HELLSINGの少佐がミレニアムで教師をしている話   作:海鮮横丁

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ロアと少佐て相性いいよなって話


かくれんぼ

「んー?」

 

視界の端に何かが映り込む。

慌てて振り返っても姿がなく。

また暫く歩いていたら視界の端に写る。

ここ三日前くらいから続いている。

始めは寝不足による幻覚かと思ったが、どうやら違うようだ。

 

「何かありましたかユウカちゃん?」

 

「あ、ノア。いいところに私の周りに何か居たりしない?」

 

「?ええっと。いつも通りのユウカちゃんですけど。あ、髪は昨日より0.2cm伸びてますよ」

 

「そういうことじゃなくって!いや、ノアが言うならその通りね。ありがと」

 

「はい。気になるようでしたら少佐に聞いてみますか?」

 

「そうね。そうするわ」

 

会話を終え、セミナーの業務を片付けにかかる。

 

「少佐、ちょっといい?」

 

放課後。

何処かに行こうとする少佐をユウカは呼び止めた。

 

「珍しいね。借金の相談かな?」

 

「違うわよ!」

 

即座に否定する。

 

「最近ね、なんか変なの」

 

「ふむ」

 

少佐は続きを促す。

 

「視界の端に誰かいる気がするのよ。でも振り返ると居ないの」

 

「なるほど」

 

「ノアにも確認したけど何も見えないって」

 

少佐は数秒黙る。

 

「いつからだい?」

 

「三日前くらい」

 

「寝不足は?」

 

「違う」

 

「食事は?」

 

「ちゃんと食べてる」

 

「ストレスは?」

 

「ある」

 

「それだね」

 

「絶対違うわよ!」

 

机を叩きそうな勢いで反論する。

 

少佐は愉快そうに笑った。

 

「では実験だ」

 

「実験?」

 

「今から振り返らずに歩いてみたまえ」

 

「だから何なのよ」

 

呆れながらもユウカは廊下を歩き始める。

 

少佐はその後ろをついてくる。

 

十歩。

 

二十歩。

 

三十歩。

 

そして――

 

「ほう」

 

少佐が小さく声を漏らした。

 

「何?」

 

「いや」

 

少佐は笑っている。

 

いつもの飄々とした笑みだ。

 

だが何故だろう。

 

ユウカにはその笑顔が妙に作り物に見えた。

 

「……何よ」

 

「振り返らないでくれ」

 

「だから何なの」

 

「振り返らないでくれ」

 

二度目。

 

今度は命令だった。

 

ユウカの背筋に冷たいものが走る。

 

少佐がこんな言い方をすることは滅多にない。

 

「ねえ」

 

「うん」

 

「何がいるの」

 

「まだ分からない」

 

「は?」

 

「……」

 

「少佐?」

 

「今は聞かない方がいい」

 

ユウカの呼吸が止まる。

 

冗談だ。

 

そう思った。

 

思ったのだが。

 

少佐は笑っていなかった。

 

じっと一点を見ている。

 

ユウカの肩越し。

 

その向こうを。

 

「ノア君」

 

少佐が静かに呼ぶ。

 

「はい」

 

いつの間にか近くにいたノアが答える。

 

「見えるかね」

 

「いえ」

 

「そうか」

 

「ですが」

 

ノアが首を傾げた。

 

「何か居ますね」

 

沈黙。

 

ユウカだけが何も見えない。

 

なのに二人とも同じ方向を見ている。

 

自分の真後ろを。

 

「やめてよ」

 

声が震えた。

 

「ねえ」

 

「大丈夫だ」

 

少佐は即答した。

 

だが視線は逸らさない。

 

「今のところは」

 

「今のところって何!?」

 

その瞬間。

 

廊下の窓ガラスに何かが映った。

 

ユウカの姿。

 

少佐の姿。

 

ノアの姿。

 

そして。

 

その後ろ。

 

髪の長い少女。

 

首が折れ曲がったような角度で傾いている。

 

顔は見えない。

 

ただユウカの肩に顎を乗せるようにして立っている。

 

「――ッ!!」

 

ユウカが振り返る。

 

誰もいない。

 

廊下には三人だけ。

 

「居ないじゃない!」

 

「今はね」

 

少佐が答えた。

 

「今は?」

 

「振り返ったからだ」

 

少佐は窓ガラスへ近付く。

 

そこにはもう何も映っていない。

 

しかし。

 

ガラスの表面に。

 

誰かが指で書いたような文字が浮かび上がっていた。

 

水滴の跡のように。

 

ゆっくりと。

 

一文字ずつ。

 

『ねえ、あそぼう』

 

ユウカの喉が凍り付く。

 

異様に喉が渇く。

 

「な、なによこれ……」

 

窓ガラスに浮かんだ文字。

 

『ねえ、あそぼう』

 

たったそれだけ。

 

たったそれだけなのに。

 

何故か。

 

何故か子供が書いたものだと分かった。

 

幼い字。

 

不揃いな文字。

 

筆圧の強弱。

 

その全てが脳裏に直接流れ込んでくる。

 

「少佐」

 

ユウカは震える声を絞り出す。

 

「これは何なの」

 

「知らないね」

 

少佐は即答した。

 

「だが一つ分かる」

 

「何よ」

 

「返事をしてはいけない」

 

少佐の声が静かに廊下に響いた。

 

「…それで、対処方とかは少佐は知ってます?」

 

「難しい問題だ。この手の怪異はパターンがある。原因も違う」

 

必死に窓を見ないように。

周りの景色に目が向かないように。

少佐とノアの顔だけに集中する。

 

少佐が指を一本立てる。

 

「パターン① 子供の霊や動物霊だ。この場合はある程度満足したら消える可能性がある」

 

もう一本指を立てる。

 

「パターン② 本物の怪異。ようはこちらの命や精神を狙ってくるタイプの怪異だ。これの場合は遊びに付き合った場合ほぼ確実にユウカ君がこの世から消えるだろう」

 

最後にもう一本。

 

「パターン③ そのどれでもないパターンだ。原因ではなく結果が優先される。遊びたいから遊ぶ。遊び相手が欲しい何某かが、たまたまユウカ君に目を付けたパターン。この場合、気を付けないとほぼ確実に君はこの世から消える」

 

「大きく分けてこの3つだと思うよ」

 

「……で」

 

ユウカの声が震える。

 

「どれなのよ」

 

少佐は少し考える。

 

珍しく即答しない。

 

「分からないね」

 

「は?」

 

「判断材料が足りない」

 

「役に立たない!」

 

「よく言われる」

 

