HELLSINGの少佐がミレニアムで教師をしている話 作:海鮮横丁
事務所に電話の音が響く。
「はい、便利屋68です」
優雅に受話器を取り、耳元に充てる。
「はい。ご依頼ですね。我々、便利屋はいかなる依頼でも達成します!」
段々と声が上ずっていく。
それをソファで聞いていた3人は何とも言えない顔で社長を見ている。
「くふふ。また変な依頼だったりして」
「この前みたいのは勘弁してほしい」
「…アル様楽しそう」
電話が終わったのか本当に上機嫌で受話器を置く社長。
「皆!ミレニアムから依頼が来たわよ!」
「はい、ミレニアムから依頼ですか?ノア何か聞いてる?」
「いえ、何も。何かの間違いでは?」
セミナー室で便利屋を迎えたユウカとノアは怪訝な顔を示す。
「また騙されたのアルちゃん?」
ムツキの一言に、アルの眉がぴくりと動く。
「騙されてないわよ!」
「前もそう言って変な清掃ボランティアやらされてたじゃん」
「うぐっ」
痛いところを突かれた。
「でも今回は本物よ!ちゃんとミレニアムからの依頼だって言ってたもの!」
胸を張るアル。
しかしユウカとノアは顔を見合わせる。
「……本当に?」
「少なくとも私は何も聞いていませんね」
「ほらぁ」
ムツキがにやにやと笑う。
「まだそうと決まったわけじゃないでしょ!」
アルが反論したその時。
コンコン。
セミナー室の扉が叩かれた。
「失礼します」
入ってきたのは一人の少女だ。
ミレニアムの制服を着ているところを見るとここの学生だろう。
「あ、時間通りですね。少佐の元に案内します」
「……え?」
ユウカが目を瞬く。
「本当に依頼だったの?」
「だから言ったじゃない!」
アルが勝ち誇った顔になる。
ムツキが面白くなさそうに頬を膨らませた。
「ちぇー。本物だったか」
少女に案内され、便利屋68の四人はミレニアム校舎の奥へと進む。
「本当に依頼だったのね……」
未だに信じられないと言いたげなユウカ。
「だから言ったでしょう!」
「それより、貴方は海洋生物研究部の子よね?何で少佐の所に居るの?」
「少佐にお願いされたんですよ。ユウカ君達に内緒にしてくれって」
何でもない様子で秘密を明かす少女。
「…少佐てどういう人?」
隣をのんびりと歩くノアにカヨコが問いかける。
「生粋のトラブルメーカーにして、人を煽る天才といったところでしょうか」
「うっわ、碌な評価じゃないね」
楽しそうに笑いながら目の前を歩く少女の背を見る。
目的地に着いたのか少女の足が止まる。
「ここに案内するように言われました。それでは中にどうぞ」
一礼し、逃げるように去っていく。
その後ろ姿に少し寒気を覚えながら部屋に入っていく。
部屋に入った瞬間。
全員が足を止めた。
「……何これ」
ムツキが率直な感想を漏らす。
広い。
まず広い。
学生の私室というより応接室だ。
壁一面の本棚。
大型モニターが複数。
中央には高級そうなソファセット。
窓際には観葉植物が並び、妙に手入れが行き届いている。
「久しぶりに入りましたね、少佐の私室」
「前と調度品が違うわね。あれ玄武商会の奴じゃないの」
棚の上に置かれた動物の置物を見て、眉根を寄せるユウカ。
部屋内をぐるりと視線を走らせるノア。
そして、窓際に立ち、こちらをゆったりと眺める少佐の姿。
真っ白なスーツを着込み、楽しそうにこちらの反応を見ている。
「おや、ノア君とユウカ君も来たのかね。まあ強く留めなかったしな」
「少佐、おふざけならお止めください」
「今度は何をやったんですか?」
二人してずかずかと部屋に入り込み、少佐に詰め寄る。
「…あの人すごい人なんじゃないんですか?」
「まあ先生もすごい人だけど何処か抜けてるし…」
「ぶームツキちゃん退屈だよー」
「これは厄介事かなまた」
カヨコは小さな溜息を吐く。
「さて、全員揃ったようだね」
少佐は悠然とソファへ腰を下ろした。
その仕草だけ見れば映画に出てくる大企業の重役そのものだ。
問題は――。
「その顔やめてもらえます?」
ユウカが即座に指摘した。
「どの顔かな?」
「何か企んでる時の顔です」
「失礼な。私は常に誠実だよ」
「その台詞を信じる人、ミレニアムに居ます?」
「……」
「……」
ノアとユウカが無言で見つめる。
少佐は肩を竦めた。
「一人くらいは居ると思うのだが」
「居ないんですね」
即答だった。
便利屋の四人も何となく理解し始めていた。
この人は駄目だ。
先生とは別方向に信用出来ない。
「それで依頼って何なんですか?」
カヨコが本題へ戻す。
すると少佐は満足そうに頷いた。
「うむ。実に良い質問だ」
机の上に置かれたリモコンを手に取る。
大型モニターが点灯した。
そこに映し出されたのは。
『迷路』
の二文字だった。
「…は?」
ひどく冷めたユウカの声が響く。
「最近、海洋生物研究部の子が地下に空洞を見つけてね。面白そうだったから君達に極秘で迷路を作ったのだ」
机の上で指を組み、挑発するように便利屋の顔を順に見る。
「…少佐、後で覚悟してください」
「ドクも呼んでください。きっと後悔させてあげます」
にっこりとそれはそれは綺麗な顔で少佐に迫る。
「えーっと?要は暇に飽かして迷路を作ったから攻略して欲しいってこと?」
「うむ。その通りだ。成功報酬として1000万クレジット出そう」
「また、君達の成果に関わらず1人あたり50万クレジット出す」
アルの返事が部屋中に響いた。
「やります!!」
即答だった。
「アル様!?」
「社長!?」
「アルちゃん早いって!」
三者三様のツッコミを受けながらも、アルは机に両手を突いて身を乗り出す。
「だって一人五十万よ!?失敗しても五十万!成功したら追加で一千万!」
「そうだけどさぁ」
「これは罠の匂いがする」
カヨコが断言する。
少佐を見る。
少佐はにこにこしていた。
「うむ」
「ほら」
「しかし私は報酬について嘘を吐いたことはないぞ」
「依頼内容については?」
「たまに省略する」
「最低ですね」
ノアが即答した。
少佐は楽しそうだった。
ユウカは頭を抱えている。
「そもそも何で便利屋なんですか……C&Cとかに頼めばいいでしょう」
「彼女達は優秀だからね」
「褒めてます?」
「いや」
「いやなんだ」
少佐は椅子に深く腰掛けた。
「迷路とは本来、未知への挑戦だ」
「嫌な予感しかしない」
「そして優秀な者は最適解を探してしまう」
「つまり?」
「面白くない」
沈黙。
「……」
「……」
「……」
「……」
「つまり娯楽目的じゃないですか!!」
ユウカが机を叩いた。
少佐は堂々と頷いた。
「その通り」
「開き直りましたよこの人!」
ノアが静かに額を押さえる。
便利屋の面々も何となく理解した。
この迷路。
絶対に普通ではない。
「で、その迷路には何があるの?」
ムツキが面白そうに尋ねる。
指を1本立てる。
「基本的にはただの迷路だ」
2本。
「迷路や迷宮には罠が付き物だろう?」
3本目。
「番人も必要だ」
指を伸ばし、パンと乾いた音を響かせる。
「さて、便利屋諸君。覚悟はいいかね?」
にんまりとまるで罠に誘い込んだ悪魔のように笑う少佐。
「…ねえ、これ大丈夫な奴?」
思わずといった感じでユウカに確認を取るアル。
「…えーっと。ですね。基本的には多少の怪我をするかもしれません」
「わお!面白そう」
頭を抱えたユウカとは正反対に物騒な笑みを浮かべるムツキ。
「基本的には生徒を害そうという気が少佐にはありません。それは我々が保証します」
「…一気に不安になったね」
「…サメとかに襲われませんかね」
「ええい!女は度胸よ。やってやろうじゃないの!」
力強く宣言し、少佐を真向から睨みつけるアル。
その迫力に対し、何とも嬉しそうな笑顔を浮かべ拍手を贈る少佐。
「素晴らしい。君は今から挑戦者だ」
一しきり拍手を贈り、満足したのかポケットから通信機を取り出す。
「ドク。依頼を受けてくれるそうだ。案内してやってくれ」
『おお、これはこれは。何とも嬉しいことですね少佐殿』
通信機の向こうから聞こえる男性の声。
少しして。
ガコン。
重い金属音と共に壁の一部が横へと開いた。
「うわっ!?」
思わずムツキが飛び退く。
隠し扉だった。
その奥から現れたのは白衣を着た男性。
血に染まったような白衣を身に着けている。
ゴーグルにも血の染みのような物が浮かんでいる。
怪しさしかない異形の男性が立っていた。
「彼がドクだ。迷宮の入り口まで案内してくれる」
「はい。皆さん。こちらをどうぞ」
いそいそと近付き、紙を順に渡してくるドク。
「何これ?」
「…簡単な地図みたいね」
「ええ。この迷宮の概略図です。どうぞお使いください」
随分と丁寧にお辞儀をし、隠し扉まで下がる。
「……」
「……」
「……」
四人揃って地図を見下ろす。
最初に口を開いたのはカヨコだった。
「これ、概略図って言った?」
「はい」
ドクが頷く。
「地図ってもっと見やすくない?」
「…い、一応入口と出口は書かれてますよ」
「後は部屋数も書いてるわね。ちっさい数字が」
「ゲームブックのおもちゃかこの地図は」
呆れたように溜息を吐くと何が面白いのか肩を震わせるドク。
「失礼失礼」
ドクは口元を押さえる。
「皆様、同じ反応をなさるもので」
「皆様?」
カヨコが聞き返した。
「はい」
にこやかに頷く。
「C&Cの皆様も同じことを仰いました」
沈黙。
「待って」
ユウカが手を上げた。
「今、何て?」
「C&Cの皆様も同じことを仰いました」
「挑戦済みなの!?」
ドクは首を傾げた。
「言っておりませんでしたか?」
全員が少佐を見る。
少佐は窓の外を眺めていた。
「少佐」
「何かな」
「何人攻略失敗したんです?」
「覚えていない」
「覚えてください」
二人の漫才を無視して、アルを囲んで話合う。
「ムツキちゃんは受けたいな。面白そうだし」
「私は反対。胡散臭すぎる」
「うっ。正直私もちょっとどうしようかと思ってるのよ」
「…皆さんの意見に従います」
コソコソと話すこちらの様子が面白いのか、いつの間にか用意した紅茶を飲みながら眺めている少佐。
