HELLSINGの少佐がミレニアムで教師をしている話 作:海鮮横丁
ミレニアムにあるセミナー室の一角に、ユウカとノアからその連絡を受けた先生は足を運んだ。
一通り今の状態をノアから聞き、自分でも力になれるならと請け負う。
「おや、君も呼ばれたのかね」
後ろから今は聞きたくない声がする。
嫌々ながら振り向き、その姿を確認する。
いつものように真っ白いスーツを着込んだ男性だ。
ミレニアムの少佐と呼ばれる先生だ。
“やっぱり貴方も関わりますか”
溜息を押し殺して、平静を装い話す。
「当たり前だろう。彼女達の晴れ舞台だよ?全力で応援するとも」
ノアの後ろに広がるミレニアムの夜景を酷く眩しいものでも見るように眺める少佐。
「さて、晄輪大祭楽しみだね?」
後ろに振り向き、何とも怪しい笑みを浮かべる。
その日から先生はミレニアム各地を走り回り、タスクを熟していく。
少佐の方も色々と手を回しているそうで、各所からの反対意見や反対運動などを楽しそうに捌いていた。
「やっぱり少佐のことを信用できませんか?」
少し休憩を取るために入ったカフェで一緒に行動していたノアから声をかけられる。
心配しているというより面白がっている声音だ。
“やっぱりミレニアムの皆みたいにはどうしてもね”
結果は出しているのだ。
それもすごい勢いで。
今回のことだってそうだ。
エンジニア部が暴走させたロボットが、いつの間にやらほぼ無傷で回収されたり。
反対運動をしていた子がセミナーに襲撃をかける現場を抑えたり。
一体何処でその情報を得たのか不思議でならない。
「あの人は基本的には傍観者です。自分が楽しいと思うことを全力でします」
頬が柔らかく弧を描いて笑うノアの顔に少しだけ寒気だする。
“あの少佐のこと怖いと思ったことはないの?”
ほんの冗談のつもりでノアに尋ねる。
ノアの眼が微かに揺れ、ついで笑みが顔を覆う。
そんなことを聞かれるとは思ってもみなかった顔だ。
「あの人は怖いというより、面倒が勝ちますね」
「あの人のお陰でこのミレニアムは飛躍的に進歩しました」
「ですが、問題も多く起こっています」
「総評としては、面白くて面倒な大人といったところですね」
ノアの言葉を聞き、ポカンと口を開けて暫く呆然とする。
あの少佐が面白いとはとても思わない。
しかし、彼女等はあの少佐と自分より長い年月を過ごしているのだ。
そういう反応になるのかもしれない。
“私としては、もう少し説明が欲しいところだよ”
しみじみと呟く。
この短い間で少佐が解決した数と起こした騒動の数はほぼ同数だ。
とんでもない人だ。
「さ、次はトレーニング部ですよ先生」
ノアの声に押されるようにコーヒーを飲み干し、立ち上がる。
もう少しで大会本番だ。
「おや、随分と疲れた顔をしているね先生?」
ようやっと大会本番にこぎ着けた会場を見ながら、眠気に負けて欠伸が漏れる。
そんな様子をおかしそうに眺め、頬を綻ばせ会場全体を見回す少佐。
“貴方は何処まで関わっているんですか?”
少し声が低くなる。
「ん?どの話だ。あぁ今回の大会の話なら私は全く関係がないよ。反対運動だの強行策だのは当たり前だろう?」
呆れたように鼻を鳴らし、会場に視線を移す。
「あぁ、あれがトリニティの浦和ハナコ君か。一度話してみたいと思っていたが」
開会宣言のために檀上に上がったハナコを見る少佐。
“生徒に何かあったら容赦しませんよ”
「おお、怖い怖い。さて、始まるよ先生」
観客席で楽しそうにフライドポテトを頬張り、コーラを飲む少佐の様子に何とも言えない目を向ける先生。
ここに晄輪大祭の幕が上がる。
「おお、あんな酷い、いや面白い開会宣言があるとは想像もしてなかったよ」
手を叩きながら、全身を震わせ笑う少佐を置いて、大会関係者席。実行委員会のところに走る先生。
実行委員の面々が頭を抱えて、対処に回る。
何かを思いついたようにユウカが顔を上げる。
「そうだ!少佐にもう一度開会宣言してもらいましょう!あの人ああいうの得意だし」
自分の頬が引き攣るのを先生は自覚する。
何とか止めようと口を開く前に、他の実行委員の子の内何人かが賛成する。
瞬く間に少佐の大会演説が決まってしまった。
『えーここで、ミレニアム側の代表であるリオ会長が不在のため、ミレニアムの教師である少佐に大会開幕の宣言をしてもらいたいと思います』
ユウカの声が会場に響き渡る。
それを受けて、生徒の内何割かは不思議そうに首を傾げ。
少佐を知っている生徒は顔を青くしたり、喜んだりと反応する。
