ヲタクが文明にもっと輝けと囁いている【配信中】 作:いかのしおから
「へー、演劇鑑賞、懐かしいわね〜」
「お母様は見たことがあるの?」
「あなたが生まれる前、お父さんと一緒に王都の劇場へ行ったことがあるのよ。
となるとドレスコートが必要ね、うちにあったかしら」
「ドレスコート!?」
「そりゃあ必要でしょう。
だって演劇鑑賞は上流階級向けの娯楽だもの。
職人の娘だからって見窄らしい格好をしていたら、眉を顰められてしまうわ」
それは王都の劇場だからの話で、うちの田舎町で開かれる演劇となると話は変わってくると思うのだけれど。
そんな反論を投げかける暇もなく、お母様は私をドレスに飾り立ててしまった。
広場に辿り着くと、案の定の景色が広がっている。
「リオナ、あなた随分と気合を入れた格好をしてきたわね」
「お母様が勘違いしちゃって……」
友人二人は昼間と変わらない私服のまま。
周囲を見渡してもドレスコートなんて用意しているのは私ぐらい。
完全に場の空気を読み違えてしまった。
とりあえず料金を支払い、立ち見席の中列に並ぶ。
「どんな演劇が行われるのかしら」
「私、演劇なんて始めて見るのだけれど」
「お母様から聞いた話だと、まず劇団の団長が現れて、軽い挨拶と脚本のタイトルを教えてくれるそうよ」
「なるほどねー……あれ?」
最初に壇上に現れたのは演奏隊だった。
彼らは何の説明もなく楽器を奏で、歌い始める。
全くもって予想外の展開だ。
私達が見に来たのは演奏ではなく演劇だった筈なのだけれど。
「……終わったわね」
「なんだったのかしら、あれ」
「分からないけど、中々盛り上る曲だったわ。
あら?? ようやく役者が出てきたわよ。
あそこにいるのエルヴィス様じゃない?」
「──!」
エルヴィス様は相変わらず凛々しく男前だった。
とはいえ驚いた点は別にある。
役者が壇上に現れても演奏が続いていたのだ。
そしてさらに驚くべきは、エルヴィス様が歌い出したという点。
「おお! 麗しのルキア様〜♪
あなたのためならこの身を捧げても〜♪」
「言葉だけなら何とでも言えるわ〜♪
私は魔物を倒す使命があるの〜♪
軟派者に用はないわ〜♪」
奇抜すぎる。
演劇を始めて鑑賞した私達でも分かる。
演じながら歌うなど、明らかに普通ではない。
だけど、それでもどうしてだろうか。
この演劇から目を離せないのは。
「ならば証明してみせよう〜♪
あなたへの曇りなき愛を〜♪」
そうか、分かりやすいのか。
お母様はこう言っていた。
演劇は高尚な芸術であり、劇の内容を理解するためには、事前に教養を蓄えておく必要がある。
なので今回楽しむのは難しいだろうと。
しかしながらオルフェナ神殿劇団の演劇は、すべてを説明してくれている。
言葉だけで説明しきれないのなら、表情で。
表情だけで表現しきれないのなら、体の動きで。
何よりも音楽と歌声が、彼らの感情がどのように動いているのかを親切丁寧に伝えてくれている。
「ルキア様が魔法を完成させるまで、ここは僕一人で受け持とう!」
アクションシーンも見応えがある。
魔法を使って戦うなど荒唐無稽な設定であるにもかかわらず、舞台の裏から聞こえてくる幻想的な音によって、没入感は損なわれず、その現象が本当に実在するのではないかと錯覚に陥らされる。
エルヴィス様の剣戟も華麗で美しく目が離せない。
徹頭徹尾のエンターテイメント。
各地を渡り歩く行商人が、何故数ある劇団の中でオルフェナ神殿劇団を特別に讃えていたのか、ようやく理解できた。
これは私達教養のない平民に向けた演劇だった。
「私のために、そんなに傷ついて……」
「あなたのお役に立てたのなら、こんなものは怪我のうちに入りません。
ルキア様、これで僕の愛は証明できましたか?」
なによりエルヴィス様が格好良すぎる。
見た目だけではない、言動も含めて。
分かっている、これはあくまで演技。
エルヴィス様は与えられた役柄を演じているだけに過ぎない。
けれど、これを嘘だと思えない、思いたくなかった。
気づけば私は主演女優と私自身を重ね合わせていた。
まるで、エルヴィス様が、私に向けて愛を囁いているように感じてしまう。
演目が終わるまで、私の胸は高鳴り続けていた。
そして最後に演奏が行われる。
演目の序盤に演奏を聞いた時は困惑していたが、今では必要性が理解できた。
序盤の演奏は観劇者の期待感を高めて物語に没入させるためのもの。
そしてこの穏やか音色なは物語を終えた喪失感を癒し、観劇による疲れを洗い流すためのもの。
それでも演劇が終わってしまった寂しさは拭いきれないけれど……。
最後は舞台に一列に並んだ劇団員たちによる一礼で締めくくられた。
「……面白かったね」
「ええ……」
胸の奥にポッカリと穴が空いた気分だった。
満足感は確かにある。
けれど、現実に舞い戻ってしまった。
これでもうエルヴィス様とお別れなのか。
