仮面ライダーゼロワン ― Avengers: Age of Ultron ― 作:吉野家
風が吹いた。
頬を撫でる生暖かい風と、遠くから聞こえるクラクション。
ゆっくりと意識が浮上する。
或人は重たい瞼を開いた。
最初に飛び込んできたのは、見覚えのない青空だった。
「……っ。」
上半身を起こし、周囲を見渡す。
そこはアスファルトで舗装された歩道。
見上げれば摩天楼が空を覆い、ガラス張りの超高層ビルが幾重にも立ち並んでいる。
日本とは明らかに違う街並みだった。
「イズ!」
反射的に呼ぶ。
「はい。」
すぐ隣から返事が返ってきた。
イズも身体を起こし、服についた埃を軽く払う。
「外傷はありません。」
「或人社長も生命反応、身体機能ともに正常です。」
「よかった……。」
或人は胸を撫で下ろした。
あの空間へ飲み込まれた瞬間、正直どうなるか分からなかった。
だが少なくとも、生きている。
それだけでも十分だった。
イズは既に周囲の解析を始めていた。
瞳が淡い黄色へ変化する。
「周辺情報を取得します。」
視線を左右へ動かし、道路標識、建物、車両、人々の会話を高速で照合していく。
「言語……英語。」
「交通法規……アメリカ合衆国準拠。」
「建築様式……一致率98.4%。」
「位置情報を算出。」
約3秒。
「現在地はアメリカ合衆国、ニューヨーク州、ニューヨーク市マンハッタン地区である可能性99.2%。」
「やっぱりニューヨークか。」
或人は周囲を見回した。
高層ビル。
イエローキャブ。
世界中から集まった観光客。
英語、中国語、スペイン語……様々な言葉が飛び交っている。
テレビや海外出張資料で何度も見たことのある景色だった。
しかし。
「……なんだろ。」
胸の奥に、小さな違和感が残る。
「イズ。」
「はい。」
「ゼアには繋がる?」
イズはすぐに通信を開始する。
「衛星ゼアへ接続。」
数秒。
沈黙。
「……応答ありません。」
「再接続。」
「失敗。」
「飛電インテリジェンス本社。」
「接続失敗。」
「社内専用ネットワーク。」
「接続失敗。」
或人は眉をひそめる。
「完全に切れたか……。」
「はい。」
イズは冷静だった。
「ただし通信機能そのものに異常はありません。」
「一般通信網への接続は可能です。」
「つまり。」
「飛電インテリジェンス、およびゼアのみ接続できません。」
或人は静かに息を吐く。
「やっぱり。」
「別世界なんだな。」
イズは小さく頷いた。
「現在の情報では、その可能性が最も高いと判断します。」
二人は歩き始めた。
まずは情報収集。
知らない土地では焦ることが一番危険だ。
或人は海外企業との商談で何度もそう学んできた。
するとイズが突然立ち止まる。
「……?」
「どうした?」
イズは一つの高層ビルを見上げていた。
その視線を追う。
巨大だった。
周囲のビルよりも一際高く、近未来的なガラス外壁を持つ塔。
街の象徴とも言える存在感。
「或人社長。」
「はい。」
「違和感の原因を発見しました。」
「え?」
「飛電インテリジェンス保有データベース。」
「世界主要建築物。」
「ニューヨーク都市開発計画。」
「各国ランドマーク情報。」
「すべて照合しました。」
「結果。」
「該当データなし。」
或人は思わず聞き返す。
「そんなことあるか?」
「この規模のビルなら建設途中からニュースになるだろ。」
「はい。」
「本来であればデータベースへ登録されています。」
「しかし。」
「存在しません。」
或人はゆっくりとその建物を見上げる。
巨大な文字が視界へ入る。
STARK
「……スターク?」
その名前を口にした瞬間だった。
道路脇の大型ビジョンがニュース番組へ切り替わる。
女性キャスターが慌ただしく英語で何かを伝えている。
『Avengers』
『Tony Stark』
『Sokovia』
『Ultron』
映像には赤と金の装甲を纏った男が映っていた。
空を自在に飛び回り、掌から放たれる光線で機械兵器を撃ち落としている。
或人は思わず立ち止まった。
「……映画?」
イズは即座に否定する。
「いいえ。」
「リアルタイムニュースです。」
「映像加工の痕跡は確認できません。」
ニュースは続く。
赤い装甲の男。
星条旗の盾を持つ男。
雷を操る金髪の大男。
緑色の巨人。
弓を構える男。
黒いスーツの女性。
そして。
THE AVENGERS
イズは高速検索を開始する。
「スターク・インダストリーズ。」
「該当なし。」
「トニー・スターク。」
「該当なし。」
「アベンジャーズ。」
「該当なし。」
「ウルトロン。」
「該当なし。」
静かな沈黙が流れた。
或人は苦笑する。
「イズ。」
「はい。」
「これ、本当に別世界だ。」
イズも同意するように頷いた。
「飛電インテリジェンスのデータベースには一切存在しない歴史です。」
「未知の並行世界である可能性は99.97%。」
その時だった。
――ドォン!!
