ヲタクが文明にもっと輝けと囁いている【配信中】 作:いかのしおから
ケール村とロアン村が同盟を結んで数年の月日が経った。
両村は地理的に近かったのもあって、間に次々と家が建ち並び、気づけば一つの村となっていた。
今ではケール村をケール区。
ロアン村をロアン区と呼ぶように。
「ようアルド、精が出るな、手伝いに来たぞ」
「カイルさん、それにロアン村の皆さん。
悪いですよ。
ここは俺達に割り当てられた業務区域ですし」
「遠慮するな、俺たちはロアンの子孫であり、お前たちはケールの子孫だ。
助け合うのは当然だろう?」
「……ではお言葉に甘えて。
ですが助けられっぱなしは尻の座りが悪い。
本日の炊き出しは、うちから食料を出させてもらいますよ」
俺達は村全体を囲う丸太の柵を作っていた。
それは獣への対策も理由の一つだが、一番の理由は略奪を防ぐためだ。
父エルンの死の悲しみは、神の御言葉によって乗り越えることができた。
しかし、野生動物や周辺集落の脅威は依然として残っている。
その対策として建てられ始めたのが丸太の柵だった。
7割方出来上がっており、今年の冬までには完成する見通しになっている。
「だから! 究極八腕巨人を倒したロアン様の方が強いんだって!」
「いいや! ケール様は暗黒邪炎狼を倒したんだ! ケール様の方が強いに決まってる!」
「でもそれって追い払っただけでしょう!」
「それを言うならロアン様は仲間の力を借りたじゃないか!」
「はぁ……またあいつらか」
「……止めに行きましょう」
声が聞こえた方に向かう。
するとそこには取っ組み合いの喧嘩をする二人の少年少女がいた。
ガルドとリアナ。
ガルドは俺の息子であり、リアナはカインの娘となる。
「おい二人とも! また喧嘩か!」
「だってこいつが!」
「この男が!」
「黙れ!
お前たちはいずれ結婚して村を導くことになるんだぞ。
にも関わらず喧嘩ばかりして……もっと仲良くできないのか」
「それになんだ究極八腕巨人や暗黒邪炎狼とやらは。
父エルンから教わった英雄譚の中に、そのような魔物は現れなかったぞ。
また新しい法螺話を考えたのか」
「お、俺じゃねえよ、グレンのおっさんが教えてくれて」
「わ、私はヴァルおじさんか……」
ああ、くそ、頭が痛い。
グレンとヴァル。
こいつらはそれぞれの信仰するケール様とロアン様の強さ議論に勝つために、根も葉もない法螺話を作り始めた連中だ。
無駄に神話に対する知識があり、作る話も妙に出来が良いせいで、若者から人気がある。
そのせいで処罰を断行しようにも妨害ばかりされてしまい……。
「とにかく喧嘩はやめろ!
今は仕事中だ! 反省して作業に戻れ!」
「……へーい」
「……すいませんでしたー」
二人はそれぞれの持ち場に戻っていく。
「まったく手を焼かされる。
だがそれ以上に問題なのはグレンとヴァルだ」
「奴らだけではありません。
奴らほど目立たないとはいえ、英雄譚に法螺話を付け加える者は大勢います。
神より授かりし神聖な物語に。
取り締まりを行い、壁画などを書いて正確な伝承を伝えようとしていますが、それでも誤解は生まれてしまう……」
「どうしたものか。
こんな時、何か神様が導きをくださればいいのだが。
……いいや、こんなことに神様の手を煩わせるわけにはいかんだろう。
我々で何とかしなければ」
「そうですね」
==
「遂に買えたぞ!
カメラとトラッキングソフト!