少佐は肩を竦める。

 

だが次の言葉で空気が変わる。

 

「ただ」

 

「ただ?」

 

「パターン①ではない可能性が高い」

 

ユウカの顔が青くなる。

 

「何でよ」

 

「子供の霊なら既に話しかけているはずだ」

 

「……え?」

 

「三日も付きまとっている」

 

少佐は窓ガラスを見る。

 

そこに文字はもうない。

 

だが何かを観察するように目を細める。

 

「それなのに今日まで接触がなかった」

 

「それが何なの」

 

「観察されていた可能性がある」

 

沈黙。

 

「観察?」

 

「うん」

 

「何のために」

 

「分からない」

 

その一言が妙に重かった。

 

「少佐」

 

「うん?」

 

「一つ気になることがあります」

 

「何だい」

 

「文字です」

 

ノアが窓を指差す。

 

「『あそぼう』でした」

 

「そうだね」

 

「でも」

 

ノアは首を傾げる。

 

「遊びたいなら普通はもっと早く誘うのでは?」

 

ユウカが凍る。

 

少佐も黙る。

 

そして。

 

「その通りだ」

 

ぽつりと言う。

 

「だから私は別の可能性を考えている」

 

「別の可能性?」

 

少佐は少しだけ困った顔をした。

 

それは本当に珍しい表情だった。

 

「『あそぼう』は最初の言葉ではないのかもしれない」

 

「…………」

 

「何それ」

 

「既に遊びが始まっている可能性だ」

 

ユウカの顔をじっくりと眺める少佐。

何かおかしなところがないか探る顔だ。

居心地が悪くなり、視線を逸らそうとしたところで少佐が声をかける。

 

「先ずは深呼吸をして、ゆっくり私かノア君の顔を見たまえ」

 

「そして、この3日間のことを思い出していってくれ」

 

ユウカは言われた通り深く息を吸う。

 

肺が冷たい。

 

吐く。

 

もう一度吸う。

 

少しだけ頭が回り始めた。

 

「……三日前からよ」

 

「うん」

 

「最初はセミナーの資料室だったわ」

 

「何をしていた?」

 

「月末報告書の整理」

 

「一人で?」

 

「ええ」

 

少佐が頷く。

 

「それから」

 

「次の日は会計監査」

 

「その次は?」

 

「予算の再計算」

 

言いながらユウカは眉をひそめた。

 

「……何?」

 

少佐が聞く。

 

「いや」

 

妙な違和感。

 

何か引っ掛かる。

 

「全部仕事ね」

 

「君はいつも仕事だろう」

 

「うるさい」

 

即答する。

 

だが少佐は真面目な顔のままだ。

 

「他には?」

 

「他?」

 

「変わった場所へ行ったとか」

 

「変な物を拾ったとか」

 

「変な人に会ったとか」

 

「ないわよ」

 

言い切ってから。

 

ユウカは止まった。

 

「……あ」

 

少佐の目が細くなる。

 

「思い出したかね」

 

「一つだけ」

 

「聞こう」

 

「三日前」

 

ユウカは記憶を辿る。

 

「資料室から出る時」

 

「うん」

 

「廊下にノートが落ちてたの」

 

少佐とノアが視線を合わせる。

 

「続けて」

 

「別に普通のノートよ」

 

「ただ」

 

「ただ?」

 

ユウカの顔が青くなる。

 

「名前が書いてなかった」

 

沈黙。

 

「拾ったのかね」

 

「ええ」

 

「開いた?」

 

「……」

 

「ユウカ君」

 

「開いたわ」

 

少佐が額を押さえる。

 

ノアも珍しく困った顔になった。

 

「何が書いてあった?」

 

「覚えてない」

 

「本当に?」

 

「本当に」

 

ユウカ自身が不思議そうな顔になる。

 

「おかしいのよ」

 

「見た記憶はあるの」

 

「でも内容が思い出せない」

 

「ページをめくったことは覚えてる」

 

「なのに何を読んだのかだけ抜け落ちてる」

 

少佐の笑顔が消える。

 

それを見てユウカの心臓が嫌な音を立てた。

 

この男は怪異を見ても笑う。

 

異常事態でも笑う。

 

そんな人間が。

 

今。

 

全く笑っていない。

 

「ノア君」

 

「はい」

 

「かなり面倒な可能性が出てきた」

 

「私も同意見です」

 

「ちょっと!?」

 

ユウカが叫ぶ。

 

「説明しなさいよ!」

 

少佐は数秒黙った。

 

そして静かに言う。

 

「記憶が抜けている」

 

「それ自体が問題だ」

 

「は?」

 

「ユウカ君」

 

少佐は真っ直ぐ彼女を見る。

 

「もし私の予想が正しければ」

 

「君は三日前に『遊びに参加する条件』を既に満たしている」

 

「ユウカちゃんをどうすれば救えますか?」

 

ノアの問いに。

 

「こればっかりはそのノートを見るか、怪異側に聞くか、ユウカ君の記憶が戻るのを待つか。そのどれかだろう」

 

腕を後ろに組み、真剣な眼差しで周りを観察する。

 

その様子を見て。

 

ユウカはようやく気付いた。

 

少佐は廊下を見ていない。

 

自分を見ているわけでもない。

 

もっと正確に言うなら。

 

自分の周囲の空間そのものを見ている。

 

何かを探すように。

 

「……少佐」

 

「うん?」

 

「何見てるのよ」

 

「君の後ろだ」

 

即答だった。

 

ユウカの顔が引きつる。

 

「だからやめてって言ってるでしょう!?」

 

「安心したまえ」

 

「できるわけないでしょ!」

 

「今は右側にいる」

 

「聞きたくなかった!!」

 

頭を抱えたくなるが、怖くてできない。

もし私の真下に。

 

もし肩越しに。

 

もし今この瞬間も。

 

あの少女がいるのだとしたら。

 

考えたくない。

 

考えたくないのに。

 

頭の中で勝手に想像してしまう。

 

「ユウカ君」

 

少佐の声が響く。

 

「何」

 

「今、想像したね?」

 

「は?」

 

「真下にいるかもしれないと」

 

ユウカの顔が引きつる。

 

「なんで分かるのよ」

 

「顔に書いてある」

 

「嘘ですよね」

 

少佐は小さくため息を吐いた。

 

そして。

 

少しだけ困ったような顔をする。

 

「それはやめた方がいい」

 

「何が?」

 

「想像することだ」

 

沈黙。

 

「……は?」

 

「怪異というのはね」

 

少佐が静かに言う。

 

「存在が曖昧なほど認識に依存する」

 

