ヲタクが文明にもっと輝けと囁いている【配信中】 作:いかのしおから
村長宅の手前に設置された掲示板には沢山の村人が集まっていた。
掲示板にはオルフェナの紙芝居屋が残したコモンレンジャーの台詞台本が張り付けられている。
うちの村で文字を読める者など村長一家ぐらいしかいないにもかかわらず。
誰もが紙芝居の余韻から抜け出せずにいた。
「村長! 今日もお願いします!」
「はいはい、分かりましたよ」
村長は肩をすくめ、台詞台本を朗読する。
一部の子どもたちは台詞台本と朗読を通じて文字を覚えようとするほどの熱の入れよう。
そうした勉強熱心な子供は、むしろ普段は親の言いつけに逆らいがちな悪童の方が多かった。
「ああ、紙芝居……そしてコモンレンジャー……この世界にこんなに素晴らしいものがあったなんて……!」
そう弟はしみじみと呟く。
「今まで見てきた演劇の物語は、複雑な部分が多く難しかったが、これは途轍もなく分かりやすい!
物語の複雑さは一切なく、演技や音を聞きながら想像するしかなかった超常現象なども、絵によって全て描き起こされている!
誰が見ても面白いと思える最高の文化だ!」
オルフェナの紙芝居屋が来て以降、すっかり弟はこの調子だった。
あれからオルフェナの紙芝居屋は毎週来ている。
演劇ほどの大掛かりなイベントではないが、定期的な開催と、演劇にも負けない派手な物語構成。
なにより分かりやすい勧善懲悪という題材もあって、特に子供からは絶大な支持を得ていた。
とはいえ
「……誰が見ても面白いと思える最高の文化、ね」
「何か文句でもあるのか兄貴」
「誰が見ても面白いと思える、という部分は同意しよう。
俺達みたいな学のない平民にとっては、分かり易さは重要だ。
だが最高の文化というのは納得しかねる。
あれは分かり易すぎる」
「それの何が問題なんだ?
分からなければ楽しみようがないだろう」
「複雑だからこそ生まれる味わいがなくなっているんだよ。
演劇の物語にはもっと繊細な表現があったというのに」
紙芝居という形式自体に不満はない。
だがコモンレンジャーは分かり易さに振り切りすぎている。
あれでは演劇の物語のような味わい深さがない。
「……俺は馬鹿だから兄貴の考えは理解できん。
だが複雑に考えすぎているとも思う。
コモンレンジャーは俺達と立場も境遇もよく似ている。
素直に感情を乗せて楽しむのが一番だ」
「それはそうなんだが──ん?」
「……兄貴?」
俺達とよく似ている……?
「……もしかしてコモンレンジャーは、事実をもとにしている?」
「おい、それはどういう意味だ?」
掲示板の前に集まっていた村人の視線が集まる。
どうやら聞き耳をたてられていたようだ。
これは説明しないと帰れなさそうだな……。
「薄々感づいていたでしょう?
作中に登場する集団は現実に照らし合わせられていると。
おそらく怪人商会はガルダン商会を指しており、被害者のコモンの民は俺達を指しているのでしょう」
「……つまり俺達がガルダン商会に搾取されてる構図を風刺しているという話か?」
「それもあるでしょうが、覚えていますか?
オルフェナの神官様は、劇団が野盗に襲われた結果、頻繁に遠征ができなくなったと語られました。
その問題をコモンレンジャーの物語に照らし合わせれば見えてくるものがあります。
作中に登場した劇団とはオルフェナ劇団であり、彼らを襲った野盗とはガルダン商会の手先ではないのかと」
「!」
村人たちは目を見開き、わなわなと震える。
弟にいたっては、怒りのあまり農具を地面に突き刺した。
「あいつらめ……俺たちから金を巻き上げるだけでなく、オルフェナ劇団にまで手を出すなんて!」
「まだ確証はありませんが」
「いいや! あいつらに決まっている!」
「いつもそうだ! 自分達の利益を得るために! 他人に迷惑ばかりかけて!」
「くそ! 腹立たしい!」
「……待て、一つ疑問がある。
どうしてオルフェナ劇団は、ガルダン商会に襲われたと表立って非難しないのか。
何故紙芝居という遠回りな手段で喧伝しているんだ?」
俺は喋りながら考察を続ける。
「……おそらく証拠がないのでしょう。
ガルダン商会が犯人だと断定する証拠が。
おおよそ目星こそついているのかもしれません。
しかし証拠もなく犯人だと断定して非難すれば、ガルダン商会は報復を行う大義名分を得るでしょう。
だから明言を避けているのだと思います」
「くそぅ、卑劣な奴らめ……!」
長きに渡りここ周辺の貿易を牛耳ってきた大商人だ。
証拠を隠して気に入らない相手を陥れることなど手慣れたものなのだろう。
「それ以上軽率な妄想はやめよ」
「そ、村長」
「……我々が生活を送るためには、ガルダン商会の機嫌を損ねるわけにはいかん。
農作物を売ることも、塩などの必需品を手に入れることも、ガルダン商会がいればこそだ」
「ならば昔のように他の商人を頼りましょう!
