ヲタクが文明にもっと輝けと囁いている【配信中】 作:いかのしおから
「今頃エルヴィスくんはエルドラン子爵家のお姫様とお見合い中でしょうか」
「きっと彼のことだ、無事与えられた責務を果たして婚姻関係を結んで帰ってくる筈さ」
思いを馳せるのは我ら神殿劇団の看板役者エルヴィスくん。
彼は神託を受けてエルドラン子爵領へと向かった。
エルドラン子爵家の姫君、エレノア・エルドラン様とのお見合いをするためだ。
「エルヴィスくんは女性にモテモテですからね。
その分、女性の皆さんは騒然としていましたけど」
「やっぱりオルフェナでもそうなのかい?」
「オルフェナで演劇関係者は神職でもありますので、そうした目線は憚られますけど、まあ隠しているだけで沢山いますね。
先日私も友人から婚姻政策に関する愚痴を聞かされました」
「……やっぱり、セラちゃんもエルヴィス殿のことが好きなのかい?」
控えめな態度で問いかけるラズロさん。
「素敵な方ではありますけど、私には手の届かない存在といいますか」
「何を言っているんだセラちゃん、君はオルフェナ劇団が誇る劇作家だろう?」
「家の格が違いすぎるんですよ」
それになにより、見てくれの華やかさが。
いつも彼とは隣に立つのが気後れする。
こんな本音を正直に言うと、ラズロさんに気を遣わせてしまうので、言葉にはしないけど。
「あと、一回り年下なので弟のように思っていたのもありますね」
「弟か、となるとお姉さんとして今回の婚姻の印象は?」
「めでたいなぁ、と。
まだ確定してはいませんが。
あとはこれでまた親戚一同が私に結婚しろと騒ぎ出しそうなのが億劫です」
「神様に頼んでまた釘を差してもらったらどうだい?」
「……それは流石に自分からはちょっと」
神様は私に甘い。
というか芸能関係者全般に甘い。
頼めば親戚に釘を差すぐらいはしてくれるだろう。
実際頼まなくてもしてくれた。
流石に恐れ多すぎて頼めないけど。
「もう一つ解決策がある」
「解決策?」
「僕達も結婚しないかい?」
ラザロさんはニヒルな笑みを浮かべてそう言った。
何度も聞いた言葉だった。
あなたは、相変わらず冗談がお上手で。
そう言って普段なら受け流していたところだろう。
けれど今日は、どうしてだか違った。
「ラズロさんは、どうして私を好きになってくれたのですか?」
「え……それは」
言葉に詰まるラズロさん。
「なんだろう………劇脚本に惹かれたから?
それとも見た目?
僕が捕まっていた時に優しくしてくれたから?
会話が楽しかった?
……どれも惹かれる要素ではあるけど、しっくりこないな」
どうやら彼は私を好きになった理由が分からないようだ。
私も分からなかった。
ラザロさんが私を好きになってくれた理由が。
だからいつも彼の告白を受け入れることができずにいた。
「そうだ……空気が合った、無言でも居心地がいいと思えたんだ」
「!」
ああ……そうか。
相変わらず私は女としての魅力には自信がない。
ラズロさんは私の容姿を褒めてくれるけど信じられなかった。
劇作家としての実力もそう。
アイ様の存在を知って一皮剥けた自信はあるけれど、それでも、これが男性を惹きつける理由になるとは思わなかった。
だけど空気があった。
無言でも居心地がいいと思えた。
そんなラズロさんの言葉は、普段の積み重ねから納得せざるをえなかった。
だって彼はいつも私に会いに来てくれたから。
仕事でもない日にも、足繁く通い詰めて。
私が執筆作業に頭を使いすぎて、禄に喋れない時も、無言で一緒にいてくれて。
だから……こんな私でもいいのだと思えたのだ。
「では……喜んで」
「え……ほ、本当に!?」
「はい、不束者ではありますが」
「こ、これまで体張って頑張ってきた甲斐があたああ!」
ラズロさんは私が告白を受け入れた理由を、これまでオルフェナに行った献身が理由だと考えているようだ。
事実、彼の献身は凄まじかった。
劇団の全滅の危機を救い、タルミナ革命では大きな役割を果たし。
あれほど英雄的な活躍をしたのだから、そう思うのも当然だろう。
もっと私が自信を持った女性なら、彼の活躍を聞いて告白を受け入れていただろう。
だけど私の恋愛は、恋愛作家なんてやってるくせに、普段書いている恋物語とは対極にあった。
私に必要だったのは、劇的で非日常的な展開ではなく、小さな日常の積み重ねにあったのだ。
「ラズロさん、私がラザロと結婚したいと思えたのは、私もラザロさんと一緒にいる時間が好きだったからです」
「ん? おお! そうなのか!」
あまり上手く伝わっていないようだけど、今はそれでもいい。
下手な劇脚本を見せてしまった日もあった。
化粧を忘れてすっぴんで会いに行った日もあった。
これまで格好の悪いところを何度も見せてしまった。
だけど彼はまた何度も会いに来てくれた。
弱い私を肯定してくれたのだ。
だから、私も彼の愛を受け入れることができた。
自信のない私が考える、最低の私でも、彼は愛してくれると思えたから。
もし家族や親戚、神官長などに急かされ半ば無理やりラズロさんと結婚したとしよう。
きっと彼は愛してくれたかもしれない。
けれど私は彼への申し訳なさと罪悪感に押し潰されていただろう。
神様はそうならないように止めてくれた。
私にラズロさんの愛を理解するまでの時間を与えてくれた。
今度、神様が夢の中で会ったらお礼を言おう。
見守ってくれてありがとうございます。
あなたのお陰で愛する人と幸せにやっていけそうです、と。
やはりオルフェナ様は、私達オルフェナの民を正しい道に導いてくれる。
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「うわあああああああ!?」
あまりにも受け入れ難い現実を前に横転する。
セラとラズロがキスをしていた。
俺の大切な劇作家が他の男とキスを……!