ノアが頷く。

 

「見えないものを想像する」

 

「形を与える」

 

「特徴を与える」

 

「意味を与える」

 

「それは時々」

 

ノアが続ける。

 

「怪異への情報提供になります」

 

ユウカの背筋が凍る。

 

「ちょっと待って」

 

「それって」

 

「私が考えたことが伝わるってこと?」

 

少佐は首を傾げた。

 

「分からない」

 

「役に立ちなさいよ!!」

 

「だが可能性はある」

 

その言葉で文句が止まる。

 

少佐は真顔だった。

 

「少なくとも」

 

「私は君の後ろにいる存在を観察している」

 

「そして向こうもこちらを観察している」

 

「つまり情報のやり取りが成立している可能性は高い」

 

ユウカは青ざめる。

 

「じゃあどうすればいいのよ」

 

少佐は少し考えた。

 

「仕事のことでも考えたまえ」

 

「は?」

 

「予算」

 

「は?」

 

「決算」

 

「は?」

 

「借金」

 

「やめなさい!!」

 

少佐が珍しく笑う。

 

「だが理屈としては正しい」

 

そして真面目な顔に戻る。

 

「恐怖は相手に注意を向ける」

 

「注意は認識を強める」

 

「認識は存在を強める」

 

「だから」

 

少佐は静かに言う。

 

「今はなるべく普通でいたまえ」

 

「……無理よ」

 

「知っている」

 

「怖いもの」

 

「それも知っている」

 

「じゃあどうしろっていうのよ」

 

少佐は少しだけ考えた後。

 

本当に自然な調子で言った。

 

「ではノア君」

 

「はい」

 

「今日のセミナーの予算執行状況について議論しよう」

 

「承知しました」

 

「やめて!!」

 

ユウカの悲鳴が廊下に響く。

 

だが。

 

ほんの少しだけ。

 

本当に少しだけ。

 

呼吸が楽になった。

 

そしてその瞬間。

 

少佐の視線が。

 

ユウカの右後方へ向く。

 

ほんの一瞬だけ。

 

「……ほう」

 

「な、何よ」

 

「いや」

 

少佐は笑う。

 

今度は作り物ではない。

 

本当に面白そうな笑みだった。

 

「どうやら嫌らしい性格らしい」

 

「何が!?」

 

「予算の話を始めたら離れた」

 

「それ怪異じゃなくて私でも逃げるわよ!!」

 

セミナー室の窓という窓が塞がれる。

 

カーテンを閉め。

隙間にはノアが用意した遮光シート。

出入口も最低限。

 

もはや籠城戦だった。

 

「ねぇ」

 

ユウカが死んだ魚みたいな目で言う。

 

「私たち何と戦ってるの?」

 

「未知だね」

 

「帰れ!!」

 

少佐は楽しそうだった。

 

だがノアは違う。

 

じっとユウカの右後方を見ている。

 

「……ノア?」

 

「はい」

 

「何か見えてる?」

 

「見えていません」

 

即答。

 

だが。

 

「ただ」

 

ノアは少し考える。

 

「居ることは分かります」

 

「それ見えてるのと変わらないじゃない!!」

 

ユウカが机を叩いた。

 

その瞬間だった。

 

コン。

 

セミナー室の扉が鳴った。

 

全員が止まる。

 

誰も動かない。

 

コン。

 

もう一度。

 

小さなノック。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

ユウカの顔色が消える。

 

放課後のセミナー室。

 

ここへ来る予定の人間はいない。

 

コン。

 

コン。

 

コン。

 

今度は三回。

 

規則正しく。

 

まるで。

 

誰かが入室許可を求めているように。

 

「少佐」

 

ノアが小さく呼ぶ。

 

「うん」

 

「どうしますか」

 

少佐は答えない。

 

代わりに扉を見つめる。

 

数秒。

 

そして。

 

「開けない」

 

そう言った。

 

ユウカがほっと息を吐く。

 

だが次の瞬間。

 

カチャ。

 

扉の向こうで。

 

ドアノブが回った。

 

「――ッ」

 

鍵は閉まっている。

 

なのに。

 

ガチャ。

 

ガチャ。

 

ガチャ。

 

ゆっくり。

 

確かめるように。

 

誰かが回している。

 

「少佐!!」

 

「静かに」

 

珍しく低い声。

 

ユウカが口を閉じる。

 

すると。

 

ぴたりと音が止まった。

 

沈黙。

 

数秒。

 

十秒。

 

二十秒。

 

何も起こらない。

 

「……帰った?」

 

ユウカが小声で呟く。

 

その時だった。

 

教室の後ろ。

 

本棚の隙間から。

 

かさり。

 

紙の擦れる音。

 

全員が振り向く。

 

そこには。

 

一冊のノートがあった。

 

さっきまで無かったはずの場所に。

 

ぽつんと。

 

置かれている。

 

名前のないノート。

 

ユウカの血の気が引く。

 

「嘘でしょ……」

 

三日前に拾ったものと。

 

同じだった。

 

少佐が近付く。

 

ノアも続く。

 

だが。

 

二人とも触らない。

 

「なるほど」

 

少佐が呟く。

 

「予想より親切だ」

 

「親切?」

 

「向こうから手掛かりを持ってきた」

 

全然親切じゃない。

 

ユウカは心の底から思った。

 

すると。

 

ノートが。

 

ぱらり。

 

勝手に開いた。

 

誰も触っていない。

 

風もない。

 

なのに。

 

ぱら。

 

ぱら。

 

ぱら。

 

ページがめくられていく。

 

そして。

 

あるページで止まった。

 

真っ白なページ。

 

何も書かれていない。

 

……ように見えた。

 

じわり。

 

じわり。

 

黒い文字が浮かび上がる。

 

まるで見えないインクが染み出るように。

 

『かくれんぼ』

 

三人が黙る。

 

文字は続く。

 

『もうはじまってるよ』

 

『おにをみつけてね』

 

『みつけられたらかち』

 

『みつけられなかったら』

 

そこで文章が止まる。

 

数秒。

 

そして最後の一文が現れる。

 

『おにになる』

 

ユウカの呼吸が止まる。

 

「……少佐」

 

「うん」

 

「これ」

 

「うん」

 

「最悪じゃない?」

 

「かなりね」

 

少佐は珍しく即答した。

 

ノアも頷く。

 

「かくれんぼ系の怪異ですか」

 

「恐らく」

 

少佐はノートを見下ろす。

 

「そしてユウカ君」

 

「何よ」

 

「一つだけ良い知らせがある」

 

「本当?」

 

