HELLSINGの少佐がミレニアムで教師をしている話 作:海鮮横丁
「おーいい景色」
ゲヘナにある万魔殿の屋上付近。
正確には建物の屋根の上に一人の少年が立っている。
猫耳、短パンの美少年である。
シュレディンガー准尉だ。
夕日に沈むゲヘナをゆったりと眺めながら、今回の暇潰しの相手を見繕う。
「マコトはこの前遊んだしなー」
「風紀委員長殿は仕事中だろうし、イロハは戦車を弄っているだろうし」
屋根の上で胡坐をかく。
眼下では生徒達が忙しなく行き交っている。
爆発音が聞こえるのは日常茶飯事。
黒煙が上がっていても誰も気にしない。
実にゲヘナらしい光景だった。
「さて、誰にしようかね」
頬杖をつきながら考える。
マコトであれば面白い反応をしてくれる。
だが、この前遊んだばかりだ。
イブキは可愛いが、イロハが飛んでくるので面倒だ。
ハルナは食事に連れて行かれる。
それはそれで悪くないが、今日はそんな気分ではない。
アコは――。
「あんまりからかうと煩いからなあ」
即座に却下。
「むぅ」
ぱたぱたと尻尾を揺らしながら唸る。
その時だった。
下の道路を見下ろしていた視界の端に、一人の少女が映る。
白い髪。
長い角。
堂々とした歩き方。
「あれは……」
自然と口元が吊り上がる。
便利屋68の課長。
鬼方カヨコ。
「ほう」
面白そうだ。
騒がしい連中に囲まれているせいで目立たないが、あの少女はなかなか興味深い。
冷静沈着。
常識人。
苦労人。
そして妙に勘が鋭い。
「よし」
立ち上がる。
次の瞬間。
シュレディンガーの姿が屋根から消えた。
コツ、コツ、コツ。
夕暮れの通りをカヨコは歩いていた。
依頼は終わった。
アルは上機嫌で帰っていった。
ムツキは何か企んでいる顔をしていた。
ハルカは相変わらずおどおどしていた。
いつも通りである。
「平和ね……」
そう呟いた瞬間だった。
「やあ」
真横から声がした。
「っ!?」
反射的に振り向く。
そこには。
今まで一切気配のなかった猫耳の少年が立っていた。
「こんばんは」
にこり。
人好きのする笑み。
だが、カヨコの背筋には冷たいものが走る。
「……誰?」
「シュレディンガー准尉」
「聞いたことないわね」
「それは残念」
少年は肩を竦める。
まるで昔からの知り合いに話しかけるような自然さだった。
その自然さが逆に不自然だ。
「何か用?」
「暇だったので」
「帰るわ」
即答。
くるりと踵を返す。
関わってはいけない類だと本能が告げていた。
しかし。
「冷たいなぁ」
次の瞬間には前方にいた。
「!?」
立ち止まる。
後ろを振り向く。
誰もいない。
再び前を見る。
いる。
「……どうやったの?」
「企業秘密」
にこにこと笑う少年。
カヨコは頭痛を覚えた。
面倒な相手だ。
非常に面倒な相手だ。
「で、何がしたいの」
「散歩」
「一人でしなさい」
「二人の方が楽しい」
「私は楽しくない」
「辛辣だなぁ」
けらけらと笑う。
だが不思議なことに悪意は感じない。
ただ純粋に暇を持て余しているだけ。
そんな雰囲気だった。
「……五分だけよ」
「おお」
「その代わり変なことはしない」
「善処しよう」
「今すぐ帰る?」
「しないよ」
即答だった。
カヨコは深々と溜息を吐く。
面倒事の予感しかしない。
だが。
夕日に照らされながら隣を歩く少年は、どこか機嫌の良い野良猫のようにも見えた。
そしてその予感は、たぶん正しい。
なぜならシュレディンガーは歩きながら次の一言を放ったからだ。
「ところでカヨコ君」
「何?」
「今から便利屋の皆さんを驚かせに行かないかね?」
「行かない」
「即答」
「当たり前でしょ」
「むぅ」
頬を膨らませる猫耳少年。
カヨコは二度目の溜息を吐いた。
――平和は三秒しか続かなかった。
「そういえば、少佐と遊んでいた時はボクいなかったもんねえ」
「…ああ、貴方あの少佐の知り合い」
苦虫を嚙み潰したような顔を浮かべるカヨコ。
「すっごい顔になったね君」
ケタケタと邪気のない笑顔でこちらを見る准尉。
