ヲタクが文明にもっと輝けと囁いている【配信中】 作:いかのしおから
「すー……」
舞台裏に隠れた俺は、深呼吸を繰り返していた。
とはいえ何度深呼吸を繰り返したところでざわめく心は落ち着かない。
舞台上の演者や、観客の声が痛いほど耳を劈く。
あの日、俺はオルフェナ劇団の看板役者エルヴィスに選ばれなかった。
選ばれたのは同年代で共に研鑽を積んできた親友。
演技力は同等だった。
足りなかったのは華。
俺にはあいつのように多くの人々を惹きつける特別な魅力がある容姿は備わっていなかった。
けれど、神様はチャンスを与えてくださった。
俺のような役者でも、主役を張れる役柄を。
けれど、それはこれまで以上の演技力を求められる役柄だった。
いいや、もう演技の範疇を超えて、武芸とすら言ってもいいだろう。
俺は族長に頭を下げ、徹底的に鍛えてもらった。
族長からしても、ケール一族とロアン一族に要職を牛耳られた町の現状を苦々しく思っていたのもあるだろう。
利害が一致した俺達は、手を組んで新たな演目の主役の座を狙うことにした。
それから俺は修行の毎日だった。
どれだけ緊張しても、熱が出ても、徹夜をしても、血反吐を吐いても、同じ演技ができるように。
努力の甲斐があり主役の座を得られたが、その後も修行は続けた。
この日の演技を絶対に成功させるために。
「げっへっへ、この町の金品は全てオレサマのものだ!」
観客の盛り上がり方は異常だ。
舞台上に立つ怪人の着ぐるみを纏った敵役が台詞を発する度に、観客は見事な反応を返してくれる。
これはエルヴィスが主役を務めた演目でも見ることは叶わない光景だろう。
絵描き、作家、紙芝居屋。
彼らの努力に報いるためにも、決して失敗は許されない。
俺は真っ赤なヘルメットを被りながら、腰に巻いたベルトに触れて、小さく呟いた。
「──『変身』」
心にすっと一本の芯が立った。
緊張は変わらず残っている。
けれど覚悟は決まった。
この緊張を抱えたまま、演じきる覚悟を。
隣を見ると、色違いの衣装に見を包んだ仲間がいる。
これから俺達の出番が訪れる。
「それじゃあお姉さんの合図に合わせて呼びかけましょう!
せーの! 助けてー! コモンレンジャー!」
さあ、行くぞ。
==
「な? 俺の言うとおりだったろ?」
『……そのようですね』
現在、オルフェナ劇団は周辺地域に遠征してヒーローショーを開催していた。
内容はコモンレンジャーを演劇台本用にブラッシュアップしたもの。
事前に紙芝居で人気を高めていたこともあり、期待通りの大盛況だった。
「俺は根っからの消費者だからな。
同じ消費者の気持ちは手に取るように分かるんだ」
『コモンレンジャーに纏わる紙芝居や演劇の全て無料化。
グッズのみで収益を上げる。
この方針を聞いた際、収入を得られない可能性を憂慮していましたが……結果を見るに、あなたの想定が正しかったと認めるしかないようです』
劇中に登場した変身ベルトや武器の玩具、木彫りのヒーロー人形や怪人人形は当然として、単なるポスターや台詞台本が書かれた冊子ですら、飛ぶように売れている。
グッズの生産が追いつかず、収益を挙げられない日もあるけれど、劇団の派遣は決して止めない。
目先の利益は得られずとも、そこで得た評判や注目度は未来の収入に繋がる。
高められるうちに評判は高めておきたい。
「お、エルドラン子爵領の農民から伝令……強盗騎士は畔の林に隠れている。
またガルダン商会の嫌がらせか」
『懲りないねぇ』
「するとこのまま正面に進むのはマズイか。
となると右側……せっかくだからこの先の牧場で補給しておくか」
ガルダン商会は未だ懲りずに劇団への妨害を続けている。
強盗騎士を雇って道を封鎖したり。
オルフェナに協力的な行商人に圧をかけて流通を妨げたり。
しかしファンの献身的な情報提供により、ガルダン商会の動きは筒抜け。
劇団は多少の遠回りは強いられつつも、安全に平原を往来できていた。
「またイベントか。
豪農が劇団へ馬十頭をプレゼント……?」
『やばすぎ!?』
『これは激アツイベント』
『十頭はやばすぎる……!』
「馬、馬か、劇団が襲われたらこれに乗って逃げろってことか?
まあありがたいけども……なんか皆、馬ぐらいで盛り上がりすぎじゃね?
十頭じゃ全員乗れねえし」
『は?』
『何言ってんだこいつ』
『馬の価値を知らんのか?』
「馬の価値?」
『お前の地元の国で使われてる一般的な乗り物が何か言ってみろ』
んー……?
「車やバイクとか?」
『それがこの時代の馬だ。
それを十頭もタダでくれたんだぞ』
「え……てことはつまり、バイクや車十台相当ってこと!?」
『そうなる』
や、やばすぎる……!
『オルフェナに帰ったら速攻で繁殖させようぜ』
「あ、そうか、馬って増やせんのか! 馬すげえじゃん!」
『お待ちください、豪農からの忠告です。
馬は餌代がかなりかかるため、繁殖を行う際は入念な養育計画を立てるべきだと仰られていました』
「餌代? それってガソリン代より金がかかるのか?」
『物の価値は時代や土地によって変わるから、そこは何とも』
『馬を飼ってる連中といえば強盗騎士だ。
あいつらの貧困ぶりを見てりゃ、だいたい想像がつくんじゃねえか?』
「……あー」
剣や鎧は一度手に入れれば長く使えるが、馬は食費という維持費がかかる。
おそらく強盗騎士が貧困しているのは、馬の食費が大きな割合を占めているからかもしれない。
様子を見つつ慎重に繁殖させるべきだな。
「あ、またイベント──ラズロのやつ、遂にやりやがったか!」
『ラズロは小中規模の行商人を集め、新たな商業ギルドを結成。
ガルダン商会の悪徳ビジネスへの抵抗の意思と、被害を受ける村や町への救援姿勢を表明しています』
よし、仕込んでいた策が実を結んだぞ。
「せっかくだからこの商業ギルドの面子は、劇団に同行させるか。
劇団には護衛もいるし、皆で集まった方が何かと安全だろ」
『相変わらずラズロくん有能すぎ』
『この行商人、他の勢力に引き抜かれたらマズイだろ』
『もうセラちゃんの背中押して取り込んじゃったら?
あの子自信がないだけで満更でもなさそうな感じだし。
きっかけ一つあれば付き合えそうな気がするんだけど』
「いいや駄目だ!
それで付き合ったら幸せになっちまうじゃん!」
『それの何が問題なのか』
「現実に満足して面白い物語を書けなくなったら困るだろうが!」
『他にも面白い話を書ける作家はいるだろ』
「面白い話は幾つあっても困らねえんだよ!」
『それはそうだが、今回ばかりは流石にラズロを引き込む利点の方が多くね?』
『お前の趣味と町の運営、どっちの方が大切なんだよ』
ぐ、ぐぬぬ……。
「……い、今まで隠していたが、実を言うと俺は自由恋愛推進派なんだ。
神の俺が何か言えばセラはおそらく逆らえない。
それはセラから自由意志を奪うことに繋がる。
先進的な人権意識を持つフェミニストとして、それだけは許すわけにはいかない」
『嘘乙』
『とってつけたような言い訳で草』
「ええい、うるさい!
とにかく俺はセラの背中は押さない!
周りの連中が余計な茶々を入れないよう、入念に忠告しておかなければ……!」