少しだけ希望が戻る。

 

だが。

 

少佐はにこりと笑った。

 

「遊びのルールが分かった」

 

「悪い知らせしか聞こえないんだけど!?」

 

その瞬間。

 

ノアが窓の方を見る。

 

「少佐」

 

「うん」

 

「動きました」

 

空気が凍る。

 

「どこへ?」

 

少佐が聞く。

 

ノアは静かに答えた。

 

「ユウカちゃんの後ろではありません」

 

「なら何処よ」

 

ノアは。

 

教室の一番奥。

 

資料棚の影を指差した。

 

「隠れました」

 

少佐が目を細める。

 

そして。

 

本当に嬉しそうな顔で。

 

ぽつりと言った。

 

「なるほど」

 

「『鬼』は向こうではない」

 

「最初からこちらだったか」

 

ユウカだけが。

 

その意味を理解できず。

 

青ざめた顔で二人を見た。

 

そして。

 

机の上のノートに。

 

新しい文字が浮かび上がる。

 

『みーつけて』

 

その文字は。

 

ユウカの名前の上に書かれていた。

 

「…成程。そういうことかね」

 

少佐が、しみじみと心底納得がいったという表情で頷く。

 

「…どういうことでしょうか」

 

「何、彼女はやはり遊びたいのだ。そして、律儀に3日待った」

 

「ユウカ君が探してくれるのを」

 

「三日間」

 

少佐はノートを指で叩く。

 

「彼女はずっと視界の端に居た」

 

「ええ」

 

ノアが頷く。

 

「見つけてほしかったのでしょうか」

 

「その可能性が高い」

 

ユウカは意味が分からない。

 

「待って」

 

震える声で割り込む。

 

「つまり何?」

 

少佐は当然のように言った。

 

「かくれんぼだよ」

 

「だから分かんないって!」

 

「ユウカ君は鬼だ」

 

「嫌よそんなの!」

 

即答だった。

 

「誰が好き好んで怪異と遊ぶのよ!」

 

「既に参加している」

 

「最悪!!」

 

少佐はノートを開く。

 

『みーつけた』

 

その文字を眺める。

 

「いや」

 

ぽつりと呟く。

 

「正確にはまだ見つけていないな」

 

「え?」

 

「これは自己申告だ」

 

「自己申告?」

 

「向こうが『見つけられたことにした』だけだ」

 

ノアが頷く。

 

「なるほど」

 

「つまりゲームは継続中ですね」

 

「その通り」

 

ユウカだけが置いていかれる。

 

「説明して」

 

「簡単だ」

 

少佐は椅子へ腰掛けた。

 

「彼女は三日間隠れていた」

 

「うん」

 

「君は気付かなかった」

 

「うん」

 

「だから彼女は自分からヒントを出した」

 

ノートを指差す。

 

「これだ」

 

「つまり」

 

「本来のルールなら」

 

少佐は少し笑う。

 

「見つけられなかった時点でユウカ君の負けだった可能性が高い」

 

ユウカの顔色が消える。

 

「でも彼女はゲームを続けた」

 

「何故なら」

 

「見つけてほしいからだ」

 

絶句。

何も言葉が出ずに口を虚しく開閉させる。

 

その間にノアがノートを慎重に手に取り、パラパラとページをめくる。

 

「…このノート自体は古いものですが、今も販売されているものです」

 

「よろしい。何時かは限定できた。次は?」

 

ノアはさらにページをめくる。

 

「製造番号があります」

 

「ほう」

 

「約八年前のロットです」

 

「成程」

 

少佐が頷く。

 

「つまり最低でも八年前には存在していた」

 

ユウカは頭を抱える。

 

「だから何なのよ」

 

「怪異には寿命がある」

 

「あるの!?」

 

「物理法則ほどではないがね」

 

少佐はノートを指差した。

 

「恨みも執着も情報も風化する」

 

「だがこれは違う」

 

「八年以上前から遊び続けている」

 

ノアも納得したように頷く。

 

「長寿ですね」

 

「大変元気だ」

 

全然嬉しくない。

 

パラ。

 

ノアが次のページを開く。

 

そこで手が止まった。

 

「少佐」

 

「何だい」

 

「跡があります」

 

空気が変わる。

 

ノアは紙を光に透かした。

 

「文字ではありません」

 

「筆圧です」

 

「筆圧?」

 

ユウカが覗き込む。

 

何も見えない。

 

だがノアはページを傾ける。

 

すると。

 

薄く。

 

本当に薄く。

 

何かを書いた跡だけが残っていた。

 

少佐の目が細くなる。

 

「読めるかね」

 

「少しだけ」

 

ノアは静かに読む。

 

「……み」

 

「うん」

 

「……つ」

 

「うん」

 

「……け」

 

「うん」

 

「……た」

 

沈黙。

 

ユウカが固まる。

 

「ちょっと待って」

 

「今の」

 

「ああ」

 

少佐は即答する。

 

「今のページだ」

 

「え?」

 

「怪異がさっき文字を出したページ」

 

「そこに元々」

 

「みつけた」

 

と書かれていたらしい。

 

誰も喋らない。

 

ユウカだけが青ざめる。

 

「つまり何」

 

「誰かが書いた」

 

少佐は答える。

 

「少なくとも一度は」

 

「君以外の参加者がいた」

 

ノアも続ける。

 

「そして」

 

「その人は見つけたのかもしれません」

 

「鬼を」

 

パラ。

 

ノアがさらに次のページをめくる。

 

また筆圧。

 

今度はもっと強い。

 

殴り書きだった。

 

『みつけた』

 

『みつけた』

 

『みつけた』

 

『みつけた』

 

『みつけた』

 

紙が破れそうなほど強い筆圧。

 

ユウカの胃が縮む。

 

少佐は黙っている。

 

珍しく。

 

本当に珍しく。

 

何も言わない。

 

ノアが静かに聞く。

 

「少佐?」

 

「嫌な予想が当たりそうだ」

 

「どんな?」

 

少佐はノートを見る。

 

そして。

 

ぽつりと呟いた。

 

「見つけること自体が罠かもしれない」

 

沈黙。

 

ユウカが固まる。

 

「……は?」

 

「考えてみたまえ」

 

少佐は机に指を置く。

 

「この怪異は何度もヒントを出している」

 

「うん」

 

「見つけてほしがっている」

 

「うん」

 

「だが」

 

そこで少佐は笑わなかった。

 

「本当に見つけることが正解なら」

 

「今頃ゲームは終わっている」

 

ノアの瞳が僅かに細くなる。

 

「つまり」

 

「鬼を見つけた瞬間」

 

