「結果、出たら、お、し、え、て……っと」
「もう校内でも僕の前で携帯触ることに抵抗示さないんだな」
「屋上まで着いてきてる時点でアンタも同罪だからね」
「ぐぬ……」
校則第六条第三項、携帯電話の校内持ち込み禁止。
にもかかわらず普通のスマートフォンを堂々と持ってきている上に……さっき聞いた話じゃ、親に「学校はスマホOK」と嘘までついているらしいじゃないか。
グレーな用途に使う用のプリペイドも含めて常時二台持ちだぞ。この女といると感覚が麻痺してくる。あと数件で完全に感覚がバグりそうで本気で怖い。
まぁ、でも。
今回は事情が事情だ。
タイムリミットは今日。
辻カリンの検査結果がどうなるかによって、次の動きがどうなるか確定する。
それに……。
「あと、一つ報告がある」
「なに」
「辻カリンに……その、僕の不法侵入がバレていた」
「何やってんの」
ごめん。
慣れない隠れ場所で変な動きした僕に責任がある。
「あの子に聞かれたんだ、どうして中学校にいたのかと」
「……なんて言ったの」
「ちゃんと話すって約束した」
「マジで何やってんのアンタ。真面目過ぎ、バカ?」
ほんとごめん。
「ただ約束は約束だからな。絶対話すつもりだ。君の存在はバレてないから安心してくれ」
「バカ。だから今も注意しないんだ? ホント、バカ」
ごめんって。
あの子は鋭かった。僕が中学校にいたことに気づいて、でも怒るのでも通報するのでもなく「たぶん事情があったんだよね?」と察して、自分から病院に行きやすいよう協力までしてくれた。あの素直さと聡明さに嘘で返すのは、僕の信条が許さない。
何をどこまで話すかは考えなければならないが、約束は約束だ。筋の通る範囲で、誠実に答える方法を見つける。できるだけ嘘はつかないように、それでいて納得してもらえるように……。
「……まぁいいよ。説明するの私じゃないし」
「元はと言えば君が不法侵入に誘うから……おっと睨むんじゃない僕が悪かった」
済んでしまったことは仕方ない。
今考えるべきことを考えよう。
辻カリンの検査結果は……確か午後に出ると言っていたな。
午前中に受診して、問診と検査して、結果が午後に出る流れ。とりあえず何か引っかかりさえすればループ突破の方向性は掴める。
現在何も患っていなくて、タイムリミットジャストで何かに感染する可能性もあるが……既に症状が出ている以上それは考えにくい。もし何か新しく感染するとしても、抵抗力が落ちているなど分かるはずだ。
ただ、何か引っかかりさえすればいい。それだけで一気に解決まで進めるんだ。辻カリンの様子がおかしかったのは事実なんだし、ループが発生しているのも事実。原因は十中八九辻カリンの謎病気で、医者が診た上で何もないということはないはず……。
それにしても午後って何時だ。
13時か、14時か。もう昼休みも半分過ぎたぞ。
「一番良いパターンはどんなものだ?」
「病名確定、治療方針が出る、薬が出るか生活指導が入る、それでループ解除」
「それなら今日中に全部終わる可能性もあるのか」
「あり得る。カリンが医師の指示に従って、原因を回避する意志を持てばそこで条件満たす可能性がある」
今日中に。
もしそうなら放課後のカラオケも間に合うんじゃないか。三日ぶりに我が家にも帰れるぞ。
簡単な病気だと判明して、ある程度の指示を受けることで感染を回避できるのなら、この数時間で全てが決まることになる。
逆に治療が難しい病気だとしたら……この周は「捨て」になるのか。僕が今存在しているこの時間軸は巻き戻って存在しなくなり……しかし、辻セイラは新たな情報を得て早期に対策を行い、次の周でループを突破することになる。
自分のやってきた行いがゼロになるというのは中々不思議な気分だが、人命のためなら特に思うことは無い。是非存分に巻き戻してやってほしい。
……この3日間。
たった3日だったのに、長かった。体感は一週間くらいある。それぐらい濃い思い出だった。