「君らが受けるも受けないも自由だよ」
煽るでもなく淡々と告げる口調。
興味も感心も失ってはいないが、熱だけが溶けているそんな声。
「勘違いしないでほしいのだがね」
紅茶を一口飲む。
「私は君達に攻略してほしい」
「でしょうね」
ユウカが即答した。
少佐は小さく笑う。
「だが挑戦とは自ら選ぶから面白い」
窓の外へ視線を向ける。
「押し付けた時点で、それはただの作業だ」
「…う、受けるわ!その挑戦!!」
アルが立ち上がり少佐の顔を睨む。
「C&Cが失敗したから何よ!私達は便利屋68なのよ!!」
その啖呵に3人の少女は楽しそうに笑う。
「よろしい。では、頑張りたまえ」
石造りの階段をドクに先導されて降りる。
壁には松明を模したライトが設置され、足元を照らす。
「全然ジメジメしてないね」
ムツキが壁を何度か撫でるが、特に湿った様子もない。
「何というかミレニアムてやっぱすごいのね」
上を見ると自然洞窟のように作り込まれた天井が目に入る。
「あまり自然のままではカビますからなあ」
ひょいひょいと軽い調子で階段を降りるドク。
「そういえば、少佐とは長いの?」
「ええ、それはもう。何年になるかはもう覚えていませんが、彼に拾われなければ私は死んでいたでしょうな」
今日の晩御飯の話をするように軽い調子で言い放つ。
「…貴方も救われた人なんですね」
小さくハルカが呟く。
「さ、もう着きますよ」
ドクの声に顔を上げる。
階段を降り切った先には大広間があった。
天井は体育館のように高く、洞窟を模した岩肌の間に照明が埋め込まれている。
壁際にはソファや給水機、自動販売機まで並び、まるでアミューズメント施設の待機エリアのようだ。
だが、その中央に鎮座する巨大な鉄扉だけが異様だった。
幾重ものロック機構を備えた分厚い扉は、まるで何かを閉じ込めるために存在しているようにも見える。
ごくりと生唾を飲み込む音がする。
「……思ったより本格的じゃない」
アルが声が震えないようにしながら声に出す。
「ねえねえ、爆破して入っちゃダメ?」
無邪気に鞄を軽く揺するムツキ。
「本格的に帰りたくなってきた」
首を何度も振り、夢なら覚めて欲しいと願うカヨコ。
「あそこの扉がスタートです。先ずは軽く食事でもどうですかな」
ドクがいそいそとキッチン部分に向かい、何かの準備を始める。
「ちょっと待ってちょうだい!?何でこんな怪しい空間で食事!」
アルの悲鳴のような制止の声がドクの背中に刺さる。
「おや、お腹は空いてませんか?空腹では判断を誤ることが多いですよ」
にこやかにこちらを案ずるようにドクは言う。
「…今までの挑戦者の話?」
「はい。これまで6組の挑戦者が挑みましたが、誰もクリアできませんでしたね」
やれやれとでも言うように首を振るドク。
「へえ?誰が挑戦したか聞いてもいいやつ?」
挑発するようにムツキの眉が寄る。
「ええ。構いませんよ。最初はリオ君のアヴァンギャルド君。これは迷路をドリルで突破しようとしたため失格」
「2組目は、その噂を聞きつけたらしいヒマリ君の指示を受けたエイミ君とトキ君。彼女等は迷路の半分程であえなく失格」
「3組目は、ゲーム開発部。この子たちは途中で空腹で諦めた」
「4組目は、エンジニア部。探知機を使い迷路のマップを作りあげたまでは良かったけど、スタミナが足りず失格」
「5組目は、C&C。彼女等は最後の番人までは行けたが突破できず失格」
「6組目は、たまたまここに遊びに来ていたイオリ君たち。残念ながら彼女等も始めの方で失格」
淡々と事実を数えるように読み上げるドク。
「へえ」
ムツキが楽しそうに笑う。
「つまり私たちが初めてのクリアチームになるってこと?」
ドクの口元が愉快そうに歪む。
まるで楽しみにしていた演目がようやく始まる子供のようだった。
「楽しみにしているよ」
「では、何か食べるかい?」
「ザワークラウトもあるし、ハンバーガーも作れる」
キッチンを一度丁寧に拭き、エプロンをいそいそと付け出すドク。
「何でメニューだけは妙に充実してるのよ!」
アルが頭を抱える。
「あぁ、キチンとメニュー表もあるよ。好きな物を選んでくれ」
机の上にメニュー表を置き、ニコニコと注文を待つドク。
恐る恐るメニュー表に目を通すと、そこらのレストランのような量が書かれている。
「…これ全部1人で作るんですか?」
心配そうにドクを見上げるハルカ。
「うん?私が好きで作っているからね。苦ではないよ」
安心させるようにハルカの方に会釈をするドク。
「え、何これ。普通に美味しそう」
メニュー表に張られた写真を指差すムツキ。
「え、ホントだ。何々、アムール貝の蒸し焼き?」
一気に興味を持っていかれたのだろうムツキと一緒に食事を選び出したアル。
「……迷路よりこっちの方が気合入ってない?」
呆れたように、今日何度目になるかも分からない溜息を吐くカヨコ。
「迷路自体は少佐殿の趣味だからね。保守管理もロボットがやってくれる。私は趣味と実益を兼ねて料理をしているのさ」
自慢するように胸を張るドク。
「…何か困ったこととかはありませんか?」
「最近だと冷蔵庫を増設したり、食材の交渉に出向いたりと楽しんでいるよ」
その答えに安心したのかにへらと笑い、アルに呼ばれて一緒にメニュー表に目を通すハルカ。
「ご飯美味しかったわ!ありがとうドク!」
輝かんばかりの笑顔で食事の礼を言うアル。
何度もお辞儀をするハルカ。
満足そうに唇を舐めるムツキ。
若干、食べ過ぎてしまったと後悔するカヨコ。
その4人を満足そうにニコニコと眺め、迷路の入り口に誘うドク。
「さ、腹ごなしにどうぞ」
にこやかに鉄扉を示すドク。
「アルちゃん。忘れてたて顔してるよ」
「まあ本当にご飯美味しかったし」
「…私も忘れてましたごめんなさいアル様」
ひそひそと相談する3人。
パンと軽く頬を叩き、気合を入れるアル。
「さ、行くわよ皆!」
扉がゆっくりと開き、何処か冷たい空気が漏れ出す。
恐る恐る石畳の廊下を進む。
明かり自体は十分にあるが、罠がないとは限らないため慎重に進まざるおえない。
「壁も抜けないみたいだしね」
こんこんと軽く指で叩くも随分と固い感触が返ってくる。
「外が水の可能性もあるしね。気を付けないと」
「…爆薬も銃もあまり使わない方がいいんですかね」
コソコソと後ろをついてくるハルカ。
暫く慎重に進むとこれ見よがしに怪しげな扉が正面に見えてくる。
「…怪しいわね」
「突破させたいらしいから暴れても大丈夫な部屋とか?」
「可能性はあるけど、ハルカ。周辺の探索をするよ」
「…はい」
全員で周辺の壁を床を探る。
「んー?ハルカちゃんちょっとこっちおいで」
「…何かありましたか?」
ゴソゴソと壁と柱の間に手を入れるムツキ。
「何かここにあるんだけど届かなくて」
「…分かりました。変わります」
おずおずと前に出たハルカが細い腕を隙間へ差し込む。
「もっと奥」
「はい……あ、何かあります」
指先に硬い感触。
慎重に掴み、引き抜く。
出てきたのは真鍮製のレバーだった。
「うわ、本当にあった」
「隠しスイッチね」
アルとカヨコが近寄る。
レバーの根元には小さなプレート。
『押すな』
とだけ刻まれていた。
四人が沈黙する。
「押せってことだね」
「押せってことね」
「押せってことですね」
三人が即答した。
「いや絶対違うでしょ」
カヨコだけが冷静だった。
「こういうのは押した瞬間に岩が転がってきたりするのよ」
「でも調べないと進めないんじゃない?」
ムツキが首を傾げる。
「それはそうだけど……」
「アル様」
ハルカがおずおずと声を掛ける。
「何?」
「反対側に小さく何か書いてあります」
プレートを裏返す。
そこには小さな文字で。
『押さないと開かない』
「押せじゃない!」
思わずアルが叫んだ。
「親切なんだか意地悪なんだか分からないわね……」
カヨコが額を押さえる。
「じゃ、押すよー」
ガコン。
ムツキが躊躇なくレバーを倒す。
次の瞬間。
目の前の怪しげな扉が左右に開いた。
重々しい駆動音が響く。
「……何も起きない?」
「珍しい」
「少佐殿もたまには素直なんだね」
四人が警戒しながら扉の先を覗き込む。
その先にあったのは――
巨大な部屋いっぱいに並べられた無数の扉だった。
「」
全員の動きが止まる。
部屋の入口には立て札。
『第一迷宮 正しい扉を選べ』
「帰っていい?」
カヨコが本日二度目の本音を漏らした。
「うっわ、ここで謎解きか」
「どっかにヒントがあるはずよ探すわよ!」
入ってきた側の壁を丹念に調べ始めるアル。
看板に近付き、上下左右を見ていくムツキ。
近くの扉を無造作に開けるハルカ。
「え、ちょっと?」
止める間もなく扉が開く。
『ハズレ』
と声が上空から響く。
「うわああ!すいませんすいません!!」
「いや、分かるよ。絶対適当に開けたくなるもん」
ムツキがうんうんと頷く。
「ご、ごめんなさい……」
縮こまるハルカ。
すると。
ゴウン。
どこか遠くで重い音が響いた。
四人が顔を見合わせる。
「……今の何?」
アルが警戒する。
ゴウン。
再び音。
今度は少し近い。
「何か動いてる?」
カヨコが銃に手を掛ける。
そして。
天井から紙が一枚ひらひらと落ちてきた。
「紙?」
アルが拾い上げる。
そこには達筆な文字で。
『残機-1』
と書かれていた。
「残機あるの!?」
思わず叫ぶ。
『現在残機 9』
裏面にはそう記されている。
「いやいやいや」
カヨコが待ったを掛ける。
「つまり十回間違えたら終わりってこと?」
「そういうことじゃない?」
ムツキが気楽に言う。
「全然気楽じゃないわよ!」
アルのツッコミが響く。
「で、でも九回もありますよ?」
「その発想は危険だと思う」
珍しくハルカを即座に否定するカヨコ。
その時。
また紙が落ちてきた。
『ちなみに現在最短記録保持者はヒマリ組。残機10で突破』
「一回も間違えてない!?」
『ゲーム開発部。残機0』
「途中で何やったのあの子たち」
アルが頭を抱える。
