HELLSINGの少佐がミレニアムで教師をしている話 作:海鮮横丁
「やれ、ナツ君が大聖堂は見ておけというから、来たはいいが」
周囲を見回す。
先程、見覚えのある広場を通り過ぎたあたりで諦めて、広場の椅子に座り込む。
「まさか、迷うとはね。トリニティは広い」
膝に手を置き、困ったように眉根を寄せる。
少佐は大きく溜息を吐いた。
「仕方ない。ナツ君かヨシミ君に連絡を取って案内を頼むとするか。いや、カズサ君も面白そうだな」
端末を取り出し、ウキウキとした様子で連絡先を探す。
ナツ君なら確実。
ヨシミ君も問題ない。
しかし、それでは少々味気ない。
「うん。やはりカズサ君に…」
連絡先を押そうとした指が止まる。
何故なら、ジッとこちらを見ている少女が目に留まったからだ。
白のジャケットを羽織った白髪の少女だ。
随分と意思の強そうな瞳をしている。
「何か困りごとか?」
不意に少女が口を開いた。
「ふむ。実は、大聖堂まで行きたいのだが、迷ってしまってね」
「そうなのか。そこなら場所が分かる。案内しよう」
「助かったよ。知り合いに頼むのもいいが、こういう出会いも悪くない」
椅子から立ち上がり、少女の隣に立つ。
「しかし、聖職者にはとても見えないが、大聖堂に何のようだ?」
「知り合いに大聖堂は面白いから見ておけと言われてね」
「成程、確かにあれは見て損はない。派手だし、隠れるところが沢山ある」
うんうんと頷きながら、足を進ませる。
「そういえば、君名前は?」
「ん。ああ、忘れていた。私は白洲アズサだ」
「ほう。アズサ君だね。私は少佐と呼ばれている。一応ミレニアムの教師をしている」
「おお、ミレニアムの教師。それはさぞ物知りなんだろうな」
感心したように頷き、尊敬したような目でこちらを見上げるアズサ。
「そう大したものでもないよ。私は好き勝手にしているだけだからね」
「しかし、授業で習ったぞ。愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶと。貴方は明らかに賢者側だろう」
「そう見えるかね。私は愚者だよ。何事も試さずにはいられない人間だ」
「だからここに居る」
パンと小さく手を鳴らす。
「…やはり賢者ではないか?私は色々経験したが、そう楽しそうにできないぞ」
「おや、それは勿体ない。折角の人生なのだから楽しみたまえ」
即答したものの、アズサにはよく分からなかった。
楽しむ。
そんなことを考える余裕など、今まであまりなかったからだ。
「ああ、この通りを過ぎたら見えてくるぞ」
通りを抜け、視界が広がる。
光が溢れるというが、こういうことかと理解する。
光の中、荘厳に立つ大聖堂の何と美しいことか。
高く伸びる尖塔は見上げても先端が遠く、巨大な扉はまるで城門のようだ。
どう考えても目印になる建物なのに、どうして自分はここへ辿り着くまで何度も同じ広場を通ったのだろう。
「あれが大聖堂かね。随分と立派だ」
「だろう。この前ヒフミ達とあそこでかくれんぼをしたんだ。楽しかった」
「それはいいことだ。友人は大切にしたまえ」
「ああ、大事にするとも」
少佐の顔をジッと見上げ、小さく手を振る。
「それではな。少佐。楽しかった」
「短い間だが、世話になったね。よければ今夜、食事でもどうかね?」
「…何故?」
「お礼だよ。私も楽しかった。だからお礼に食事を奢る。ああ、私がいやならお金だけ渡そう。友人と食べてきたまえ」
アズサは瞬きをした。
理解できなかった。
案内しただけだ。
それも五分か十分程度。
それで食事を奢る理由が分からない。
「普通、そこまでするか?」
「するとも」
少佐は即答した。
「君のおかげで私は目的地に辿り着けた。それに君との会話は面白かった」
まるで当然のことを言うように続ける。
