HELLSINGの少佐がミレニアムで教師をしている話 作:海鮮横丁
『皆様、準備はよろしいでしょうか!今回、またもや参加してくださった大尉殿に熱烈な拍手をお送りください!。そして参加者を順に読み上げます!ゲーム開発部所属の天童アリスさん!今度こそ大尉に勝つと元気一杯語っておりました。続いて、C&Cからコールサイン01。一之瀬アスナ先輩が出場です。面白そうだからという理由で大尉に挑みます!そして、最後に紹介するのは、何故この場に居るのか不思議な生徒です。ヴェリタスの小塗マキさんです!グラフティをして周り、ミレニアムを明るくしてくれる彼女が今回、どのような活躍を見せるのか!祭りには積極的に参加しなきゃとのことです!』
殆どノンブレスで喋り続けるコトリ。
場所はエンジニア部特製の実験場。
各地に急造の観客席が並び、そこかしこにカメラが設置されている。
『実況は私こと、エンジニア部所属のコトリが頑張ってさせていただきます。制限時間は1時間です!今回、皆さんに遊んでもらうのはかくれんぼになります!ルールは単純。大尉がこの会場内を隠れるので、挑戦者が見つけるだけです! 見つけるだけでは少々味気ないので、タッチするまでが勝負です!アスナ先輩ならあっという間にに終わってしまいそうですので!』
会場内に笑いと納得の声が響く。
会場中央では、アリス達がにこやかな表情で大尉を見つめている。
「成程、勇者はどんな挑戦でも受けますよ!」
「えー見つけただけじゃダメなんだ」
「これ、ドローンハッキングとかしてもいいの?」
マキがフラフラと周囲を飛び回るカメラ搭載型ドローンを視界に収める。手元の端末を少し操作し、視点を大尉に変える。
会場中央にある液晶に大尉が映り、次の瞬間には映像が消える。
「え、ハッキング対策しての?何で?」
『まだ開始の宣言をしてませんからね!開始したら解禁されますよ』
会場内のあちこちで笑いが起こる。
一瞬気まずそうに視線を逸らすマキ。
「ま、いいじゃん。そっち関連はお願いするよマキちゃん」
「そうです。マキの能力で頑張って大尉を追い詰めましょう!」
「あー二人共ありがと」
『さ、会場も温まって来ましたね。5カウント後に始まりますよ!』
会場上部の液晶が切り替わる。
『5』
観客が声を自然に揃う。
ニコニコとしながら、軽く跳ねるアリス。
首を回し、真剣な目付きに代わるアスナ。
軽く、周囲のドローンを確認するマキ。
『4』
今まで周りを見ていた大尉が初めてアリス達を視界に収める。
『3』
軽い屈伸を始めるアリス。
『2』
手元の端末をいつでも触れるようにマキが構える。
『1』
前傾姿勢になるアスナ。
『スタートです!!』
合図と同時に矢が放たれるように一息に駆け出すアスナ。
それを追うように飛び出すアリス。
ドローンを大尉の周囲に展開するマキ。
スッと音もなく後ろに後退する大尉。
『さあ、大尉選手。隠れるのかそれとも逃げ回るのか!おおっと早速、姿が消えましたね!』
「アリスちゃん上!」
「はい」
「うっわ!?ドローンが全然追いつかないじゃん!」
上空に視線をやると、大尉が天井の梁の上に腰掛けてこちらを眺めている。
『だから大尉早いって!』
『マキちゃんのドローン映像、後で回してもらって解析しようよ』
『飛ぶ瞬間を抑えれば何とかなるのこれ?』
アリスが上空目指して床を蹴りつける。
アスナが会場内を見渡す。次の移動先に当たりを付けたのだろう、一気に駆け出した。
会場全体のカメラをハッキングしたのか多方面の映像が会場中央の液晶に写り出す。
「追いつけないならこうやって!」