さらに紙。
『イオリ組。残機0』
「何か納得した」
四人が同時に頷いた。
『アヴァンギャルド君。残機9』
「意外と優秀!」
『ただし壁を掘ったため失格』
「やっぱり駄目じゃない!」
紙を握り締めるアル。
どうやらこの迷宮。
やたらと実況好きな何者かがいるらしい。
「……何か少佐の笑い声が聞こえる気がする」
カヨコが遠い目をした。
その瞬間。
天井のスピーカーから軽快な電子音が鳴る。
『ヒントが必要ですか?』
全員が固まった。
『ヒント使用時、残機を一つ消費します』
「ソシャゲじゃないのよ!」
アルの悲鳴が第一迷宮に響いた。
「あーこれは確かに集中力切れるわ」
「取り敢えずヒント貰って考える手もあるわね」
ぐったりと背中合わせに座るムツキとアル。
その横で体育座りをするハルカ。
1人、立て看板を引き抜き、丹念に眺めるカヨコ。
「…あ、これか。ヒント」
指を這わせて確認するように呟く。
「え、何々あったのカヨコちゃん!」
「うん。それっぽいかな。ここなんだけど」
看板を持って3人の元に向かう。
「何か描いてありますね?」
ハルカが首を傾げる。
看板の裏面。
そこには薄く削られたような線が何本も刻まれていた。
最初は傷にしか見えない。
だがカヨコは指でなぞる。
「違う。これ文字」
「え?」
アルたちも覗き込む。
薄い線を目で追う。
やがて文章が浮かび上がった。
『正しい扉は一つ』
「それは知ってる」
アルが即座に突っ込む。
「その下」
カヨコが続きを読む。
『ただし嘘つきは二人』
四人が黙る。
「……扉に何か書いてある系?」
ムツキが周囲を見回す。
改めて扉を見る。
無数に並ぶ扉。
よく見ると全てにプレートが付いていた。
一番近い扉。
『右隣が正解』
二枚目。
『左隣が正解』
三枚目。
『この列に正解はない』
「なるほど」
カヨコが溜息を吐く。
「論理パズルね」
「うわぁ」
アルが露骨に嫌そうな顔をする。
「私は爆破の方が好き」
「ムツキ、それは大体いつもでしょ」
四人は扉を一つずつ確認していく。
全部で十枚。
それぞれ違う文章が書かれていた。
そして入口近くの壁には追加の注意書き。
『十枚の扉のうち八枚は真実を語る』
『二枚だけが嘘を語る』
「つまり」
カヨコが腕を組む。
「嘘つき二枚を見つければ正解も見つかる」
「これは確かにミレニアムの子なら速攻で解けるわ」
「イオリはともかくチナツは解けると思うけど」
「人海戦術で総当たりでもしたのかな」
各々で感想を言いながら、扉を再度調べる。
ハルカが恐る恐る手を挙げる。
「あの……」
「どうしたの?」
「これ……全部読む必要ありますか?」
三人が振り返る。
ハルカは一番端の扉を指差した。
そこには。
『正解の扉は偶数番号である』
と書かれている。
そして反対側の端。
『正解の扉は奇数番号である』
「……」
「……」
「……」
沈黙。
最初に動いたのはカヨコだった。
「なるほど」
「え?」
「この二枚のどちらかは必ず嘘」
「おお」
アルの目が少し輝く。
「つまり最初から嘘つき候補が一枚確定」
「はい」
ハルカが小さく頷く。
「だから、この二枚を基準に考えれば……」
「ハルカちゃん」
ムツキが肩を叩く。
「え?」
「かっこいいよ!褒めてあげる」
わしゃわしゃとハルカの髪を撫でるムツキ。
「ひゃっ」
びくりと肩を震わせる。
「ち、違いますよ!?」
「いや今のはファインプレー」
カヨコまで肯定した。
「よし!」
アルが勢いよく立ち上がる。
「正解はこれね!」
「社長、ごめんその隣」
「え、嘘。これでしょ?」
あっさりとアルの隣の扉を開けるカヨコ。
上空から正解のベルが鳴る。
「う、嘘でしょ?」
「まあこの手のはカヨコちゃん強いから」
「わ、私も分かりませんでしたから」
2人でアルの背中を撫でる。
「で、また廊下か。これは迷路の構造自体は単純かな」
正解の扉から見える景色を先に確認するカヨコ。
「ハルカ。手榴弾貸して」
「はい。課長」
ピンを抜かずに置くとそのままコロコロと迷路の奥に転がっていく。
「うっわ。微妙に傾斜させてるんだ。いやらしい」
「悪趣味ねー全く」
「多分、もっといやらしい手が多いと思うけど」
上空を睨みながらカヨコが大きく息を吐く。
「傾斜させて微妙にカーブさせてるんだこの道」
「多分、普通なら気付かないようにね」
「何で、こんな悪いこと考えれるのかしらあの人」
「…帰ったら爆破してもいいですかね」
慎重に歩きながら手榴弾をいくつも転がす。
コロン。
コロン。
コロン。
転がした手榴弾は途中までは真っ直ぐ進む。
だが。
途中から僅かに右へ。
さらに進むと今度は左へ。
まるで見えない川に流されているように。
「……ああ」
カヨコが眉間を押さえる。
「何?」
「床が歪んでる」
「え?」
「これ全部、人を迷わせるための誘導路」
「ちょっと!貴方ホントに性格悪いわよ!!」
思わずといった感じに天井に向かって叫ぶアル。
それに応えることなくスピーカーからは沈黙が返る。
「傾斜ついたらどうなるんですか?」
カヨコの隣にひょいと顔を出し、ハルカが疑問を口にする。
「簡単に言えば疲れる」
「?」
「人は無意識に水平を基準に歩くの」
「でも床が歪んでると、ずっと体が修正し続ける」
「気付かないうちに体力が削られるし、真っ直ぐ歩いてるつもりで曲がる」
「……最悪ね」
「最悪だね」
3人揃って溜息を吐く。
この迷路を作った少佐はかなり人間に詳しいようだ。
それも嫌な方向に。
天井に向かって未だに吠えているアルを捕まえて、ゆっくりと歩きだす。
大体5m程進んでは手榴弾を転がし、傾斜を確認する。
手榴弾を転がしながら進む。
コロン。
コロン。
コロン。
途中で。
カラン。
「?」
音が変わる。
カヨコが眉をひそめる。
「止まった?」
先へ進む。
立て看板に当たったらしく、その足元に手榴弾が転がっている。
「今度は何よ!」
ずかずかと無警戒に看板に近付くアル。
「アルちゃーん。危ないよ?」
「きー!何よ第2迷宮中間ポイントって!?そりゃ体力もなくなるわ!!」
アルが看板をばんばん叩く。
「…カヨコちゃん的にはもう半分?まだ半分?」
「どっちかというともう半分かな。体力は削られたけどそれは休めばいいし」
「まだやれます!」
「アルちゃーん。ちょっと休憩しようよ。ムツキちゃん疲れた」
怒りが冷めやらぬのか看板に向かって銃を取り出しているアルに声をかける。
「一発撃ってから休憩しましょう!」
引き金を引く。
バンッ。
看板が揺れる。
壁に当たり、酷く軽い音を響かせる。
「は?」
「え、隠し部屋?」
「…あー攻撃されるの前提で看板置いてるんだ。ホント性格悪い」
ゴゴゴゴゴ。
看板の後ろの壁が横に開いた。
「うわあ、アルちゃん大正解だよ!」
「ま、まあね!私にかかればこんなもんよ!」
「アル様流石です!」
「はいはい。良かった。で、この部屋は何?」
カヨコが壁に身を寄せ、中を伺う。
中は休憩室兼ショートカットのようで、反対側には第3迷宮入り口と書かれたプレートが張られた扉が見える。
「…嘘くさいな」
「ま、取り敢えず休憩だけはしましょう」
「そーそー。ソファに座ってゆっくりしようよ」
「わ、私は床でいいです」
「ダメー。ハルカちゃんは私と一緒にソファで休憩」
ムツキがハルカの腕を引っ張る。
「ひゃっ」
そのまま二人でソファへ座る。
ぽすん。
柔らかい感触。
「……普通のソファですね」
「普通のソファだね」
ムツキが何度か飛び跳ねる。
「平気そうね」
アルも隣のソファにゆったりと腰掛けて、丹念に部屋を調べるカヨコを見る。
カヨコは部屋を一周していた。
壁。
天井。
床。
給水機。
観葉植物。
時計。
全部確認する。
溜息を吐く。
「…ダメだ。全部怪しく見える」
「ま、仕方ないんじゃない?」
ケラケラと笑いながら、アルの隣を指差す。
「カヨコちゃんも座りなよ。さっき冷蔵庫の中を確認したらジュースもあったよ」
カヨコの目の前で缶を振る。
「これ飲まないの?」
「飲まない」
即答。
「毒でも入ってると思ってる?」
「思ってる」
「酷い」
ムツキが笑う。
カヨコは缶を受け取る。
裏を見る。
賞味期限。
製造番号。
成分表。
全部確認。
開ける。
匂いを嗅ぐ。
少し舐める。
三十秒待つ。
異常なし。
「……」
一口飲む。
普通に美味しい。
「どう?」
「普通」
「だよねー」
ムツキは二本目を開ける。
「ハルカ!アイスもあるわよ!」
「わ、私なんかが貰っては…!」
「社長命令よ。一緒に食べなさい!」
ウキウキとアイスのフタを剥がし、食べ始めるアル。
それを見て、恐る恐るアイスにスプーンを入れ、食べ始めるハルカ。
「状況を整理したいんだけど、いい?」
一通り休憩し、体力も気力も回復させた便利屋一同の顔を順に見るカヨコ。
全員が頷きを返す。
「先ず①ここはミレニアムの海中もしくはそれに近いところに作られた迷路」
「次②少佐の発案によって秘密裡に作られた施設である」
何故か置いてあったホワイトボードに書いていく。
「海中の割には湿気もないよねえ」
「…はい。蒸し暑くもありません」
「地下なのは間違いないみたいだけどね」
書かれた内容を見ながら各々感想を呟いていく。
「極論をいえば場所が何処かは気にしなくてもいいけどね」
ペンを持ち、続きを書く。
「③この施設は少佐の趣味と実益を兼ねた実験空間」
「いい趣味してるよねー少佐。ムツキちゃん気に入っちゃった」
そう言いながらも目は笑っていない。
「…何が目的なんでしょうか?」
「単純に考えたら何処かでモニターしてて、私達の様子を見て笑ってるとか?」
「④迷路は単なる罠じゃなくて“人間の行動データ収集装置”の可能性」
「うん。社長が言ってくれた奴だね」
書き終えたペンのフタを閉める。
「多分、人間がどのような環境に置かれたら、どう反応するかってのを見たいんだと思う」
パチパチと拍手の音がスピーカーから響く。
『やはり、頭の回る子がいると違うね。C&Cの子たちなんて考える前に殴れだからね。ロマンの分からない子たちだ」
