ヲタクが文明にもっと輝けと囁いている【配信中】 作:いかのしおから
私はエレノア・エルドラン。
エルドラン子爵家の長女だ。
最近はよく過去を振り返る。
どうしてこうなってしまったのだろうって。
小さな頃は順調だった。
初子ということもあり、両親や親戚一同からは猫可愛がりされていた。
その愛情に報いるために淑女教育の学習に励み、周りからは立派なレディだと褒め称えられた。
それが嬉しくて、より一層私は淑女教育の学習に励むようになった。
おかしくなったのは、私が七歳を超えた頃あたり。
婚約者がいつまで経っても決まらないのだ。
私の評判に問題はなかった。
問題だったのは、同世代の貴族令息の数が異様に少なかったこと。
病でもない、呪いでもない、戦争が起きたわけでもない。
ただただ全くの偶然で、男児の出生数が少なかったのだ。
そんな状況が何年も続いてしまえば、下級貴族だけでなく、むしろ数の少ない上級貴族の方が大慌て。
本来貴族の婚姻とは近しい爵位同士で結ぶのが常。
しかし、そうも言っていられなかったようで、私達下級貴族の交流の場は上級貴族の子女の狩場となった。
私が十三歳の頃、良い感じに仲良くなっていた貴族令息がいたのだが、彼は上級貴族子女に狙われ、彼女の権力には逆らえず、目出度く高嶺の花と結婚式を開くことに。
その日私は不意の体調不良により参列できなかったが、風の噂を聞くに随分と気合の入った結婚式だったらしい。
それからというもの、私は恋愛の機会に恵まれていない。
別に昔の恋を引きずっているわけではない。
ただひたすらにチャンスがなかったのだ。
私が十歳になった頃には、段々と貴族令息も生まれてきたそうだが、彼らが成人する頃には私も良い年だ。
良心のある親ならば、私のような売れ残りと息子を態々婚約させたりはしないだろう。
何より私には二回りも離れた妹が二人もいる。
お父様も頑張って私の婚約者を探してくれてはいるようだが、成果は出ない。
そんな事情もあって、家族は私を責めることはなかった。
長男の嫁も私を嘲ることはなく、むしろ異様に優しく接してくれている。
そんな生活が居た堪れなかった。
だからまあ……私が趣味に傾倒するのは仕方がないことだったのだ。
「ふふふ……今日のエルヴィス様も素敵だったわ」
オルフェナ神殿劇団。
最近エルドランの町に来るようになった演劇旅団だ。
その看板役者エルヴィス様に私はドハマりしていた。
きっかけは友人である商家の娘から誘われて演劇を見に行ってから。
演劇鑑賞から握手会を経て私はあっさり恋に落ちてしまった。
以降オルフェナ劇団が来るたびに、変装してはお忍びで鑑賞するのが慣習となっている。
お母様には気づかれてしまったが、ただでさえ哀れな私から趣味を取り上げるのは居た堪れないと考えたようで、隠蔽を手伝ってくれて、今のところ他の家族には気づかれていない。
お陰様で快適な趣味生活を送れている。
焦燥感はあるが、私は幸福だった。
……もうこの際、結婚なんて鼻から諦めて、趣味に生きていこうかしら。
「……そういえばさっき、握手会で女優に暴言を吐いていた女がいたわね。
顔は覚えたから、次の公演日が来る前に、ならず者に金を握らせて、この町からご退場していただかないと」
あのファンは別に、エルヴィス様に向けて暴言は吐かなかった。
けれどエルヴィス様は劇団を愛しているし、他の劇団員も大切にしている。
彼の大切なものを傷つけようなら容赦はしない。
この子爵家長女エレノア・エルドランが裁きの鉄槌を下す。
フフフ……惨めな人生を送っていたけれど、こんな風に権力を振るえるのなら、貴族に生まれて良かったと思えたわ。
震えて眠れ平民共。
そんなことを考えながら家に帰り、買ったグッズの隠し場所に悩んでいた時だった。
「エレノア様、ご当主様がお呼びです」
「……お父様が?
分かった、今から行くわ」
ひとまず買ったグッズは勉強机の裏に隠して、執務室に向かう。
一体何の用だろう。
まさか劇団通いがバレたのかしら?
どうしよう、怒られてしまったら。
緊張しながら執務室の中に入る。
「お父様、何か御用ですか?」
「ああ、お前に婚姻の申し出が来てな」
良かった、劇団通いはバレていないらしい。
しかしお父様のしかめっ面の表情が気になった。
もしや五十、六十を超えたおじさまの後妻だろうか。
あまり気乗りはしないが覚悟はできている。
「相手はエイラン・ケールという」
「エイラン・ケール? 聞いたことのない名前ですわね」
アルヴェリア王国ではあまり聞かない響きの名前だ。
「それも当然だ。
相手は新興貴族ですらない平民。
それどころかアルヴェリア王国人とすら言い難い者だ。
こんなどこの馬の骨とも分からぬ輩に、可愛いエレノアを嫁に出すなど耐え難いが……。
これは国王陛下の要望でもある。
断わることは許されぬ」
「国王陛下の?
まさか新しく家を興じる方ですか?
エルドランの血をお求めで?」
「ああ、我ら名門エルドランの血を手に入れて、貴族に成り上がるつもりのようだ」
ふむ……国王陛下から推挙されて貴族になるなど、いったいどんな功績を上げたのだろう。
私は父ほど身分にこだわりはない。
だって平民の中にもエルヴィス様のような素敵な殿方がいることは知っているし。
まあ、お父様の語るその平民が、エルヴィス様ほど魅力的な人物とは期待していないけれど。
「そのお方は、いったいどんな人物ですの?」
「出身地は山向こうの町、オルフェナだ」
……ん?
