ヲタクが文明にもっと輝けと囁いている【配信中】 作:いかのしおから
『漫画の完成原稿が発表されました』
「!」
『マ?』
『このタイミングで?』
「今すぐ読ませてくれ!」
『こちらになります』
画面上に表示された漫画の画像。
一枚一枚慎重にページをめくっていく。
物語は指定通りの内容。
作画に関しては写実的な劇画調。
背景は劇団の背景画家が担当していただけあって、かなり緻密に描かれている。
コマ割りや吹き出しも問題なし。
教えた通り視線誘導はしっかりしており、実に基礎を押さえた読みやすい漫画だった。
「うっ……やべえ、泣きそう。
てか泣く」
この意味不明な空間に閉じ込められてどれだけ過ごしただろうか。
漫画もアニメもゲームもない退屈な日々から始まった。
耐えて耐えて耐え続けた毎日がようやく報われた。
きっと山や森に遭難した人間が、久しぶりに文明の光を目の当たりにすれば、こんな気分になるのだろう。
俺は念願の漫画が読める生活を取り戻せたのだ。
「ああ、駄目だな、嬉しすぎて公平な判断ができそうにねえ。
お前ら、これどう思う? 受けそう?」
『余裕で受けると思う』
『絵柄が写実的すぎて垢抜けないけど、まあ許容範囲かな』
『いやいや、むしろ写実寄りじゃないと受けねえだろ、文化レベル的に』
『あの……これ、マジで公開する気?』
「そりゃ当然、せっかく作らせたんだから、皆が読めるように刷りまくるぞ」
何故か一部のリスナーが動揺してざわめいている。
『でもこれ公開するってことは、そういうことだよね?』
『オル神って平和主義者だったような……』
「? 何の話だ?」
俺が平和主義者だって?
そんなことを言った覚えはないが……。
『ずっと前から見てたけど、こいつ身内を死なせたくないだけで、敵なら皆殺しにしてもいいと思ってるタイプだぞ』
『てかこの前の配信で描かせる漫画の内容一緒に決めてたじゃん』
『視聴してなかったんでしょ』
「おい、初見リスナーやカジュアルリスナーを萎縮させるようなコメントを打つんじゃない。
うちは荒らしさえしなければ誰でも大歓迎だからなー?
気にせずバンバンコメント打ってくれよー」
俺は初見やカジュアルリスナーも大切にしていきたい。
むしろこういうリスナーの方が本来の俺のリスナー層な気がする。
だって配信の内容を理解できてないのに視聴してるってことは、俺の美声に釣られて見てるってことだろ?
へへっ、俺がVTuberになった暁には、バンバン歌ってみた動画とか出してファンサービスしてやるからな。
それはともかく、
「さて、ガルダン商会。
お前たちが軍を起こすのが先か。
それともこちらの策が成るのが先か。
ここからは時間との勝負だ」
==
「ふう……」
タルミナ政府による言論統制が始まって、しばらくの月日が経った。
統制の対象はオルフェナに纏わる文化全般。
これについて口外したり、関連する物品の所有が露見した場合、鞭打ちや数日の禁固刑など罰を受けることになる。
それを恐れ、一時はタルミナを賑やかせていたオルフェナ劇団やコモンレンジャーの話題は、今ではすっかり聞かなくなった。
「……そろそろ行きますか」
とはいえ、蛇の道はあるようで。
僕の友人の一人は行商を営んでおり、外部でコモンレンジャーの台詞台本が書かれたチラシを収集し、タルミナ都市内に密輸している。
露見すれば確実に厳しい追及を受けるが、今のところ政府にはバレていない。
そんな友人宅に今日も今日とて向かっていた。
目的はもちろんコモンレンジャーの台詞台本の続きを読ませてもらうためだ。
「……戦争起きたらマジで俺達悪役になっちゃうよなぁ、嫌だなあもう」
政府は侵略軍を編成しつつ必死に自分達の正当性を主張していた。
しかし多くの市民は真相に気づいていた。
これはガルダン商会の逆恨みによる大義なき侵略だと。
一部市民の中にも頑なにタルミナ政府を擁護する連中はいるが、それは自分達の陣営が悪者として扱われることが受け入れられないからだろう。
正義にはなれずとも、せめて自分が悪役であることぐらいは自覚できる潔さはあってもいいだろうに、嘆かわしい連中だ。
「おっす、遊びに来たぞ」
「……来たか、早く入ってくれ」
「おう」
友人の家に入り、ドアを閉める。
……ん? なんだこの玄関にある靴の数々。
数自体は別に珍しくはない。
普段からコモンレンジャーの台詞台本の続きを読むために多くのファンが詰めかけているからだ。
しかし気になったのが、どれも値の張りそうな靴ばかりだという点。
「いいか? 最初に警告しておく。
驚いても絶対に叫ぶなよ?」
「ん? あ、ああ」
なんだなんだ? 有名人でも中にいるのか?
こいつは最近オルフェナ関連の商売で伝手が増えていると聞く。
もしかすればオルフェナ劇団の俳優が来てたりして。
なんてな。
「──待っていたぞ同志よ」
「え」
部屋の中にいる集団を見て俺は心臓が爆発しそうになった。
なにしろそれらはタルミナの若手のホープばかりだったのだから。
顔を知っているだけでも政治家が三人、タルミナ軍の将校が二人、大商人の息子が四人もいる。
なんだこれは。
叫び出さなかった自分を褒めてやりたいぐらいだ。
どいつもこいつもコモンレンジャーとは対極に位置しそうな連中ばかり。
思想的にも社会的立場としても相容れるわけがない。
もしかして俺達を捕まえに……?