「会場内全部の映像を抑えてやる!!」
会場中央の液晶が分割される。
廊下。
倉庫。
天井付近。
観客席裏。
あらゆる地点の映像が並び始めた。
『おお、ヴェリタスの本領発揮だ』
『マキちゃん本気だなあ』
『ちょっとすごい映像になりましたね。もう少し大きな液晶にすべきだったでしょうか』
「大尉!今度こそ捕まえますよ!」
大尉の身体にアリスの手が伸びる。くるりと梁を軸に逆上がりをするように身体を回転させ、アリスの手を避け宇る大尉。
「読めてますよ!」
空中で何とか体制を変え、アリスが蹴りを放つ。
それを軽い重心移動で躱し、重量を感じさせない動きで梁から飛び降りる。
「へっへーん大当たり!」
アスナが大尉のほぼ真下に到着する。
「ナイスですアスナ先輩!」
梁を蹴り、勢い付けて大尉を追うアリス。
その横を大尉を追うようにドローン展開するマキ。
アスナが突き出した腕に大尉が足を乗せる。
鉄棒選手のように身体を回転させ、その勢いでアスナの頭上を飛び越えた。
「うっわ!それはちょっとびっくり」
大尉の回転に合わせ、アスナの身体が回る。
危なげなく床を滑るように体勢を整える。
「うわこのドローン攻撃性能ないじゃん」
『実況用のカメラドローンに何を期待しているんですか!』
「……」
大尉が上空から迫るアリスを目で追い、ついで周りに展開されるドローンを見る。
アリスが上空で身体を半回転させて、蹴りを放つ。
それを半身で避け、軽くアリスの肩を押す。
「わ!」
「アリスちゃん!」
慌てて、アリスを拾いに行くマキ。
「うーん。リーダーが嬉しそうにしてた理由分かったかも」
ぐっと身体を伸ばし、真剣さが増した目で大尉を見るアスナ。
「マキ、会場内のドローンを使って壁を作れますか」
「え、出来るけど壊されたら大尉追えないよ?」
マキに下ろしてもらいながら、上空を飛び回る無数のドローンを見詰めるアリス。
「それやるなら大尉の体力削るかしないと成功しないと思うよ」
「…ならば、やはり実力で捕まえます!」
『52:48』
『さぁまだ始まって10分もたっていないのに熱い戦いを見せてくれています。次はどんな手を見せてくれるのでしょうか』
「いやー大尉。強いなあ。前に映像見せてもらったけど」
「マキちゃん。今なら大尉は倉庫までは行かないから、そっちのドローン呼び戻してくれる?」
「了解です」
「アリス行きます!」
空気を切り裂くように加速するアリス。
床が爆ぜる。
一直線。
今までで最速。
「……」
目を見張る大尉。
同時。
会場内のドローンが一斉に移動した。
「今!」
マキが叫ぶ。
十数機のドローンが通路を塞ぐように並ぶ。
「左逃げた!」
アスナが走る。
逃走経路を読んでいた。
前。
アリス。
左。
アスナ。
上。
ドローン。
観客席がどよめく。
『おっと!?』
『これ捕まるんじゃ!?』
『初めてじゃない!?』
『完全に囲んだよね!?』
大尉が足を止める。
僅かに。
本当に僅かに。
「今です!!」
アリスの手が伸びる。
微かに指が大尉の服を掠める。
大尉が膝を折る。
地面へ身体を投げ出すように沈む。
アリスの指先が空を掴んだ。
「リーダーこんなの相手にしてたんだ!!」
楽しそうに笑いながら、無造作に足を踏み出す。
目的地は大尉の顔だ。
「よいしょっと!」
真っ直ぐに伸びた脚を大尉がすぐさま払いのける。
予想していたアスナの体制がぶれることなく、踊るように肘が飛ぶ。
「私も少しは動くよ!」
合間を縫うようにマキが突撃する。
狙いは大尉の腰だ。
上空からアリスの追撃が入る。
とった!
