HELLSINGの少佐がミレニアムで教師をしている話 作:海鮮横丁
音瀬コタマの趣味の一つに盗聴がある。
それはヴェリタス内では当然のように知られたものだ。
「さてさて、今日はどんな面白い音が拾えますかね」
いつものようにミレニアム中に仕掛けた盗聴器から成果を確認する。
雑多な足音や多種多様な会話音。
咀嚼音からタップ音。
本当に豊かだ。
だが。
毎日のように聞けば飽きも来る。
「仕方ないですね。少佐周りの音も確認しますか」
カタカタとキーボードを叩く。
セミナー内に仕掛けた盗聴器から目標である少佐の音を探す。
「……ありました」
ヘッドホンを軽く押さえ、再生ボタンを押す。
最初に聞こえたのは紙をめくる音。
さらさら、と一定のリズム。
「書類仕事ですか」
少佐らしい。
面倒だ何だと口では言いながら、任された仕事だけは最後まできっちり片付ける男だ。
しばらくは紙の擦れる音とペン先が走る音だけが続く。
「これはこれでASMRにすればいい物ができそうですが…」
別の盗聴器へ切り替える。
カチッ。
『少佐』
「お」
聞き覚えのある少女の声。
どうやらユウカらしい。
『こちらも確認お願いします』
『まだ増えるのかね』
『誰かさんが仕事をため込むからですかね』
それを受けて衣擦れの音が続く。
肩を竦めたようだ。
「今日も大変そうですね」
しばらく聞いていてもいいが、この調子では片付けるまでまだかかるだろう。
別のものに切り替える。
『少佐、お茶にしませんか?』
「今度はノアさんですね」
カツカツと一定の靴音。
『今日はなんだね』
『当ててみてください』
笑いを含んだノアの声と机にコップが置かれる小さな音。
『ふむ』
しばらくの間会話が途切れる。
香を楽しんでいるのだろう。
『アッサムかね』
『正解です』
パチパチパチと拍手の音が響く。
『さすがですね』
『毎日のように飲んでいるからね。香りだけでも分かる』
コップが持ち上がる。
一口。
静かな吐息。
『ふむ』
『いかがですか?』
『今日は少し長めに蒸らしたね』
『お気付きになりましたか』
ノアがくすりと笑う。
『気温が低かったので、いつもより三十秒ほど長くしてみました』
『なるほど』
また一口。
『悪くない。むしろ好みだ』
『ありがとうございます』
カップ同士が軽く触れ合う。
澄んだ陶器の音。
「……なんですかこれ」
コタマは思わず呟く。
「盗聴してるだけなのに優雅すぎるんですが」
いや少佐周りはこういう音が多いが。
さて、どうするかな。
しばらく聞いていようか。
『そういえば、少佐。また何かユウカちゃんを怒らせたんですか?』
「お」
思わず音量を上げる。
『どれだね』
『ふふ。そういう態度はよくないですよ』
『彼女は怒るのが仕事だろう」
『またそんなこといって』
クスクスと可愛らしい笑い声が続く。
カップが静かに置かれる音。
『朝の件ならもう済んだよ』
『あらそうでしょうか』
「おお、ノアさんのレアな声」
保存。
『君たちは私を勘違いしているがね』
『はい』
『いつも問題ばかり起こしているわけではないよ』
『はい』
笑いを含んだ声。
「ノアさん。こんな感じで少佐と会話するんですね」
コタマは思わず頬を緩める。
少佐相手だからか、普段より砕けた話し方だ。
『では聞こう』
書類が閉じられる音。
『先週は何か問題を起こしたかね』
『エンジニア部の実験に付き合って、廊下を吹き飛ばされました』
『あれは事故だ』
『新素材開発部の件に付き合って、ドアが溶けましたね』
『あれも事故だ』
『先週あった八件の内。少佐が関わったものは全て事故だと?』
『そうだね』
即答。
間髪入れない返答に、コタマが思わず吹き出す。
「認めるんだ……」
ヘッドホン越しに、ノアの小さな笑い声。
『では確認ですが』
『うむ』
『事故とは』
『予測できない出来事だ』
『はい』
『つまり私に責任はない』
『ありませんか』
『ない』
即答。
「強い」
思わず拍手を贈る。
『今週に入ってから起こったことはどうですか?』
