踏み抜けば、足首どころか膝まで冷水に浸かるかもしれない。そうなったら、濡れた足で雪の中を歩き続けることになる。凍傷になるか、体温を根こそぎ持っていかれるか。どちらにしても、ここから出るどころの話じゃなくなるのは確実だ。引き上げるのにも体力を使うし、今の僕達にそんな余裕が無いのは自明。
だから、遊歩道があるはずの斜面寄りの少し高いところを選んで進まなくては。
多少遠回りになっても、確実な方を取るべきだ。
「まだまだいけるか?」
「大丈夫です。瀬尾さんがゆっくり歩いてくれるので」
こっちに早歩きする余裕が無いだけなんだが。
それにしても、よく付いてきてくれるな。
普段はところどころ詰めが甘いのに、こういう場面だと完全に話が別だ。
九条ノドカは言われたことを、言われた通りに、一つも省かずにこなしてくれる。論理的な理由があれば疑わないし、勝手に近道もしない。
自分の判断で余計なことをする人間はこういう時に一番危ないが、その逆を行く彼女は、今この状況では、これ以上ないくらい頼もしい。
それに、彼女が持って来てくれた大量の道具一式。
辻セイラに指示されて持って来たみたいだが、全て揃えている几帳面さがありがたい。
靴に付けた滑り止めは、固まった雪をしっかり噛む役割を果たしてくれている。昨日の夜は座って過ごすだけだったから出番が無かったが、歩き出してみると、あるのと無いのとでは大違いだ。
頭に着けたヘッドランプも、薄暗い谷底で両手を空けたまま足元を照らせる。杖を持つ手を塞がずに済むのは大きい。歩く度に足元を照らすフェーズから入っていては時間がいくらあっても足りないからな。
中身が無くなった保温ボトルは、雪を詰めて体温で溶かすことで普通の水筒として活用できている。少し衛生的に問題だが、雪をそのまま摂取しては体を内側から冷やしてしまうし、適度な水分補給のためには致し方ない。
乾燥した空気のせいでさっきからよく喉が渇くし、本当に九条ノドカと辻セイラ様様だ。
あれ、僕はもう相当絆されてないか。まさかこれも九条ノドカの作戦のうち……?
「瀬尾さん、よく飲みますね。私もそれで飲むんですけど……」
「ん? ……ああ、悪かった。まったく気にしてなかった」
「えぇ……こっちはちょっと気にしてたんですが」
そうだな。ちょっと流石に飲みすぎてたかもしれない。
さっきからずっと歩き詰めだし、雪のせいもあってどんどん足を持ち上げるのがキツくなってきている気がする。見張りの番も、彼女を起こすのが忍びなくて僕の方が長く引き受けたから、疲れが完全に抜けきっていないのかも。食事だってお互い満足に取れていない。
脇腹もまだ痛いし。内臓とか大丈夫だろうか。
肉体的な疲労もそうだし、精神的にも不安は消えないままだ。
辻セイラは今頃どうしているだろう。連絡が途絶えて、もう半日以上になる。僕達が生きているのかどうかも、彼女には分からない。気が気じゃないはずだ。
……いや、分からないからこそ、自分の身に何も起きていないことで、九条ノドカの無事だけは確認できているのか。死に戻りが起きていない、ということはそういうことだしな。
「……いったん休もうか。息があがる前に止まった方が良い」
「息が上がる前にですか?」
「そうだ。汗をかいてから止まると、一気に冷えるだろう」
「あっ確かに」
これは本当のことだ。
せっかく濡れないように工夫しているのに、汗をかいて体温を奪われてしまっては元も子もない。動いている間は温かくても、疲れて止まった瞬間に一気に体力を失って全滅という可能性もあり得る。
だから、息が上がりきる前に、こまめに休む。理屈としては、何も間違っていない。
……実際に疲れていたというのもあるが。
だが、僕が「疲れた」と言えば、九条ノドカはきっと不安になる。
今の彼女は僕の指示に依存して動いているし、もし僕が行動不能になったら次に何をすればいいか分からなくなって暴走してしまう可能性が高い。
彼女の命を預かっている身としても、変に弱気な姿勢を見せてはいけない。
それに、これくらいで根を上げていたら、母さんに顔向けできない。
いざという時に母さんを背負って逃げるために鍛えてきた体が、女子高生一人を連れて雪道を歩くくらいで根を上げるなんて、そんな話があってたまるか。だから、できる限り最善を尽くして、貴女の息子は自力でも遭難から脱出できると証明してみせなければ。
ええと、ホイッスルは……あったあった。
──ピーッ! ピーッ! ピーッ!