『それでは、少佐どうぞ!』
ユウカの声を受けて、ゆっくりと少佐が檀上に上がる。
その歩き方ですら見る人を惹きつけるものがある。
会場内が静まりかえる。
『諸君。この会場に集まった生徒諸君』
まず静かに呼びかける。
『君達はここに何を成しに来た?』
全員の顔をゆっくりと眺める。
一つ息を吸う。
『君達の中には運動が嫌いな子もいるだろう』
反対運動をしていた子達が少し震える。
『反対に運動が好きという子もいるだろう』
各校の生徒達の眼が変わる。
『だが、』
一息。
『祭りとは楽しいものだよ諸君』
もう一度会場内を見回す。
『さぁ、楽しもうではないか!』
大きく手を上げる。
それに応えるように生徒達から次々と声が拳が上がる。
競技は滞りなく進んでいく。
「裏で頑張っているのは、工務部の子たちか」
少佐の後ろに突然現れた准尉から報告を受け、会場全体をもう一度眺める少佐。
「どうする?あれくらいの規模ならボク一人でいいけど」
「いや、放っておこう。彼女達が主役だ。よっぽどのことが無ければ、私達が出る必要はないだろう」
のんびりと会場を見る。
借り物競争でユウカが何故か先生を引っ張っていってゴールをしたところだ。
インタビューでしどろもどろに答えるユウカを准尉と一緒にポップコーンをつまみながら見る。
「学校の運動会てあんま見たことないけど面白いよね」
「全くだ。彼女達一人一人が全力で騒いでいる。見てて飽きないね」
「また邪悪なこと言ってるよ少佐」
呆れたように見ながら、ポップコーンを口に放り込む。
「そういえば、先生は何処に行ったんだ准尉?」
「ん。先生なら何かパトロールに行くとか言ってたよ」
「なんとまあ。生徒の安全は大事かもしれんが、多少の怪我なら許容範囲だろうに」
肩を竦め、次の競技に出る選手の名前が読み上げられる度に声を上げる少佐。
「うわぁやっぱりアビドス怖いなぁ」
素っ頓狂な声を上げながら、対戦車ロケットを撃ち込んだシロコを笑いながら見る准尉。
「何だあのロボまた暴走したのか…ウタハ君はもう少しソフト面を鍛える必要があるかもしれんな」
会場内を暴走して走り回る応援ロボを眺め、ついで生徒を見る。
大きな怪我を負った生徒はいないようだ。
応援ロボを止めるために先生が幾人かの生徒を率いてくるのが見える。
「あの人も大変だね」
「何、それが楽しいのだろうさ」
のんびりとコーラを啜る。
会場が落ち着いたようで、どんどんプログラムが進んでいく。
「で、次が学園対抗リレーだって」
モニターに書かれた競技名を読み上げる准尉。
「確かこれで最後のはずだね。何でもユズ君が出るつもりだと聞いたが」
「へえ!あの子こういうのに興味あったんだ」
驚いたように会場内に視線を走らせる准尉。
ユズを探しているのだろう。
「ん。選手変更のお知らせ?あぁ成程」
「アンカーの子たちが次々と棄権を宣言?あ、ユウカの名前が変わりに入ってる」
モニターに次々と実行委員の名前が追加される。
その様子ににやりと頬を歪ませ、身を乗り出して会場を見る少佐。
「やれ、大変なことになったね准尉」
「そうだね。まさかアンカー交代でユウカが出ないといけないなんて」
「これは応援してやれねばなるまい」
二人してにんまりと笑いあい、観客席から立ち上がる。
ぐっぐっと身体を伸ばすハスミ。
準備運動に軽く腰を回すイズナ。
「何というかお疲れ様です」
「いえ、折角皆さんが託してくれたんです。精一杯応えてみせます」
ハスミの眼に闘志が宿る。
『お、いたぞ准尉』
『あ、ホントだ。ユウカー頑張ってねー』
呑気な声が頭上から響く。
思わず見上げれば、笑顔で手を振りこちらを応援する准尉とメガホンの形に手を変え、応援する少佐の姿。
「…愛されてますね」
何ともいえない顔でこちらを見るハスミ。
「…今日は一日大人しかったのに何で最後だけ」
プルプルと震える拳を何とか抑え、位置に着くユウカ。
後ろを見るとバトンを持った生徒がこちらを熱を持った目で見る。
絶対勝って、あの人達を殴ろう。
静かに決意を固め、走り出す。
大会が何とか終わりを迎え、ほっと息を吐いてシャワーを浴び制服に袖を通す。
セミナー室まで行くと明かりが灯っている。
誰がいるのかとひょいと顔を覗かせる。
「ここだ!先生、君は見ていないだろうがここの幅跳びが実に美しかった!」
今日の晄輪大祭の録画を見ながら先生や他の人達と一緒に酒を飲んでいる少佐の姿。
その姿を見て、巻き込まれてはたまらないとそっと扉を閉め、逃げるようにユウカは走り去った。