セラは汚れてしまった……!
一度割れてしまった器は、もう二度と元の形には戻れない……!
『ゴールイン!』
『ようやくか』
「くそくそくそくそくそくそくそ!」
『そんなにキレんなよ、こうなることはとっくの昔に分かっていただろう?』
「うー! うー!」
分かっていても、受け入れられるかどうかは別の話だろうが……!
「く、くそぅ、認め難い……!
でも悪くないラブストーリーだった。
漫画やラノベって感じじゃないけど、私小説みたいな感じで。
これが劇作家セラの遺作か……」
『死んでないから』
『別に劇作家も辞めてねえよ』
「……いや待て、結婚したからといって幸せになれるとは限らない。
劇作家セラを取り戻すチャンスもまだあるのか……?」
『そもそも幸せになったら脚本が書けなくなるって話、眉唾もいいところなんだが』
頼むセラ。
結婚生活の幸福は捨てて、作家としての栄光を求めてくれ……!
お前の才能はこんなところで潰えていいものじゃない……!
「あー……気分が悪い。
まさかこんな光景を見る羽目になるなんて。
アイ、エルヴィスとエレノア嬢のお見合いはどうなっている?」
『今から始まる予定です』
「気晴らしも兼ねて見に行くか……んん?」
何やってんだこいつら。
画面を移動してエルヴィスの方を見に行くと、エルドラン邸の庭先で三人の少女が取っ組み合いの喧嘩をしていた。
エルヴィスはその光景を呆然と眺めている。
『しゃあ! 私の勝ちだ!』
拳を掲げて勝利宣言をするのは、確か長女のエレノア嬢だよな。
そして周囲に倒れ伏す二人の少女は、エレノア嬢の妹だった筈。
エルドランの三姉妹が揃って泥だらけだ。
どうなってんだこれ。
「なあ、アイ、これなに?」
『憶測になりますが、三姉妹はオルフェナ劇団のファンであり、看板役者のエルヴィスに想いを寄せていたのでしょう。
結果、婚姻相手の座を奪い合い、殴り合いの喧嘩に発展したと予想されます』
「やべえ、とんでもない事態になったぞ……」
『やっちまったなぁ』
『これエルドラン子爵に怒られたりしない?』
『でもうち悪くないよね』
『いや悪いだろ』
『まあ、こんだけ逞しいお嬢さんなら、同性ファンの誹謗中傷にも屈しはしないだろう。
エルヴィスに相応しい嫁さんが手に入ったってことで前向きに捉えようぜ』
それもそうか。
生半可な女では同性の誹謗中傷に耐えかねて病んでいたかもしれない。
彼女であればその心配はないだろう。
「こんな面白い勝負を見れると分かってたら初めからこっちを見ておいたのに。
こういう女たちって何て言うんだっけ。
おもしれー女ってやつ?」
『初コメですが失礼します。
近年において「おもしれー女」とは言動が笑える女性を指す言葉として扱われていますが。
元を辿りますと漫画や小説に登場するイケメン御曹司キャラを前にしても、簡単には靡かない女性に対して、御曹司が珍しがり「おもしれー女」と評価したのが始まりです。
よってエルドラン三姉妹は「おもしれー女」ではなく「面白い女」です。
二度と間違えるな』
「あ、はい、すいません」
『最近変な視聴者増えたなぁー』
『文化勝利を目指すなら女性向け作品への理解も深めないとだよね』
「女性向け作品!? ううっ、セラ……!
どうして結婚しちまったんだよ……!」
『駄目だこりゃ』
せめて不幸な結婚生活を送ってくれ……!