「次の鬼になる」

 

少佐が静かに言う。

 

「そういうルールかもしれない」

 

ユウカの背筋を冷たいものが走る。

 

その時。

 

ノートの最後のページが。

 

ひとりでに開いた。

 

ぱたん、と。

 

まるで会話を聞いていたかのように。

 

そこには新しい文字が浮かんでいた。

 

じわり。

 

じわり。

 

ゆっくりと。

 

『ちがうよ』

 

全員が凍る。

 

そして。

 

文字は続く。

 

『ちゃんとさがして』

 

『まだひとりいるから』

 

少佐の目が。

 

初めて。

 

ほんの少しだけ鋭くなった。

 

「……成程」

 

「どうやら」

 

ノートを見ながら呟く。

 

「私の予想も外れたらしい」

 

ノアが静かに聞く。

 

「何故です?」

 

少佐は最後の文字を指差した。

 

『まだひとりいる』

 

「このゲーム」

 

「参加者が二人ではない」

 

その瞬間。

 

セミナー室の隅。

 

誰も居ないはずの資料棚の影から。

 

小さな声が聞こえた。

 

> 「みつけて」

 

今度は。

 

ノートではなく。

 

確かに。

 

誰かの声だった。

 

「…これはこれは。親切にも来てくれたのだね」

 

「そんな怪しいものに話しかけないでください」

 

「でも、貴重な手がかりですよユウカちゃん」

 

「ぐっ」

 

3人特に少佐が声の聞こえた方に脚を進める。

 

ノアの後ろに隠れながら前方を見れば、何かの跡が見える気がする。

 

「ふむ。君は地縛霊の類かと思ったが、違うのか」

 

> 「ちがうよ」

 

随分と幼い声に聞こえる。

 

5歳程度だろうか。

 

少佐も目線をしっかりと下ろし、少女だろう霊の顔あたりを見ている。

 

「君は鬼ではないのかね?」

 

少佐の問いに震える気配がする。

 

「君の友達は何処だね」

 

> 「もういない」

 

「え、それってどういう?」

 

「ノア君。ここ十年でのミレニアム内の行方不明者リストを直ぐに出せるかね」

 

「はい、直ぐに用意します」

 

パソコンに向かうノアを引き留めることも出来ずに、大人しく少佐の元に向かう。

 

「…ふーむ。君は何故3日もユウカ君を追っていたのかね?」

 

> 「やさしかったから」

 

「あのノート拾うんじゃなかった…!」

 

思わず頭を抱える。

先程まで恐怖に感じていた少女との距離が少し縮まる気がした。

 

「少佐、過去の行方不明者リストです」

 

「ああ、ありがとう。ふむ、理由が分からない子が8人か」

 

「え、そんなに居たんですか!?初耳なんですけど」

 

「まぁユウカちゃんが触らない場所にありますし」

 

慰めるように軽く肩を抱いてくれるノアの優しさに癒されながら、リストを一緒にみる。

 

「年齢もバラバラね」

 

「失踪場所も統一されていません」

 

「ですが」

 

そこで指が止まる。

 

「全員が失踪直前に同じ資料室を利用しています」

 

沈黙。

 

ユウカの顔が引きつる。

 

「三日前の資料室?」

 

「はい」

 

ノアは頷く。

 

「場所が一致しました」

 

少佐が小さく息を吐く。

 

「成程」

 

「ようやく見えてきた」

 

納得したように大きく頷き。

少女の霊に向き直る。

 

「君は何を探していたのかね?」

 

> 「ともだち」

 

「…成程、さがしものですか」

 

「え、待って。二人共説明してちょうだい」

 

腕を組み。講義をするように口を開く。

 

少佐は少女を見る。

 

「ともだちをさがしてた」

 

その言葉を反芻するように。

 

「ユウカ君」

 

「何よ」

 

「君はこの怪異を何だと思っていた?」

 

「かくれんぼの怪異でしょ」

 

「半分正解だ」

 

「半分?」

 

少佐は頷く。

 

「問題は鬼ではない」

 

「探しているものだ」

 

ノアがリストを指差す。

 

「失踪者八名」

 

「全員が資料室を利用している」

 

「全員が理由不明で消えている」

 

「そして」

 

ノートを開く。

 

『みつけた』

 

『みつけた』

 

『みつけた』

 

紙が破れそうな筆圧。

 

「見つけた者の記録が残っている」

 

ユウカが眉をひそめる。

 

「それの何がおかしいのよ」

 

少佐が即答する。

 

「見つかった記録が無い」

 

沈黙。

 

「……あ」

 

「そうだ」

 

少佐は頷く。

 

「八年間」

 

「誰一人として」

 

『友達を見つけた』

 

とは書いていない。

 

ノアも続ける。

 

「つまり」

 

「参加者全員が」

 

『何か』を見つけた。

 

「しかし」

 

「探し物は見つかっていない」

 

ユウカが青ざめる。

 

「それって……」

 

「探し物が違う」

 

少佐は静かに言った。

 

「このゲームの本質は」

 

「鬼探しではない」

 

「友達探しでもない」

 

「探す行為そのものだ」

 

少女が小さく震える。

 

少佐はその反応を見る。

 

まるで答え合わせだった。

 

「君は友達を探していた」

 

「うん」

 

「友達は見つからなかった」

 

「うん」

 

「代わりに別の何かを見つけた」

 

少女は黙る。

 

それだけで十分だった。

 

ユウカの喉が鳴る。

 

「じゃあ」

 

「消えた人たちは」

 

少佐は珍しく笑わなかった。

 

「おそらく全員」

 

「探し続けた」

 

「そして」

 

「見つけた」

 

「何を?」

 

少女が答える。

 

震える声で。

 

「くらいところ」

 

セミナー室の空気が凍る。

 

「みんなそこにいった」

 

ノアの指が止まる。

 

少佐も黙る。

 

少女だけが続ける。

 

「だから」

 

「ともだちをさがしてる」

 

「まだみつからないから」

 

背筋に氷が差し込まれる感覚とはこういうものを言うのだろうか。

うまく手を握ることが出来ない。

そんな私を置いて、二人が解決の糸口を見つけていく。

 

「少佐。まだ一人というのは最初もしくは最後の行方不明者ですか?」

 

「その可能性は高いね。しかしあの見た目の霊だ。話が残っていても不思議ではないが…」

 

「年齢を取られたという線はないでしょうか?」

 

少佐は少しだけ目を細めた。

 

「あり得る」

 

即答だった。

 

「怪異にも成長に似た変化はある。特に長期間存在し続けたものはね」

 

