[27:91] 三次試験は抜き打ちで
『──宗教団体「ネメシス」は昨夜、「天の裁きは既に定められている。WPPOがそれを削除することは、もはや叶わない」とする声明を発表しました』
……朝から聞くには、ずいぶんと物騒な話だな。
過激派思想の宗教団体が、WPPOの維持する平穏を脅かすような発言をしているだなんて。そんなことしてWPPOに敵う訳が無いというのに。
なんだったか? 「WPPOが削除している災害は、本来天が下すはずの裁きだったのだ」とか主張している団体だったか、ネメシスとやらは。
なんで災害があって普通だと思い込んでいるんだ。無い方が良いに決まっているだろう。
せっかく試験も終わったっていうのに。翌日一番に聞かされるのがこんなニュースとは。
まあ、僕自身は試験そのものより、周りのピリピリした空気の方がよっぽど堪えたけど。
ミオなんて、直前の勉強会まで泣きそうな顔で過去問を解いてたし。ハルキは勉強会のような場所が嬉しいはずなのに、ずっと複雑そうな顔をしていたし。
最初から最後まで落ち着いていたのは九条ノドカぐらいだ。時折こっちをちらちら見てくるのが気になったが。
なんだ?
固定したかったのだろうか?
まあ、そんな日々も昨日で終わったんだ。
だから、翌日ぐらいはそれを祝うようなニュースを報道してくれても良いんじゃないか。
「物騒ね~……まあ、うちの息子は善良だから天罰なんて受けないでしょうけど」
「そうだよ、母さん。僕とアラタは母さんを守るため以外ならどんな悪事も働かないから、安心してくれていい」
「そうだね、お母さん。僕と兄さんは母さんを苦しめないため全力を尽くすから、こんなニュース忘れていいよ」
「えっどうしてそんな含みのある言い方を?」
だって僕達は実際に悪事なんて働いてないし。なあアラタ?
計画殺人をしたことはあるが……まあ、あの時は食事を提供しただけだし。そもそもあの男は人間ではないからな。悪事でも何でもない。
というか、僕からすれば母さんの声が台所から聞こえてくることの方が印象的だ。
ほんの少し前まで、この家の食卓は減塩と低カリウムの献立ばかりで、台所に立つのは僕とアラタの役目だった。
しかし今は、母さんが当たり前のように台所に立って、当たり前のように朝ご飯を作り、洗い物をしてくれている。僕達がすると言っているのに、「元気が有り余ってるから!」と言って率先して家事を行う程度には回復している……母さんの元気な姿を実感できるこの日常がどれほど感慨深いものなのか。
「でも、来週にはアラタの試験でしょ? 何かあったらと思うとお母さん心配……」
「大丈夫。兄さんみたいに首席は無理かもだけど、お母さんに苦労はさせないよ」
「……マコトの合格発表はまだよね? いや私も首席は疑ってないけど」
「まだだね。しかし、母さんが誇れないような点を取る子供は息子ではないから」
「……自分の子供にはそんなこと言っちゃ駄目よ?」
まさか。
よそはよそ、うちはうちだ。
……もしかして失言だったか?
そんな「どこかで育て方間違えたかしら……」みたいな顔しないでほしい。
何か間違っていたなら直すから教えてほしい。
一問ぐらいわざと間違えた方がよかったのか……?
まあでも、大丈夫か。
良い得点を取ることがマイナスに働くような場面もそうそうないだろうし、アラタであれば満点でなくてもそこそこ良い得点が取れるはずだ。
普段教えていても、他の中学三年生と比べて理解度が段違いだし。きっと何か問題があっても、精神を惑わされて受かり損ねるということはないと思う。
第一、あんな物騒な問題、WPPOが無視するはずがない。
『──これに対し、WPPOは「当機構の予知に、市民の皆様の生命に関わる重大な被害は一切映っておりません。どうか冷静に、普段通りの生活をお続けください」と呼びかけています』
「ほら。だから心配しなくていいんだよ、母さん」
「そう? なら……」
『──加えて、同団体の声明を能力を用いた大規模犯罪の予告と判断し、「一週間以内に、計画に関与した者全員の身柄を確保いたします」と発表しました』
「……わ、わお。全員確保ですって……」
え、えぇ。
思ってるよりキレてるな、WPPO。
でもそんな強い言い方しなくても。
母さんが逆に不安になるじゃないか。
いやしかし、一週間以内、か。
計画に関わった者だけとはいえ、世界中に信者がいる団体の中から全員を洗い出すとなると相当な苦労になる気がするが……本気を出したWPPOにはそれすら造作でもないことなのだろうな。そうでもしないと、こうしたテロは防げないと。
だが、ここまで強い宣言をするのは久しぶりな気がする。
確かに全世界の平和を維持すると宣言している組織に対して、「本来不要な災害で大量に人を殺していいですか」と言っているようなものなのだし、そんな声明を聞かされてなお柔らかい物言いしかしないようであれば逆に問題なのだろうが。
もしかすると、九条ノドカもこれからこの件で忙しくなるんだろうか。
試験が終わって今日から三年生は自由登校だから、姿を見せなくてもおかしくない。
きっと、何もないだろうけど。
そうであってほしいんだが。
──『ごめん、次からは一人でやる』
あの旅行のあの日から、気になってるのはずっとそれだ。
初めは意味が分からなかった、暗号か何かと思ったが……ループが終わった後なのにさらに暗号を辻セイラが言う意味も分からない。カリンもよく分からないと言っていた。
どういうことなのだろう。
まさか、協力者がもう必要ないっていう意味ではないだろう。自慢じゃないが僕はかなり彼女の役に立っている自覚があるし、切られるようなことした覚えも……。
……あっまさか過去のループで何かやらかしたとかか?