少佐の楽し気な声が響く。
「あーやっぱモニターされてたか」
「まあ、少佐からしたらアトラクション扱いだろうし」
スピーカーの辺りを睨みながら銃を構える。
『さて、第2は突破だよ。第3に向かいたまえ』
言い終わる前に今まで空いていた岩が閉じ、反対方向にある扉が開く。
部屋を沈黙が満たす。
「あ、そうだ!少佐。迷宮の数教えてよ!」
スピーカーから今度はドクの声が響く。
『ああ、すまない。言い忘れていたよ。迷宮自体の数は5だ。第3から体力を使うものが多いから気を付けてくれ』
ぶつんとスピーカーが切れる音がする。
「…何なんでしょうか?」
ハルカが呆然と呟く。
「ムツキ、扉の警戒してて。カヨコ、そっちの壁もうホントに開かないか試してくれる?」
社長の指示を受けて、迅速に行動する。
「…ダメだね。専門の道具がいると思う」
何度も壁を叩くがビクともしない。
「こっちはさっきからゴウン、ゴウンて言ってるよ」
扉に耳を押し付けながらムツキが報告する。
「嫌な感じね」
眉を寄せ、考え込むアル。
「…アル様。この部屋から出た方がいい気が」
「賛成、この部屋がもう安全とは言えなくなっただろうし」
「じゃ、開けるよ」
無造作に扉を開け放つムツキ。
廊下は、やけに“まっすぐ”だった。
まっすぐすぎる、と言った方がいいかもしれない。左右の壁は完璧に平行で、床も天井も一切の歪みがない。さっきまでの「歩くだけで体力を削る床」とは真逆の設計だ。
逆に、不気味だった。
「……さっきの嫌がらせと真逆じゃない?」
アルが一歩踏み出しながら呟く。
「罠の“種類”を変えたんだと思うよ」
カヨコが目を細める。
「消耗戦から集中戦って感じ」
「集中戦ってなにそれ嫌なんだけど」
ムツキが肩をすくめた、その時だった。
カツン。
軽い音が響いた。
四人の視線が一斉に床へ落ちる。
何もない。
いや、正確には——“何もなさすぎる”。
「今の音、ムツキ?」
「違うよ。私何もしてない」
「ハルカちゃん?」
「わ、私も……!」
もう一度。
カツン。
今度は少し遠い。
そして——
カツン、カツン、カツン。
連鎖するように音が増えていく。
「……足音?」
アルが銃に手をかける。
「いや、でも規則的すぎる」
カヨコがしゃがみ込み、床を軽く叩く。
コン。
乾いた反響。
「空洞じゃない。じゃあ上か?」
その瞬間。
カツン。
真上で音が止まった。
四人、同時に天井を見上げる。
何もない。
照明。配線カバー。綺麗な白い天井。
その“はず”だった。
「……ねえ」
ムツキが笑いながらも、声だけが少しだけ硬い。
「今、天井の色……変わらなかった?」
アルが目を凝らす。
「……え?」
ほんの一瞬。
天井の一部が“わずかに暗く”なった。
まるで、そこに“何かが貼り付いた影”でもあるかのように。
カツン。
今度はすぐ頭上。
そして——
ズズズ……
音が“擦れるもの”に変わった。
「全員、下がって!」
カヨコが叫ぶと同時に、四人が後ろへ飛び退く。
次の瞬間。
天井の一部が、剥がれ落ちた。
いや、落ちてきたのではない。
“開いた”。
そこから現れたのは、黒い鉄のフレーム。
無数の関節。
そして、人間のサイズをはるかに超えた——脚。
カツン。
それが床に着地する。
その“脚だけの何か”は、天井から静かに降りてきていた。
「……嘘でしょ」
アルの声がかすれる。
「第3迷宮って言ってたよね……?」
ムツキが笑う。
「うん、これ絶対“体力使うやつ”だ」
ハルカが一歩後ずさる。
「た、戦うんですか……?」
カヨコは一瞬だけ沈黙したあと、静かに言った。
「戦うしかないでしょ」
カツン。
もう一本の脚が降りる。
そして、上から“本体”がゆっくりと現れ始める。
スピーカーがどこかで、楽しそうにノイズ混じりの音を立てた。
『第3迷宮へようこそ』
少佐の声ではない。
ドクの声だった。
『ここからは少しだけ、運動してもらうよ』
脚が一斉に動いた。
カツン。
カツン。
カツン。
規則正しい音が、まるで心臓の鼓動みたいに廊下を満たしていく。
「……ねえ」
ムツキが小さく笑う。
「これ、走った方がいいやつ?」
カヨコが即答する。
「走るしかないやつ」
アルが叫ぶ。
「全員走るわよ!!」
そして四人は同時に駆け出した。
背後で“それ”が動き出す音が、追いかけるように響いていた。
走りながら後ろを少し見る。
天井から降りてきたのは、八本脚の大型機械だった。
黒鉄の装甲には無数の擦り傷が刻まれ、胴体中央の赤い単眼だけが不気味に光っている。
戦車ほどの大きさはない。
だが、人間を追い立てるには十分すぎる威圧感だった。
牽制として、手榴弾を投擲し打ち抜く。
爆発と閃光。
煙の向こうから無傷で出てきた機体に舌打ちを漏らす。
「どうする社長?」
「取り敢えず走って!」
「わあ!追いかけっこだって!」
「が、頑張ります!」
便利屋は全力で駆け出した。
暫く平坦な道を走り続ける。
後ろからは散発的な攻撃が続くが、決してこちらに当たらない。
もしくは掠めるに留めている。
「さっき、地面を試したけど壊れないし!」
後ろを向きながら器用に走り、舌を出し挑発するようにムツキが笑う。
「ど、何処まで走ればいいのよ!?」
「せ、背負って走りましょうかアル様?」
「耐久レース?それとも距離を離す?」
分析を続けるカヨコ。
後ろで慣れ親しんだ爆発音がする。
どうやらムツキが壁を壊せないか試したようだ。
「あちゃー無駄に頑丈に作っちゃってまあ」
煤けているが罅一つない壁を舌打ちしつつ、少し離れた距離を戻すために向きを変え走るムツキ。
「課長、足止めしますか?」
「それも手の一つだけど、狙いがまだ分からないから」
ショットガンを構え、いつでも壁になる覚悟を固めるハルカを宥め、周囲を観察する。
一定間隔で並ぶ照明に試しとばかりに銃弾を飛ばす。
明かりが落ちるがそれだけ。
「追い詰めたいならもっと派手にするはずよね?」
「ムツキちゃんならもうそろそろ落とし穴でも出すとこだけどなあ」
何時の間にか並走しているムツキが詰まらなそうに前方の床を見る。
「分断して個々の突破力が見たいって線?」
アルの声が聞こえたからではないだろうが、前方の床に線が走る。
「成程、ムツキが正解みたいだよ」
ゆっくりと床に穴が開いていく。
落とし穴だ。
「うっわあ、当たっちゃったじゃん」
嫌そうに顔をしかめながら、前方の穴に迷わず飛び込むムツキ。
それを追うようにハルカが飛び込む。
後方に視線を送るとあれだけ執拗に追っていた機械が足を止めている。
ここがゴールで間違いないようだ。
「ほ、ホントに性格悪いじゃないのあの人」
「ようは持久走プラスこっちの精神状態の変化を見たかったのかな?」
穴の縁に座り、内部を見る。
途中からスライダーになっているようで、内部はここからでは伺えない。
「ここで個別テストってことはないよね?」
「でしょうね。個人を見たいなら最初から分けるはず」
「じゃ、ムツキ達が心配だから先に降りるわね」
「どうせなら一緒に降りない?」
少しアルと距離を詰めるカヨコ。
一瞬だけ目を開き、驚いた顔をするが、すぐさま笑顔に変わるアル。
「ええ、いいわよ!一緒に降りましょう!」
二人で手を繋いで穴に飛び込む。
スライダーを暫く降りた先は酷く広い空間だった。
最初の大広間より更に広い。
小さな校舎ならそのまま入りそうな大きさだ。
「…ちょっとあの人のこと尊敬しそうよ私」
「ここまで手間暇かけて作るのが迷路ってのはホントすごいよ」
二人してぼーっと周りを見ていたら、ムツキがハルカを連れて戻ってきた。
「あ、やっと来た!退屈だったから二人で探検してたよ」
「あ、怪しいものはありませんでした!」
「その代わり、壁にヒマリちゃんが残したメモが張ってあった」
ぴらぴらと一枚の紙を揺らし、アルに手渡す。
「えっと、何々?『この第4迷宮では求められるのは記憶力と体力です。本格的な迷路になっていますのでお覚悟を』え、ここに来てただの迷路?」
「あー第2はその練習か」
「多分ね」
迷路の入り口にあたる部分に4人で向かう。
そこには場違いに花が咲き、可愛らしいフォントで『いりぐち』と書かれた門が鎮座していた。
それを見たアルとカヨコの頬が引き攣る。
「あはは。二人共すごい顔してる」
「わ、私は見てません!」
息を吸い、吐く。
カヨコはポケットの中から来る前にもらった概略図を取り出す。
「取り敢えず、これがここの地図になる可能性が高いと思う」
「あーもらったね、そんなの」
「よく覚えてたわねーカヨコ」
「…も、燃やしちゃいました」
どんよりと地図を燃やしたことを謝るハルカを慰める。
「カヨコちゃん、部屋数は?」
「13」
「げ、多いわね」
「ゴールまでなら最短で4だけど」
カヨコの周りに集まり、地図を眺める。
四角の部屋が4つしか描いておらず、隅に部屋数13と書かれた一文が書かれたシンプルなものだ。
「ま、一旦入ってから考えよっか」
「お、オトモします」
ムツキの横に付き、入り口に向かうハルカ。
「それしかないか」
「さっさと攻略するわよ」
扉を開き、目に映るのは真っ白い部屋。
何の装飾もなく壁の継ぎ目すらないシンプルな正方形の部屋。
特徴といえばテーブルが一つと上にタブレットが置いてあるくらいだ。
奥には扉が二つ見える。
「あーこういう感じの」
「さっきまでと比べるとシンプルね」
「何にもないですね」
罠もなさそうなため部屋に入る。
中央の机にタブレットが置かれている。
それを触ると、迷宮の全体図だろうマップが表示される。
そして、文章が浮かび上がる。
『第四迷宮』
『一度通った道を二度踏むべからず』
『ゴールまで到達せよ』
沈黙。
「……は?」
アルの呆然とした声が小さく響く。
「一筆書き」
「え?」
「一度通った場所はもう通れない」
カヨコが短く答える。
「途中で行き止まりに入ったら終わり」
ハルカの顔が青くなる。
「じゃあ全部覚えないと……」
「いやーそうでもないんじゃない?」