「人に親切にされたら礼をする。私はそうしたい。だからするだけだ」
「人生は面白い方がいい。君に礼をした方が私が楽しい」
アズサは始めてこの大人に恐怖を感じた。
私達と同じ言葉を喋るだけの別の生き物のようなそんな感覚を。
「…分かった。今夜、食事をしよう。出来るだけ美味しい物を頼む」
「任された」
そう言い、さっさと大聖堂に歩いていく少佐の背を見えなくなるまでジッとアズサは見ていた。
大聖堂に近付くにつれ、その威容は増す。
「さて、来たはいいが案内の子は居るのかね」
無造作に大聖堂の周りを歩き観察する。
丁寧に手入れされた花壇。
塵一つなく清められた窓。
それだけで大切にされているのが、手に取るように分かる。
「あのー見学の方ですか?」
少佐の背に少女の声がかかる。
余裕たっぷりに振り返る。
「ああ。知り合いに大聖堂は面白いから一目見ておけと言われてね」
「まあ!面白いかどうか分かりませんが、私でよければ案内しますよ」
丁寧に一礼する猫耳のオレンジ髪の少女。
シスター服を着ていることからここの関係者だろう。
「私は伊落マリーといいます。失礼ですが、貴方は?」
「私のことは少佐と呼んでくれ」
「はぁ、分かりました。少佐さん。中にどうぞ」
もう一度礼をして、少佐を中に誘う。
興味深そうに周りを観察する少佐。
「ここは古いのかね?」
「すいません。私はまだ若輩者ですので、詳しくは」
「何構わんよ。ここが講堂かね」
開け放たれた扉を通り、大聖堂の中に入る。
「はい。ここで定期的にミサを行っています」
「素晴らしい。神への祈りを捧げるシスター集団というわけだ」
扉を潜った瞬間、思わず足を止めた。
広い。
それが最初の感想だった。
天井は異様なほど高く、まるで空洞になった山の内部へ入り込んだような錯覚を覚える。
色鮮やかなステンドグラスから差し込む光が床を染め、静寂に包まれた堂内に神秘的な彩りを与えていた。
軍人として数多の建築物を見てきたが、これほど「人を小さく見せる」建物はそう多くない。
威圧ではない。
ただ、自らの矮小さを自然と理解させられる。
信仰とは、案外こういう場所から生まれるものなのかもしれない。
そう考えながら、少佐は静かに祭壇へ視線を向けた。
「ここに祀られている神は?」
「すいません。外部の方に詳しく教えることを禁じられていまして」
「ふうん。やはり何処も似たようなものだな」
興味を失ったかのように会話を打ち切り、建物の構造を観察する。
太い柱を見上げる。
砲撃を受けても簡単には崩れないだろう。
信仰のための建物でありながら、同時に避難所としても成立している。
人間の考えることは昔から変わらない。
「ええと。少佐さんは外から来られたのですか?」
「そうだね。お陰で面白いものを沢山見ることが出来た」
マリーが何とか会話を繋ごうと質問を繰り返す。
「面白いものなら、噴水広場は見られましたか?」
「ああ、あそこか。あれはいいね。集まりやすい」
「そうですよね。私も休みの日なんかはあそこで集まってから買い物に行ったりします!」
微笑みを浮かべ、何とか会話が続いたことを喜ぶマリー。
「やはり外の世界の人から見て、大聖堂は珍しいですか?」
「この規模の物は中々見ないね。ここが一つの拠点として機能する規模だ」
「?そうですね。定期的に炊き出しも行っています」
「ほう。やはり人間が考えることは似通ってくるのだな」
頷きながら、マリーの顔を見る少佐。
少佐の視線にたじろぐように一歩下がるマリー。
「な、何でしょうか?」
「君の上司ならもっと詳しく説明してくれるかい?」
「サクラコ様なら…ですが、話してはくれないと思います」
ゆっくりと廊下を歩きながら、少佐の質問に答える。
「ふむ。それなら仕方ないか。面白いものが聞けると思ったが」
「すいません。浅学な物で」
