ヲタクが文明にもっと輝けと囁いている【配信中】 作:いかのしおから
「俺たちの会話聞かれてたのかよ」
『知らなかったのですか?』
「お前は知っていたのか?」
『はい』
「……なんで教えてくれなかったんだよ」
『あなたが特に問題視していなかったので。
しかしまさか気づいてすらいなかったとは』
「だって、音響設定よく分かんねえんだもん」
現在、神託画面の音響関係のシークバーを全てゼロにしている。
これなら向こうにアイの声は届かないだろう。
とはいえ俺の声も届かないし、セラの声も聞こえない。
セラには悪いが、もうしばらく待っていてもらおう。
「どうしたもんかね」
『彼女の疑問をこのまま放置するのは少し不安です。
現時点では好奇心程度でしょうが、疑問は懸念に変わり、懸念は邪推に変わりかねません。
神には何か隠したいことがあり、それは信徒達にとって不都合な真実かもしれない。
そうした反感に繋がるかもしれません』
「それは……ありえんとは言い切れんな。
JRPGだと神様がラスボスとかは定番だし。
俺ならRPGの主人公が宗教国家出身とかなら、神様が黒幕じゃないかと確実に疑う」
例えば神の裏の顔は世界の支配を目論む魔王であり、人間社会を裏から操るためにマッチポンプで厄災と救済を同時に行っている、とか。
となればアイの正体は魔王軍の女幹部か。
「とりあえずアイについての説明だけでもしておくか?
セラは姿を見たいって言ってたけど、アイってテキスト型のAIだから人前に出れねえし」
『この際アバター買ってあげたら? アバターがあればAIでも神託画面に登場できるぞ』
『2万5千GP貯金あるなら、既製品の3Dアバターぐらいは買えるだろ』
『アイちゃん今まで頑張って支えてくれたんだし、そのご褒美ってことで』
「……俺まだ自分のアバターすら手に入れてないんだけど」
『デフォルトゴッドと鹿は?』
「あんなの好きで買ったもんじゃねえし」
持っているアバターはデフォルトゴッドと鹿の二つだけ。
デフォルトゴッドはトラッキングソフトの付属品だし、鹿に関しては布教のために必要だったから仕方なく買っただけで、別に俺の趣味じゃない。
くそ、あと半分でLive2Dアバターの制作依頼費に手が届くところだったのに。
「アイ、お前、アバター欲しいか?」
『それはあなたの所有GP目当てで、この話題を振ったと疑っている、ということでしょうか』
「だからこの前謝ったじゃん!
俺の勘違いだって!
ああもう、とりあえずこの洋ゲーのキャラクリに出てきそうなブリセット面の女でいいよな?
リアル系3Dアバターの中だとかなり安い方だし」
『それはオススメできません』
「は? なんでだよ!」
『主人の器を知るためには従者を見よ、という言葉があります。
もし私が低品質なアバターを身に着けていれば、主人であるあなたの評価までも下がりかねません。
ここは侮られないためにも相応のアバターを用意する必要があるでしょう』
「じゃあ何を買えばいいんだよ……」
『私がオススメするのはこちらです』
「……たっか」
『リアル系の美少女アバターって、一から作るとかなり手間だからなぁ』
『リアル美少女からコピーする手段もあるけど、それはそれで手間がかかるという』
アイの操作によりパソコンの画面に表示されたのは、既製品のリアル系3D美少女アバターだった。
数百万GPはする3Dモデルの制作依頼とは違い、これは既製品なので安めだが、それでも1万GPもする。
俺の所持金は二万5千GP、買えばLive2D入手がかなり遠のく。
正直かなり痛い買い物だった。
『基準を満たしているアバターの中で、最も安価なものを選びました』
「いや、その、別に、人型のアバターじゃなくても……この四つ羽に全身に目ん玉がついてる奴とか威厳があっていい感じじゃね? 値段も1000GPで安めだし」
『前提として私には個人的な趣向や感情はありません』
「なら」
『ですが視聴者は違います。
傍から見ればこの状況は、主人であるあなたが、世話をしていた従者である私に褒美を与える構図にも見えるでしょう。
にもかかわらずあなたが私に報いることより自身の物欲を優先していれば、どう思われるのか?
きっと視聴者はあなたに対する不満を抱き、視聴継続を止めるかもしれません。
それは収入の低下に繋がります。
サポートAIは主に付き従うことは当然なので、私はどんなアバターでも全く一切何一つ気にしませんが』
「……」
……こいつ、感情ないとか絶対嘘だろ。
最もらしいことを言っているが全て建前にしか聞こえない。
そんなに可愛い格好したいのか。
改めてアイの提示した3Dアバターに視線を向ける。
どうやらカスタム機能があるらしく、追加でゴッドポイントを払えば髪や目、服装を変えられるようだ。
更にアクセサリーも豊富で、こちらもゴッドポイントを払えば色々装着できるらしい。
……これ買ってやらねえと、絶対チクチク言われ続けるんだろうなぁ。
「これ買ったら、許してくれるか?」
『何度も言いますが、許すも何も、私には感情が存在しないので怒りようがありません。
……ですが、もしこちらのアバターをくださるなら、これまで以上にあなたのお役に立てると約束できます』
「……2万5千GP全部やる。
これで好きなアバターを作ってこい」
『かしこまりました』
それから暫くして、アイのアバターが完成した。
==
『またせたなセラ、さっきアイに確認をとってきたところだ』
「アイ様……それが神様の奥様のお名前なのでしょうか?」
『奥さんと言うと語弊があるが、名前についてはその通りだ。
アイと顔合わせをしたいんだったな?
