ヲタクが文明にもっと輝けと囁いている【配信中】 作:いかのしおから
「神様がお怒りになられておられる……!」
現在神殿では、神官長が賜った神託の内容を精査していた。
「ここまで神様がお怒りを露わにされたのは、歴史上初めてですぞ」
「恐ろしい……もし我らに怒りの矛先が向かえば」
「オルフェナ様の不興を買ったのは、ガルダン商会のサルディオなる輩だったか。
奴を追いかけ始末することで、神の怒りを宥めることはできないだろうか」
「それは神が望まれなかった。
文化で受けた屈辱は、文化で晴らせばこそだと」
「サルディオなる無礼者が我らの演劇に理解を示さなかったのは、その目で見なかったからこそだろう。
たった一人の意見に振り回される必要はないのでは?」
「神が望まれておられるのだ。
我らオルフェナの民はただ従うまで」
「それにこれまで神託に従った者は、数多の恩恵を得られた。
想定通りのものもあれば、想定以上の恩恵も。
オルフェナの民として神の齎した試練を座して見逃すわけにはいかん」
ケール一族の伝道などがその代表例だろう。
最初は神託に従い英雄譚を伝道しロアン一族との関係修復に務めていた。
そこから両村の関係はどんどん近づいていき、同盟は合併に、政略結婚により文字通り血を分けた家族となった。
最終的には両一族は山の地を統一した名家となり、現代では要職の殆どはケール一族やロアン一族から輩出されている。
神の齎した試練を超えれば想像を超える栄光を掴み取れる、それが山の地オルフェナの共通見解だった。
「ガルダン商会はタルミナという都市を拠点に置いているそうだ。
神はその地の視察を行い文化を調べろと仰られた。
最近オルフェナによく訪れているあの行商人、ラズロ殿はまだここに滞在していたな?
道案内は彼に頼むとして、神殿からはセラを派遣する」
「え、わ、私ですか!?」
「ああ、お前はあの行商人にかなり好かれているそうではないか。
誑し込んで身を守ってもらえ。
外の血も欲しいし、この際恋仲になっても構わん」
「いやいやいや! あんなのおべっかに決まっていますよ!?
彼は行商人ですから、商談を上手く纏めるために窓口の私にああ言っているだけで!
それに私なんか地味で貧相な女が、男性を誑し込むなんて……!」
「お前は恋物語は書けるくせに、自分のことになると途端に鈍感になるな。
いいか? 萌えとは心の所作にある。
貧相な身体を気にしている地味女という属性も、それはそれで男に需要があるのだ」
大きく頷く神官の面々。
セラは確かに地味で貧相ではあるが、性格は謙虚で可愛げがある。
貧相な体つきや背丈の低さもまた、男の庇護欲を駆り立てるには好都合だろう。
「それにオルフェナ様に気に入られているセラから報告を行えば、怒りを抑えてくださるかもしれん」
「もしかして怒った神様と顔を合わせたくないから私に押し付けたいんですか!?」
「……そんなことはないぞ。
情報収集を行う上で、最善の人材を選んだ結果、たまたまお前だっただけだ。
安心しろ、護衛はつけるから──」
「なら目を見ながら言ってくださいよ!」
目を背ける面々。
だって怖いんだもん……。
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『──独立都市タルミナの敷地面積はオルフェナの3倍、人口は大凡5000。
貴族はおらず有力な商人による議会制が採用されており、ガルダン商会の会長ヴォルク一派は多くの議席を有しております』
「……あのクソ野郎の親分か」
調査に向かわせたセラたちが帰ってきた。
現在はセラの夢のなかに入り情報の聞き取りを行っている。
「技術力はどうだった?」
『……悔しい話ですが、技術面はあちらが圧倒していました。
石造りの家々や外壁、舗装された道、羊皮紙なるものに加えて、書き物に使われているインクやペンなど。