出来るだけ速足で歩くが、苦も無く着いてくる相手に嫌気がさす。
大人しく帰って欲しいが、本人の言う通り暇潰しならそう易々とは帰らないだろう。
「……少佐の知り合いなら納得したわ」
「それは褒め言葉かな?」
「違う」
即答。
シュレディンガーは楽しそうに笑う。
「君、容赦ないねえ」
「貴方達ならこれくらい平気でしょう?」
「違いない」
にんまりと笑い。また姿が消える。
直ぐ横から声がする。
「ボクはねこっちに来た時酷く退屈したんだ」
「…そう」
「うん。少佐も大尉もドクもすっかり大人しくなっちゃってね」
「そう?」
あの3人の様子を思い出すが大人しいとは真逆だったはずだ。
カヨコはじとりとした目を向ける。
「そう?」
「そうとも」
シュレディンガーは街灯の上に腰掛けていた。
いつの間に登った。
いつの間に移動した。
考えるだけ無駄なのでカヨコは考えない。
「昔はねえ。少佐なんて毎日何かしらやらかしていたんだよ」
「今もでは?」
「比較にならない」
即答だった。
「大尉なんてもっと酷い」
「へえ」
「ドクに至っては――」
そこで少年は何かを思い出したように空を見上げた。
「……まあ、あれは別方向で酷かった」
珍しく歯切れが悪い。
カヨコは少しだけ興味を引かれた。
少佐や大尉に振り回される側の人間としては、その二人より上がいるのか気になる。
「例えば?」
「君達に言っても余りピンと来ないだろうけどね。未知を既知にする作業を延々としてたんだ」
「何それ?」
「研究者のサガって奴らしいけどね」
ふわりと風に吹かれたように宙に浮く少年。
次の瞬間にはこちらの後ろに居る。
本当に猫のように自由だ。
「研究者って皆そんなものなの?」
「いや?ドクが特別だよ」
ふわりと街灯から飛び降りる。
着地音がしない。
本当に重力が仕事をしているのか怪しい。
「少佐は面白そうだから首を突っ込む」
「大尉にしても命令だからって好き勝手暴れてた」
「他の人たちもそうだよ」
「ドクは?」
「面白そうだから解明する」
「……ああ」
少しだけ納得した。
どれも迷惑な人種だ。
方向性が違うだけで。
「そしてボクは」
少年はくるりと一回転する。
「退屈だから首を突っ込む」
「帰りなさい」
「酷いなぁ」
即答だった。
カヨコは額を押さえる。
少佐の知人。
その時点で覚悟はしていたが、予想以上だった。
むしろ少佐が比較的常識的に見えてくる辺りが恐ろしい。
「それで?」
「ん?」
「暇潰しに私を捕まえた理由」
シュレディンガーは一瞬だけ目を丸くした。
それから笑う。
「簡単だよ」
「聞くだけ聞くわ」
「君が面白そうだったから」
やっぱりか。
そんな顔をするカヨコ。
少年は続ける。
「便利屋の他三人は分かりやすい」
指を一本立てる。
「アル君は夢追い人」
二本目。
「ムツキ君は愉快犯」
三本目。
「ハルカ君は自己評価が低すぎる」
四本目。
「そしてカヨコ君は」
そこで少し考える。
「観察者だ」
カヨコの足が止まった。
「……何それ」
「だってそうだろう?」
シュレディンガーは不思議そうに首を傾げる。
「君、自分から騒動を起こさない」
「普通はそうよ」
「でも面白そうなら最後まで見る」
「……」
「危険だと分かっていても仲間を止めない」
「……」
「止めても無駄だから」
「それもある」
少年はにんまり笑う。
猫のような笑みだった。
「だから観察者」
夕日が二人を赤く染める。
しばらく沈黙が続いた。
やがてカヨコが小さく息を吐く。
「……よく見てるのね」
「暇だからね」
「最低の理由」
「最高の理由だよ」
ケラケラと笑う。
その笑い声は妙に楽しそうだった。
カヨコは肩を竦める。
面倒な相手だ。
だが。
少なくとも今は害意も敵意もない。
ただ純粋に興味本位で近付いてきているだけだ。
それが一番厄介なのだが。
「まぁ暫く相手してよ。ボクは今とても暇なんだ」
「…最悪」
大きく溜息を吐く。
化け猫のように笑いながら、こちらを眺める准尉。
結局、ゲヘナを出るまで准尉の相手は続いた。