ヲタクが文明にもっと輝けと囁いている【配信中】 作:いかのしおから
うちの爺さんは絵に描いたような騎士だった。
強者を前にしても恐れず勇敢に戦い。
主には忠義を尽くし。
虚言を語らす正直であり。
助けを求める弱者を保護し。
秩序を乱す罪人に対抗し。
婦女子は決して傷つけず。
友人には誠実だった。
小さな村だが領主より代官を任され、外国の侵略に対抗するために国防戦争にも参加した。
見事敵軍を退け村に帰還した爺さんは、王様より勲章を授かり、地元の英雄として村人たちから末永く愛された。
親父もまたそんな爺さんに憧れ、騎士としての研鑽に励んでいたという。
しかし爺さんがぽっくり逝って、親父の代になってから事情が大きく変わった。
戦争が終わってしまったのだ。
アルヴェリア王国には代々宿敵となる隣国があったのだが、先の戦争によって滅亡し、隣国の領地は周辺国家によって分割された。
これにより我らがアルヴェリア王国の隣国は、小粒の独立都市を除けば、たった一つとなってしまったが、そちらは長年の友好国。
農業が盛んで人口の多い大国だが、代々戦争を好まず平和主義であるため脅威はない。
こうしてアルヴェリア王国は念願の平和な時代を手に入れた。
それが俺達騎士にとっての不幸だった。
戦争がなくなるということは、騎士の需要が減るということ。
どんどん雇用がなくなり稼げなくなっていった。
アルヴェリア王国は騎士が多すぎたのだ。
うちの実家も例に漏れず、代官の地位を領主の息子に奪われてしまい、領地収益は得られなくなってしまう。
騎士階級に相応しい生活を維持するためには、国の支度金だけでは賄いきれず、代々受け継いでいた武具を切り売りし、中には馬を売り払ってしまった騎士もいたそうだ。
程度の差はあれど、うちも似たような状況だった。
それでも親父は誇りを貫こうとした。
爺さんのように、無辜の民を助け悪を挫く、気高く立派な騎士であろうと。
自らの代で家が潰れることを覚悟して。
……だからまあ、親父がワインを呷ることになったのは、仕方がなかったのだ。
親父が急に病死したので、早速家を継いだ俺は、交流のあった騎士の誘いに乗り、砦に住み着き商人や旅人から関税を徴収することにした。
流石に領主様や王国政府の目が怖いので、王国と仲の悪い独立都市タルミナの近くにしておいたが。
これにより、どうにか家財を買い戻し、騎士としての面子を保てる生活を送れるようになった。
とはいえ、またしても状況が狂い始めた。
オルフェナが平民戦隊コモンレンジャーという物語を流行らせ始めたのだ。
内容としては主役を平民にすげ替えた騎士道物語。
斬新な設定は数多く、物語設計の完成度もかなりのものだが、俺はいまいち没頭できなかった。
チープな台本形式の冊子であり、敵役のモデルがガルダン商会や俺達強盗騎士団だという不満点も理由ではあったのだろう。
だが──
「……オルフェナめ、とんでもないものを作りおって」
砦の執務室。
手元にはオルフェナが発行した一冊の本がある。
先日街道を通っていた行商人から徴収したものだった。
漫画。
それはあまりにも先進的な手法だった。
金持ちの道楽家が、英雄譚や歴史上のワンシーンを、画家を雇い入れて絵に起こさせることはあるだろう。
しかしモノクロとはいえ全シーンをつぶさに描写するなど狂気の沙汰だ、聞いたこともない。
しかも内容も異端だ。
騎士道物語において体制や英雄への批評は先ず行われることはない。
しかしホワイトレンジャーは真摯に体制への批評を描写し、理想と現実に向き合う英雄の葛藤を丁寧に描いている。
子供の頃から騎士道物語に慣れ親しみ、末端とはいえ貴族階級として芸術にも触れてきた俺にとっても、衝撃を受けざるをえない作風だった。
更に驚くべきは生産量だ。
まるで畑で採れる芋や麦のように、安価な値段で大量にばら撒いている。
こんな凄まじい作品をこんな馬鹿みたいな売り方をされては、流行らないわけがない。
エルドランやタルミナはコモンレンジャーの話題一色だった。
「……どうしたもんか」
漫画は面白い。
それは認めざるを得ない。
だがこの物語がきっかけで今さら心を入れ替えられるほど若くはない。
誇りで腹が膨れないのは身に沁みて理解している。
しかし……それはあくまで俺の話だ。
「若手共はどうしてる?」
「また隠れてコモンレンジャーの漫画を読んでいます」
「取り上げ……たら、マズイよなぁ」
騎士の誇りが奪われたこの時代。
どこまでも真っ直ぐに騎士道精神を貫くコモンレンジャーの物語は、一部若手騎士の心を奪った。
下手に取り上げようものなら恨みを買い、彼らの青臭い情熱によって制圧されかねない。
そうなれば強盗騎士活動も続けられなくなるだろう。
俺達は全員破産する。
見せかけでも、せめて「現状を憂慮している」という姿勢は示しておかなければならない。
「実家に帰るとな、息子がコモンレンジャーの話ばかりしているのだ」
「うちもです」
「強盗怪人の正体が、俺達強盗騎士だとバレたら、いったいどんな顔をされるんだろう……」
「確実に嫌われるでしょうねぇ。
それどころか縁を切られる、最悪粛清されるかもしれません」
嫌だよ、パパ息子と争いたくないよ……。
「このまま悪評が高まれば、政府からの支度金が貰えなくなるかもしれない。
それどころか騎士の地位も危うい……」
「このまま続けていれば、いずれこうなることは分かっていたでしょう」
「こんなに早いとは思っていなかったんだ。
折を見て手を引くつもりで。
いったいどこで間違えた?