もしくは村から人を出して買い付けを行うか──」
「それをやって何人が命を落としたと思っている!
とにかく現実に照らし合わせることはやめよ!
……この物語を楽しむことまでやめろとまでは言うつもりはない、だから」
「……分かりました」
俺達はガルダン商会には逆らえない。
それは変わらない事実だった。
だけど、だからこそ、この熱は絶えることなく燃え続けた。
コモンレンジャーは俺達と同じだ。
ガルダン商会に虐げられ、憤りを抱えている。
彼らのように変身することはできないけれど、うちに秘めた思いに違いはない。
コモンレンジャーへの共感と憧れは、日に日に強くなっていった。
そうした思いを抱いていたのは、俺たちだけではなかったようで。
後日、弟はこのように語った。
「──どうやら各地の村や町がガルダン商会の悪事の証拠を掴もうと探りを入れているそうだ」
「周辺の村や町というと、ガルダン商会の被害を受け、オルフェナの紙芝居屋が渡り歩いているという?」
「ああ、そこらへんだ。
俺たちと同じように、コモンレンジャーを通じて真実に気づいたのだろう。
……俺たちにも何か手伝えることがあれば」
「……ガルダン商会を敵に回せば村全体の不利益に繋がる。
軽率な真似はするなと村長が言っていただろう」
「……そうだな、すまない、今言ったことは忘れてくれ──」
「──だがコモンレンジャーであればこんな時、きっと座して待つだけではなかったはずだ」
「!」
「こっそりだ。
誰にも気づかれないよう仲間を集めるぞ。
口が堅く志のある仲間を」
「! おう……!」
弟は以前、こう言っていた。
オルフェナ劇団が多くの人に知られてしまい、まるで自分のものではなくなった気がして寂しかった、と。
それは少なからず俺も同じ気持ちを抱いていた。
けれど今ではコモンレンジャーをより多くの人に知ってほしいと思えている。
なにしろ遠く離れた人間と感情を同じくできる一体感。
流行を追う日々を心の底から楽しむことができていたのだから。
「──やはり犯人はガルダン商会だった!
証人はタルミナの市民!
商会の小間使いが役人に金を握らせた瞬間の目撃情報。
そして商会の不審な金の動きが記された帳簿を手に入れたらしい!」
「ガルダン商会め……!」
「俺達も立ち上がるべきだ!
オルフェナ劇団、ひいてはコモンレンジャーの助けになるために!」
「ああ!」
ガルダン商会への憤り。
劇団の助けになりたいという思い。
そこに偽りはない。
しかし……。
「だがどうする……俺達はただの農民だぞ。
できることはあるのか?」
「……不買運動でもしてみるか? ここに集まった俺たちだけでも」
「待て、そんなことをすれば生活が立ち行かなくなる。
それでガルダン商会を怒らせて、手を引かれでもしたら」
「くそ、うちの親世代が窓口をガルダン商会一本に絞ってさえいなければ」
──その時だった。
巨大なリュックを背負った行商人が村に現れた。
彼の風貌はコモンレンジャーのメンバーの一人に、どことなく似ていた。
「よければその話、僕にも一噛みさせてくれないか?」
「!? あ、あんたは……行商人か?
だ、だがバレればガルダン商会と敵対することになるぞ……?」
「ガルダン商会には個人的な恨みがある。
やられっぱなしは趣味じゃないんでね」
そして行商人はこう名乗る。
「僕の名前はラズロ。
村の皆さんとは長い付き合いになれることを願っているよ」
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『ラズロたち行商人の協力もあり、各地の村や町がオルフェナ劇団を支持、ガルダン商会への非難を表明。
世論はオルフェナ劇団の味方に回りつつあり、ガルダン商会への不買運動が行われ始めた地域も増えています』
「よし! このまま各地で紙芝居を読みまくって味方を増やし、ガルダン商会の影響力を削ぎ落とすぞ!」
『いいぞー!』
『やっちまえー!』
これが文化の力。
文化的影響力によって味方を増やし、敵を切り崩す。
この勢いを絶やさず文化を成長させて売り出し続ければ……!
「税金を注いで漫画家を育成する!
そんでコモンレンジャーを次の段階に移すぞ!
この二つで決着をつけてやる!」