……。
……ううん。
やっぱり返事は無いな。
確か、救助を求める合図は三回。
ホイッスルなら人の声よりずっと遠くまで届くし、叫ぶより体力も使わない。
だが、耳を澄ましても川の音しか聞こえない。
誰かに届くことは無かったと。そうかそうか。
期待してはいなかったが、まだ道は遠いのかもしれないな。
あるいは、聞こえていたがそれどころでは無かった、か。この谷の中の人間は、皆、自分のことで手一杯だろう。外の人間は、まだこの谷で何が起きたのかすら知らない。急にホイッスルが三回聞こえても、わざわざこんな奥の方まで様子を見に来る余裕も無いよな。
ならやっぱり僕達にできることは自力で進むことだけだ。
早く息を整えないと。焦りで息を切らしてもいいことなんて何一つないんだから……。
「瀬尾さんっ! 階段です!」
「おおっと。な、なんだ。なんだって?」
「階段です! 向こうの方にですが、ちらっと見えました!」
「っ! ほ、本当か!」
「はい、スマホのカメラでズームしてですが、自然物ではない突起が並んで……」
っ、っと。
まずい、立ち眩みか? ずっと座っていたからか、よろけてしまった。
いやしかし、階段が見えたのか。
それは、良い。凄く良いことだ。
自然物ではない突起が並んでいるということは間違いない、手すりだ。木の枝が人工物のような見た目をしている訳はないし、看板がそんなに近い間隔で並ぶこともない。
手すりが一切見えないようであれば問題だが、ズームして見えたということは雪の中に完全に沈んだという訳ではないということ。普通に階段として利用できるか、少し雪を払いのければ昇ることができるということだろう。
ガイドマップと照らし合わせてみても……うん、向きも合っている。
ということは、ついにここまで近づいたというのか。
「瀬尾さんのおかげです。瀬尾さんが指示してくれて、ここまで来れたんです」
「いや、君の頑張りあってのものだ。携帯貸してくれ、僕も見たい」
「はい、どうぞ」
確かに君は指示が無ければ動けないだろうさ。
でもそれは知識が無いというだけだ。状況が少し違えば携帯で検索だってできただろうし、事前に指示さえあれば一人でもここまで来ることはできた。
しかし、僕のは別だ。君がいなければ車も能力も食料も道具も地図も無い。ここまでやってこれたのは間違いなく、僕では無く九条ノドカの功績と言っていいだろう。
実際に僕は指示を出していただけ。忠実に遂行してくれたのは他でもない君。そうやって自分の功績を低く見積もることは感心しないぞ。
しかし……まだ信じられない。
確かに、手すりのようなものが見える。上の方には階段の出口のような台だって見えている。携帯のカメラで捉えられる距離ということはもうそこまで遠い距離ではないということだ。
あの階段を昇り切れば、人に会える。僕達の命は助かる。
辻セイラもループを脱することができる。
こんな危機的状況でも、案外どうにかなるものなんだな。
痛みも少しマシになった。興奮のせいだろうか。
あと、残る問題と言えば……。
「九条ノドカ」
「はい」
「階段手前の、あの『雪の壁』は、何なのだろうか」
*
やっと、着いた。
着いたは、いいが……。
「結局、何なんでしょうか、これ」
「さあ……」
大体、3mあるかないかぐらいか。
僕が背伸びしたり、ジャンプした程度では登れなさそうな感じの壁だ。
ちょっと迂回してみたが抜け道のような場所も無さそうだし、かといって地図にはこのあたりに壁があるような表記も存在しない。偶然この場所に集中して雪が降り積もるだなんて想定しにくいし、雪自身、降る場所を決められるような柔軟さは持ち合わせていないだろう。
しかし、ここに壁が無いということは既にあるものの上に降り積もった訳でもない……。
もしかすると、道を間違えたか?