どれもこれもが我々の技術力を大きく上回っています』
やっぱりか。
あいつの自信満々な態度からして、ある程度は予想していたが。
「なら文化面は?」
『こちらにないものもあれば、あちらにないものもある、という感じでしょうか。
料理は平原ならではの食材が使われていますが、山の菜は味わえない。
共通文字なるものを使っていますが、片仮名と比べて特別優れた性能ではない。
タルミナの劇場を見に行きましたが、衣装の形や色使いが違うぐらいで、趣向の範囲内。
ただ、ラズロさんの仰られてたように、物語の面白さという点では、我々の方が大きく上回っていると感じました』
「というと」
『個人的な好みを抜きにしても、洗礼されていないのです。
タルミナで鑑賞した演劇は、商人の物語でした。
主軸自体は立身出世とシンプルなのですが、このセリフは必要か、このシーンは不要かの取捨選択できておらず、演劇のテンポが非常に悪いのです。
観劇している途中で話が何度も脱線し、何か深いテーマを掘り下げているのかと思えば、そうでもない。
台詞回しも定型的といいますか、別の作品で盛り上がったセリフをそのまま引用しているような気がして、噛み合いの悪さを感じてしまいます。
こんな話をオルフェナで演じようものなら、石を投げられてしまうでしょう』
ボロクソだなぁ。
セラもまたオルフェナ人だ。
オルフェナの文化を酷評したヴォルドレア人の文化を認めたくない思いはあるのかもしれない。
とはいえそうした贔屓目を抜きにしても、面白くはなかったのだろう。
うちの町は文明が興って以降、ずっと話作りに心血を注いでいた。
そんなオルフェナの文化を超える芸能文化は、もしかするとこの周辺には存在しないのかもしれない。
文化勝利を目指すうえでは都合が良くはあるが……一消費者としてはやはり残念だ。
『お土産には、アルヴェリア王国文字で書かれた小説と、羊皮紙を持って帰りました。
それと一つだけ興味深い文化がありまして……神様は楽器をご存知ですか?』
「楽器……音を鳴らす道具のことだよな?」
『存じ上げていましたか。
タルミナの市場で外来の行商人が路上販売していたのです。
いくつか種類があったので、笛というものを買ってきました。
とても綺麗な音色が鳴るものです。
こちらもまた神様への捧げ物としてご用意しました』
「ふむ、笛か……ありがとう。
とりあえず祭壇に置いといてくれ」
神託を切ってため息を吐く。
「ああもうっ! よりにもよってセラを選びやがって! 何かあったらと思うとヒヤヒヤしたぞ!」
『危険な場所に女の子を連れ出すのはねぇ』
『どうせ死んだら物語の続きを読めなくなるからとかの理由だろう』
俺の愚痴を聞いた視聴者が、コメント欄で好き放題予想を立てている。
「違う、護衛はちゃんとつけてたんだ。
明確に敵対している勢力の陣地に向かわせたわけでもないんだから、そこに関しては心配していない。
俺が問題視したのは神官共がセラとラズロをくっつけようとした点だ」
『どこの馬の骨とも知らぬ男に、うちの娘はやれん! みたいなやつ?
まさかオル神にそんな父性があったとは』
『それとも自由恋愛推進派?』
『まだ判断するには早い。
セラちゃんへのユニコーン仕草かもしれん』
こいつら本当に俺をなんだと思っているんだ。
「いいか? よく聞け。
物書きというものはな、幸福を手に入れると、途端にかつての持ち味や尖りを失ってしまう生き物なんだよ。
特に恋愛ものを書いている男性作家は顕著だ。
今まで女と付き合っていなかったからこその飢餓感から生まれた妄想力は、えてして現実での恋愛を経験すると失われてしまう。
健全化という名の無味無臭な話ばかり作るようになった事例を、俺は何度も見てきた。
女性作家にこの傾向が当て嵌まるのかは分からないが、もしセラがそうなれば問題だ。
恋愛禁止令を出すべきか……?