と観客が思った。
大尉の姿が視界から消える。
「いや、流石はアスナ君。中々やる」
「前にも映像では見ましたが、恐ろしい動きですね」
ぱちぱちと軽い拍手をしながら感心したように頷く少佐。
珍しいものを見たとでもいうように目を見張るノア。
少し離れた場所で感心したように頷く大尉。
「えへへー褒められちゃった」
「今の攻撃はすごいですアスナ先輩!」
「いやいやいや!どうやって動いたの大尉!?」
『おおっと!今ドローンの映像を巻き戻しています。これは、アスナ先輩の肘を軽く持って体制を入れ替えていますね』
『柔道でいう払いとでもいうのでしょうか!あの一瞬で何という動きでしょうか!』
「はー化け物じゃん大尉」
「でも、今のは惜しかったですよ!」
『さぁ時間は後47:32秒となります。次の攻防はどうなるのか』
少し離れた場所へ着地した大尉が衣服の埃を払う。
「…」
大尉が無言で観客を見る。
ついで、扉の位置を確認する。
とんと軽い音の後に扉の前まで移動する大尉。
『ここでステージ変更を選びました大尉!向かう先は一本道の通路です』
「あー軽くドローン壊されそうな場所を」
「追わない選択は勇者にはありません!」
「今度は捕まえるよ!」
扉を開け、滑るように疾走を始める大尉。
監視カメラをハッキングし、大尉を追うマキ。
「右!次の十字路右!」
「了解!」
「行きます!」
アスナとアリスがほぼ同時に加速する。
通路は広場と違う。
逃げ道が限られる。
だからこそ捕まえられる。
そう三人は考えていた。
『おおっと!ステージが変わったことで挑戦者側が有利になるのでしょうか!?』
『一本道なら流石に逃げ切れないんじゃない?』
『いや相手大尉だぞ?』
観客席から好き勝手な声が飛ぶ。
液晶に映るのは高速で切り替わる監視映像。
通路。
階段。
非常口。
研究室前。
その全てをマキが掌握している。
「見えた!」
液晶に大尉の姿が映る。
一直線の長い通路。
逃げ場はない。
「今度こそ!」
アリスが床を蹴る。
轟音。
弾丸のように飛び出した。
『速い!!』
『また速くなってない!?』
距離が縮む。
二十メートル。
十五。
十。
「捕まえます!!」
手が伸びる。
その瞬間。
大尉が壁に触れた。
「……え?」
次の瞬間。
壁を一歩。
さらに一歩。
まるで地面を走るように壁面を駆け上がる。
『はぁ!?』
『うそでしょ!?』
観客席から悲鳴のような声が漏れる。
大尉はそのまま天井近くまで上がると、反対側の壁へ飛び移った。
人間離れした三角跳び。
アリスの手が空を切る。
『出たぁぁぁぁ!!』
『何で壁走れるんですか!!』
『この人はいつもそうです!!』
コトリが半ば悲鳴のような実況を飛ばす。
だが。
「アリスちゃんそのまま!」
アスナが笑う。
「へ?」
「今ので進行方向読めた!」
アスナが脇道へ飛び込む。
マキが即座に反応する。
「なるほど!」
監視映像が次々切り替わる。
大尉の進行先。
その先。
さらに先。
出口。
全ての画面に予測ルートが描かれる。
『おおっと!?』
『今度は挑戦者側が先回りだ!』
『これは面白くなってきた!』
そして――
曲がり角を抜けた大尉の前に。
にこにこと笑うアスナが立っていた。
「やっと会えたね♪」
左右にはドローンの壁。
後方からはアリス。
完全包囲。
観客席が総立ちになる。
『来たぁぁぁぁぁぁ!!』
残り時間。
『43:20』
三人が初めて作り上げた、本当の意味でのチェックメイトだった。