遠方で爆発音が響いた。
歩いていた人々が一斉に空を見上げる。
或人とイズも反射的に振り返った。
ビルの谷間を、銀色の人型兵器が何十体も飛行していた。
レーザーが放たれる。
車が爆発する。
人々の悲鳴が街中へ響き渡った。
或人の表情が変わる。
「イズ。」
「はい。」
「話は後だ。」
「まず助けよう。」
イズは迷いなく頷く。
「了解しました、或人社長。」
そして2人は、爆発の中心へ向かって駆け出した。
爆発音は一度では終わらなかった。
連続する衝撃がマンハッタンの街を揺らし、黒煙が高層ビルの合間から立ち上る。
歩道は一瞬にして混乱に包まれた。
「Run!」
「Get out of here!」
「Help!」
悲鳴が飛び交い、人々は我先にと逃げ惑う。
親とはぐれて泣き叫ぶ子供。
転倒して立ち上がれない老人。
車同士が衝突し、クラクションが鳴り止まない。
或人は立ち止まり、状況を一瞬で見渡した。
避難誘導。
負傷者。
敵の位置。
まず優先すべきは――。
「イズ。」
「はい。」
「俺はあっちの子供たちを!」
「イズは避難誘導!」
「了解しました。」
二人は迷うことなく別方向へ駆け出した。
或人は道路中央で立ち尽くしていた少女を抱きかかえる。
「大丈夫!」
「こっち!」
少女は涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら或人へしがみつく。
その背後。
銀色の人型ロボットがゆっくりと降下してきた。
全身が鋼鉄で構成され、赤い双眼が不気味に光る。
機械的な声が周囲へ響いた。
「Human detected.」
「Exterminate.」
右腕が変形し、砲口が或人へ向く。
或人は少女を庇うように抱き寄せた。
「イズ!」
「周辺市民の避難率43%。」
「敵性兵器1体接近。」
イズも状況を把握していた。
だが、この距離では間に合わない。
砲口が発光する。
その瞬間。
或人の目つきが変わった。
「ごめん。」
「少しだけ待ってて。」
少女を安全な車の陰へ降ろす。
そして静かにジャケットの内側へ手を入れた。
取り出したのは――。
黄色いバッタを模した一つのキー。
ゼロツープログライズキー。
それを見たイズが僅かに視線を向ける。
「或人社長。」
「ゼアとの通信は依然途絶しています。」
「現在使用可能な演算能力は本来の約12%。」
「ゼロツーシステムは完全な性能を発揮できません。」
或人は笑った。
「12%でも十分。」
「困ってる人を助ける理由にはなる。」
ロボットのレーザーが放たれる。
或人は一歩前へ出る。
ゼロツードライバーを腰へ装着した。
Zero-Two Driver!
金色の待機音が響く。
周囲の人々が一斉に振り向く。
「What is that!?」
「あれは……?」
或人は静かにゼロツープログライズキーを握る。
Zero-Two Jump!
キーが展開する。
その姿を見たイズは小さく頷いた。
「システム起動。」
「ゼア補助演算開始。」
或人は深く息を吸う。
「変身。」
キーをドライバーへ装填。
Zero-Two Rise!
Road to Glory has to Lead to Growin’ path to change one to two!
仮面ライダーゼロツー!
It’s never over.
黄金色の粒子が周囲を包み込む。
飛び散る光が或人の身体を覆い、黒を基調とした装甲が一瞬で形成される。
ネオンイエローのアーマー。
シルバーのライン。
赤く輝く複眼。
仮面ライダーゼロツー。
その姿を見た周囲の人々は息を呑んだ。
「What…!?」
「Iron Man…?」
「No…」
「Different…」
ゼロツーは静かに構える。
同時にイズの声が通信で響く。
『敵性兵器解析開始。』
『未知の素材。』
『ゼアデータベース照合不能。』
『名称不明。』
『戦闘データありません。』
つまり。
完全な初見。
ゼアが最も苦手とする状況。
しかし或人は焦らない。
「十分だ。」
「まずは助ける。」
ウルトロン・ドローンが高速で突撃してくる。
拳を振り下ろした。
だが。
ゼロツーの姿はそこになかった。
いや。
消えたように見えただけだった。
次の瞬間。
ドローンの背後。
ゼロツーは既にそこへ立っていた。
ゆっくりと拳を突き出す。
ドンッ!!
鈍い衝撃音。
ドローンの装甲が大きく陥没する。
しかし完全には破壊できない。
イズがすぐに報告する。
『装甲強度、想定以上。』
『飛電メタルとの比較データなし。』
『推奨。』
『近接戦を継続し情報収集。』
「了解!」
ゼロツーは再び駆ける。
その速度に周囲の人間は誰一人として反応できなかった。
まるで瞬間移動。
しかし。
ゼロツー自身には分かっていた。
(遅い。)
(本来ならもっと速い。)
ゼア本体との通信断絶。
演算能力の低下。
それが確実に影響している。
それでも。
十分速い。
十分戦える。
そして、この戦いを遠くから見つめる者がいた。
スタークタワー。
最上階。
ホログラムに映る黄色い装甲の戦士。
トニー・スタークは腕を組んだまま画面を見つめていた。
「ブルース。」
「ああ。」
「見えてる。」
ブルース・バナーも目を細める。
「データベースに存在しないパワードスーツだ。」
トニーは首を横へ振った。
「違う。」
「あれはスーツじゃない。」
「……もっと別の何かだ。」
画面の中で。
黄金の戦士は、ウルトロン・ドローンを圧倒し始めていた。