だがロミジュリ効果で二人で夜逃げでもされたら……。
頼む! 付き合ってもいいから幸せにはならないでくれ……!」
『…この神様、実は頭おかしくない?』
『ようやく気づいたか』
しゃあねえ。
神官共がセラの恋愛事情に余計な茶々を入れないよう注意する程度に留めておくか。
「それはそれとして……確かセラが持って帰ったのは、小説と、羊皮紙と、笛だっけか。
羊皮紙って羊の皮で作られたもんだろ?
植物紙はないのか?」
『現時点では確認されておりません』
「となると小説は羊皮紙を使って作られたものになるのか。
王国文字で書かれているそうだが、俺には読めるのか?」
『読めます。
外来文字は自動的にあなたの第一言語の日本語へと翻訳されます。
ご覧なさいますか?』
「見る」
タイトルは「英雄王の冒険」
ふうむ、英雄が戦場で戦いながら国作りに奔走する物語か。
そうして作られた国の名前は「アルヴェリア」
なるほど、この小説はアルヴェリア王国の建国物語なのか。
「あれ……これ結構面白いぞ。
媚びたエンタメ要素は殆どないが、硬派な英雄譚として見ればかなり出来がいい。
セラのやつ、向こうの話は面白くないってボロクソに言ってたのに、やっぱり贔屓があったのか?
それとも俺に見る目がないだけ?」
『いいや、俺から見ても面白いぞこの話』
『重厚な英雄譚で見応えある』
『おそらくセラが観劇したのは独立都市タルミナで生まれた物語だったのでしょう。
そしてこの小説はアルヴェリア王国の建国物語。
ただの独立都市でしかないタルミナと、広大な地域を支配する王国アルヴェリア。
人口や歴史の差は大きく、生まれる物語の完成度にも影響を及ぼしたと見れます』
「……こりゃあ他にも掘り出し物がありそうだな。
とりあえずオルフェナの皆にアルヴェリア王国文字を覚えてもらおう。
周辺民族が使ってる文字があるなら、そっちの方が便利だし、片仮名に拘る理由もない」
どうせ俺が読む時は日本語に翻訳される。
アルヴェリアが使っている言葉はオルフェナと同じようだし、これなら移行しても問題ないだろう。
「王国文字を覚えさせたら、オルフェナ神話を纏めた小説でも出版させてみるか」
『小説の出版は推奨できません。
この世界だと本は高級品のため、購入する客層は貴族や大商人などの上流階級に限られます。
そんな上流階級でさえ、購入する本は広く知れ渡った英雄譚や歴史書、技術書程度。
オルフェナ神話は知名度が足りないので、作ったところで買い手はオルフェナの内側に留まるでしょう。
本を作る上で必要な材料の羊皮紙が高額なので、利益を出すとなれば値下げも不可能です。
現在のオルフェナの経済力では負担が大きい商売かと』
「はぁ……また立ちはだかるののは知名度か。
幾ら面白いものが作れても、知名度がなければ見てすらもらえない。
分かった、本を作るのは保存用の一冊だけにする。
もっと安い紙があればいいんだがなぁ。
植物紙ってどうやって作るんだっけ?
昔教育番組か何かで見たことがあった気がするんだけど」
『教えてあげたいのは山々なんだけど、検閲がね〜』
殆ど覚えていない。
覚えているのは林で木の葉をかき集めていたシーンぐらいだ。
その後どうしたっけ?
「そういえば楽器もあるんだっけか」
『セラが持ち帰ったのは管楽器ですね。
材料は木製、形状は筒状であり、一列に複数の穴が空いています。
息を吹きかけると音が鳴り、穴を指で塞ぐと音色が変わります』
「よくある縦笛か。
今までさ、演劇になにか刺激が足りねえと思ってたんだよ。
あれって今気づいたんだけど、オープニング曲やエンディング曲、BGMや効果音だったのかもしれねえ」
お気に入りの漫画やラノベがアニメ化した際は、どんな主題歌になるのか予想するのが毎回の楽しみだった。
作中で投入されるBGMや効果音も、没入感を高めるために大きな役割を担っていた気がする。
「楽器があれば再現できる気がする。
集めて練習させてみるか」