「アスナ先輩。同時に行きます」
「いいよ。アリスちゃん。合わせるからいつでもどうぞ」
じりじりと間合いを測るように大尉を囲む二人。
逃げ場を塞ぐようにドローンで幾重にも壁を作るマキ。
小さく頷いて、周りを観察する大尉。
「アリス!行きます!!」
轟音。
床が抉れる程の踏み込み。
それに合わせて加速するアスナ。
『おおっと!ついに大尉は捕まるのか!?』
「…」
無言で軽く、アスナの方に視線を合わせる大尉。
ぬるりと液体のように移動し、アリスの目の前に立つ。
アリスの反射で伸ばされた腕を軽く握る。
「あっ!」
アリスの目が見開かれる。
掴まれた。
そう理解した瞬間。
大尉が僅かに身体を捻る。
「わわっ!?」
アリスの勢いは止まらない。
いや。
止められない。
握られた腕を支点に、巨大な遠心力となって身体が回る。
まるで投げ技。
だが投げてはいない。
勢いの向きを変えただけ。
アリスの身体がアスナの横を通り抜ける。
「なるほど!」
アスナが笑う。
予想していた。
大尉が真正面から受けるはずがない。
だから止まらない。
加速したまま踏み込む。
肘。
膝。
掌底。
触れれば勝ち。
だが。
大尉の身体が沈む。
アスナの腕の下を潜り抜ける。
そのまま床へ手を着いた。
観客が固唾を呑む。
次の瞬間。
大尉が逆立ちになる。
「は?」
マキが呆然とする。
逆立ちしたまま回転。
大きく振られた脚が近くのドローンを蹴り飛ばした。
一機。
二機。
三機。
『ドローン壊し始めたぁぁぁ!!』
『だから狭い場所選んだのか!!』
壁の一角が崩れる。
だが。
「逃がさないよ!」
アスナが飛び込む。
「今度こそです!」
体勢を立て直したアリスも追う。
二人が左右から迫る。
大尉が壁を見る。
ドローンを見る。
アスナを見る。
アリスを見る。
そして。
僅かに笑った。
「?」
アスナの眉が動く。
嫌な予感。
次の瞬間。
大尉が真上へ跳んだ。
ではない。
壁を蹴った。
さらに反対側。
さらに天井。
まるでピンボール。
人間とは思えない軌道で空間を跳ね回る。
『待って待って待って!』
『何ですかその動きは!?』
『だから化け物なんだって!』
観客席は大爆笑。
コトリは半泣き。
『実況不能です!!』
『私の知ってるかくれんぼじゃありません!!』
『誰かルールブック持ってきてください!!』
そして――
大尉が着地した場所。
それは。
誰も見ていなかった場所。
ドローン壁の真横。
たった一人。
操作に集中していたマキの隣だった。
「え」
マキが顔を上げる。
大尉が軽く帽子のつばを上げるような仕草をする。
「…」
「近い近い近い近い!?」
悲鳴を上げるマキ。
その瞬間にはもう。
大尉の姿は通路の向こうへ消えていた。
『逃げたぁぁぁぁぁぁ!!』
『チェックメイトから脱出したぁぁぁぁ!!』
『何でだよ!!』
残り時間。
41:37。
観客席のテンションはむしろ最高潮に達していた。
ドンと勢いよく扉を開け放つアリス。
大尉が潜伏場所に選んだ研究室。
サッと周りに視線を走らせる。
「…いないように見えますが」
「マキちゃんのドローン情報だとここだね」
「流石の大尉もハッキングは出来ないだろうから、ここで正解のはずだけど」
3人とドローンが次々と部屋に入る。
研究室。
広さは教室二つ分ほど。
棚。
実験台。
大型機械。
資料棚。
隠れる場所など無数にある。
「……」
アリスがきょろきょろと見回す。
「見当たりませんが」
「カメラには入ったよ」
マキが即答する。