ムツキは楽しそうに笑いながら、携帯を取り出した。
「あ、カメラね!流石よムツキ」
「ふっふーん。て、電源入んない!」
何度も試すが、うんともすんとも言わず沈黙を守る携帯。
アルも試すが、充電してくだいと表示されるのみ。
「あーさっきの蜘蛛はこれが目的か」
嫌そうに顔を歪め、頭を振るカヨコ。
「ど、どういうことでしょう?」
「多分、だけど。あの蜘蛛に近付いてから携帯が死んでる」
意味をなさなくなった携帯を仕舞い込み、今度はタブレットを持つムツキ
「あ、こっちもテーブルから離すと電源が落ちる仕組みだ」
「…ちょっと尊敬しそうになるわね」
感心したようにタブレットをつつくアル。
「覚えるしかないってことね」
「これは確かに皆詰むなあ」
「が、頑張って全部覚えます!」
「いや、そんなに頑張らなくていいよ」
タブレットを見下ろし、もらった地図に書き足せるか試すカヨコ。
ボールペンが通らず、普通の紙ではないのが判明する。
「…最悪。こっちが考えてることお見通しってわけね」
タブレットを少し避けテーブルに試す。
こちらは問題なく書ける仕様らしい。
「……あーもう、完全に“記憶力チェック”ねこれ」
カヨコがテーブルに指先でトントンと触れる。冷たい感触。だが確かに“紙ではない”。
「タブレットは外したらアウト、机はセーフ……つまり情報の持ち出し禁止か」
「え、めんどくさっ」
アルが即座に顔をしかめる。
ムツキは逆に楽しそうに笑っていた。
「ねえねえ、これさ。ちょっとしたテストってより……」
「遊ばれてる感じしかしないわね」
「うん、それそれ」
ハルカはすでに涙目一歩手前で地図を見つめている。
「ど、どうしましょう……全部覚えるのは……」
「全部は無理」
カヨコが即答する。
その短さに、むしろ説得力があった。
「でも、全部を一気に覚える必要はない。ルールは“通った道を二度踏まない”だけ」
「つまり?」
ムツキが首を傾げる。
カヨコはタブレットを軽く叩く。
「分割して解く」
「……分割?」
アルが目を細める。
「この迷宮、最短ルートが4部屋ってさっき言ってたでしょ」
「言ってたわね」
「なら逆算できる。スタートからゴールまでの“当たりルート候補”をいくつかに絞って、失敗したら即戻る」
ハルカが小さく息をのむ。
「戻れるんですか?」
「戻れるように作られてるはず。でなきゃ“試行実験”にならない」
ムツキがぱちんと指を鳴らす。
「なるほどー、ちゃんとデータ取りたい系の設計ね」
「そういうこと」
アルが腕を組む。
「で、問題はその“試行回数”ってわけね」
その時だった。
天井に設置されたスピーカーから少佐の声が聞こえてくる。
本当に楽しいのだろう。
少佐の声は、スピーカー越しでも分かるほど機嫌が良かった。
『この迷宮はC&Cのアスナ君に見事に抜かれたからね。ヒマリ君達に至っては地図は出来たのに攻略出来ずだ』
「比較対象が生々しいのやめてくれる?」
アルが即座に突っ込む。
カヨコは眉をひそめたまま、タブレットを見下ろしていた。
「……やっぱり、データ収集か」
ムツキはくるくるとペンを回しながら笑う。
「ねえこの人さ、ほんとに迷路作るの好きすぎじゃない?」
ハルカはすでに胃がキュッとなっている顔だった。
「ど、どうしてそんなに他のチームのこと詳しいんですか……」
その疑問に答えたのは、少佐ではなかった。
代わりに、ドクの声が軽く割り込む。
『そりゃあ、全部見ているからですよ』
「出たわね監視担当」
アルが天井を睨む。
カヨコは短く息を吐いた。
「で、続きは?」
少佐は楽しそうに笑う。
『さて、第4迷宮、期待しているよ。君達なら“記憶の壁”くらい越えられるだろう?』
ブツン、と音がして通信は切れた。
沈黙。
そのあとすぐ、ムツキがぽつりと呟く。
「記憶の壁って、もうそのまんまじゃん」
「言語化が雑なのよ逆に怖いわ」
アルが頭を抱える。
カヨコはタブレットを机に戻し、軽く手を叩いた。
「……やるしかないね」
その声は妙に落ち着いていた。
「まずルート候補を二つに絞る。で、片方ずつ試す」
「了解ー。じゃあ私、突撃担当やる?」
「ムツキは“試す側”じゃなくて“壊す側”でしょ」
「ひどくない?」
ハルカはおそるおそる手を挙げる。
「わ、私も覚えるの頑張ります……!」
「その意気よ」
アルが軽く親指を立てる。
そして——。
最初の分岐ルートが決まった瞬間だった。
カツン。
また、あの音がした。
「……来るの早いんだけど」
アルの声が低くなる。
カツン。カツン。
今度は明確に“近い”。
ムツキが扉の方を見る。
「ねえこれさ、もしかして……」
カツン。
「時間制限つき?」
その言葉が終わるより早く。
天井の照明が一段、落ちた。
部屋がわずかに暗くなる。
カヨコが目を細める。
「違う。時間じゃない」
「じゃあ何よ」
「“迷ってる時間”そのものを見てる」
ハルカが小さく息を呑む。
「そ、それって……」
カツン。
また一歩近づく。
まるで、壁の向こう側で“何か”が歩き回っているように。
アルが短く言った。
「はいはい、考える暇なしってことね」
銃を軽く叩く。
「ルートA、行くわよ」
ムツキが笑う。
「こういうの、嫌いじゃないよ」
カヨコが最後に一言だけ付け足す。
「失敗したら即リセット。多分ね」
ハルカは震えながらも頷いた。
「が、頑張ります……!」
そして四人は、同時に扉へ向かう。
カツン。
その音はもう——背後ではなく、頭上すぐそばで鳴っていた。
「で、入ったらまたシンプルな部屋ね」
飛び込んだ先の部屋。
最低限の家具。
中央には一脚の椅子と机。
壁は先程までと同じで白で統一されている。
便利屋が踏んだ床のみ黄色く変わっている。
「あ、こういうことなんだ」
感心したようにムツキが自身の足元をつつく。
「さ、触って大丈夫ですか?」
ムツキの隣に座り、同じように床に指先を置く。
その部分だけ、黄色に変わる。
「ひゃっ!」
思わず、飛び上がるハルカ。
「本当に一筆書きさせたいみたいね」
「それは分かったけど、一筆書きの範囲が分からないわ」
「うん。部屋の床を全部踏めばクリアなのか。何かのアクションをしないといけないのか」
考え込むアルとカヨコ。
床を気にした様子もなく、真っ直ぐ机に歩いていくムツキ。
「くっふっふー。何が置いてあるって。部屋の概略図と問題みたいのが書いてあるよ!」
大声で残りのメンバーを呼ぶ。
先程、ムツキが歩いて変わった床を踏まないように近付く3人。
「これ見て、『部屋内を一周せよ。残機を使えばクリア扱い』だって。基本ルールぽいね」
「い、一応ゴリ押しできる仕様なのね」
少し安心したのか肩の力を抜くアル。
「…部屋数と残機があってないですね?」
自信なさげにハルカが呟く。
部屋の周りを油断なくカヨコが観察する。
「多分、あそこがゴール。で、ここから一筆書きのルートを考えないと」
スッと指で壁を指す。
三人の視線が壁へ向く。
真っ白な壁しか見えず、アルは首を傾げた。
「成功したらあそこの壁が開くんじゃない?」
「あー!そういうことね」
納得したようにポンと手を叩くアル。
「だ、大丈夫そうですか?」
心配そうにカヨコを見上げるハルカ。
「何とか考えてみるよ。最悪、残機1使って仕様を理解できたと考えればいいし」
落ち着かせるように小さく笑みを浮かべるカヨコ。
「部屋数が13。残機が9だっけ。ねえ、カヨコちゃん。これ多分、絶対クリアできない部屋とか出すよね」
「うん。私もそう思ってたとこ。残機が残ってたら無理やりクリアできるだろうし」
アル達はカヨコの周りに集まり、邪魔しないように周囲の警戒をする。
断続的にカツンという音がするのは壁の外側にあの蜘蛛型機械がいるからだろう。
「…多分、ルートは出来たと思う。ハルカ。この通りに歩いてくれる?」
「はい!頑張ります」
机の上に簡易的に道筋を書き、ハルカに示す。
それを見て、真剣な表情で部屋内を駆けだす。
「え、走っていいのこれ?」
「ようは部屋内を一周すればいい。順路もなにも書かれてないから、極論壁を走ってもクリアにはなると思うよ」
カヨコはハルカの動きを目で追いながら、黄色が重ならないか確認する。
しばらくハルカが部屋内を走っているとポンと軽い音がして、扉が音もなく開く。
「へぇ。正解だってさ。ハルカちゃん褒めてあげる!」
ハルカに飛びつき、頭を撫でだすムツキ。
「わ、ひゃ!?」
大人しく撫でまわされるハルカ。
「うん。合ってたみたいだね」
「すごいわねー」
アルは感心したようにヒールの爪先でトントンと床を叩く。
クリアしたと同時に床の色が青に変わったのだ。
「これを後12回か。頭が痛くなるね」
「だ、大丈夫よカヨコなら!なんせ便利屋68の課長なんだから!!」
扉に向かいながらいつもの様に話し合う。
部屋に入った途端、ムツキが顔をしかめた。
「で、次の部屋で難易度上がりすぎじゃない?」
睨む先では――
先程までのシンプルな部屋と異なり、先程から足音のしていた機械が我が物顔で歩いている。
しかも、歩く度に床の色が変わっている。
白から黄色に、そして赤に。
「…赤になったところは機械も入れないのかな」
「妨害ありで一筆書きしろってこと!?」
「…壊した方が早くないですか?」
ムツキがひょいと爆弾を取り上げる。
「まだ早いよーハルカちゃん」
「…そ、そうですよね」
「社長、ここは捨てでいい?」
「いいと思うわ。チュートリアルにしては難易度上がりすぎだし」
カヨコはアルの言葉に一つ頷き、試しにとばかりに機械が歩いていった道を順に歩く。
黄色から赤に変わり、赤の床を踏んだ途端。
警告音が鳴り響く。
「何が出るかな」
ワクワクとした感情を隠すことなく部屋を満遍なく見るムツキ。
ショットガンを握りしめ、いつでも突撃できる姿勢に移るハルカ。
警告音が響く中、スピーカーから人工音声が響く。
『残機ー1です』
一拍。
『この部屋のクリアおめでとうございます。更なるご活躍を期待しています』
通信が途絶え、警告音が鳴りやみ。
扉が開く。
「え?え?」
