……なんだか。
枕が……いつもと違う。
……。
……朝か。
「……そういや僕は特1等室に泊まってたんだった」
やっぱり寝起きは思考が定まらないな。
まあでも、大事なことは全部覚えている。
僕が『大切な人』入りしてしまったことや、セイラの自殺を回避したこと。ループの全容に、その解決策。これから何をすべきかと、朝食の時刻も……少しあやふやなところがあるが、覚醒していくうちに全部思い出すだろう。
「……で」
「どうして僕のベッドに入っている?」
「おはよ」
「おはよう。寝起きで申し訳ないが君のベッドは1m先だぞ」
「んー……」
変だな。
君を一人にするのが不安だから、こっちの部屋で寝てもいいと言ったのに。
なんだか距離感おかしくないか?
だが、向こうの布団はちゃんと使った形跡があるな。一回は向こうで寝たのか?
隣接している訳でもないし、転がり込んできたということも無いだろう。
ということは夜の間に、自分の意思でこっちに入って来たということになるが……。
まあ、船の揺れで気づかなかった僕も僕か。
危機感が足りていないのはお互い様らしい。
……いや、その前に。冷蔵庫、冷蔵庫。
ロックは……外れていない。昨日の刃物は、まだあの中にある。
よし。
まあ、隣から寝息が聞こえてくる時点で、大丈夫なのは分かっているんだが。
「……駄目だった? 泊めてくれたでしょ?」
「部屋に泊めるのは問題無い。この部屋の定員は1名ではないし、他の客を入れるなとは規則のどこにも書いていない。君を一人にする方が不安だし、今すぐ出て行けと言うつもりもない」
「じゃあいいじゃん」
「ただ、ベッドは二台ある。それなら一人一台使うべきだろう」
「ベッドの定員は書いてないでしょ」
……確かに。
よくよく考えたらベッドを一人一台というのは僕の先入観が生んだ存在しないルールに過ぎないな。あの状況のセイラをスタンダードの1等室に一人置いていくのが忍びないというのなら、不安や寂しさを紛らわせるために添い寝するぐらいは仕方のないことなのかもしれない。
それはそれとして、あまり男女がこんな距離感でいるべきではないと思うが。
ほらちょっと照れてるじゃないか。昨日の君もかなりハメを外していたが、今になってちょっと素を見せすぎたと恥ずかしくなっているんだろう。言わんこっちゃない。
僕だって健康的な一般男子高校生なんだぞ。状況が状況だから良かったが、君はそういうところをしっかり理解してから行動に移した方が良い。ループ前提の思考になっているとはいえ、自衛する気が無いのはいささか問題だぞ。
「でも、カリンは私が布団に入っても『お姉ちゃんあっつい!』って言うだけだよ。ミオだって泊まりに行ったら『セイラ重いー』で済ませてくれるし。追い出したりしないから」
「……カリンやミオにもやっているのか」
「しょっちゅう」
「しょっちゅう」
そうか、しょっちゅうか。
それなら仕方ないか。
これも彼女なりの愛情表現なんだろうな。『大切な人』は増やしたくないが、既に大切になってしまった人についてはもうどうしようもないからとことん甘えるべきだと。
二人からも「どうしたの?」ではなく「暑い」「重い」と返されるあたり、人目のないところでは日常的にやっていることなのだろう。それが僕にも適用されるようになったというだけだ。
それなら仕方ないな。
彼女の『大切な人』になるとはそういうことなのだから。
しかし、姉妹や仲の良い友達の間では、寝ている相手の布団に押しかけるのは普通のことなんだろうか。僕とアラタや僕とハルキの間ではあまりダル絡みするようなことも無いし……他の友人達もあまりそういうことはしていなかった気がする。
もしかすると女子特有のものなのかもしれない。
僕は女子じゃないからそのあたり分からない。
もしかしたらこれが普通なのかもしれないな。
なら、僕一人が騒いでいる方がおかしいか。
少しドキリとはしたが、過剰な反応だったんだろう。
恋愛経験がないばかりに、基準を見極めるのに少し手こずってしまった。
まあ、何はともあれまずは着替えだ。
朝のレストランが開いているのは7:00~8:30だから……まだ時間に余裕はあるが、混みだす前に早めの支度を済ませておくべきだろう。
あっそういえば、セイラの着替えはどうしよう。
僕の服を着せたまま外に出す訳にもいかないし……鍵だけ貰って僕が取りに行くか? いやしかし、女性が宿泊している部屋に入って衣類を持ち出すというのもなんだかいけないことをしているような……。
「……マコト」
「何だ」
「昨日のこと、覚えてる?」
「当然だろう。フルネームで呼ばれるのは嫌なんだよな、セイラ」
「……ふふっ」
あっちょっ引っ張るんじゃない!