ノアが失踪者リストをスクロールする。

 

「最初の失踪者は九年前です」

 

「年齢は?」

 

「当時十五歳」

 

ユウカが息を呑む。

 

十五歳。

 

目の前の少女とは違う。

 

「最後は?」

 

「一年前。十七歳です」

 

「ふむ」

 

少佐は顎に手を当てる。

 

「なら計算は合う」

 

「何がですか?」

 

「この子が最初の参加者だった場合だ」

 

「その場合、考えられる可能性はいくつかあるね」

 

「はい。この子が幼い理由は怪異というか元凶に記憶毎吸い取られたと考える方が自然でしょう」

 

ユウカと少女を二人して眺めながら考えを纏める。

 

「…元凶が悪い奴でそいつを倒せれば、この子も私も解放されます?」

 

「いいや、この手の怪異は現象と一体になっている。8年以上噂になることなく活動を続けているのだ」

 

「そもそも、私やユウカ君ならともかく。ノア君が1年前の行方不明者を覚えていないのはおかしいと思わないかい?」

 

「あ」

 

「…確かに私も何度か記憶を漁ってみたのですが、それらしい生徒が該当しません。退学扱いになった生徒もいるにはいますが、そちらは本件とは関係がないでしょう」

 

どんどんと手足が冷える感覚がする。

私も忘れられる。皆から?

 

ノアからも?

コユキからも?

リオ会長からも?

 

先生からも?

 

そんなのは嫌だ。

 

大きく何度も深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。

 

「つまり」

ユウカが顔をしかめる。

 

「そいつは人を消すだけじゃなくて、記録まで消してるってこと?」

 

「その可能性が高い」

 

少佐は即答した。

 

「普通の失踪事件ならね」

 

指を一本立てる。

 

「学園記録」

 

二本目

 

「友人知人の記憶」

 

三本目

 

「電子データ」

 

「どこかに必ず痕跡が残る」

 

ノアも頷く。

 

「ですが今回ありません」

 

「まるで最初から存在しなかったように」

 

「そう」

 

少佐が静かに笑う。

 

「だから面倒なんだ」

 

少女が不安そうに二人を見上げる。

 

「……みつかる?」

 

少佐は少女を見る。

 

「見つかるとも」

 

珍しく迷いなく答えた。

 

「何故なら君が覚えている」

 

少女が目を丸くする。

 

「え?」

 

ユウカも同じ顔をした。

 

少佐は肩を竦める。

 

「記録というものはね」

 

「紙だけではない」

 

「データだけでもない」

 

少女の額を軽く指差す。

 

「記憶も記録だ」

 

ノアが目を見開く。

 

「つまり」

 

「この子自身が証拠ですか」

 

「その通り」

 

少佐は頷く。

 

「元凶は完全には消せなかった」

 

「だからこの子が残った」

 

「探し続けていた」

 

「忘れないために」

 

「多分、まだひとりいないはこの子の友達だ。一緒に遊んでいたのか。それとも後でこの子と同じように巻き込まれたのかは分からんがね」

 

ノアが小さく頷く。

 

「確かに辻褄は合います」

 

「この子だけが残った理由も説明できます」

 

「忘れたくなかったからですね」

 

「そうだろう」

 

少佐は少女を見る。

 

少女は不安そうに自分の服の裾を握っていた。

 

「……わすれたくなかった」

 

ぽつりと呟く。

 

「ひとりになったから」

 

沈黙が落ちる。

 

ユウカは少女の顔を見る。

 

最初は怪異にしか見えなかった。

 

だが今は違う。

 

この子はずっと探していたのだ。

 

八年間。

 

たった一人で。

 

「少佐」

 

ノアが口を開く。

 

「一つ気になることがあります」

 

「何だね」

 

「もし友達も取り込まれたのであれば」

 

「うん」

 

「何故この子は友達を覚えているのでしょうか」

 

少佐の目が細くなる。

 

「良い質問だ」

 

ノアも気付いたらしい。

 

少女は覚えている。

 

名前は忘れている。

 

顔も曖昧だ。

 

だが。

 

『友達』だけは覚えている。

 

「普通なら」

 

少佐は静かに言う。

 

「真っ先に消えるはずなんだ」

 

「存在そのものを奪う怪異ならね」

 

ユウカも気付く。

 

「じゃあ」

 

「友達は消されてない?」

 

「いや」

 

少佐は首を振る。

 

「消された」

 

「だが」

 

そこで笑った。

 

いつもの嫌な笑みだった。

 

「完全には負けていない」

 

ノアの瞳が僅かに見開く。

 

「抵抗したのですか」

 

「その可能性が高い」

 

少佐はノートを開く。

 

『みつけた』

 

『みつけた』

 

『みつけた』

 

『みつけた』

 

紙が破れそうな筆圧。

 

「この筆跡」

 

少佐が指でなぞる。

 

「必死過ぎる」

 

「ええ」

 

ノアも同意する。

 

「見つけたことを確認しているようにも見えます」

 

「そう」

 

少佐は頷く。

 

「まるで忘れないように」

 

その言葉で。

 

ユウカの背筋に電流が走った。

 

「まさか」

 

「うん」

 

少佐は楽しそうに笑う。

 

「友達は気付いたのだろう」

 

「自分が消されることに」

 

「だから記録を残した」

 

少女が顔を上げる。

 

少佐は優しく尋ねた。

 

「君の友達は賢い子だったかね」

 

少女はしばらく考えて。

 

小さく頷いた。

 

「すごかった」

 

「いっぱいおもいついた」

 

「わたしよりずっと」

 

少佐とノアが視線を合わせる。

 

答え合わせだった。

 

「なるほど」

 

少佐は立ち上がる。

 

「見えてきた」

 

「何がよ」

 

ユウカが聞く。

 

少佐はノートを閉じた。

 

「この事件の構図だ」

 

「君の友達はね」

 

少女を見る。

 

「最後まで負けなかった」

 

少女が息を呑む。

 

「だから君だけは覚えている」

 

「だからノートが残った」

 

「だから今も探している」

 

「そして」

 

少佐の目が鋭くなる。

 

「元凶は未だにその友達を消し切れていない」

 

その瞬間。

 

部屋の空気が揺れた。

 

まるで何かが反応したかのように。

 

ノアが即座に振り返る。

 

少佐も笑みを消した。

 

少女だけが。

 

怯えた顔で部屋の奥を見る。

 

「……きた」

 

小さな声。

 

震える声。

 

「ともだちじゃない」

 

「あれ」

 

「あのこじゃない」

 