「誤解なされるな。
我々は諸君の敵ではない、むしろ仲間と言える」
な、仲間って。
よくよく見ると、更に違和感を抱く。
なにしろ彼らは皆揃って異様に綺麗な目をしているのだ。
子供のように純粋で迷いなく情熱的。
美しく澄んでおり迷いがない。
「我々は長年共通の憤りを抱えており、ある出来事をきっかけに団結を決心をした」
「ある、出来事」
「詳しい説明をするまえに、まずはこの本を読んでほしい」
「これは……」
一応自分も商人の息子なので文字は読めるし数字も数えられる。
数冊だが本も読んだことがある。
しかしこのような簡素な装丁に薄い本は初めて見た。
「タイトルは……連載漫画第一弾・平民戦隊コモンレンジャー&コモンレンジャー外伝ホワイトレンジャー。
コモンレンジャーに纏わる本ですか」
もしかして今まで発行された台詞台本の収録集か?
それともコモンレンジャーの物語を小説形式に書き換えたものだろうか。
「これはただの本ではない。
開いて確かめてみてくれ」
「わ、分かりました──っ!?」
全てのページに絵が描かれている。
最近流行っている紙芝居というものを纏めたものなのだろうか?
だが聞いていた話とは構造がかなり違う。
「読み方を教えよう、ページの右上から順に左下へと読み進めるんだ」
「わ、分かりました」
言われた通り読み進める。
どうやら内容はコモンレンジャーの第一話を再現したものらしい。
台詞台本のチラシで読んだ物語と同じ物語が描かれている。
しかし凄いなこれは。
読み慣れない形式なので詰まるところもあったが、全てのページに絵が描かれ、細かな動作すらも丁寧に描写されている。
分かりやすい、とにかく分かりやすい。
内容を理解するために、文字以外の教養が一切必要ないというのも凄い。
いいや、もしかすれば物語の全体的な流れを理解するだけなら、文字すら読めなくてもいいのかもしれない。
絵が全てを説明してくれている。
あまりにも贅沢な一品だった。
平民にも楽しめる分かりやすさに、教養のある上流層でも手に取れる芸術性。
この頭の硬そうな青年たちが、こぞって関心を示すのも理解できる内容だった。
しかし疑問だ、これほど制作に手間のかかる傑作の装丁が、これほどまでに簡素だということが。
「まさかこれは、量産品なのでしょうか」
「そのようだ、オルフェナの周辺地域には大量に出回っているらしい。
しかも子供の小遣いでも買えるような金額で売られていると聞く」
「なんと……」
タルミナには同じ文章や絵を書き写す技術がある。
それはオルフェナ劇団の広告チラシや、コモンレンジャーの台詞台本を見比べて分かったことだった。
しかしここまで緻密な絵や文字すらも書き写すとは。
とんでもない文化爆弾だぞこれは。
「とはいえ私が君に読んでほしいのは次の話だ」
「コモンレンジャー外伝ホワイトレンジャーですか……」
「ああ、それに俺達がここに集まった理由の全てが詰まっている」
言われた通り読み進める。
どうやらこれは、怪人視点の物語のようだ。
主人公は怪人として生まれながらも、怪人商会のやり方に疑問を抱き、憤りを燻ぶらせているという点。
どこか俺達に似ている気がした。
「……」
読み進める。
無言で読み進める。
主人公はとある大怪人の家系に生まれ、何不自由のない生活を送っていた。
しかしそれは人々から不当に搾取した金品によって成り立たせている生活。
主人公は自らの正義に疑問を抱く。
だが志を貫くためには、自らの平穏な生活を捨てる覚悟が必要だった。
主人公は葛藤しながらも、人々を傷つける怪人商会の姿を見て、耐えきれず飛び出してしまう。
逆らえば平穏を失うと知っていながらも、正義の心は止められなかったのだ。
しかしそんな彼を助けたのは、コモンレンジャーに変身できる変身ベルトだった。
正体を隠し人々を助ける謎のヒーロー、ホワイトレンジャーは、こうして誕生した。
「……」
夢中だった。
没頭していた。
気づけば俺の心は完全にホワイトレンジャーと同調していた。
これは俺達タルミナの人間の葛藤をどこまでも理解している。
そのうえで、進むべき道を照らしてくれている。
読み終わり理解した。
この部屋にいる彼らが、何を目的にして集まっているのか。
「あなた方は、ホワイトレンジャーになるおつもりなのですか?」
「如何にも、我々はガルダン商会及びタルミナ政府の悪事を知りながらも、自らの平穏を壊されることを恐れ、動き出せずにいた。
しかしホワイトレンジャーに勇気を貰った。
今こそ立ち上がるべきだと」
「とはいえ我々にはホワイトレンジャーのようにたった一人で戦えるヒーローパワーはない。
ガルダン商会や政府と戦うためには、集団の力が必要だ。
そこで君に頼みたい、我々の同士になってくれないか?」
「──勿論です、共にガルダン商会を倒しましょう」
迷いはなかった。
覚悟は決まっていた。
鏡を見ずとも分かる。
きっと今の俺の瞳も、彼らと同じように美しく輝いているのだろう。
我々は正しく啓蒙されたのだ。
この正義の真理が記された聖典によって。
「ありがとう同士よ。
では聞いてほしい、我々の立てた計画──粛清と革命の計画(オペレーション・パージ&レボリューション)を」