「何、君の責任ではないよ」
少佐が上を見上げ、見事に彫り上げられた彫刻を見詰める。
何かのレリーフだろう。
「これは何を表した彫刻だね?」
「昔、聞いた話ですが、当時のシフターフッドの活躍の一部を描いたものだとか」
「ほう。それは面白いことを聞いた」
「そのサクラコ君という子が詳しいのかね?」
「ええ!きっとサクラコ様も喜びます!」
花が咲くような笑顔で少佐の提案を喜ぶマリー。
「そういえば、サクラコ君はどういう立場だね?」
「ああ、はい。私達シスターフッドの責任者になります」
「ほう。外の世界の神父や司祭といったところか。いや、規模でいうなら大司教か?」
「…それはよく分かりませんが、サクラコ様は優しい方ですよ」
「君は随分と信頼しているようだ」
少佐の質問に照れたようにはにかむマリー。
「こんな私によくしてもらっていますから」
「君にとってはよき先輩なのだね」
「はい」
マリーは嬉しそうに頷いた。
少佐はそんな彼女を見て、ふと笑みを浮かべる。
「それは実に幸運なことだ」
「幸運、ですか?」
「ああ。尊敬できる相手が居るというのは中々得難い」
そう言って再び歩き出す。
長い廊下に二人分の足音が響く。
「私はね。昔から権威者というものが苦手でね」
「え?」
「将軍も大臣も神父も嫌いではないが、信用はしていない」
さらりと言われた内容にマリーは目を丸くした。
教師が口にするには少々過激な発言だ。
「で、ですが……」
「だが、例外はある」
少佐は壁に飾られた古い肖像画を眺めながら続ける。
「実際に会って、この人間は信用できると判断した相手だ」
「サクラコ様もそうなるかもしれませんね」
「かもしれない」
少佐はあっさり頷いた。
「会ってもいない相手を信じるほど私は純粋ではないのでね」
「そういうものですか?」
「そういうものだ」
即答だった。
マリーには少し不思議だった。
トリニティには聖職者が多い。
だから相手を信じることは比較的当たり前の価値観だった。
もちろん疑うこともある。
だが少佐は根本から違う。
信じるのではない。
観察する。
理解する。
そして判断する。
そんな印象を受けた。
「少佐さんは、人を信じるのが苦手なんですね」
「逆だよ」
少佐は笑った。
「私は人間が大好きだ」
「え?」
「だからこそ興味がある」
マリーはますます分からなくなる。
人を信用しない。
だが人間は好き。
矛盾しているようにしか聞こえなかった。
少佐はそんな彼女の顔を見て楽しそうに続けた。
「信用というのはね。期待でもある」
「期待?」
「この人は裏切らない。この人は正しい。この人は善人だ」
一本指を立てる。
「そう決めつけるのは失礼だと思わないかね?」
マリーは言葉を失った。
そんな考え方はしたことがなかった。
「人は善人にも悪人にもなる。立派な人間も間違える」
少佐は天井のステンドグラスを見上げる。
差し込む光が瞳に映る。
「だから私は期待しない」
「でも、それだと寂しくありませんか?」
「全く」
少佐は即答した。
「期待していなければ、親切にされる度に嬉しいからね」
その言葉にマリーは思わず瞬きをした。
少佐は本気でそう言っている。
だからアズサに礼をした。
だから今もマリーとの会話を楽しんでいる。
何かを返してもらうためではない。
ただ面白いから。
ただ嬉しいから。
「……変わった方ですね」
「よく言われる」
「サクラコ様もそう仰るかもしれません」
「それは楽しみだ」
少佐は満足そうに笑った。
角を一つ曲がる。
講堂に帰って来たのだ。
マリーの案内が終わったのだ。
「いやはや。楽しい時間をありがとう。マリー君」
「…いえ、こちらこそ。貴方にも幸多からんことを」
両手を組み、少佐に祈りを捧げるマリー。
サクラコ様がおもしれー女らしいから次のガチャで是非来て欲しい