天井と扉を何度も見るアル。
「ぶー折角暴れられると思ったのに」
残念そうに爪先で床を蹴るムツキ。
「床の色がさっきと違いますね」
「え、ホントだ。青じゃなくてオレンジだね」
先程の部屋は正解した途端、青に変わったが、こちらはオレンジに変わっている。
ふと目線を上げると機械も停止している。
「本当にチュートリアルの障害物扱いなんだ」
無造作に近付き、機械をペタペタと触るムツキ。
「ムツキ、次の部屋行くわよー」
「はーい。今行くね」
「まさかの水中ステージ」
先程までのステージと違い、床一面は石畳に覆われている。
目線の先には階段が設置され、直ぐ横には巨大な水槽が置かれている。
恐る恐るハルカが水槽の前に近付き、床を確認して振り返る。
「ここの床が白いです」
カヨコは周囲を見回した。
白い床は水槽の前だけ。
反対側の壁際には同じような白い床が見える。
「何の意味が?」
このままでは、水槽をぐるっと歩けばクリアだ。
「わ、魚一杯泳いでるよアルちゃん」
「ホントねー。て、水槽の床白くないかしら?」
アルが慌てて水槽の中を観察する。
床だけでなく天井部分も白で覆われているのが見て分かる。
「うわー水槽の中入れってことじゃん」
「お、泳いできましょうか?」
何の迷いもなくムツキが爆弾を取り出す。
「ここ爆破して天井タッチした方が早くない?」
「もうちょっと待って。まだ全体見てないから」
やんわりとムツキの手を止め、周囲の観察を続ける。
「取り敢えず階段上がってみましょうよ」
階段を上り終え、視界が広がる。
まず目に入るのは、出入り口だろう円柱が水槽の中央あたりに置かれていること。
円柱の手前には場違いなほど可愛らしい看板が立てられていた。
「水中エレベーターです。お魚気分を味わってみませんか?だってさ」
看板に書かれた通りをムツキが読み上げる。
「…この可愛い感じのドクの趣味かしら?」
「そういえば、迷路の入り口も可愛かったですね」
水中エレベーターを慎重に触っているカヨコに目を移す。
「どうするカヨコ?ここも捨てる?」
「いや、一回は挑戦しないと同じ仕様が来たら詰む可能性があるし」
エレベーターのスイッチを押す。
ほぼ無音で入り口が開く。
「あ、私乗りたい」
「わ、私も乗ります」
「ま、いっか。危なくなったら帰ってくるか爆破してもいいから」
カヨコの言葉に軽い敬礼と物騒な笑みを残して二人は消える。
30秒程して、下から電子音が響く。
階段を駆け下り、音の出所を探る。
壁の一部に受話器が隠れているのを発見する。
プルルルルと電子音が続く。
カヨコがアルに視線を向ける。
「罠かもしれない」
「でも鳴りっぱなしよ」
「……出るわよ」
恐る恐る指を伸ばして受話器を取るアル。
「はい、もしもし?」
『あ、繋がった!アルちゃん一番下に着いたよ』
「え、ムツキ!?何、どういうことよ!」
『今、水槽の下に居るみたい。ほら、前に見た水族館のガラス張りの廊下みたいな感じ』
「ちょっと楽しそうじゃないの!」
横からカヨコの手が伸びてきて、受話器を取る。
「ムツキ。何か見つかった?」
『あ、カヨコちゃん。今ねえ、ハルカちゃんに頑張って床踏んでもらってるところ』
「そう。問題は?」
『全然なし。もう直ぐ全部踏めるよ』
それを聞き、水槽に視線を移すと確かに色が変わっている。
『じゃ、屋上の踏むのお願いね』
あっさりと通話が切られる。
「よくもまあ色々考えるわねえ」
呆れたような感心したような声音を漏らすアル。
「それだけ人を見てきたんだろうね。じゃ、上行って踏んでくるから」
「お願いね。私は水槽周りを踏んでくるわ」
手を振って別れ、床を踏んでいく。
何の問題もなく白から黄色に。
アルが全部踏み終わったあたりで、頭上から正解音が響き。
床がスライドし、扉が現れる。
「…何で一々演出がかっこいいのかしら」
「何いってんのアルちゃん」
「え、ムツキ!もう帰って来たの?」
少しの憧れを持って施設を見て回っていたらムツキにいきなり声をかけられ、肩が跳ねる。
「うん。正解と同時に階段が出てさ」
ほらそこと言った先には確かにいつの間にか階段が出来ている。
そこからハルカの頭が覗いてみえる。
「あ、ハルカ。ムツキが頑張ったて褒めてたわよ。私も褒めてあげる」
「あ、アル様。私は何も」
言い終わる前にハルカに抱き着き、頭を撫でるアル。
「あ、二人共もう帰ってきたんだ」
「やっほー。カヨコちゃん。ばっちりだったね」
カヨコに手を振り、そのままの勢いで抱き着くムツキ。
「ちょっと?」
「えーたまにはいいじゃん」
諦めたように力を抜き、暫く好きなようにさせるカヨコ。
暫くして、満足したのか笑顔で離れるムツキ。
「さ、次行くわよ!」
アルの号令を受け、部屋を潜る。
「あ、やっばスカート焦げてるじゃん。火力ミスったなあ」
「あの密閉空間であれだけ爆発させればね」
「わ、私は楽しかったですよ」
「私はあれが楽しかったわ。イライラ棒みたいなやつ」
「ああいうチマチマしたの昔から好きだよねえアルちゃん」
順調に部屋を攻略し、時には残機を使って切り抜ける便利屋68。
残す部屋はあと一つ。
「で、最後の最後にこれね」
扉の前に、液晶が張ってある。
そこには、部屋数と共に今までどうクリアしたかが記されている。
「こう見ると結構残機使ったねえ」
「割と理不尽なのもあったからね」
ムツキの発言に肩を竦めて応えるカヨコ。
「…何か意味があるんでしょうか?」
「あるに決まってるけど何も分からないわね」
ハルカに答えるように首を傾げ、扉に近付くアル。
扉に他に怪しいところがないか丹念に調べる。
「何もなさそうかな?」
「じゃ、開けるよ」
ハンドルを握り、至極あっさりとドアを開けるムツキ。
扉を開けた先には。
「おお、よく来たね。ささ、座ってくれたまえ」
ドクが満面の笑みをたたえて座って待っていた。
「え、ドクじゃん。絶対少佐だと思ってたのに」
「ああ、今日は私の日なんだ。私と少佐殿の交代制でね」
全員が座ったのを確認し、一人ずつに紙を配る、
「あー」
嫌そうに顔を歪めるムツキ。
「…覚えてません」
顔を青くするハルカ。
「こうくるかぁ」
頭を抱えて、呻くカヨコ。
「貴方達ホント性格悪いわよ!」
ドクに、ついで天井に向かって吠えるアル。
紙にはこう書かれていた。
『面白かったですか?』
『貴方達が失敗した場所の理由を書いてください』
『我々のフィードバックにご協力ください』
便利屋の反応を楽しそうに見ながらドクがペンを用意する。
「ささ、忘れないうちに書いてくれたまえ」
「13部屋目は貴方か少佐で固定?」
ペンを一人ずつに無駄に丁寧に手渡すドク。
それを横目にカヨコが問う。
「ん、ああ。そうだよ。あ、休憩してからの方がいいかい?」
「冗談は止めてちょうだい!絶対忘れる自信があるわ!!」
アルの絶叫と共にアンケート用紙の記入が始まった。
「うんうん。成程。ネル君もそうだが、割と文章に迷いが見られるね。しっかり本を読みたまえよ」
満足そうにアンケートを受け取り、鼻歌でも歌いそうなドク。
「…疲れました」
「ドクー。ちょっと休憩させてよ」
「構わんよ。どうせ第5は少佐の悪ふざけだ」
さらりと言われたドクの一言に全員が固まる。
「…そうよ。もう一つあったわ」
「…最悪」
「ち、因みに教えてくれたりする?」
絶望でソファに顔を埋めるカヨコとアル。
精魂尽き果てたようなハルカ。
一縷の望みを託したムツキの問い。
ドクは少し考えるように顎へ手を当てた。
「うむ」
全員の目が輝く。
「教えても構わん」
「やった!」
ムツキが勢いよく立ち上がる。
その隣でアルも顔を上げる。
カヨコですら少しだけ安堵した表情になった。
ドクはにっこりと笑う。
「第5はね」
ごくり。
誰かが唾を飲む。
「少佐殿曰く」
ドクが紙を取り出した。
『事前情報を与えると面白くないので禁止』
沈黙。
「……」
「……」
「……」
「……」
「という訳で私は何も言えん」
ぺらりと紙を振るドク。
ムツキがゆっくり座り直した。
「帰りたい」
「私もよ」
アルが即答する。
「まだ帰れないよ」
カヨコが現実を告げる。
「うぅ……」
ハルカが小さく呻く。
そんな四人を見ながらドクは紅茶を啜った。
「君達ならクリアできる可能性は高いよ」
紙をぽんと軽く叩く。
「面白かっただろう?あの迷路は」
何でもないように紙に書かれた一文を示す。
「君達は文章の違いこそあれ、あの迷宮を面白いと答えた。あれはね。少佐殿の暇潰しとある種の実験を兼ねていてね。君達は優秀だよ」
「…褒めてるつもり?」
カヨコが底冷えするような声でドクに迫る。
ドクは紅茶を置いた。
「半分くらいかな」
「半分?」
アルが眉をひそめる。
「褒めている部分もあるし、実験対象として見ている部分もある」
「後者が嫌なんだけど」
「そうかい?」
本気で不思議そうに首を傾げるドク。
「少佐殿はね。能力よりも過程を見る人だ」
そう言って、先程のアンケートを軽く持ち上げる。
「この迷宮も正解を探したい訳じゃない。君達がどう考え、どう失敗し、どう立て直すのかを見ている」
「趣味悪いわね」
「否定はせん」
即答だった。
四人が揃って嫌そうな顔になる。
「だが、実際面白かっただろう?」
「……」
「……」
「……」
「……」
誰も反論しない。
悔しいことに事実だった。
理不尽な部屋もあった。
爆破した部屋もあった。
途中で投げたくなったこともある。
それでも。
「まあ……退屈ではなかったわね」
アルが渋々認める。
「楽しかったよ?」
ムツキはあっさり認めた。
「私は疲れました……」
ハルカは半泣きだった。
「私は二度目は嫌かな」
カヨコは即答した。
ドクが満足そうに頷く。
「ほらね」
「何がほらよ」
「全員感想が違う」
楽しそうに笑う。
「それが知りたいんだよ」
四人は顔を見合わせる。
なるほど。
少しだけ理解した。
問題を解かせたい訳じゃない。
人間を観察したいのだ。
「碌な大人じゃないわね」
アルが吐き捨てる。
「よく言われる」