僕達が階段だと思って進んできたものは、実は全然違うものだった?
ここまで来てやっぱり引き返すなんてできるはずもない。
しかし、もしここに壁があるというのなら僕達は手も足も出せないままだ。雪をどかしてもどかしても、結局は先に進めないということなのだから。
かといって、壁なんてものは無く、ただ単純に雪の壁だというのなら……それもそれで厄介だな。この量の雪をかき分けて突き進むほど僕達に体力は残ってないぞ。
「杖で崩してみますか?」
「ダメだ。大きな雪の塊がすごい質量を持っていることは身を以て実感している。杖が折れてしまっては、後で後悔するのは僕達だ」
「なら、カイロで溶かすとか?」
「いや、この量の雪を溶かすのに十分な熱量があるとは思えない。貴重な熱源を消費して結局突破できなかった時の絶望は一入だろう」
「そうですね。困りました……」
本当に困った。
どうしてこうも急にこの場所だけこんなに雪が積もっているんだ。
あと少しで谷の出口の階段まで辿り着くというのに。
もうちょっと別の場所で積もれなかったのか君は。
しかも、ただまっすぐな壁という訳でもない。
なんというか……固まった雪の塊が何層にも重なったような、奇妙な感じだ。周囲の降り積もった雪とは違って、かなり圧力をかけて押し固められているような気がする。
コンクリートのように全体が均一に硬い訳でもないが、どちらにせよスコップ等の道具を持たない僕達ではどうしようもない硬さだ。辻セイラも雪かきまでは予想できなかったか。
だが、どうしてこうも周囲と雪の性質が違う?
この壁だけどうしてこんなにも硬い?
そんな風に雪が積もる現象があったか?
それとも、別の要因があって雪が固まったのか?
谷の出入り口にあって、谷底の一部に集中して、なおかつ雪を固めるような要因。
そんなものが……。
「あっ除雪作業か!」
「へ?」
そういうことか!
ああもう、なんて間の悪い!
「せ、瀬尾さん? 除雪作業って?」
「九条ノドカ。プラウ式除雪車両は分かるか」
「い、いえ……」
「簡単に言うと大きな鉄板で雪を道路の外に押し出す除雪車のことだ」
そうだそうだ、つい昨日ここには除雪車が来ていたんじゃないか。
プラウは鉄板で雪を押しながら進むから、道路上の雪が進行方向と横方向に圧縮されてしまう。新雪のふわふわした状態とはまったく別物で、密度が高く硬い雪の塊になるはず。
そして今回のように、谷沿いの一本道を除雪車が通った場合、雪は山側ではなく谷側に落とされるはずだ。せっかく除雪しているのに、山側に雪を押しのけてしまえば結局道路側に雪がまた崩れ落ちてきてしまうのだから。
この雪の壁はプラウ式除雪車両が押し固めて落とした雪の塊だ。
それが、谷の出入り口──つまり、雪を落とせるスペースがある場所に集中して大量に落とされた。この谷底の道はもう使われていないからここに落としても人に害は無いし、階段の少し手前で壁になっていても何らおかしなことじゃない。
なんで僕達は温泉旅行に来てしまったんだ。雪がトラウマになってしまいそうだ。VS影中トオルの時は役に立ったというのに、何故僕を裏切るんだ。
冬か? 冬だからか?