皆! 見てるかー!?」
『お、デフォルトゴッドの3Dアバターじゃん』
『懐かしい爺さんだ』
『ジジイのくせに表情と動きが賑やかすぎる』
『こうして見ると一周回って味があるな』
どうやら配信画面にも映っているようだ。
俺はつい先程、カメラとトラッキングソフトを購入した。
そしてトラッキングソフトの特典として付属していたのが、VTuberアバター。
といっても俺が期待していたようなイケメンVTuberではない。
真っ白な長いヒゲを蓄えた、仙人風の爺さんだ。
俺が村人の夢の中に現れる時と全く同じ外見である。
その姿を借りて、現在配信画面に映っていた。
「はー、こんな風に動くのか。
めっちゃキャプチャー範囲広いなこれ、全然動きが固まらねえ」
『確かそれ、ポリゴン数が億超えてた筈だぞ』
『そのくせ容量がめちゃくちゃ少ないらしい』
『現存するアバターの中で一番性能が高いと聞く。
まあデザインが陳腐すぎて、最終的に誰も使わなくなるんだけど』
「オリジナルのLive2Dは高すぎてまだまだ手が届かないからな。
当分はこれで我慢するとしよう」
画面の中の老人は、俺に合わせて表情や動きを変える。
楽しい、ずっと遊んでいたくなる。
とはいえ視聴者を待たせているし、トラッキングソフトを買うのに貯金が殆ど無くなっちまった。
早いとこ今日の食費を稼いでおかないと。
「さあて、そろそろ神様活動を再開しないと。
村はどこまで成長したのやら。
……ん? 治安の悪化? なんで?」
『ケール村とロアン村の合併による、人口増加が原因です。
人が増えれば諍いも増える、文化や習性の違いから対立することは避けられません。
とはいえ一番の問題は、神話解釈の違いにあるようです』
「神話解釈の違い?
……具体的に言うとどういうことなんだ?」
『いわゆる最強議論でしょうか。
英雄ケールと英雄ロアン、どちらが強いのかで言い争っているようで』
「もうそんなことになってんのか」
『おもろい村だな』
『あんまり見ない展開で興味深い』
俺も昔はよく最強議論スレを見に行ってたっけ。
やっぱり反射能力こそナンバーワン!
『その議論に勝ちたいがために、独自に物語を作り出して、伝承であると騙る者もいるようです』
「え……」
そ、それってつまり──
「二次創作じゃねえか!
うわマジかよ! うちの村から物語が生まれ始めたってこと!?
くそ嬉しいんだけど! どうにかして見れないか!?」
『偽典目録に記載されています』
「ここだな!」
ふおおおお……!
玉石混交だが、中には結構面白いものもあるじゃないか!
特にグレンとヴァルとかいうオッサン二人が書いた話。
俺がケール英雄譚に仕込んだ少年漫画メソッドをよく理解してる。
こいつはいい退屈凌ぎになりそうだ。
「このグレンとヴァルは褒めてやりたいな」
『それはお勧めできません。
グレンとヴァルは村人同士の対立を深める存在として、村の上層部から問題視されています。
にもかかわらず彼らの行いを肯定してしまえば、村全体の秩序と信仰が揺らいでしまうでしょう』
「俺は神だぞ、どうして下々の者の顔色を伺わねばならんのだ」
『村の結束も揺らぎます。
そうなれば二次創作も行われなくなるでしょう。
創作活動は安定した生活基盤があってこそ成立するものなので』
「ちっ」
村が割れたら元も子もない。
仕方ない、まずは優先事項から解決していくぞ。
「問題点は、正確な神話の内容が全員に正確に伝わってないってことだよな。
せっかくテコ入れしたってのに覚えられないのかよ、あんなに盛り上がってたのに」
『だから読まずに暗唱は珍しい特技だって言ったじゃん』
「村人は、英雄譚の保存活動は行っていないのか?」
『偽典流布者の取り締まりや、壁画制作などは行われているようです。
しかし文字を持たない彼らでは、神話を正確に語り継ぐことは困難でした』
「ひらがなでも教えるか?
そもそもこの世界に文字ってあるの?
国際言語があるなら、そっちを取り寄せたいけど」
『現在村人の認識範囲内で文字の存在は確認されておりません。
また、彼らの使う言葉にはひらがなには存在しない発音があります。
なので採用する際は、彼らの言語用に調整したものを用意する必要があります』
手間はかかりそうだが、ひらがなを調整したものを用意するぐらいなら、俺にもできそうだ。
後で制作に取り掛かるか。
「治安の問題はどうしたもんか」
『戒律を制定することをお勧めします。
人の言葉では止まれずとも、神の取り決めであるなら従う者も多いでしょう。
偽典を制作した者は、死後神の国には辿り着けないとするのがいいかと思われます』
「戒律の制定は良い考えだと思うが、そこまで取り締まっちまったら、二次創作文化が育ち難くなるだろ」
偽典の存在が村を混乱させている。
しかし俺は二次創作が生まれる風土を残したい。
どうしたもんか……。
「そうだ、こういうのはどうだ?
