HELLSINGの少佐がミレニアムで教師をしている話   作:海鮮横丁

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少佐
雑務処理


「やっぱりここに居ましたか」

 

コツコツと軽い音を立てて一人の少女が歩く。歩く先には探し人である本人曰く少佐という一人の男性の姿。いつも小綺麗な衣装に身を包んだ男性である。セミナー室の窓際に立ち、何を見ているのか分からないが楽しそうに顔を歪めて笑っている。

 

「おや、ノア君。こんなところで奇遇だね」

「奇遇だねじゃありません。お願いしたお仕事は終わったのですか?」

「何だそんな詰まらないことかね。とっくのとうに終わっているよ」

 

大仰な仕草で肩を竦め、書類の在り処を指で指し示す。それを確認するために近付けばふんわりといつも少佐が使っている香水の匂いが立ち込める。確かゲヘナ産の高級品だ。相変わらずこういうところには手を抜かない。書類には当然不備の一つもなく。ならばさっさと提出してくれればいいのにと不満が沸く。

 

「折角の綺麗な顔が台無しだよノア君。こちらに来て劇を楽しみたまえ」

 

まるで舞台上で娘を誘う悪魔のように、掌を上にして口角を吊り上げて本当に愉快なことを見つけたとでもいうようにこちらを誘う。

ノアは小さく溜息を吐きながらも、その差し出された手を無視して少佐の隣へと並ぶ。窓の外では夕暮れに染まった学園都市が騒がしく瞬いていた。遠くで聞こえる喧騒と、ここだけ切り離されたような静けさ。

 

少佐は満足そうに目を細める。

 

「いい景色だろう?」

「……景色を見る趣味があったんですね」

「失礼だな。私を何だと思っているのかね」

 

愉快そうに笑う声。

その横顔は相変わらず掴みどころがない。胡散臭くて、大仰で、芝居がかっていて。それでいて時折こうして妙に絵になるから腹立たしい。

 

少佐の視線は窓の向こうに向いている。

 

「人が慌ただしく右往左往している姿というのは実に美しい。必死に悩み、足掻き、転び、それでも前へ進もうとする。まるで喜劇だ」

「最低な感想ですね」

「褒め言葉として受け取っておこう」

 

ころころと喉を鳴らして笑う少佐に、ノアは呆れ半分で目を細める。

 

「ですが少佐、今日は随分と機嫌が良さそうですね」

「分かるかね?」

「長い付き合いですから」

 

そう答えると、少佐は少しだけ意外そうに眉を上げた。

それから面白そうに口角を吊り上げる。

 

「なるほど。つまり君は私を理解していると」

「嫌でも分かります。毎回振り回されていますから」

「それは光栄だ」

 

わざとらしく胸に手を当てる少佐。

本当に調子が狂う。

 

少佐は窓硝子に軽く指を当てる。

まるで舞台の幕でも撫でるような仕草だった。

 

「ノア君。君は人間をどう思う?」

「随分と唐突ですね」

「いいから答えたまえ」

 

ノアは少しだけ考える。

夕焼けが白い髪を赤く染めていた。

 

「……非効率で、感情的で、面倒な生き物だと思います」

「ほう」

「ですが、だからこそ予測し切れない。機械のように計算通りには動かないから、時々とんでもない結果を出す」

 

少佐は黙って聞いている。

その表情は珍しく穏やかだった。

 

「少なくとも私は嫌いじゃありません」

 

言い切った瞬間。

隣から小さな笑い声が漏れた。

 

「ふ、ふふ……あはははは!」

 

肩を震わせながら少佐が笑う。

心底愉快そうに。

ノアは露骨に顔を顰めた。

この人はいつもこうだ。

人を散々振り回して悦に浸って、人間は全て舞台装置だとでも思っているのか。

肩を怒らせながらノアはむっとしたまま少佐を睨み上げる。

 

「……何がそんなに可笑しいんですか」

「いや何、君の口から“嫌いじゃない”などという言葉が出てくるとは思わなくてね」

「別におかしな話ではないでしょう」

「おかしいとも。君はもっと冷徹に世界を見ている人種だと思っていたよ」

 

少佐は口元を押さえながら肩を震わせる。

その笑い方はどこか嬉しそうですらあった。

 

ノアはますます不機嫌になる。

 

「……勝手なイメージですね」

「そうかね?」

「私は現実的なだけです。人間が非合理的なのは事実ですし、感情で失敗することも多い。でも――」

 

そこで一度言葉を切る。

 

窓の外では、部活帰りなのか騒がしく笑い合う生徒達が見えた。

誰かが転び、誰かが笑い、また誰かが手を差し伸べる。

そんなありふれた光景。

 

ノアは目を細めた。

 

「それでも前に進もうとするでしょう。何度失敗しても、無駄だと笑われても」

 

ぽつりと。

静かな声が零れる。「そういうところは、嫌いじゃありません」

 

少佐は笑うのを止めた。

 

数秒。

静寂が落ちる。

 

やがて少佐は、まるで眩しいものを見るように目を細めた。

 

「……ああ、なるほど」

 

その声は妙に穏やかだった。

 

「君は人間を信じているのだな」

「違います」

「即答かね」

「信じているというより、観察しているだけです。人は予測不能だから面白い。少佐が言っていたことと大差ありません」

「だが君はそこに希望を見ている」

 

ノアは眉を寄せる。

 

「希望なんて大層なものじゃ――」

「あるとも」

 

少佐は断言した。

 

「君は壊れた部分ではなく、その先を見ている。失敗しても尚立ち上がる姿を美しいと思っているのだろう?」

 

ノアは答えない。

 

答えられなかった。

 

少佐はそんな彼女を見て、ふっと笑う。

 

「実に良い」

「何がですか」

「君のそういうところがだよ」

 

さらりと。

まるで当然みたいに言う。

 

ノアの思考が一瞬止まった。

 

「……は?」

「聡明で、合理的で、それでいて人間を見捨て切れない。実に君らしい」

 

少佐は窓枠に寄り掛かったまま、夕暮れの街を見下ろす。

 

「私はねノア君。人間という生き物を愛している」

 

静かな声だった。

 

「愚かで、醜く、弱く、滑稽だ。理性を誇りながら感情で破滅し、同じ過ちを何度でも繰り返す」

 

くつり、と喉が鳴る。

 

「だが、だからこそ面白い。予測出来ない。理解し切れない。あらゆる矛盾を抱えながら、それでも前へ進もうとする」

 

夕焼けが少佐の横顔を赤く染める。

 

その笑みはいつも通り胡散臭くて。

それなのに。

 

何故だか少しだけ寂しそうに見えた。

 

「……貴方って、本当に変な人です」

 

呆れたようにノアが呟く。呆れたようにノアが呟く。

 

少佐は肩を竦めた。

 

「今更だろう?」

 

その返答が妙に楽しそうで。

ノアは小さく溜息を吐きながら、隣に立つその男から視線を逸らせなかった。




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