所詮この出会いと恋は、儚く散る定めでしかなかったのか。
悲しい……まだ離れたくない……。
「あら? あれは何かしら?」
「どうやら握手会というものをやっているようね」
「握手会?」
「分からないけれど、あそこにあるグッズを一つ買うと、役者さんと握手ができるそうよ」
「なんでそんなことを」
「……私、行ってきていいかしら?」
「え、リオナ?」
「そ、その、グッズがちょっと気になってね」
嘘ではない。
私が目をつけたのは、劇中でエルヴィス様が私に……ではなくルチア様に送ったアミュレットだ。
ちょうど思い出作りに買っておこうと思っていたので一つ購入する。
握手はおまけだ、うん、せっかく手に入れたのに使わないのも勿体ないし。
「おや君は──リオナさん」
列に並んで待つこと数分。
順番が回ってくると、エルヴィス様は私の名前を呼んでくれた。
まさか覚えていてくれたとは。
「本当に来てくれたんだね、ありがとう! 嬉しいよ!」
「え、ええ、こちらこそ素敵な演技を見せてくださりありがとうございますわ」
エルヴィス様は、壇上にいる時とは違った。
演じられていた役柄のような、飄々とした掴みどころのない雰囲気ではない。
照れたように頬をかき笑っている等身大の姿。
そのことに対して私は失望を感じることはなかった。
むしろ友人たちの中で自分だけが本当の彼の一面を知れた気がして優越感を抱く。
「その服素敵だね、とても似合っている。
こんな綺麗な人にそんな風に言ってもらえるなら、苦労して遠征して来た甲斐があったと思えたよ」
「ま、まあ、お上手ですこと」
エルヴィス様に褒められた……!
お母様疑ってごめんなさい、そしてありがとう……!
演劇鑑賞にドレスコートが必要だと言っていたのは、こういうことだったのね……!
「砂時計が落ちました、交代のお時間です」
「あら、もうそんな時間が」
「また会おうね! リオナさん! 待ってるからね!」
後ろ髪を引かれるけれど、ここで駄々をこねて彼の前で恥を晒したくはない。
列を離れ、友人のいる場所に戻る。
「どうだったリオナ?」
「……私、運命の相手を見つけたかもしれない」
「はあ?」
後ろを振り向き、エルヴィス様を見つめる。
するとエルヴィス様はルチア様役の女優と談笑していた。
非常に可愛らしく、劇中は自分の分身だと思い愛着を懐いていた女優だが、今になって別の感情が芽生えてきた。
仲の良さに時間は関係ない。
今あなたがエルヴィス様と仲が良いのは、私より先に出会ったからこそ。
だからあまり調子に乗るなよ女。
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『第一回様では子見の町民が多かったですが、二回目からは満員続き。
評判は高まり、大きな収益を上げました』
「……ミュージカルってこんなにウケるものなのか。
今まで見たことなかったから知らんかったわ」
『ディ◯ニー映画とか見ないの?』
「なんとなく見る機会がなくて。
アメリカ産のアニメだとトムと◯ェリーはビデオを借りてよく見てたんだけど。
あれって◯ィズニーだっけ?」
『◯GMだった筈』
随分と自分が勿体ないことをしてきたように思えてきた。
家に帰れたらアメリカ産のミュージカルアニメを片っ端から視聴してみるか。
『とはいえ問題なのは演者への強烈なファンが生まれた点です』
「いいことじゃないか。
それの何が問題なんだ?」
『応援している役者と恋愛関係を演じた役者への誹謗中傷が行われました。
それらの一部は演者の耳にも届いているようです』
あー。
『リアコ勢ってやつ?』
『オルフェナにこの手のファンはいなかったのか?』
『オルフェナだと神職みたいな扱いだったから、そういう熱の上げ方は空気的に許されなかった筈』
『役者の心が病まないか心配だなぁ』
『こういう熱烈なファンって、買い支え層になるから無碍にはしない方がいいぞ』
『全員出禁にしろ。
演者が心を病んでしまったら、元も子もない』
『んな極端な』
どうしたもんか。
俺は誹謗中傷に心を病んで引退したVTuberを何人も見てきた。
守れなら守ってやりたい。
けれど金を稼がないと外部勢力との競争に置いていかれてしまう。
……しゃあない、演者には申し訳ないが、しばらくは中間択で茶を濁すか。
「ひとまず警護は増員。
んでファンが誹謗中傷を行わないよう注意喚起する。
あと男優と女優は舞台以外、表では絡ませないように徹底する。
これでファンの暴走も多少は抑えられるだろ」
『定期的に役者へのカウンセリングを行うことを推奨します』
「それも採用」
『全部対抗治療だな』
『こういう問題は抜本的解決が難しいから仕方がない』
「なにはともあれ、オルフェナの演劇は異民族にも通用することが分かった。
多少ケチはついたが、流れは確実に俺たちの方へ来ている。
この調子で他の町や村に劇団を派遣して文化を広めつつ外貨を稼いでいくぞ」