この世界には時折、未来や過去、異世界の歴史を無意識に受信する者がいる。
それこそが物書きたちだ。
彼らはインスピレーションという形でそれらの情報を受信し、物語として書き起こす。
それらの大半は執筆者のオリジナルだが、中には本物の歴史も存在する。
本物か創作かは神が判断するので、勝手に弾圧するな。
問題なのは偽典を正典と偽り流布することで、新たな伝承を作ること自体が罪ではない。
こうすればクリエイターの創作環境を守ったまま、対立問題を緩和できるだろう」
『物書きという存在を、教義を用いて保護なさるおつもりですか。
確かに物書きの保護はできるでしょうが、対立問題はより深刻化するかと思われます』
「なんで?」
『物書きに権力が集中しすぎるからです。
神たるあなたが、物書きを特別扱いすれば、民までも物書きを支持し始めるでしょう。
物書きに権力者の素養があれば問題にはなりませんが、頻繁に騒動を起こしていることから、適正はないかと判断できます。
確実に悩みのタネが増えるに違いありません』
「つまり物書きを頭から押さえられる存在が必要なのか。
なら、ええと……それじゃあ次は神官だ。
神話と戒律、これらをちゃんと覚えられた村人を神官にする。
そんで神官の立場は物書きより上に置く。
とりあえずエルンから直接神話を教わっているアルドでいいな。
ケール区長だから色々都合がいい。
ついでにロアン区長のカイルも神官候補に入れておくか。
こうすれば治安維持にも使えるし、物書きの暴走も制御できるだろう」
『……それなら村の上層部も納得するでしょう』
「よし、それじゃあ早速神託を授けるぞ。
アルドとカイルと、ついでにその子供たちにも」
==
「──その時でした、英雄ケールは神の血を覚醒させます。
しかしあまりに膨大な力に呑まれ身動きができずにいました。
魔人四天王の一角、巨人王はその隙を突き、大剣を振り上げます。
絶体絶命の危機に陥った英雄ケール。
そんな時、またしても英雄ケールのもとに駆けつけたのは、英雄ロアンでした。
──本日の会合はここまでとします」
「くぅ、またいいところで」
「ねえパパ、ケール様はどうなったの? ロアン様は? 神の力は?」
「ここらへんの展開は何度聞いてもワクワクするなぁ」
「続きが気になる方は、明日も休まず会合に参加してくださいね」
広場から去っていく教徒達を見送り、俺達はほっとため息をつく。
今日は言い間違えをせず聖典石版を朗読することができた。
前半を朗読していたリアナに目配せし、お互いに笑い合う。
「うむ、中々堂に入った朗読だったぞ」
「父さん!!」
「アルドさん!」
「仕事中は神官長と呼べと言っているだろう。
やはりお前たちはまだまだだな」
「あ、あはは……」
「すみません……」
あの日、俺達は父さん達と一緒に神託を受けた。
神話と戒律を覚え、神と人の間に立つ神官になれと。
神託を授かった時期は同じだが、やはり長年族長として積んできた経験は大きく、まだまだ父には頭が上がらない。
「とはいえ、昔と比べると随分と立派になった。
あの頃はどちらも偽典を引用して、言い争いばかりしていたからなぁ」
「それを言わないでくださいよ」
「俺達ももう子供じゃないんですから」
俺とリアナは結婚した。
昔は言い争ってばかりだったが、神が正しき道を示してからは、共に神話を学び信徒を導く神官仲間として絆を育むことができた。
友情は次第に恋心に変わり、まだ子供こそできてがいないが、良好な関係を築けている。
「──グレンとヴァルがまた新しく作った物語を強さ議論に持ち込んでいます!」
「……またあいつらか、最近は大人しくしていたというのに。
ガルド、リアナ、戒律は覚えているな?」
「物語の制作は許されるが、それを正典と偽り流布することは許されていない」
「そして、もし戒律を破った者は、神官の判断によって適切な罰を与えられ、神に償わなければならない、ですよね?」
「正解だ、では神官長として命ずる。
騒ぎを起こしているバカ共をひっ捕らえてこい」
「はい!」
あの頃と比べて忙しくなった。
けれど充実している。
持て余していた情熱を向ける先を手に入れられたのだから。
やはり神は我々を正しく導いてくれている。
「それじゃあ行こうかリアナ」
「ええガルド」