辻家は温かかった。父親がいて、母親がいて、妹がいて。賑やかで、笑い声があって、おかわりを勧め合う食卓があって。
僕の家とは違う。母さんと弟と僕の、静かな食卓。うちはうちで嫌いじゃないが、あの賑やかさは少し羨ましかった。どっちが良いとか悪いとかじゃない。どちらも「守りたいもの」がある家だ。
辻セイラは学校では投げやりで不機嫌で取りつく島がないが、家では妹にハグをせがんで「お姉ちゃん疲れちゃった」と甘える。あの落差を見てしまうと、学校での態度が全部鎧だと嫌でも分かる。
分かった上で、やっぱり嫌いだが。鎧だろうが何だろうが態度が悪いものは悪い。
……それでも、あの家庭の中にいる辻セイラは、僕が知っている辻セイラとは別の人間に見えた。
大切な人を守るために何百回も死んできた人間が、甘えた声で「疲れちゃった」と言えるのは、それだけあの家族を信頼しているからだろう。信頼している相手にだけ見せる顔がある。僕には永遠に見せない顔だ。
……別に見たいわけじゃないが。
とにかく、今日結果が出れば全部変わる。
結果1。その場で対処できるなら、僕達の3日間はここで終わり。僕は辻家に荷物を取りに行って、辻カリンに事の顛末を語り、そのままの流れで放課後のカラオケに向かう。
結果2。もし時間のかかる病気なら、おそらく次の周に持ち越し。信じがたいことではあるが、辻セイラの脳が圧縮・破裂して、その後時間が巻き戻る……『死に戻り』を僕も初体験することになる。
ただ、どちらにせよ、病名が分かれば具体的に動ける。この3日間の犯罪も嘘も潜入も、全部報われる。
できれば、簡単な病気であってほしい。頼む。
普段祈るなんてことはしないが、今だけは祈りたい。科学的根拠はゼロだが、祈りたい。
「あ……来た」
「ようやくか」
来た、ついに来た。
さあ結果は……どうだ。
「……え?」
*
「マ、ママ! カリンの検査結果って……!」
「あっ、お姉ちゃん──とマコト君も、おかえりー」
「あら、おかえりなさい。どうしたのそんなに急いで」
「ああうんただいま……じゃなくて! あの、検査結果って……」
「? ええ、そうよ? スマホで連絡したじゃない」
「──無事、『異常なし』ですって。良かったわね」
「元気でーす!」
……結果3。
病名は……特定できなかった。
*
……何だこれは。
血液検査異常なし。尿検査異常なし。体温は……確か少し高めだが辻カリンにとっては正常。結果は「経過観察」──つまり、「様子を見ましょう」で片付いている。
「そんなはずは……きっと他に何かあるはずで……」
「落ち着け、辻セイラ。とりあえず作戦会議を」
「……っ、そう、だね。結局、振り出しに戻っちゃったけど」
そうだ、今の状況は完全に振り出しだ。
異常なしだと? 異常あるから症状が出てるんだろう。毎週のようにだるくなって、友人に「また?」と心配されて、プールサイドで動けなくなっている。
僕達がこの三日間で犯した罪の総量を考えてくれ。建造物侵入、友人関係の操作、保護者への誘導、校則違反は数え切れない。それだけやって、返ってきた答えが「経過観察」の四文字。
様子を見ましょう、じゃないんだよ。様子を見る時間がないから全部やったんだ。
それでこの結果だなんて。
そんなはずはない、何か手掛かりがあるはずなんだ。
けれど、紙面に並んでいるのは検査項目の英略語と数値の羅列。
CRP、WBC、RBC、Hb、PLT……基準値の範囲内に収まっているのか外れているのか、それすら判断がつかないぞ。一つ一つ調べているが……それだって病名の特定には至らないし、何より素人判断でしかない。
検査項目が合っていないのか? そもそも辻カリンの病気が今日調べた範囲に含まれていなかったのか? この検査では拾えないレベルの異常なのか? やはり能力者による、「特殊な病気」だから見つからなかったということなのか?