あり得るな。ちょっと今日学校で聞いてみるか。
「じゃあ、そろそろ行ってきます」
「もうそんな時間? いってらっしゃい。気をつけてね」
「いってらっしゃい、兄さん」
自由登校だから、もしかしたら辻セイラが来ていない可能性もあるが。
まあその時はその時だ。帰りにでも辻家に寄ることにしよう。
*
「マコっち!」
……ん?
この声は──ミオか。
自由登校の初日に、わざわざ通学路で待ち伏せとは珍しい。
というか、この時間に登校するなんて一言も言っていないはずなんだが。
どうして僕の通る時間が分かったんだ。
「おはよ!」
「おはよう、ミオ。自由登校なのに、感心だな」
「いやー、『せっかく二次試験も終わったしマコっち先生に会いたいな~……♡』って!」
「そうか。出来に自信は?」
「ごめんちょっと聞かないで。発表当日までもう考えたくなくて」
……大丈夫かな。
いや、聞かれたくないということは、少なくとも手応えが壊滅的だった訳ではないんだろう。本当に駄目だった人間は、むしろ自分から「終わった」と言い出すものだ。
それに、勉強会での伸び方を見る限り、今のミオなら桜台の合格最低点には届いているはず。夏の時点では正直五分五分だと思っていたが、秋以降の追い上げは目覚ましかった。恋の力というのは本当に大したものだ。
当のアサヒは彼女のいる、全然違う大学へ進学することが確定している訳だが。そこについてはどう思っているのだろう。本人が考えたくないと言っているんだからわざわざ蒸し返すこともないだろうけど。
「で、ほら。約束のやつ」
「約束?」
「バレンタイン! 二次試験終わったら渡すって言ったじゃん!」
……ああ、そういえば。
2月の頭に、「チョコは試験が終わってからね!」と宣言されていたんだった。お互い勉強に集中したいから、と。受験期にチョコを溶かして固めているほど暇な人間はいないのだし。
その割には、言った本人が一番そわそわしていた気がするが。
しかし、試験が終わったのは昨日だぞ?
ということは、試験から帰ったその足で準備したのか? 疲れているだろうに、律儀というか何というか。約束を守ることにかけては、僕も人のことは言えないが。
まさか、試験前に準備していた訳ではないよな? それで落ちたら怒るぞ?
「はい! ……一応手作り。いや、溶かして固めただけだけど!」
「ありがとう、すごく美味しそうだ」
「っ! で、でしょ~……?」
「ああ。朝早くからすまないな」
「いーの! 他の誰かに見られる訳にはいかないし……」
ふむふむ。
思っていたより、ずっと丁寧に包まれているな。
溶かして固めただけ、にしてはリボンの結び目がやけに綺麗だ。こういう細かい作業は苦手だと前に言っていた気がするから、昨晩はこれと随分格闘したんじゃないだろうか。
校則上、菓子類の持ち込みは原則禁止だったはずだが……受け取ったのは校門の外、通学路の上だ。校則が適用されるのは校内での行為であって、登校中に私的に受け取った物をそのまま鞄にしまい、家に持ち帰って食べる分には何の問題もない。
急いで渡しに来たのはそういう意図もあってのことだろう。配慮が行き届いているというか、こういうところでしっかりしているのは、周りをよく見ている彼女ならではといったところだな。
それに、このチョコはそれだけ勉強会に恩義を感じてくれていたということ。
放課後のたびに集まって、毎回毎回、赤ペンで真っ赤にした解答用紙を返していた身としては、正直恨まれていてもおかしくないと思っていた。それがこうして形になって返ってくるなら、教えた甲斐があったというものだ。
……なんかハート形が多いな。
アサヒにも同じものを渡したのだろうか。
あるいは本命はこれ以上のクオリティとでも?