「やつはオルフェナで最も力のある家の長男で、役者も務めているという」
んん?
「どうやらそれなりに有名な役者らしく、ここエルドランでも名が知られておった。
確か通り名は──オルフェナ神殿劇団看板役者のエルヴィスだったか」
待て、待て待て待て。
それってつまり、そういうことか?
「許してくれエレノア、無力な私を。
お前にこのような平民と結婚させてしまう、私の不甲斐なさを──」
「しゃああああ!!!
生まれてきて良かった!」
「え、エレノア?」
「今までの私の惨めな人生はエルヴィス様と結婚するためにあった!
お父様! お母様! 産んでくれてありがとう!」
ヒャッホウ!
今すぐ踊り狂いたい気分だ!
「おっと、失礼しましたわ。
嬉しすぎて少々取り乱してしまいました」
「お、お前がそれでいいなら、このまま話を進めるが……」
「ちなみにお見合いはいつに?」
「やろうと思えば今日中には」
「明日にしてください! 今から着ていく服や装飾を選んできます!」
「わ、分かった……」
ああ、夢のようだ。
思い出すのは、かつてエルヴィス様が主演を務めた演目、ルチア英雄譚。
英雄ルチアに身分違いの恋をした青年が、彼女と結ばれるに相応しい名声を手に入れるために、困難な戦いに挑む物語。
これはもしかして予言書か?
まるで今の私とエルヴィス様のようではないか。
もちろん、ところどころ状況は違うし、エルヴィス様とは握手会ぐらいでしか面識がないのは分かっている。
でもそんなの関係ねえ!
今の私には見たいものしか見えないのだ!
このお見合いだけは、絶対に成功させてやる……!
──しかし次の日の朝。
朝食の席でお父様はとんでもないことを宣った。
「エレノアよ、昨日の一見は忘れてくれ」
……は?
「お前がエイラン・ケールと結婚する必要はない」
「ど、どういうことでしょうかお父様」
「代わりにセシリアが立候補してくれた」
ど、どういうことだ。
次女セシリア。
彼女は澄ました顔で朝食のパンを千切っている。
彼女はパンを口に放り込み、咀嚼して飲み込んだ後、こう答えた。
「尊敬するお姉様が下賤な平民などと結婚する必要はありません。
国王陛下から課されたこの試練は、この私セシリア・エルドランが受け持ちましょう」
「ま、待ってちょうだい。
私にとってはむしろ望ましい結婚で」
「そのような嘘は仰らないでください。
今まで巡り合わせが悪かっただけで、きっとお姉様は相応しい殿方と結婚できる未来が待っています。
諦めないでください。
私はお姉様に幸せになってほしいのです」
「いや、だから」
「貴族の家に生まれた者は、目上の家族を支えるのは当然のこと。
どうぞ遠慮なさらないでください──」
「──であるならば! エイラン・ケールとの結婚は、この私パトリシア・エルドランが受け持ちましょう!」
続いて声を上げたのは三女パトリシア。
「セシリアお姉様の覚悟! とても感動いたしました!
ならばこそ一番下の妹として、その重責を負わせていただきたくございます!」
「……あなたはまだ八歳でしょう。
そのような重責を背負う必要はありません。
ここは私が」
「いいえ、貴族として生またからには、年齢を言い訳にすることは許されません!
三女である私こそがお姉様二人の支えになるべきです!」
「おお、なんと美しい姉妹愛なのだ……!」
どうしてセシリアとパトリシアは、そんなにもエルヴィス様と結婚したがっているんだ……。
エルヴィス様はまだ平民だ。
彼の魅力なんて、劇場に行かなければ知りようがないのに──
「……まさかあなた達、エルヴィス様推し?」
「「……なんのことでしょう?」」
「しらばっくれないでちょうだい!
二人とも隠れてオルフェナ劇団に通っていたわね!?」
「ちっ……バレてしまえば仕方ありません」
「どうやら血の繋がりは隠せないようですわね……」
全てを知っているだろうお母様の方を見ると、口を押さえて爆笑していた。
そりゃあ傍目に見てたら面白いでしょうね……!
ちなみにお父様は困惑して固まっていた。
「エルヴィス様は私の結婚相手よ!
割り込んでこないでちょうだい!」
「お断りします!
私だってエルヴィス様がずっと好きだったんです!」
「私もです!
エレノアお姉様だけズルいです!」
「引きなさい!」
「嫌です!」
はぁ……こうなってしまったら仕方がない。
「……どうやらいくら言葉で説得したところで引く気はないようね」
「私のエルヴィス様への愛は言葉程度で揺らぐほど弱くはありません」
「こんな二度とない機会、黙って見逃すわけにはいかないんです!」
「なら拳で決着をつけましょう。
表に出なさい」
「え」
殴り合いの喧嘩なんて生まれてこの方やったことはない。
とはいえ私は十七歳。
カトレアは十二歳。
パトリシアは八歳。
負ける気がしなかった。
「あの、エレノアお姉様。
私達まだ子供なんですけど……」
「いいことを教えてあげるわ二人とも。
人は生まれる年は選べないのよ」
さあ、十七年間誰とも婚約できなかった貴族子女の愛の重みを知りなさい。