「出た記録は?」
「ない」
「なら居るね」
アスナが笑う。
観客席の液晶にも研究室内の映像が映し出される。
『おっと?』
『今度は捜索パートだ』
『なんか普通のかくれんぼになった』
『今までが普通じゃなかっただけでは?』
そんな声が飛ぶ。
「手分けします!」
「了解!」
「りょーかい」
三人が散る。
ドローンもまた部屋中へ展開された。
机の下。
棚の裏。
大型装置の陰。
全て調べる。
だが。
居ない。
「……おかしいな」
マキが眉を寄せる。
「隠し部屋とか?」
「ないと思います」
「アリスも見つけられません!」
部屋の隅々まで探した。
それでも居ない。
『え?』
『どこ?』
『消えた?』
観客席もざわつき始める。
すると。
ノアがモニターを見ながら小さく呟いた。
「なるほど」
「気付いたかね」
隣の少佐が笑う。
「はい」
ノアが天井を見る。
同時。
少佐も同じ方向を見る。
そして。
「上ですね」
『上ぁ!?』
コトリの声が裏返った。
全カメラが一斉に天井へ向く。
そこには――
何もない。
『居ないじゃないですか!?』
「いえ」
ノアが首を振る。
「そこです」
映像が拡大される。
研究室中央。
大型照明。
その真上。
配線や金具に紛れるように。
軍服の大尉が完全に張り付いていた。
『居たぁぁぁぁぁぁ!?』
『何でそこに居るの!?』
『忍者なの!?』
『コウモリじゃん!!』
観客席が爆発する。
研究室内の三人もようやく気付いた。
「いました!!」
アリスが叫ぶ。
「いや分かるわけないでしょ!?」
マキが叫ぶ。
「流石に笑っちゃうなぁ」
アスナが肩を震わせる。
その瞬間。
ぱちり。
大尉とアスナの目が合った。
嫌な予感。
アスナが笑顔のまま固まる。
「……あ」
次の瞬間。
大尉が落下した。
真下へ。
重力そのまま。
観客席が悲鳴を上げる。
アリスが飛び出す。
マキがドローンを集める。
アスナが迎撃に動く。
そして――
『かくれんぼ再開ですぅぅぅぅ!!』
コトリの絶叫が会場中に響き渡った。
『さあ、時間は後35分近くあります!挑戦者側はどう動くのか!?』
大尉がアスナを手を払い、次にアリスの伸ばした手を横に逸らす。
マキがドローンをぶつける勢いで突撃させる。
それを手で滑らせ、別のドローンにぶつける大尉。
「くっそ!ドローンが役に立たないじゃんか!?」
「カメラ映像はすごい役に立ってますよマキ!」
「いやぁ、これはちょっとすごいなあ」
アスナが楽しそうに笑う。
大尉は答えない。
代わりに。
研究室中央の実験台へ飛び乗った。
「逃がしません!」
アリスが追う。
同時。
大尉が実験台を蹴る。
身体が浮く。
だが前ではない。
横。
大型機械の上へ。
「右!」
マキが叫ぶ。
アリスが即座に軌道を変える。
『おおっと!挑戦者側の連携もどんどん良くなっています!』
『アスナ先輩すげえな』
『マキちゃんもよく食らいついてるよなあ』
観客席も盛り上がる。
その時だった。
「アスナ先輩!」
アリスが叫ぶ。
「分かってる♪」
アスナが笑う。
大尉の進行先。
そこへ先回りする。
大型機械。
資料棚。
実験台。
研究室の障害物を利用しながら移動する大尉。
だが。
アスナはもう追うのをやめていた。
読む。
次を。
その次を。
さらに先を。
「そこ!」
棚の向こうへ飛び出す。
同時。
大尉も現れる。
『読んだぁぁぁ!!』
観客席が沸く。
アスナの指先が伸びる。
あと数センチ。
「っ!」
初めて。
本当に初めて。