『新型の話ならヒマリ君にいいたまえ』
「お、部長?」
メモの準備をする。
予想以上に当たりかもしれない。
『新型の話ならヒマリ君にいいたまえ』
『設計を許可したのは?』
『私だね』
『試運転を提案したのは?』
『私だ』
『暴走した後、「もっと出力を上げられる」と仰ったのは?』
『私だね』
一拍。
『では』
『責任者はヒマリ君だ』
「なんでですか!」
思わずコタマがツッコミを入れる。
盗聴していることも忘れてしまった。
ヘッドホンの向こうでは、小さく笑うノアの声。
『理由を伺っても?』
『彼女が先頭に立って行った実験の結果だからね』
『貴方の役職を伺っても?』
『教師だね』
堂々と言い放つ少佐の声に肩が震える。
『結果として怪我人はゼロだ』
『そうですね』
『新たなアプローチが見つかったと喜んでいたよ』
「面白いことになってきたなあ」
流石は少佐だ。
というかあれだけ少佐のことを悪く言ってた部長も何だかんだ認めているのが面白い。
まあ、あの人の文句は褒め言葉と同義だが。
『ええ』
『つまり成功だ』
『壁はなくなりましたが』
『換気性能が向上した』
『部屋ではなく廊下まで風が抜けていました』
『開放的でよかっただろう』
『ユウカちゃんは修繕費を見て頭を抱えていました』
『若いうちは苦労を買ってでもするものだ』
「そうか。今週の頭にあった謎の廊下消失事件の犯人は部長だったのか」
何をしてたんだあの人
いつも車椅子に乗ってあれこれやってるだけはある。
『いえ、あれは全面的に少佐が悪いのです。山岳から湧き出た清水のような、ミレニアムに羽ばたく白鳥のようなこの私に問題があるわけないでしょう』
「……?」
コタマは再生画面を見る。
盗聴器のランプは点灯したまま。
なのに。
声が、近い。
耳元で聞こえた。
ゆっくりと首を横へ向ける。
そこには。
車椅子に腰掛け、いつもの得意げな笑みを浮かべたヒマリがいた。
『どうしましたコタマ?久しぶりに古巣に帰ってきた人間にその態度はいただけませんよ?』
「…お、お久しぶりです。部長」
ホログラムの部長に頭を下げる。
いつから聞いていたのか分からないが、わざわざこちらに現れたのだ。
何か用があったに違いない。
『いえ、特に用はありませんよ』
車椅子の上で胸を張る部長。
「え、じゃあ何で来たんですか?」
『貴方の誤解を解きに来たのですよコタマ』
指が真っ直ぐに私の顔に伸びる。
「…誤解?」
『ええ。誤解です。このミレニアムに咲く唯一無二の高嶺の花、「特異現象捜査部」部長にしてヴェリタス部長たる私が失敗などするはずないでしょう』
「でも廊下、なくなりましたよね」
『なくなっていません』
「え?」
『不要な壁が撤去され、動線が改善されただけです』
「強引すぎません?」
『結果として空気の流れは改善しました』
「そこじゃないです」
『さらに少佐の仰る通り、新しいデータも得られました』
「少佐に染まってません?」
ホログラムの表情がコロコロと動き、それに合わせて車椅子が回る。
ああ、こういう人だったなと変な懐かしさを感じながら部長の動きを見守る。
『染まってません!』
そこは否定するのか。
『いいですか。今回の実験の主旨は一つ。ミレニアムにおける危機的状況の打破です。廊下はまた造れます。しかし、得られたデータはあの瞬間にしか得られません』
「普通は廊下を優先すると思うんですけど」
『凡人はそうでしょうね』
「うわぁ……」
最近帰ってきてなかったけど、そういえば、こういう人だったなと嫌な納得が頭を支配する。
『ではコタマの誤解が解けたところで私は失礼します。まだやることが山のようにあるのですから』
「あ、はい。わかりました。ありがとうございます」
ホログラムに頭を下げる。
私の態度に満足したのだろう。
笑顔を浮かべて搔き消える部長。
静寂が戻る。
「……」
コタマはしばらく虚空を見つめた。
「……まあ、部長が納得してるならそれでいいか」
何ともいえない疲労感を忘れるように、先生用の盗聴器を選択する。
誤字脱字報告ありがとうございます。