分からない。僕は医者じゃないからこの紙を何時間睨んでも、答えを出せない。
「……あまり考えすぎもよくない。セカンドオピニオンだ。一回の診察で全部分かるとは限らない。別の医者にも診せるべきじゃないか」
「今日タイムリミットだよ。次の周で別の病院に当たれってこと?」
「……そう、か」
……そうだ、金曜だ。
水曜日に辻家に泊まり込んで、木曜に潜入して、木曜の夜に親を説得して、今日金曜に病院に行った。全力で走って、ようやくここまで来て──時間切れだ。今日中に別の病院を受診するのは不可能。今周ではもう間に合わない。
どうすればよかった。何が足りなかった。もっと早く動けばよかったのか。もっと別の方法があったのか。
つまり……次の周まで行くということはもう……確実。
辻セイラの死亡が、今、確定する。
「ああもう!」
「……落ち着け。イライラしたって何もならない」
「これから死なない人間には分からないよ、私の気持ちなんて」
……そうだけど。
そんな歩き回ったり爪を嚙んだって君が辛いだけじゃないか。
もしかしたら、今回の周は大丈夫かもしれないぞ。異常なしなのに、今夜カリンの死因が確定するなんて矛盾だろう。異常がないなら死なないはずだ。
急性の何かか、食事か、アレルギーか、感染症か、検査項目にない何かか。プールの後に出る……やっぱり水質か? しかしそのことだって医者には伝えているはず。水質だけでは判断できない診断結果だったということだよな、これは。
考えろ、考え──ああ、駄目だ。考えがまとまらない。
考えようとしているのに、別のことが割り込んでくる。診断書の数字を追おうとしても、同じ行で目が止まる。何度読んでも頭に入ってこない。
何が邪魔をしているか分かっている。分かっているから余計に厄介だ。
……ずっと頭の隅にあった。
家に招かれているときは辻カリンに集中していた。
不法侵入をしている間は忘れていられた。
学校で結果を待っている間は解決すると思っていた。
でももう無理だ。思考の真ん中に居座っている。追い出せない。
「……」
これから目の前で──この女が死ぬんだ。
二ヶ月前に話を聞いた時は実感がなかった。「頭が潰れる」と言われて、「なんて酷い能力なんだ」くらいにしか思わなかった。時間が経ったからって、そんな簡単に軽んじて良い訳がないのに。
前回のループでは結局成功して終わったから、僕はセイラの死を見られていない。見ないまま「助かってよかった」で終わった。だから、今の今までも実感なんか湧かなかった、概念でしかなかったんだ。
でも、今回は概念じゃない。
今夜ここで起きる。
この部屋、この距離で。
目の前、手を伸ばせば届く場所で。
人が死ぬところなんか見たことがない。人生で一度も。
映像ですらまともに見たことがない。それがこれから、生身で、至近距離で。
どうして震えが止まらないんだ。いや怖い。正直に言えばめちゃくちゃ怖いぞ。
診断書を持つ手がカサカサ鳴ってる。なんてみっともない。死ぬのは自分じゃないのに。普通に考えて脳が圧縮されて破裂するなんて怖すぎるだろ。本当にそんな死に方するのか、3日間ずっと一緒にいたこの女が?
逃げたい。この部屋から出たい。家に帰りたい。母さんの味噌汁が飲みたい。カラオケに行きたかった。本当は今頃、友達と下手な歌を歌って笑い合っていたかった。こんな華金の夜の過ごし方があるか。
「どうして、そんなに時計を気にするんだ。もう10回になるぞ」
「……聞いてどうするの、どうせ忘れるのに」
「まさか、そうなのか。もうそんな、すぐなのか」
君は……もう、今の周を諦めたのか。今日は無理だと切り替えたのか。次の周のことを考え始めているのか。受け入れるなよ、君はこれから死ぬんだぞ。
いや、何を言ってるんだ僕は。「死ぬな」と言って止まるなら誰も苦労しない。能力の発動条件が満たされれば自動的に起きる。辻セイラの意志でも僕の意志でも止められない。
分かっている。分かっているから怖いんだ。止められないと分かっているのが一番怖い。
──「晩御飯の焼きそばできたよー」
──っ。
──「お姉ちゃーん、マコトくんもー」
マズいぞ、辻セイラの部屋に入ってそんなに時間が経ってたか?
もう夕食の時間か、今それどころじゃないのに……あっ来てるめっちゃ足音聞こえるぞ。
焼きそば……普通だ、普通の金曜の夜だ。この子にとっては、姉と姉の友人が部屋で勉強していて、ご飯ができたから呼びに来た。それだけのことで、まだこの子は何も知らない。
ただ、もうすぐ知ってしまうことになるかもしれない。
早く、次何をするか考えないと……!