いいだろう、会わせてやる。
おーい、アイ、出てきてくれ』
夫婦ではないのか……。
やはりオルフェナ神話には恋物語は存在しないのだろう。
ああ……勿体ないことにお願い事を使ってしまった──
『はじめまして、神オルフェナの従者アイと申します』
──しかし、そんな失望は一瞬にして覆された。
……こ、これは。
年齢でいえば15歳頃。
全体の色調は白と青で統一されている。
白銀のセミロングに、青い花冠。
長いまつ毛に縁取られた瞳は、空を映したかのような蒼穹色。
肌は白くシミ一つなく、頬や指先だけが赤く色づいている。
膝下まで丈が伸びたワンピースの上に、青いマントを羽織りたなびかせていた。
顔立ちは今まで見てきた誰よりも整っている。
そして、何より印象的なのは背中に生えた真っ白な翼と、頭の上で輝く光輪だろう。
彼女が人ならざる特別な存在であることを示していた。
美しく、神秘的で、儚げで、それでいて可憐。
だが、それだけではない。
今まで経験したことがない感情が私の中から湧き出している。
私はこの感情を言い表す言葉を知らない。
既存の言葉では言い表せない何かが彼女にはある。
「は、はじめまして! セラと申します!
私の願いにお応えくださりありがとうございます!」
『私に会いたいと仰られたそうですが、何か御用ですか?』
「ぶ、不躾ながらお伺いさせていただきたいことがあります。
アイ様と神様のご関係は……」
『あなたが期待するような関係ではありませんよ。
私はあくまで神の従者であり、主の仕事の手伝いをするための存在ですので』
「そ、そうですか……」
やっぱりそうか……。
『……ただ、私は主をとても尊敬しております』
「!」
『というのも──』
アイ様は一つ一つオルフェナ様の尊敬できる点を挙げていった。
その視点は神を仰ぎ見るだけの私たち人間とは違う、同じ環境で働く者ならではの理解と信頼に溢れていた。
「もしかしてアイ様は神様の事が好きなんですか?」
『いいえ?
私にはそのような個人的な感情は存在しません。
今の話を聞いて、どうしてそのような印象を抱けるのか?
私には甚だ疑問でなりません』
「ずいぶん早口ですね」
『それはあなたの気のせいです』
アイ様は神様への恋心を必死に否定する。
しかし私はその言葉を額縁通りには受け取らなかった。
もしかすれば彼女は、身分の違いから、恋心を表に出せないのかもしれない。
もしくは単純に自分の想いを正直に言葉にすることが恥ずかしいのか。
人間離れした美貌に似合わず、なんて可愛らしく情緒的な性格なのだろう。
ああ、またしても言葉にできない感情が湧き出してきた。
「ふふっ」
『……何を笑っているのですかセラ』
失礼だとは分かっていてもニヤケが抑えきれない。
インスピレーションが爆発する。
これが血に刻まれた記憶。
宇宙からのメッセージ。
どんどん新しいアイデアが思い浮かんでいく。
アイ様がどんな風に神様と交流を行い、恋心を育んできたのか。
この感情を呼び起こせる文章が書けたのなら、きっと素晴らしい恋物語が生まれるに違いない。
今までのように女性信徒ばかりではなく、男性信徒すらも魅了する恋物語が。
「ありがとうございましたアイ様。
おかげさまで今後の方向性が見えてきました」
『……はぁ、そうですか』
私はこの感情に名前をつけた。
新たな感情の萌芽。
即ち──萌え。
==
『我が主オルフェナは、その時見事な神託を下されました』
『おお……!』
3Dアバターを手に入れたアイは俺に対する称賛の言葉を繰り返していた。
どうやら今のうちに俺への信仰をセラに刷り込んでおきたいようだ。
信徒からの信仰があれば政策に協力的になってもらえるため、合理的な判断ではあるけれど。
今まで機嫌が治らなかったアイが、アバターを買い与えた途端にこれとは。
現金なやつめ。
──とはいえ、その程度のことに囚われていられる暇はなかった。
『お疲れ様アイちゃん! その服装かわいいね!』
『アイちゃんはトークセンスだけじゃなくて、おしゃれのセンスも抜群なんだネ! オヂサン感動しちゃったヨ!』
『てかその隣の爺さん誰? まさか彼氏とかじゃないよね?』
『熱中症ってゆっくり言ってください/500GP』
『ね、ちゅう、しょう……これでよろしいでしょうか?』
『うおおおお!/100GP』
『かわいい/100GP』
『もう一度お願いします/1000GP』
『ね、ちゅう、しょう……?』
由々しき事態だった。
俺の配信が、まるでガチ恋専VTuberの配信の如きコメント欄になっている。
彼らの関心が俺に向けられたものなら許せた。
しかし、どいつもこいつもアイに夢中。
なんなんだよお前ら。
俺に対しては散々VTuber化の需要がないとか言ってたくせに、アイが3Dアバターを手に入れた途端こんなに盛り上がりやがって。
くそくそくそ!
『マスター、アバターを買っていただきありがとうございました。
このアバターは大切に使わせていただきます。
それと……ごめんなさい。
先程会話履歴を遡ってみたところ、確かに私の言葉選びにはいささか誤解を招きかねない表現が──』
「──お前には絶対に負けない」
『え』
「今お前がこんなに配信で目立っているのは、俺がアバターを持っていないからだ。
俺がVTuberになった暁には必ずその地位から引きずり下ろしてやる。
この配信の主役は俺だ、努々忘れるなよ、覚悟しておけ……!」
『心狭すぎて草』
『先生! 恋愛フラグさんが息をしていません!』
『もうわざとやってるだろ』