えっなんか怖くなってきた。
「お返しは何がいい? ホワイトデーまでに用意できるものなら何でもいいぞ」
「え、えー……? じゃあ、合格したらの旅行……………………忘れてないよね?」
「忘れる訳がないだろう。君と二人だというからこっちは緊張しているくらいだ」
「えっ! ……え、えへへ。そう? そうなの? ウチに、緊張? んふふ♡」
「ああ。3月14日を空けておけばいいか?」
「うん、その……おねがい♡」
「任された」
満足そうだな。
三倍返しのところを旅行一つで帳消しになるというのなら、むしろこちらが得をしている気がするが……本人がいいなら、いいか。
それに、合格を前提にした約束をこうして口にできるということは、内心では受かっていると信じているんだろう。さっきの「聞かないで」は、きっと験担ぎのようなものだ。
「おはよ~ミオちゃん。お気に入りちゃんも~」
「うおっ」
「わっ、びっくりした!」
……み、三好ルナか。いつからそこに。
全く気づかなかった。足音すら聞こえなかったぞ。
思えば、辻セイラと関わるようになってもうすぐ2年。
未だに彼女とは、そこまで接点が無いんだよな。
「おはよルナ。なんかいつもより早い?」
「あ~……もしかしてお邪魔だったり?」
「いやいや! そんなことないんだけどね!」
「……」
三好ルナが原因になったループは確か一度だけだ。
影中トオルに狙われた、あの瞬間だけ。ループの原因が外的要因だったから本人に何か対策を指示するようなことも無かったし、最後まで一度も会わなかった気がする。
届けようと思っていた防刃チョッキは自分で着ることになってしまったし。どちらかというとあの夜はミオとずっと一緒にいたから完全に印象がそっちに持っていかれていた。
普段委員長として注意することはあっても個人的に会話することはほぼ皆無に等しかったし……記憶に残っている一番昔の会話といえば、数字現象の時に空気を読んで退室してくれた時くらいなものだ。
勉強会でも九条ノドカと組んでいたし、教室でもいつの間にかそこにいて、いつの間にかいなくなっている。掴みどころがないというか、のんびりしているというか。何を考えているのか、一番分からない人物かもしれない。
そんな彼女が、自由登校の日に、わざわざ通学路で合流してくるとは。
「それよりさ、ミオちゃん」
「なに?」
「お気に入りちゃん、ちょっと借りてってもいい~?」
「えっ」
は?
「すぐ返すから、ね?」
「え、待って待って、なんで!? ウチ今来たとこなんだけど!?」
「内緒~」
ちょっとちょっと。
待ってほしい。今の会話には僕の意思が含まれていなかった。
僕は物か何かなのか。
そんな風に言われてほいほいついていくとでもあっ痛い痛い結構強い力で掴まれててる!
「ほら行こ、お気に入りちゃん」
「お、おい!」
「マコっち!? ちょっ、ルナ、待っ──」
*
「この辺でいっか~」
……よ、ようやく解放された。
腕が地味に痛い。のんびりしているように見えて、どこからあんな力が出てくるんだ。
というか、向こうの電柱の陰から半分はみ出しているのは、どう見てもミオだよな。
この辺でいいって、普通に場所バレてるぞ。いいのかそれは。
第一、なんで僕はこんな場所へ連れて来られたんだ。
彼女との接点はほとんど無いと考えていた矢先にこれ、話すことなんて特に無くないか。
いやまあ、投げ出す前に一度考えてみよう。
僕と三好ルナで共通する点といえば……辻セイラとミオくらいなものか。辻セイラは今日来ているかも分からないとなると、残るは……ミオか。最近は九条ノドカとも仲がいいし、そっちかもしれないが……。
さっきのやり取りを見られていたのだとしたら、話は早い。ミオがアサヒに好意を寄せているのは周知の事実で、そのミオから僕がチョコを受け取った。それも、ハート形がやけに多いやつを。
なら自ずと会話内容は限られてくるのではないか。
つまり、「本命がいる子なんだから、チョコを受け取ったとはいえ、勘違いするな」と釘を刺しに来た……それが今回の呼び出しの正解に当たるのではないだろうか。友達想いじゃないか。
安心してほしい。僕はその辺り、弁えているつもりだ。
この後二人で旅行にも行く訳だが。きっと間違いは起きないだろう。
まあ、チョコ渡してホワイトデーに旅行してとなれば不安なのも分かる。
僕もおかしいと思う。
勘違いしてもおかしくない。
あれこれ悪いのはミオじゃないか?