「ねぇ」
……。
何だ、急に。
「扉、押さえてて」
「は? なんで──」
「私はこれからひどいことになって死ぬ。カリンに見せたくないの」
──っ。
「そろそろ時間。これまで6回、毎回最後はカリンの悲鳴で終わってたから」
6回。
そうか、それもそうだ。この部屋で、6回、姉の死を妹が目撃した。
これまで毎回上手くいかず、夕食前の時間にタイムリミットが来ているというのなら……終わる時は毎回必ず「夕食に呼ぶ来た辻カリン」がやって来て終わる。
家族思いの辻セイラの気持ちを思えば、普段通り姉を呼びに来ただけの辻カリンに凄惨な死体となった自分を見せたいと思う訳がない。だが、脳を破壊されてしまえば自分で扉を押さえることも、流れる血を隠すことだってできない。
この女は、自分が死ぬことよりも妹がそれを見て絶望する方が怖いんだ。自分の死はすぐ終わるが、妹の悲鳴はこれからもずっと頭に残るから。もう6回分も溜め込んでいるんだから、7回目は聞きたくない……だから。
「本当は、アンタを呼んだ、理由の一つは……これ」
「辻セイラ……」
「最後の瞬間、誰かいればカリンにあんな姿見せないで、済むから……」
……そうだよな。「『大切な人』は大切にしなきゃ駄目」だもんな。
そうだ、辻セイラがここまで覚悟を決めているんだから、僕がずっとうじうじしていたって変わらない。どうせもう時間が巻き戻るのは確定しているんだ。僕が今どうしたいかだとか、これまでの成果がどうだとか、そんなもの「数分後」の「3日前」の僕はとうに覚えていない。
分かったぞ、辻セイラ。
君は、次の周に向けて、できる限り今のうちに情報を覚えておくんだ。
扉に手をかけろ、震えるな。震えるなよ瀬尾マコト。
向こう側にカリンがいる。しくじるな。あの子を入れるな。7回目の悲鳴を聞かせるな。
今日、病名は分からなかった。今日を救うことはできなかった。
でもこの扉だけは押さえられる。
──「お姉ちゃん? 開けてー」
「ま、待ってくれ。まだ勉強中なんだ。もう少し」
ごめん、もう少しだけ、待っててくれ。
今、僕の声は自然に聞こえたか? 震えてはいなかったはずだ、多分。頼む。
──「えーっ。冷めちゃうよ? 味見は私担当で……今日はばっちりだった!」
「そ、そうか。楽しみだ」
──「マコトくんも早く……って、あっ! 学校のこと教えてもらわないと!」
「ああ。そうだった、な」
──「……開けて? 何してるの?」
開けられない、それどころじゃないんだ。君の大好きな姉の、最期の頼みなんだ。
君だって、あと少しした瞬間に将来的な死が確定してしまうイベントが起こるんだよ。そんな風には君自身……いや、僕だって到底信じられないんだが。
そういや、君には約束したのに、これじゃ結局教えられずじまいだな。最後の瞬間まで約束破って終わるだなんて、散々だ、僕は。何も成し遂げられてない。
前の15分の時もそうだったのか? 僕は追い詰められると弱いのかもしれない。
何も知らないままの委員長で、ただ注意をして終わるだけの立場なら──どれほど楽だっただろう。
そうあり続けるには、もう、君のことを知りすぎてしまった。
君のおかげで僕は、君が死んでくれないと、もう元に戻れなくなったじゃないか。
そして戻った僕は、また君の言いなりになってしまうんだろう。
やっぱり、辻セイラ。僕は君が嫌いだ。
──ピキッ……
「い……っ」
──パアァンッ!
──「……何の音? お姉ちゃん……?」
*
「辻さんが──こっち来てるんだけど」
「……何?」
……まさか。
「瀬尾。アンタ、近くで二番目に大きい病院って心当たりある?」
君は空気ぐらい……。
……ん? もしかしてこれ既に始まってるか?
前の僕のことは分からないから説明ないと困るんだが。
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