大尉が明確に反応した。
身体を捻る。
制服の裾が揺れる。
指先が掠める。
『惜しいぃぃぃ!!』
「やった!」
アスナが叫ぶ。
「今触った!」
「…」
無言で審判であるコトリを、正確にはカメラを見る大尉。
観客席の声が割れる。
『絶対触ったって!』
『ビデオ判定入りまーす!!』
コトリの声に会場がさらに盛り上がる。
液晶へ映像が映される。
スロー再生。
さらにスロー。
もっとスロー。
全員が食い入るように見る。
アスナの指先。
大尉の制服。
距離。
――一ミリ。
『触ってませぇぇぇぇぇん!!』
会場がひっくり返る。
「えええええ!?」
アスナが本気で驚く。
「惜しかったですね」
ノアが苦笑する。
「今のは中々だったね」
少佐も素直に感心している。
一方。
アリスの目が燃える。
「今のなら届きます!」
「お、アリスちゃんスイッチ入った」
マキが苦笑する。
大尉を見る。
アリスを見る。
そして時計を見る。
残り時間。
『34:12』
『ここでアスナ先輩が大金星寸前!!』
『いやもう実質勝ちだろ今の!』
『大尉の回避能力がおかしいだけなんだよ!』
会場の熱気はさらに上がっていく。
そして大尉もまた。
ほんの少しだけ。
楽しそうに見えた。
「次は、何処に逃げる大尉?」
部屋の隅に追いやるようにドローンを展開するマキ。
逃げ道を塞ぐようにアスナとアリスも大尉を囲む。
天井にさっと視線を走らせる大尉。
「やらせないよ!」
何かを察したアスナが走る。
それより早く大尉の腕が動く。
照明が消えた。
澄んだ音が後から天井から響く。
一瞬で、視界が落ちた。
「えっ――」
アリスの声が途中で途切れる。
研究室全体が、まるで舞台の幕を落とされたように暗転した。
非常灯が、うっすらと赤く点く。
『お、おおっと!?停電!?いや演出か!?』
コトリの声だけがやけに明るく響く。
「マキちゃん!?」
「噓じゃん!かくれんぼでここまでする!?」
マキの返事がワンテンポ遅れる。珍しく焦りが混じっていた。
その瞬間だった。
「上!」
アスナの声。
同時に、金属が擦れる音。
カン、と軽い衝撃が天井から落ちる。
「マキちゃん!ドローン下げて!!壊して回る気だ!」
「マジか大尉!」
慌てて暗闇の中何とか操作する。
三人の周りで次々と破砕音が響く。
「うっわ。信号殆ど残ってないよ!大尉、私にどうしろと!?」
「大尉は忍者ですね!」
暗闇の中、じっと大尉を探しながらアリスは耳を澄ます。
す、と。
ほんのわずかな風。
「横!?」
反射的に手を伸ばそうとしてグッと堪える。
「わ!?」
アリスの声が闇に溶ける。
「よっし!ドローン照明点火」
無事なドローンからライトが点る。
ライトが一斉に点いた瞬間、研究室の空気が一段階“軽く”なったのが分かった。
壊れたドローンの残骸が床に散り、天井の梁にはまだ微かに揺れる影。
「…わーお」
アスナの呆然としたような声が小さく響く。
「いや、それありなの大尉?」
マキが抗議するように口を開く。
「大尉!アリスは動けません!?」
ジタバタと大尉の腕から、正確に言うとベルトからの拘束から逃れようともがくアリスの姿。
『おおっと!大尉選手、アリスさんを拘束しました!』
コトリの実況が一段階テンションを跳ね上げる。
暗闇からの急襲、そしてアリスの拘束。
「え、ちょ、ちょっと待ってくださいこれ!」
宙ぶらりんのまま、アリスがばたばたと足を動かす。
しかし大尉の腕はびくともしない。むしろ最小限の動きで、彼女の勢いだけを綺麗に殺している。