少佐が静かに前へ出る。

 

「ようやくお出ましか」

 

その声には。

 

これまでの軽さが一切なかった。

 

部屋の壁面に黒い染みが広がる。

 

じわり。

 

じわり。

 

まるで墨を垂らしたように。

 

「後ろへ」

 

ノアが少女を庇う。

 

ユウカも拳銃を構えた。

 

だが。

 

少佐だけは黒い染みを見つめていた。

 

「なるほど」

 

ぽつりと呟く。

 

「そういうことか」

 

「何がよ!?」

 

ユウカが叫ぶ。

 

少佐は黒い染みの中心を指差した。

 

そこには。

 

無数の文字が浮かんでいた。

 

『みつけた』

 

『みつけた』

 

『みつけた』

 

『みつけた』

 

『みつけた』

 

『みつけた』

 

「なっ……」

 

ユウカが息を呑む。

 

ノートと同じ筆跡だった。

 

「これは怪異じゃない」

 

少佐が言う。

 

「正確には怪異の一部だ」

 

「どういう意味ですか」

 

ノアが問う。

 

少佐は笑う。

 

「この怪異は人を喰う」

 

「記憶を喰う」

 

「存在を喰う」

 

「だが喰われた側も消える訳ではない」

 

部屋の空気が凍る。

 

「消された人間たちは」

 

黒い染みを見つめる。

 

「まだ向こう側で生きている」

 

少女の目が大きく開いた。

 

「ともだち……」

 

そして。

 

黒い染みの奥から。

 

誰かの声が聞こえた。

 

かすかに。

 

本当にかすかに。

 

『――にげて』

 

「少佐、指示を」

 

「いつもなり突撃、玉砕というところだがね。君たちに居なくなられても困る。戦略的撤退を視野に入れての戦闘を」

 

『『了解』』

 

ユウカが小手調べに黒い染みに銃弾を浴びせる。

 

何ら痛痒を感じる様子がなく。ゆっくりと広がり、こちらに迫る。

 

「あれに捕まったら、やっぱりこの子と同じようになると思いますか?」

 

「だろうね。最後にはあの鬼の燃料になるのだろう」

 

「そんなの絶対ごめんよ!」

 

ユウカが叫ぶ。

 

同時に無数の銃弾を撃ち込む。

 

だが黒い染みは揺らぐだけだった。

 

まるで深い沼に石を投げ込んでいるように。

 

「効いてない!」

 

「いや」

 

少佐が目を細める。

 

「効いている」

 

「え?」

 

黒い染みの表面。

 

そこに浮かぶ文字が一瞬だけ崩れた。

 

『みつけた』

 

ではない。

 

別の文字だった。

 

『たすけて』

 

ユウカの顔色が変わる。

 

ノアも息を呑んだ。

 

「中にいる」

 

少佐が呟く。

 

「やはりな」

 

黒い染みの中から。

 

無数の声が聞こえてくる。

 

助けて。

 

帰りたい。

 

忘れないで。

 

お母さん。

 

先生。

 

友達。

 

途切れ途切れの声。

 

八年間。

 

飲み込まれ続けた人々の声だった。

 

「少佐」

 

ノアが静かに言う。

 

「倒してはいけないのでは?」

 

「ああ」

 

少佐は即答する。

 

「倒したら中身ごと消える」

 

「では」

 

「救出作戦だ」

 

少佐が笑う。

 

久しぶりに。

 

本当に楽しそうな笑みだった。

 

「忘れられた人間を全員連れ戻す」

 

少女が黒い染みを見る。

 

すると。

 

向こう側から。

 

小さな手が見えた。

 

黒の奥から伸びる。

 

震える手。

 

少女が息を呑む。

 

「あ……」

 

聞こえる。

 

今度ははっきり。

 

懐かしい声。

 

ずっと探していた声。

 

『みつけた』

 

少女の目から涙が溢れた。

 

「みつけた……!」

 

「…ノア君。ノートに掠めるように攻撃を」

 

「はい。壊さないようにですね」

 

パンと軽い音がして、ノートが揺れる。

 

今まで何のダメージも感じていなかった存在が、初めてたじろいだ。

 

「効いたね。ユウカ君。ノートを持って一時撤退」

 

「了解。絶対助けてあげるから消えるんじゃないわよ」

 

ノートを引っ掴み、セミナー室から飛び出す。

 

「やれ、余り走りたくないのだが」

 

「折角の機会ですから、一緒に運動しませんか?」

 

「呑気に喋ってんじゃないの!」

 

後ろからゆらゆらと黒い染みが追ってくる。

 

それに振り向きながら攻撃を加えつつ距離を取る。

 

随分と遅い。

手加減をしているのか?

 

「成程、あれも遊びの延長ってわけね」

 

「随分と冷静になったねユウカ君。あれとのかくれんぼが今回の本質だ。陰から迫る何か」

 

「みつけることで一時的に後退させられる。理不尽に見えてしっかりとルールの中で動いている」

 

少佐が後ろを振り返る。

 

黒い染みは変わらぬ速度で追ってくる。

 

焦る様子もない。

 

怒る様子もない。

 

まるで結果が決まっている遊びのように。

 

「つまり」

 

ノアが言う。

 

「勝利条件が存在する」

 

「その通り」

 

少佐は頷いた。

 

「怪異というものは意外と律儀でね」

 

「自らのルールからは逃げられない」

 

ユウカは走りながら叫ぶ。

 

「じゃあその勝利条件って何よ!」

 

「簡単だ」

 

少佐は笑う。

 

「鬼を見つけることだ」

 

一瞬。

 

空気が静まった。

 

ユウカが眉をひそめる。

 

「は?」

 

「既に見つけてるじゃない」

 

「違う」

 

少佐が首を振る。

 

「君たちが見ているのは影だ」

 

「本体ではない」

 

その瞬間。

 

ユウカの背筋が凍った。

 

「かくれんぼだよ」

 

少佐が続ける。

 

「なら鬼も隠れている」

 

ノアが息を呑む。

 

少女も顔を上げる。

 

「私たちはずっと勘違いしていた」

 

「この怪異は人を喰う怪異じゃない」

 

「かくれんぼの怪異だ」

 

「だから鬼を見つけられなかった者が取り込まれる」

 

ユウカの脳裏に閃く。

 

ノート。

 

みつけた。

 

みつけた。

 

みつけた。

 

みつけた。

 

「……あ」

 

少女の友達。

 

最後まで抵抗した。

 

忘れられなかった。

 

何故か。

 

「その子」

 

ユウカが言う。

 

「鬼を見つけたの?」

 