「変態」
ムツキが追加する。
「それも」
「性格悪いです」
ハルカが小声で続ける。
「否定はしない」
最後にカヨコがため息を吐く。
「少佐と仲良くできる時点で察するべきだった」
「誉め言葉だよそれは」
ドクは胸に手を当てた。
「さ、休憩は終わりだ。行ってきたまえ」
パンパンと手を叩き、少女達を順に立たせていく。
「ドク。終わったらまた食事作ってよ」
「おや、それくらいならいくらでも作るよ」
「本当!?ならさっさとクリアするわよ!」
エレベーターに乗り込んだムツキがドクにお願いをする。
それに応じながら、笑顔で手を振り便利屋と別れる。
「さて、料理の準備を始めるか」
今日一番の笑顔を見せながら、迷宮の出口に向かうドク。
「よく来たね。便利屋68の諸君」
エレベーターを降りた先はカジノのホールだった。
正確にはホールをイメージした空間だ。
「え、と?」
今までとの環境の違いに目が回るアル。
「確かに人間観察に最適だね」
本当に嫌そうに吐き捨てるカヨコ。
「うっわ、これ全部遊んでいいの?」
露骨にテンションが上がるムツキ。
「…壊したら弁償でしょうか?」
一目散に部屋の隅に避難するハルカ。
「もう少し近くに来るといい。君達に目一杯遊んで欲しい。目標ポイントまで稼げば君達の勝ちだ。あぁもし借金してもここでは何のペナルティはないから安心したまえ」
椅子に何とか座った便利屋68の顔を順に見る。
「はーい!何が出来るの?」
「いい声だムツキ君。ここではポーカー、ブラックジャック、バカラ、ルーレット、後は百鬼夜行から丁半を仕入れたのでそれも出来る」
少佐がウキウキとした様子で会場の説明を始める。
カヨコが小さく手を上げ質問する。
「ポーカーのルールは?」
「テキサス・ホールデム」
「バカラはミニ?」
「ビッグバック・バカラ」
「ルーレットは何区分?」
「38区分」
カヨコがスッと手を降ろす。
「質問は終わりかね。それでは掛け金を配ろう。何処にどう使っても構わないよ。これを1000万にしてくれれば君達はボーナスをもらって帰れる」
「ボーナス!?」
アルの顔が輝く。
「そうさ。折角遊んだのに何もなしでは詰まらないだろう?1000万を超えた分はそのまま君達にクレジットとして渡そう」
全員の顔に光が点る。
「さ、存分に遊びたまえ」
パンと大きく手を打ちならし、勝負開始の宣言をする少佐。
「ど、どうしたらいいのこれ」
掛け金として渡された100万コイン分を震える手で持つある。
「取り敢えず適当なのにかけてみる?」
天井の照明に透かしてコインを楽し気に眺めるムツキ。
「…あの課長。私の分も使いませんか?」
おずおずとカヨコに渡そうとするハルカ。
「いいよ。使わなくても持っておきなよ」
やんわりと断り、手の中のコインを増やすべく算段を巡らせるカヨコ。
「丁半やるけどアルちゃんも来る?」
「あ、なんか気になってたのよね。いいわ、一緒に行きましょ」
「私はポーカー回してくる。ハルカも一緒にくる?」
「あ、お供します」
綺麗に二手に分かれ、ゲームが開始される。
「ムツキ。ルール知ってるの?」
「ううん。知らないよ」
あっさりと言い切るムツキにぎょっとした目を向けるアル。
丁半博打の会場である畳が敷き詰められた百鬼夜行風の仕切り部屋。
対面に座る和装ロボの口が動く。
『おや、初めてかいお客人』
「うん。だから教えてよ」
『はいよ』
ロボの口からルールの説明がされる。
「へーこんなルールなんだ」
「私も初めて知ったわ。百鬼夜行てこんな遊びがあるのね」
二人して感心したように頷く。
和装ロボがツボを持ちサイコロを持ち上げる。
『で、賭けるかい?』
「うん。100万で丁」
「え、待ってムツキ?100万よ!?」
「借金ありならガンガン使えばいいじゃん」
あっさりとしたムツキの言葉に納得しそうになるアル。
「ま、待って!最初はせめて1万とかにしましょうよ」
「いや!私は全額betするの」
『豪気なお嬢さんだ。そっちの方は?』
ロボの視線に一瞬たじろぐアル。
「私は半で。えっと5万賭けるわ」
「みみっちいよアルちゃん」
「うっさいわね!大金なのよ」
『じゃ、振ります』
ツボにサイコロが入り、何度か降られる。
タンと音してツボが板に置かれる。
ゆっくりとツボが上がり、出てきたのは。
『2・6の丁だな。そっちの嬢ちゃんに300万』
「え、ラッキー」
「え、そんな儲かるのこれ?」
目を白黒させる二人。
『で、次はどっちにいくら賭けるかね』
ロボの眼が怪しく光る。
「ここでチェック」
自身の手札に少し視線を送り、直ぐに場に視線を戻す。
場に出ているのは2・2・4・10・Aの5枚。
一応何もしなくてもワンペアの手だ。
カヨコの隣でおろおろとディーラーロボとカヨコの顔を見ているハルカ。
『おや、随分といい手を引いたのですね』
慇懃に一礼し、ハルカに視線を送るロボ。
『貴方もお座りになっては?』
「いいです。何もしないんですから立ってます!」
その発言を聞き首を振るディーラーロボ。
『それでは、ショーダウン』
ゆっくりとロボが手札を見せる。
10と6。
10のペア。
2のペア。
「私の番だね」
気負うことなくカードを見せる。
2と4。
2のスリーカード。
4のツーペア。
フルハウスだ。
『おやまあ、ついてない。それでは全額カヨコ様のものです。124万ですね』
淡々とコインを渡すロボ。
「ハルカ。見てるだけで楽しい?」
「あ、はい。課長のは見てて安心できるって感じがします」
「そう?」
ひどく幸せそうにハルカに言われ、照れたように視線を伏せるカヨコ。
「現在所持金」
ムツキ:400万
アル:95万
カヨコ:124万
ハルカ:100万
アルの絶叫とムツキの高笑いが会場に響き渡る。
「じゃ、次400万を丁で」
「本気なのムツキ?ちょっと考えたほうがいいわよ!このちっこいコイン四枚が400万よ!?」
「心配性だなあ、アルちゃんは。ギャンブルは借金してからのが面白いんだよ」
舌を出し、からかうように笑うムツキ。
『ホント豪気だなあちっこい嬢ちゃん。隣の嬢ちゃんももっと派手に賭けたらどうだい?』
ロボが感心したように笑いながらムツキを見る。
「ほら、面白いって」
「絶対褒めてないわよ」
「で、アルちゃんはどうする?」
ニヤニヤと笑いながらアルの膝を撫でるムツキ。
その手をぺシンと叩き。
「5,50万を丁で」
『はいよ。入ります』
ツボにサイコロを同じようにいれ、しっかりと回す。
ツボを避ける。
『今度は半だな。4・5の半』
「な、何でよー!!」
「あらら、一文無しだ」
頭を抱えて絶叫するアルとその様子を見て指差して笑うムツキ。
笑いの波がある程度収まったのか、目じりに溜まった涙を拭いながら。
「借金ていくらまで?」
『原則1000万。アンタらが面白いとボスが認めてるから4000万までだな』
新しくコインを出しながらムツキに示す。
「へぇー?」
ムツキの瞳が怪しく輝く。
「4000万まで?」
『そうだ』
「負けてもいいの?」
『構わん』
「取り立ては?」
『ない』
「へー」
アルが嫌な予感しかしない顔になる。
「ムツキ?」
「アルちゃん」
にっこり笑う。
「これさ」
嫌な沈黙。
「4000万借りて全部賭ければいいんじゃない?」
「駄目に決まってるでしょうが!!」
和室中にアルの絶叫が響く。
『はっはっは!』
ロボまで笑い出す。
「だって期待値とか知らないし」
「開き直るな!」
「でも勝ったら一発で終わるよ?」
「負けたら終わりなのよ!」
ムツキ:400万 → 0万 → 借金可能
アル:95万 → 45万
「あっちは随分と騒がしいね」
涼し気な顔で資金を順当に増やしているカヨコ。
その横で目を白黒させながら、アル達の方に目をやるハルカ。
『どうやら借金されてようですね』
「あームツキか。で、ペナルティは本当にないの?」
小さく溜息を吐き、ディーラーに確認を取る。
『はい、ございません。必要分をいくら借りようが全額取り立てるようなことは決してございません』
力強く宣伝をするロボ。
「…いくらでもいいんですか?」
静かに手を上げながら恐る恐る質問するハルカ。
『はい。1億でも1,000億でもお貸しします。必要なことですから』
「…狂ってるわね」
『そうでもなければこんなところを作りませんよ』
静かに会場全体を示す。
無駄に豪奢な内装に、調度品の数々。
隅にはラウンジ。一角にはバーカウンターまである。
「あ、あの一番儲かるところって何処ですか?」
机に乗り上げる勢いでロボに詰め寄るハルカ。
「ハルカ。止めなって、借金したら実質負けだよこれ」
ハルカの肩に手を置き、ゆっくりと座らせる。
「でも、私はまた何も役に立てなくて…」
「大丈夫。隣にいてくれるだけで随分と違うんだから」
ハルカの肩を抱き、落ち着かせるように頬を寄せるカヨコ。
『一番倍率が高く設定してあるのはルーレットです。ジャックポットを引けば賭けた金額によりますが、5,000は固いかと』
淡々とルーレット台を示すロボ。
その動きに気付いたようにルーレット台のロボが優雅に手を振る。
カヨコ:124万 → 172万
ハルカ:100万
「アルちゃん。違うゲームに行こうよ」
軽やかに立ち上がり、ロボに礼をいい出て行くムツキ。
それを追いかけ、隣に並ぶアル。
「ムツキ。借金て怖いのよ。少ないけどまだ私のコインがあるからそれを使って…」
「くふふ。心配性だなあアルちゃん。大丈夫だよ。今度やるのはバカラかブラックジャックだから」
「何が大丈夫なの!?」
笑いながら借金として借りたオレンジのコインを天井にかざす。
中央にミレニアムの校章を入れ、ミレニアムの文字をコイン上部に 透かして彫ってある。
少佐の顔を掘り込んであるのはある種のお茶目だろう。
こんな小道具に大した力の入れようだ。
「取り敢えず2,000万もらったからね。ちょっと遊んでみようよ」
「もらったんじゃないの!借金だって!」
アルの悲鳴なぞ聞いた風もなく、バカラのテーブルに辿り着く。
椅子に座り、ロボに視線をやるムツキ。