未成年だから海外旅行は遠慮したが、遊びに行くならもっと近場にすべきだったのか?
「じゃあ、この雪の壁は……」
「そうだ。僕達が道を間違えた訳では無いが、あって必然の壁だった」
「そんな……」
いや、まだだ。
考えるのを止めるな。まだ方法はあるはず。
幸いにも雪の壁は3m程度しかない。
凸凹しているが掴んで登れるようなものではないし、今の僕達に掘り進むことは不可能……となると、足場を準備してこの壁を越えるという手段はまだ封じられていない。
今から雪の台を作るか?
いや、それはあまりにも非現実的だ。
この雪の壁と違って、周囲の雪は柔らかくふわふわしたもの。この壁を乗り越えられる……最低でも1.5m程度ある雪の土台を作ろうとすれば相当な雪を集めることになるし、時間も体力も使いすぎる。固まっていないから崩れるかもしれないし、それで頭でも打ってしまえばもっと絶望的だ。
だから、もっと手っ取り早い手段で足場を作らなくてはいけない。
ある程度の高さがあって、掴むところがあって、踏んでも崩れないもの。
「ど、どうすれば……」
「九条ノドカ」
「はっ、はい!」
「外に出て、救助を呼んできてくれるか」
「はい! ……えっ、ど、どうやってですか?」
「僕を能力で固定して、足場にするんだ」
「……!!」
これ、これだ。完璧だ。
彼女の能力で全身を固定すれば、僕の体はやろうと思ってももう動かせない。負荷がかかろうと姿勢が維持されたままなのは、アサヒに運ばれたあの日に明らかになっている。
そして壁のようにのっぺりとした掴みどころのない形状でもないから、九条ノドカはそれを足場にして昇ることができる。高さも十分、少しかがんだとしても、1.5m以上は十分に確保できる。
足場を作るために時間もコストも体力も一切消費することは無い。すぐ準備できて、一人抜ければ救助を呼べるから、結果的に二人とも助かることができる。
「そ、それは、瀬尾さんを……」
「逆では駄目だ。君が足場になっても高さが足りないし、自分で自分の姿を見ることは不可能だろう?」
「その通り、ですが……」
分かる。
気持ちは分かる。
護衛対象を踏みつけて自分が先に安全圏に行きたくない、その気持ちは十分理解できる。
君は真面目だし、能力をそんな風に使っていいとは教えられていないはずだ。
「だが、時間が無い」
「……っ」
「ぶっちゃけると僕はもうかなり寒い。今、なんとか生き延びようという意思で必死だ。君が早く決断して、救助を呼んでくれれば二人とも確実に助かる」
「そうです……ね」
「お互い体力も無い。今から別の経路を探す余裕は無いし、あと一晩持ちこたえるには温かいお茶も食糧も足りない。そして君は臨機応変な経験を積む必要がある。そうだな?」
「そ、そうです。その通りです。貴方の意見に従うべきです」
よし。
よし。
君が僕の指示に従うよう指示を受けていてくれて助かった。今はどっちが護衛だとか関係ない。一番手っ取り早い脱出方法を前に「どうぞどうぞ」と遠慮をしている場合ではないんだ。
辻セイラもきっと不安に思っている。あと少しで解決すると、そう教えてやらなくては、彼女が精神的ショックで死に戻ってしまうかもしれない。そんな終わり方は流石に嫌だ。
「よ、よし……! 行きますね!」
「準備はできた。いつでも来い」
大丈夫。
固定されている間は変な姿勢でも特に痛むなんてことは無かった。
君は僕を救うために、遠慮なく僕を足蹴にしてくれればいい。
帰ったら一緒に風呂にでも入って体を温めようじゃないか。
一緒には駄目だ。
なんだ? 疲れてるのか僕は。
……っと、来た、眼帯が外された。
固定だ。
「よい、しょっと……!」
背中に手を置かれた。
ズボンのポケットに足を掛けられた。
頭を掴んで体を持ち上げられている。
足が肩の方へ移動した。