ガルダン商会の誘いに乗ってオルフェナ劇団を襲ったことか?
だけどこんな展開予想できるわけないだろう」
武力も金も持たない連中が、これほどまでに世間への影響力を持つなんて、いったい誰が想像できた。
……親父が時代の変化についていけなかった際も、こんな気持ちだったのだろうか。
「……外が騒がしいな」
椅子から立ち上がり、窓の外を覗き込む。
すると砦の入り口には、一台の馬車が停車していた。
馬車の中から現れたのは、数人の供をつけた商人風の男。
あれは確か……。
「もしかしてガルダン商会の会長ヴァルクか? なんで態々こんなところに──」
「早くこの門を開けてください! タルミナで革命が起きました! このままでは追手に捕まってしまいます!」
「!」
革命……!?
「革命って、もしかして」
「おそらくコモンレンジャーの影響でしょう。
ホワイトレンジャーなんて、明らかにタルミナの革命を扇動する気満々でしたし」
「若者の情熱は止められなかったか……うちもそうならないとは言い切れないよなぁ」
「早く開けてください! 支度金は持ってきました! これで反逆者共を血祭りに上げてください!」
相手は独立都市タルミナの革命派。
タルミナはアルヴェリア王国に所属していない独立勢力だ。
別に攻め込んだところでアルヴェリア王国政府に文句を言われることはないだろうが。
「今まで私から受けた恩を忘れたんですか!?
私が死ねば今後継続的な収入は得られなくなりますよ!? 良いんですか!?」
「……ちっ、何が恩だ。
ガルダン商会がオルフェナとの喧嘩に巻き込まなきゃ、俺達の悪評もここまでは広がらなかったのに」
なんかもう、全部放り投げて、めちゃくちゃにしてやりたくなってきた。
「……ガルダン商会は随分な嫌われようだ、ここからタルミナの革命派と戦ったところでヴォルクに勝ち目はないだろう」
「ではどうなさいますか?」
「誇りじゃ腹は膨れねえ。
だが外面だけでも取り繕っておかないと、騎士は続けられない。
ひとまずヴォルクの野郎をひっ捕らえてこい」
部下に指示を出しつつ、机からレターセットを取り出す。
俺はペンにインクをつけ、手紙を書き始めた。
腐ったリンゴは捨てるしかない。
ガルダン商会の依頼が受けられなくなるのは痛いが、それに拘って巻き添えを食らってはたまらない。
……あー、誰か戦争起こしてくれねえかなぁ。
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『フハハハハハッ!
ついに追い詰めたぞコモンレンジャー!』
『くっ、なんという強さだ……』
『これが怪人商会の会長ヴォーロックの力……!』
『こ、このままでは……!』
『──お困りのようだなコモンレンジャー』
『何奴!?』
『お、お前は──』
『『『──ホワイトレンジャー!?』』』
『今回だけだ……力を貸してやる』
劇場の舞台では、コモンレンジャーのヒーローショーが行われていた。
演目の内容は紙芝居劇ファーストシーズンの最終話。
コモンレンジャーとホワイトレンジャーが初めて共闘し、因縁の宿敵怪人商会長ヴォーロックと戦う話だ。
観客はあまりの興奮に打ち震え、中には感極まりすぎて涙を流す者すらいる。
その気持ちも理解できなくもない。
なにしろつい先日、彼らはガルダン商会含む独裁者層を打倒して、革命を成し遂げたのだから。
ここは独立都市タルミナ。
俺はタルミナの革命を祝い、オルフェナ劇団を送り込んでヒーローショーを行わせていた。
「いやー、皆喜んでくれて良かったぜー!」
『こんなヤバい革命起こして言う感想がそれ?』
『うちの村、もうちょい文化の取り扱い方考え直そ……』
『やっぱりこの配信面白えわ/100GP』
最近内政や外交に忙しすぎて、あまり気にする暇がなかったが、順調に視聴者が増えている。
それに伴い広告収入や投げ銭も増えてきた。
VTuberアバターを飼う前に、もうちょい生活水準を上げてもいいかもしれない。
「しかし……面の皮が厚い連中だな」
マウスを操作して表示したのは、強盗騎士の申し開き。
──俺達は今までガルダン商会に弱みを握られ嫌々悪事を働いていました!
ヴォルク商会長を捕縛してお送りしますので許してください!
これからは共通の敵と戦った戦友として仲良くやっていきましょう!
要約するとこんな感じだ。
「腹立つーっ! 俺、てめえらに劇団襲われた恨み忘れてねえんだけど!?」
『そんじゃどうする?』
『処す? 処す?』
「……ぶっ潰してやりたいのは山々だが」
そうもいかないんだよなぁ。
『強盗騎士は依然強力な戦力を抱えています、戦えばこちらも大きな被害を受けるでしょう。
また、彼らの騎士爵位は健在なので、迂闊に攻撃を行えばアルヴェリア王国が介入する可能性もあります。
今はまだ手を出すべきではないかと』
「ちっ、命拾いしたなお前ら。
だが強盗行為を辞めない限り、絶対仲良くしてやんねえからな」
──その後、俺達の文化は周辺地域に浸透し、後にオルフェナ文化圏と呼ばれるコミュニティが形成された。