少佐が笑う。

 

「おそらくね」

 

「だから消されかけた」

 

ユウカの隣をスウっと滑るように移動する少女を見る。

怯えたような気配を見せながら、時折こちらを心配そうに見てくる少女。

 

絶対助ける。

 

決意を新たに怪異に銃弾を浴びせかけ、詰められた距離を離す。

 

「で、少佐は鬼の居場所に検討ついてるんですよね?」

 

「まあね」

 

「単純に考えれば、くらいところだろう」

 

「暗い所なんて無数にありますが」

 

ノアが即座に指摘する。

 

少佐は肩を竦めた。

 

「そうでもないさ」

 

「?」

 

「この怪異は何を奪う?」

 

「記憶」

 

ユウカが答える。

 

「存在」

 

ノアが続ける。

 

「そう」

 

少佐は頷く。

 

「つまり奴にとって一番居心地がいい場所は」

 

少しだけ笑う。

 

「誰からも認識されない場所だ」

 

ユウカが顔をしかめる。

 

「意味分かんない」

 

「分かりやすく言おう」

 

少佐は指を一本立てた。

 

「君は自分の机の位置を知っているね?」

 

「当たり前でしょ」

 

「では学園の倉庫の隅にある三年前の壊れた椅子の位置は?」

 

「知らないわよ」

 

「そう」

 

少佐が頷く。

 

「人間は認識していないものを見ない」

 

ノアの目が僅かに見開いた。

 

「盲点ですか」

 

「その通り」

 

少女がぽつりと呟く。

 

「みんな……わすれてた」

 

少佐が頷く。

 

「鬼は暗闇に隠れていたんじゃない」

 

「忘却に隠れていた」

 

ユウカが立ち止まりそうになる。

 

「まさか」

 

『みつけた』

 

ノートの文字が頭を過る。

 

「友達は」

 

「鬼の正体を見つけたんじゃない」

 

少佐が笑う。

 

「鬼の隠れ場所を見つけたんだ」

 

「それって何処ですか!?」

 

勢い勇んで、少佐の顔を見る。

随分と余裕そうに喋っているが、滝のような汗を掻いている。

 

「何、今思うとどうして思いつかなかったかと思うがね」

 

壁にもたれかかり、ふうと大きく息を吐く。

 

周囲にあの染みは見えない。

 

油断なく警戒し、少佐の話の続きを待つ。

 

「ミレニアムは情報の学園だ」

 

「記録が集まる」

 

「保存される」

 

「検索される」

 

少佐の視線がノアへ向く。

 

「そして削除される」

 

ノアが一瞬だけ固まった。

 

「まさか」

 

「そのまさかだ」

 

少佐が笑う。

 

「データというものはね」

 

「削除しただけでは消えない」

 

ノアの顔色が変わる。

 

「バックアップサーバー……」

 

「ご明察」

 

少佐が指を鳴らす。

 

「誰も見ない」

 

「誰も触らない」

 

「存在していることすら忘れられている」

 

そして。

 

「これ以上ないほど暗い場所だ」

 

ここでノアが更に気付く。

 

「だから友達は記録を残した」

 

「そう」

 

「紙のノートだったのは」

 

「電子データが信用できなかったからだ」

 

少佐が笑う。

 

「賢い子だよ」

 

「怪異がデータを喰うなら」

 

「紙に残せばいい」

 

「…目標が決まったわね。引きずり出してやるわ」

 

「今まで、怖がった分の仕返しでしょうか?」

 

「全く君たちはたくましいね」

 

結果として、何の抵抗もなく地下のバックアップセンターまで進めることができた。

 

そこに罠を張っているのか。それとも待っているのか。

 

どっちでもいい。

 

私は絶対に忘れられたりしない。

 

「ノア、そっちからアクセスして!」

 

「はい。徹底的に洗い出します」

 

二人して、PCに取り付きログを洗う。

 

情報の濁流だ。

 

ログの切れ端に削除データ。

 

行方不明者の痕跡。

 

「ビンゴ!」

 

ユウカが叫ぶ。

 

モニターに大量のログが流れる。

 

削除済み。

 

削除済み。

 

削除済み。

 

削除済み。

 

その中に。

 

一つだけ。

 

何度消しても消えていないレコードがあった。

 

「これ……」

 

ノアが目を細める。

 

そこに表示されていたのは。

 

生徒情報。

 

顔写真。

 

所属。

 

学籍番号。

 

そして。

 

行方不明。

 

行方不明。

 

行方不明。

 

行方不明。

 

数百件。

 

「……嘘」

 

ユウカが呟く。

 

消えていなかった。

 

ずっとここにいた。

 

誰にも見つけてもらえなかっただけで。

 

「さて、鬼はまだいるかね?」

 

「おびえてる」

 

飄々といつもの調子に戻った少佐が、鬼がいるだろう暗がりを見詰める。

 

パンと手を打ち鳴らし。

 

「さぁ、楽しかった一夜の怪談も終わりにしようではないか」

 

ノアの指が最後の情報を見つけ出す。

 

「ユウカちゃんもあの子も、それに他の子も返してもらいます」

 

情報が解放される。

 

削除済み。

 

削除済み。

 

削除済み。

 

その表示が。

 

復元中

 

復元中

 

復元中

 

サーバールームのモニターが一斉に点灯する。

 

学籍データ。

 

出席記録。

 

顔写真。

 

SNSアカウント。

 

失われていた全ての情報が次々と復元されていく。

 

そして。

 

ユウカの携帯端末が震えた。

 

『未確認生徒を検知しました』

 

『登録情報を更新します』

 

『生徒数:+1』

 

『+2』

 

『+3』

 

『+4』

 

数字が止まらない。

 

サーバールームの奥が震える。

 

慟哭だろうか。

 

その声がしばらく続き、急に途絶える。

 

「…何とかなったみたいね」

 

椅子の背にもたれかかり、ぐったりと息は吐く。

 

「ええ。お疲れ様です。ユウカちゃん」

 

「少佐もありがとうございました」

 

「何、私としても利がある体験をさせてもらったからね。それで満足さ」

 

最後に、いつの間にか増えている少女に目をやる。

 

どうやらお友達を見つけることが出来たようだ。

 

「貴方達もありがとうね。お陰で助かったわ」

 

「ありがとう」

 

「みつかった」

 

二人の少女が手を取り合って頭を下げる。

 

 

その後、ミレニアム各所で今まで居なかったはずの、だけど何処かで会ったことがある少女達が出現するという珍妙な事態が起こった。

その後始末のためにセミナーが奮闘したのはまた別の話。

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