こら! 僕は着替えるんだ! 二度寝するつもりはない!
やめろ! 抱き着くな! 思いっきり当たっているだろうが!
やっぱり君危機感足りていないぞ! 自分の身を大切にしろ!
*
「ん、このドリア美味し」
「言っておくがこの遅刻は君のせいだからな。10時まで売店が開いていなかったら……」
「どうせレストランも売店と同じくらい行列だったって。はい、あーん」
「そういう話じゃ………………確かに美味しい」
「ふふっ」
いや、ふふっじゃないんだが。
人の口にスプーンを突っ込んでおいて、何を満足そうにしているんだ。
つられて口を開けた僕が言えたことではないが。論点をずらされた上に、普通に咀嚼して感想まで口にしてしまっているし。売店のレンジ用ドリアにここまで本気を出されるとは思っていなかった。
しかし、これも彼女にとっては普通のじゃれ合いなのか。
確かに、ミオもよくデート中に「あ~ん♡」ってしてくれるからな。
ミオが普通にやっていることなのだから、セイラがやっていることも普通なのだろう。さっきつい口を開けてしまったのはミオで慣れてしまったからなのかもしれない。雛鳥か?
ということは、今のセイラはミオ並の好感度があるのかもしれない。
最後に見えたセイラの好感度が-2だったから……今は最低でも88? +90?
やっぱりあの数字信用できないんじゃないか。
「で、どうするの?」
「ん?」
「作戦。教えてくれなかったでしょ」
「ああ……」
そうか。
解決策は思いついてるなんて言っておきながら、あの後一切説明しなかったからな。精神的に楽になったとはいえ、ループ当事者のセイラが一番気になるのはそこだろう。
とはいっても、今の僕にできることは何も無いんだよな。
時刻は10時を少し回ったところで、携帯は相変わらず圏外。父島に着くのが11時頃だから、もう少し島に近づけば電波が入るはず。今回の作戦は電話が要だから、圏外である以上、今は一切何もすることができない。
じゃあなんで僕は朝食を急いでいたんだ?
結局ゆっくりでもいいなら気にしなくてよかったじゃないか。生活習慣か?
「私が聞きだした手がかり、いる?」
「小笠原で見つける予定だったという怪しい人物のことか?」
「そ。もしかしたら能力者のことを知ってるかもしれないし」
手掛かりか。
何周もかけて、それこそ「不穏な単語」を山ほど積み重ねて手に入れた情報のはずだ。それをこうもあっさり差し出してくるあたり、セイラなりに何か役に立ちたいんだろうな。
正直、気にはなる。この一連の計画の実行犯である能力者、その人のことを知っているかもしれない人物……そう言われれば、聞いておきたくなるのが普通だろう。
だが……。
「いや、手掛かりはいい。気持ちだけ受け取っておく」
「え、いらないの?」
「下手に動いて、ネメシスに勘付かれたら困るからな」
僕達がその人物を嗅ぎ回っていることに気づかれ、逆に警戒させてしまう可能性もある。
元々は気づかなかったであろうことに気づいてしまって、それが原因で向こうが焦って軌道の調整を前倒しにでもしたら……それこそ目も当てられない。制限時間が今夜の9時から今日の昼になったら、電話をかける暇すら無くなってしまう。
それに、僕の作戦にはそもそもその人物は出てこない。
能力者がどこにいようが、誰と繋がっていようが関係ない作戦だからな。
「どういう作戦なの?」
「それについては教えられない」
「……それは、マコトが一人で無茶をするため?」
「心配なのは分かるが、違う。この作戦は電話一本で終了するし、君に教えないのは『知っていること』自体が君の不利益に繋がる可能性があるからだ」
一人で無茶をするためだって?