『初めてのお客様ですね?ルールの説明は御入用ですかね?』
「うん。お願い」
ロボから説明を受け、納得したように頷く二人。
「はえー変わった遊びがあるのね」
「へえ。面白そうじゃん」
感心したように呟くアルと物騒な笑みを浮かべるムツキ。
「じゃ、取り敢えずディーラー?側に2,000万」
さらっとコインをバンカーテーブルに置くムツキ。
「え、早や!待ってムツキ!それ2,000万よ!?」
アルの声が裏返る。
「え、別によくない?取り立てもペナルティもないなら実質タダじゃん」
さらりと口に出し、トントンと机を叩きアルに賭けるように促す。
「くっ。ここで逃げたら女が廃るのかしら。タイに20万賭けるわ」
タイと書かれたテーブルにコインを置くアル。
それを見て満足そうに頷き、カードを配り始める。
「ありゃ勝っちゃったよ」
『おめでとうございます。配当金と合わせて6,500万になります』
あっさりと大勝するムツキ。
「う、嘘でしょ…何その額」
呆然とムツキの手元に集まるコインの山を見るアル。
「借金して遊ぶつもりだったのになあ」
山となったコインをつつき、退屈そうに溜息を吐くムツキ。
「どうするアルちゃん?ルーレット行って全額賭けて遊ぶ?」
「…もう帰りましょうよ。私結局全然勝ててないし」
肩を落とし、少佐が居るカジノ中央に目をやれば。
楽しそうにこちらを見る少佐の姿。
ムツキがどう行動するつもりか見たいのだろう。
少佐の身体が笑いを耐えかねて、くの字に曲がっている。
「やだ、ムツキちゃんもっと遊びたい」
「こんな時に我儘いわないの。さっさと帰って美味しい物食べましょうよ」
「えー?ハルカちゃんはルーレットしてるのに?」
「…へ?」
ムツキの視線の先、ルーレットの前に立ち、黙々と賭けているハルカの姿が見える。
「え、カヨコは?」
「カヨコちゃんも賭けてるみたいだよ」
ほらそこと指差す方向には椅子に座り、淡々とルーレットを見詰めるカヨコの姿。
ムツキ:-2,000万 → 6,500万(アルちゃんに泣かれたため半額だけ借りた)
アル:45万 →25万
「ここに全額賭けます」
静かにコインを重ねるハルカ。
『はい。黒の15ですね』
軽く頷き、ルーレットを回す。
ボールが投げ入れられる。
からからと乾いた音が続き、ボールが勢いを落としていき。
赤の位置で止まる。
『赤の3ですね。カヨコ様に22万のプラスです』
静かに結果を知らせる。
『ハルカ様は今現在、-4,000万です。まだ遊ばれますか?』
「はい。今度は黒の5に賭けます」
静かにコインを置く。
上限一杯の5,000万のコインだ。
カヨコは何か言いたげにハルカの顔を伺うが、諦めたように自分のコインを賭ける。
『それでは、ゲームを始めます』
静かにルーレットを回し始めたところにアルの声がかかる。
「ちょっと待ちなさい!ハルカ。どうしてそんなムツキみたいな賭け方するのよ!?」
「えーいいじゃん。そっちの方が面白いよ?」
ケラケラと笑いながら、ハルカの隣の席に座り、軽くハルカの頬を引っ張る。
それだけで、ハルカの表情が柔らかく変わる。
カヨコが安堵の溜息を吐く。
「…あ、あの。私またご迷惑をおかけして」
「大丈夫よ!ムツキが大勝したから帰ってもしばらくは生活に不安はないわ!」
ムツキが自身の勝ち分を取り出し、流れるように赤の12に置く。
「え、ちょっと?」
慌てたようなアルの声を後目にルーレットは回る。
ボールが投げ入れられ、勢いよく回る。
「あ、アルちゃんも賭けたかった?ここ一点勝ちなら5000倍だってさ」
ニコニコとボールの行方を目で追いながら、目を白黒させているアルをからかう。
「そういう問題じゃないでしょ。折角勝ってたのに何で?」
「だって、そっちの方が面白いよ?」
にやりと小悪魔のように笑みを浮かべ、少佐を見れば。
満面の笑みをたたえて、こちらに親指を立てている。
ボールの勢いが弱まる。
いくつかの壁を乗り越え、ついに止まる。
黒の位置だ。
黒の6。
「あら、外れちゃった」
「次は黒にしようかな」
大した感慨も沸かずに次に賭ける場所を探すムツキ。
無言でコインを掴み、先程よりは冷静に場所を選ぶハルカ。
『何かお飲み物は?』
ディーラーロボが静かに聞く。
「……飲み物?」
アルが一瞬、間抜けな声を出した。
「いや今それ聞く!?っていうかこの空気で出てくるのそれ!?」
ディーラーロボは一切揺らがない。淡々とした所作でトレイを示す。
『ソフトドリンク、軽食をご用意しております。ご自由にどうぞ』
「普通のカジノみたいに言ってるけどさぁ……」
ムツキは椅子の背もたれに体を預けたまま、ひらひらと手を振る。
「じゃあコーラ」
「即決!?」
アルがツッコむ横で、カヨコは静かに視線だけを上げた。
「……水でいいわ」
「私も水でお願いします……」
ハルカは小さく手を挙げる。さっきまでの賭けの勢いが嘘みたいにしおれている。
そしてムツキだけが、なぜか楽しそうに笑った。
「ねえアルちゃん。こういうのってさ」
「何よ」
「負けてるときほど飲み物おいしいんだよ」
「最悪の名言やめて」
ロボが無音でグラスを並べる。氷が落ちる音だけがやけにリアルだった。
その間にもルーレットは回り続けている。
ボールが跳ねる。赤、黒、赤、黒——そしてまた、吸い込まれるように別の数字へ。
「……ねえカヨコ」
アルが小声で隣を見る。
「これ、普通に考えて帰るタイミング失ってない?」
「失ってるというより、作られてる感じがするわね」
「最悪じゃないそれ」
カヨコはコインの山を指先で整えながら、ため息を一つ。
「でも……まあ、あの人の言う通りね」
「え?」
「面白いのよ。悔しいけど」
その言葉に、アルが一瞬だけ黙る。
ムツキのほうを見ると、彼女はもう次のルーレットにコインを軽く滑らせていた。
「じゃ、次は——」
「ちょっと待ってムツキ!」
アルが机を叩く。
「今度はちゃんと考えてから賭けなさいよ!」
「えー?」
ムツキは首を傾げる。
「考えたらつまんなくない?」
その一言で、空気が一瞬止まった。
ハルカが小さく笑ってしまい、すぐ口を押さえる。
カヨコも視線を逸らす。
アルは天を仰いだ。
「……このメンバーでまともにギャンブルしようとした私がバカだったわ」
ルーレットは回り続ける。
アルが持ち金を失い、泣く泣く借金をした次の勝負で勝ったと思えば、ハルカが大勝をし、次には全てを失う。
ムツキは楽し気に賭けて回り、勝ったり負けたりを繰り返す。
ただ一人、カヨコだけが静かに少額で賭けを行い、堅実に資産を増やしていった。
「あの、ちょっと皆聞いて」
アルがゆっくりと手を上げて3人に声をかける。
それを見て、全員アルの周りに集まる。
「一旦、皆がどれくらい勝ったか教えて欲しいの」
指を何度も絡ませ、恥ずかしげに目線を逸らすアル。
「何だそんなこと。ムツキちゃんは今2,000万くらい」
「わ、私は今400万くらいです。すいません」
「ようやっと320だね」
「え、皆結構勝ってるじゃない。私、今220くらいよ」
少し呆然とした眼差しで3人を見る。
「どうする?結構遊んだし、帰る?」
椅子に座って、クルクルと回りながら口を三日月の形にして笑うムツキ。
「ムツキが勝ってくれてるから、最低でも1,000万は貰えるし。十分じゃない?」
「確か、報酬も別でもらえるんですよね?」
ハルカの発言に少しの間が空く。
「…あ、そんなこと言ってたわね。じゃ、もう帰りましょうよ」
「えーっといくらもらえるんだっけ」
「1000万超えた分はボーナスって言ってたわね」
カヨコが淡々と指を折る。
「ってことは……」
アルが計算を始めて、途中でやめた。
「やめた。頭痛い」
「ざっくり言うと、全員プラスよ」
カヨコが即答する。
その言葉で、一瞬だけ空気が軽くなる。
「え、じゃあもう帰れるじゃん!」
ムツキが椅子をくるっと回して立ち上がる。
「帰れるわね」
アルも深く頷く。
ハルカはほっとしたように胸を押さえた。
「よ、良かったです……」
そのタイミングで、ルーレット台の奥からディーラーロボが静かに告げる。
『それでは最終精算を行います』
「うわ、まだあるの?」
アルが嫌そうに顔をしかめる。
だがロボは止まらない。淡々と端末を操作し、光るトレイを差し出す。
『総獲得ポイントを金額換算し、こちらが最終報酬となります』
一拍。
数字が表示された瞬間、アルの目が見開かれた。
「……ちょ、ちょっと待ってこれ」
「なに?」
ムツキが覗き込む。
「桁、多くない?」
ハルカも覗く。
「……多いですね」
カヨコは無言で一度目を閉じた。
「やっぱりそうなるのね」
ロボは淡々と続ける。
『なお、本施設の体験にご協力いただいた謝礼も含まれております』
「謝礼って言えば何でも許されると思ってない?」アルが即ツッコミを入れる。
そのやり取りの向こう側で、少佐の拍手が軽く響く。
「いやぁ、実に良いデータだった」
カジノホールの奥、笑みを浮かべながら肘をつく少佐がこちらを見ていた。
「ルールへの適応、賭け方の傾向、心理変化……どれも興味深い」
「やっぱり実験じゃない!」
アルが即座に叫ぶ。
「否定はしないよ」
少佐はあっさり頷く。
その横で、ドクが紅茶を飲みながら軽く手を振った。
「君達は十分楽しんだ。我々も楽しかった。それでいいじゃないか」
「あ、ドク。晩御飯作ってよ!ムツキちゃんムニエルがいい!」
ドクに当然のように食事のリクエストをするムツキ。
「あぁ、そういえば食事の約束してたね」
「…確かにお腹空きました」
小さくお腹を擦るハルカ。
「少佐殿の食事を作った後になるが、存分に楽しんでくれ」
喜々として便利屋に手を振るドク。
「だってさ、アルちゃん」
「え、一食浮くじゃない。やった!」
「よ、よかったですねアル様」
「…まぁいいか」
その後、ドクの料理に舌鼓を打ち、少佐から実際に与えられた報酬の額に目を回すアルの姿が見えたとか何とか。
ラスボス最初大尉にしてたけど、長くなり過ぎたのでカジノになった