少し重心が変わった。手が壁の上についたのか。
いける、いけている。
全身動かなくなって、少し冷えたような気もするが、今は気にしていられない。
九条ノドカは僕を土台に上まで登れている。
手がついたなら、後は持ち上げるだけだ。彼女は軽いから、それぐらいできるはず。
「ん、しょっ……!」
肩から足が離れた。
成功、だ。成功した。
「瀬尾さんっ、かっ、階段です! 階段が見えました!」
「よ、よし……! 外へ出るんだ、九条ノドカ。救助を呼ぶんだ」
「はい! 任せてください!」
「あと、辻セイラにも事の顛末を電話しろ。こっちが最優先だ」
「はい! ……えっ何故?」
良かった、壁の向こうから声が聞こえる。
九条ノドカは壁を突破することができた。
肉眼で見えたということは、階段はもうすぐそこだ。
念のため、辻セイラには一番に電話してもらわないといけないが……。
いける。
僕達は──助かる。
「じゃ、じゃあ待っててくださいね! すぐ戻りますから!」
「ああ……」
いける。
動けるようになった、無事能力が解除されたということだ。
なんて幸運なんだ。
不幸も相当な数だったが、ガードレールに、九条ノドカの準備に、彼女の能力に……本当に偶然が折り重なって、ここまで来ることができた。
そもそもこんな地震が起こったこと自体が不幸でしかないが……いや、WPPOはこの地震を認知できていないのだし、僕がこの場所にいなかったら九条ノドカを助けられる人がいなかったのか。そういう意味ではやっぱりこの旅行に来ていて幸運だったのかもしれない。
彼女の足音が聞こえる。
なんて気持ちいい音なんだろう。
自分達が生き延びると分かった瞬間のこの安堵は……。
ははっ、凄まじい達成感だ。寒さも感じなくなってきた。
戻ったらどうしようかな。
まずは温泉街がどうなっているかチェックしないと。
ハルキとアサヒとも合流して……あれ、二人は無事なんだったっけ。
おかしいな、思い出せない。僕は二人にどうするように言ったんだったか。
いや、そうじゃなくて、辻セイラへの事情説明だ。
本当にループを抜けられたのか、きちんと確認する必要がある。
でも、それより先にゆっくりと温かい場所で眠りたいな。
温泉街に来たのに、入れたのは初日の夜だけ。それも気になる。
展望台の景色はどうだったのだろう。母さんとアラタにも見せたいし。
そうだ、写真を撮りに行こう。写真を撮って皆に見せたかったんだ。
ふぅ、安心できたら指の震えも収まって来た。指先が動いていない気がする。
なんだ、あんな風に言って、一丁前に怖がっていたのか僕は。
ああいや、待てよ。指先が震えるのは恐怖ではなく寒さのせいでは?
あれ、それだとどうして震えが感じられないんだ……。
分からないな。内臓のダメージに、睡眠不足に、過剰な冷えに……疲れのせいか?
……ねむたくなってきた。やっぱりつかれているんだ。
「瀬尾さーん! 電波、繋がりましたーっ! 辻さんと連絡完了しましたよーっ!」
あれ、いつのまに。
そうか、れんらくできたのか。
よかった──
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ちょっと体が冷えてきたな……。
まあ、ロープウェイも終わってこれから歩くんだ。すぐにまた温まる。
「こっから1時間歩くんだってよ」
「じょ、冗談だろう? なんでロープウェイをもっと長くしなかったんだい」
「んなことオレに言われても」
ははは。
ハルキは30分歩いただけでバテていたからな。
二倍となれば流石にキツイか。
仕方ない、途中で僕がおぶってやろう。
ああ、それにしても展望台の景色が楽しみだ。
ん? 電話?
……辻セイラ?
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