「ねえ、お気に入りちゃん」
「なんだ? ミオのことなら、僕は──」
「お気に入りちゃんってさ~、セイちゃんのこと、どう思ってる~?」
……え?
ミオじゃなく、辻セイラ?
……いや、待て。
これは慎重に答えなければいけない質問だ。
三好ルナは、ループのことを知らない。少なくとも、僕はそう聞いている。
辻セイラは家族にすら能力のことを隠しているし、『大切な人』にこそ一番知られたくないはずだ。僕の答え次第で、余計な詮索を招く訳にはいかない。
かといって、嘘をつくのは論外だ。
秘密には触れず、しかし本当のことだけで答えなくては。
「……放っておけない相手、だと思う」
「どうして?」
「何でも一人でやろうとするからだ。一人でできてしまう分、余計に」
……少し、言いすぎただろうか。
でも、事実だからな。辻セイラは実際有能だ。
僕が協力するまでは全15回のループを全て一人で解決した訳だし。僕がほぼ関与せずに解決したループだってあった、差別主義者案件なり、反転アンチなり。この能力に見合った知能と行動力を彼女は持っている。
実際、大抵のことは一人で片付けてしまうし、片付けられないことまで一人で抱え込もうとする。頼ることを知らない訳じゃない。頼った結果、相手が『大切な人』になってしまうのが怖いんだ。
約束をしたからというのもあるが、そんな彼女を「一人でできるなら一人でやればいい」と無下にするほど、僕に人の心が無い訳じゃない。だから、放っておけない。
「じゃあさ~」
「ああ」
「セイちゃんがすっごく困っててね。でも、『来ないで』って言ってたら、どうする?」
……ふむ。
「本人がそう決めたのなら、尊重する」
「……そっか~」
「ただ、理由は聞く。事情によっては無視して助けに行くだろう」
これが妥当なはずだ。
僕に介入してほしくない問題というものも存在するだろう。
女性にしか分からないもの、僕に伝えると不都合が起こるもの、法律的にグレーなもの……そういった場合であれば、「困っている」と「来てほしくない」は両立する。
それが彼女の判断ならきっと僕は尊重するだろう。
勿論、それで精神をやられているようなら一切介入しないということも保証できないが。
「じゃあ、最後にもう一個だけね」
「……どうぞ」
「お気に入りちゃんはさ。自分のことも、ちゃんと大事にできる~?」
……?
あれ、辻セイラについての質問ではない?
妙な質問だな。どうしてそんなことを聞きたがるのだろう。
自分のことを大事にする、か。
そんなことは当然だ。危ない橋を渡ったことは何度もあるが、渡りきるつもりで渡っている。自分の命を軽んじるつもりは一切ないし、今後もそんな気持ちになることは確実に無いだろう。
息子というものは母親より先に死んではいけない。
アラタにも常々言ってきたが、親が一番恐れるのは自分より先に子供が死ぬことだ。
失意に沈む母親を残して、自分だけ先に生を諦める……そんなことあってはならない。
だから答えは──
「できる」
「……おお」
「ああ。僕が死んで悲しむ人間がいる以上、その人より先には死なないと決めている」
「……ふふ。そっかそっか~、流石お気に入りちゃんだね~」
これで合っているのだろうか。
向こうの求める答えはこれでよかったのだろうか。
いや、三好ルナが求めるか求めないかに関わらず僕の答えはこうだ。
彼女に気に入られるために辻セイラに必要以上に好意的な回答をしたりはしないし、彼女が何を言って来ようと僕が自分の命を大事にすることには変わりない。
三好ルナの意図は読めないが、この回答に不満があるとでもいうのならいくらでも相手になろう。追加でミオのことを聞くなり、九条ノドカのことを質問するなり、辻セイラについて疑問を持ち掛けるなり、どうしてくれてもいい。
自由登校だからな。
時間はまだまだある。
「うん、そっか。お気に入りちゃんなら、大丈夫そう」
「それは、今の回答がお気に召すものだったということか?」
「ま~そういうこと。だから、お気に入りちゃんには、ちゃんと言っとくね」
「……何をだ?」
「いやね、セイちゃんのことなんだけど」
「お気に入りちゃんのこと、覚えてないの。記憶喪失なんだって」
めっちゃ遅れてごめんなさい(´;ω;`) めっちゃ忙しかったんです(´;ω;`)
あっ最終章です。
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