それを君が言うのか。ついこの間まで、何十周も一人で無茶をしていたのは誰だと思っているんだ。
……いや、だからこそだな。
一人で抱え込んで、誰にも言わずに動いて、その結果どうなったかを一番よく知っているのは君自身だ。僕が同じことをしようとしているように見えたなら、そう聞きたくもなるだろう。
それに、今の僕は君の『大切な人』だからな。僕に何かあれば、君はまた受験の夜に戻ることになる。心配の仕方がカリンやミオに向けるものと同じになっているのも、当然といえば当然か。
「……そっか」
「ああ。僕の身に危険が及ぶことは無い」
「なら……うん。マコトがそう言うなら、信じる」
随分あっさり引き下がるじゃないか。
もう少し食い下がられると思っていたから、拍子抜けしてしまった。
これまでのループを思い返すと、なんだか新鮮だ。
いつもなら、こっちの都合などお構い無しに法の境界線スレスレを反復横跳びするような作戦引っ提げて僕を驚かせて来るというのに。初めに作戦を決めるのは大抵君の方で、僕はそれに文句を言いながら付いていく役回りだったはずだ。
それが今は、作戦の中身も聞かずに「信じる」の一言か。
無茶な手段も、強引な手段も、倫理観ゼロの手段だって準備できるのに……僕がこう言っただけで完全に一任してくれるとは。こういう大人しい君は、初めて見る気がする。
少し調子は狂うが、気分は悪くないな。
信頼されている証なのだし、それに応えなくてはいけない。
「あっ、マコト。あれ、父島じゃない?」
「ん?」
どれだ。
……ああ、本当だ。
水平線の上に、うっすら島の影が見えている。思っていたより早いな。
ということは、そろそろのはずだ。
携帯は……よしよし、圏外じゃなくなっている。
アンテナはまだ一本だが、電話一本かけるには十分だろう。
「セイラ。少しだけ離れるぞ。すぐ戻る」
「うん。ここで待ってるから」
デッキの端まで来れば、波と風の音で話し声は届かないだろう。
九条ノドカの番号は……あった。
さあ、頼むから出てくれよ。
「……」
『もしもし? 瀬尾さん、何かご用でしょうか?』
「ああ、九条ノドカ。頼みがあってな」
『頼みですか。何なりと、私にできることでしたら』
そうか。
助かった。
「WPPOの、できるだけ上の立場の人間に繋いでもらえないか」
*
ふむ。
世界平和維持機構日本支部、特別対応局、局長……と。
『瀬尾君』
「はい」
『九条から聞いています。あなたの方から私に、というのは初めてですね』
……局の一番上にまで繋げられるとは。
いや、できる限り上にと頼んだのは僕だが。まさかそこまで上の人間が出て来るとは思わなかった。局長ということは、九条ノドカの上司の上司の、そのまた上くらいの立場じゃないのか。
規則に書かれたことしかできない彼女のことだ。「調査対象から緊急の要請があった場合は、担当責任者に直接繋ぐこと」とでもマニュアルにあったんだろう。彼女が普段から言っている「上」「上層部」というのも、この人を含んだ面々のことを指すのだろうな。
つまり、僕の調査を続けると決めて、九条ノドカを僕のクラスに置き続けている張本人。
もしかして、僕の案件ってそれなりにトップの人が管理しなければいけないレベルのものなのだろうか。今更ながらちょっと怖くなってきたな。
それに、保留音が鳴り始めてから10分も経っていないぞ。話が早すぎる。
……いや、早いのは助かる。今に限っては、むしろありがたい。
「瀬尾マコトです。突然のご連絡、失礼します」
『構いませんよ。九条からは、緊急の要件だと聞いています』
「はい」
『また、予知に無いものが見えましたか。それとも他に何か?』
この人から見れば、そう聞くのが一番自然だろうな。
僕の方から、局長という上の立場の人間に「繋げ」と言い出す理由なんて、WPPOの側からすれば一つしか思いつかないはずだ。九条ノドカの報告書に、また一行「未来予知の兆候あり」が増えるだけの話。
ただ、今は能力者かどうかなんて問いに付き合っている時間が無い。
見えたのか見えていないのか、どちらで答えたところで、この電話の目的には一歩も近づかない。それよりも、今日の夜9時までに、伝えなければいけないことがある。
これまでもWPPOには色々なことを手伝ってもらった。
仮死魔霊故を削除してもらったり、暑すぎる夏を快適にしてもらったり、バイト先に飛び込んできた鳩を追い払ってもらったり、手の怪我を治療してもらったり、旅行先の地震を削除してもらったり。
しかし、今回頼む内容は、これまでの規模を遥かに超える。
日常を壊さないと宣言している組織にそれを頼まなくてはいけない。
「理由は言えません。ですが、今のWPPOの予知に映っていない『何か』について、報告したく、お電話いたしました」
『……なるほど』
「勿論、公式の予知には何も問題は映っていない。それを当然、把握した上のことです」
『ええ、ええ。そうですね。瀬尾君には何でもお見通しなのだとか』
……九条ノドカはそのまま上に報告しているのか。
別にいいが。
当然だな。
WPPOは根拠のない情報を元に動くことはできない。
ネメシスという巨大な敵と戦っている最中に「見えていないだろうけどこんな脅威がある」と通報を受けたとしても自分たちの予知に映っていなければ対応しない方が良い。
僕自身、ネメシスの差し金かどうかも向こうには分からないんだ。今この電話が「自分達を誘導する罠ではない」とどうして信じられるだろうか。一人の通報で注意を逸らせるような組織なら今頃世界の脅威に呑まれているはず。
「そして、そのために二つだけ、頼み事をしたいのです」
『……』
「そちらの事情は分かりませんが……これは世界を救うために必要なことであり、この頼み事自体は時間さえあればコスト無しで実行できるものだと考えています」
『……続けてください』
今迫っている隕石は、能力で生成されたものであり、到着は約9年後。
観測しようにも現時点では不可能だし、未来予知にもその姿は映らない。9年先を見ようにもその未来はカス能力によって削除されているし、差し迫っている危機をWPPOが独力で認識することはできない。気づいたころには先占効果で打ち消せない直径10kmの岩石に為す術も無く人類は滅亡するだけ。
しかし、能力者本人を僕達だけで探そうとしても無理なものは無理。
世界のどこにいるか分からない能力者が偶然小笠原諸島にいるなんて可能性は限りなくゼロだ。いたとしても、そこから僕達ができるのは拷問による情報収集と殺害による能力の強制停止ぐらいか。それで解決したとしても、「隕石を防いだ英雄」ではなく「旅先で人殺しをした卒業間近の高校生」としか見られない。卒業の資格も取り消されるだろうな。
それでも良い方だ。もしセイラの「手掛かり」が外れだった場合、今後僕達は死に戻りのループを使ってさらに何百周も世界を駆け巡らなくてはいけない。終わるのはいつになるだろう。
拷問か? ループか? そんなこと、どちらもこれ以上セイラにさせてなるものか。
WPPOを頼るしか、僕達に道は残されていない。
「一つ、前置きをさせてください」
『どうぞ』
つまり、僕が成し遂げるべきなのは……。
……そう。何も分かりにくいことじゃない。それは、初めから明らかだった。
「WPPOは未来を予知できます。この電話で何を言われようと、その内容を事前に知ることが可能なはずです」
『……』
「もし僕がこれから言う内容が、本当に危険なものであれば……未来予知にて『その電話の内容を拒否するように』と指示が出ているでしょう」
『……』
「でも、貴方はこの電話に出た。つまりWPPOの予知は、僕がこれから言うことに、『止めるべき異常』だとは判断していない」
『……そうなりますね』
「それを踏まえた上で、聞いてください」
もし、僕の作戦が見当外れなら。
僕は間違いなくWPPOの記録に「危険人物」として記載される。
ループは解決できなくなり、死に戻りが発生し、その記録もいずれ消えてしまうが……母さんの息子として、誰にも誇れないようなことをしたと、そんな瞬間が一瞬でも存在してしまう。
それでも、言うしかない。
昨日、甲板で「約束通り、協力する」と言ったのは僕だ。
何十周も一人で死に続けてきた彼女を、今度こそ救うと決めたのも僕だ。
覚悟はできた。
全ては、セイラとの約束を果たすために。
「一つ目の頼み事です」
「この星の──南半球にいる全ての人間を殺害する命令を出してください」
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