「アリスちゃんが…運ばれてる…?」
「いやあれ、普通に人質だよね?」
マキがドローンの残骸を見下ろしながら、呆然と呟く。
『何か荷物みたいだなアリスちゃん』
『この光景前に見たな』
『あれはモモイじゃなかったけ』
空気が緩む。
本人たちは真面目にやっているが、絵面がまあおかしい。
ふっと、非常灯が次々と付きだす。
照明が付ききる前に、大尉の姿がアリスと共に消える。
「え、あ、え?」
アリスの声が下と上からほぼ同時にする。
「大尉、実は結構高いとこ好き?」
迷うことなくアスナの視線が大尉に刺さる。
暗転が解けきる前に、もう一段高い場所へ。
研究室の天井付近――クレーンのメンテナンス用フレーム。その細い梁の上に、大尉はアリスを軽く担いだまま立っていた。
「た、大尉!降ろしてください!流石にアリスもこの高さは怖いです!?」
「……」
無言でアスナとマキを、ついでアリスを順に眺め。
溜息を吐くような動作をして、アリスをクレーンに置く。
「あ、ありがとうございます。大尉、今度は捕まえないでくれると助かります」
呑気にお礼をいい、拘束が外されるのを律儀に待つアリス。
「いや、アリスちゃん!捕まえて!?」
「し、しかし!アリスは勇者です。勇者は卑怯なことはしません!」
マキの悲鳴のような嘆願をアリスは流す。
『えーっと?勇者は無事救われました!残り時間はもう直ぐ30分を切ります。挑戦者側は触れることが出来るのか!?』
コトリの実況が響く中、拘束が取られたアリスが大尉に律儀に頭を下げ、そのまま軽い調子で飛び降りる。
「仕切り直しってとこかな?」
軽く唇を舐め、クレーンから降りてきた大尉を見詰めるアスナ。
開け放していた扉に大尉が向かう。
「お、ステージ変更?大尉割とエンタメ分かってるね」
「大尉、何処までも付いていきますよ」
靴を床に擦らせ調子を見るマキ。
笑顔で身体をほぐしていくアリス。
すっと大尉の手が伸びる。
3本の指が伸びている。
「…3カウントするってこと?」
こくりと頷き、監視カメラに視線を送る大尉。
『まさかのカウント要求!!いいでしょう!それに応えてこその実況です!!』
液晶に数字が現れる。
『3』
床を靴で蹴り、調子を確かめるアリス。
『2』
残ったドローンの展開を始めるマキ。
目を細めて大尉を観察するアスナ。
『1』
カウントと同じタイミングで指を折る大尉。
『さあ再スタートです!』
『大尉選手。扉から勢いよく飛び出しました!目指す先は一体何処になるのか』
会場中央の液晶が分割される。
廊下。
倉庫。
砂嵐がいくつかの画面に映る。
「うわ、気付かなかったけど監視カメラも壊してんだ」
「流石ですね大尉」
飛ぶような勢いで廊下の疾走を始めるアリス。
「アリスちゃん!今度は会場に戻ると思うから、そっち走って!!」
「了解です!」
アリスの背中にアスナが叫び、別方向に走りだす。
「マキちゃんはこのまま会場に向かって、復旧できそうなら観客席側の直してくれる?」
「分かりました!」
アリスを追うようにマキも走る。
『会場に大尉の姿が再度現れました。周囲にドローンがいくつか飛んでいますが気にした素振りも見せません』
会場中央まで足を進め、軽く足を開いて待機する大尉。
「おや、大尉はやる気かな?」
「大尉なら手加減してくれるでしょうが、心配ですね」
ゆったりと紅茶を飲む少佐。
その横でクッキーを齧るノア。
『少し遅れてアリス選手が現れました。あれだけの距離を疾走したというのに息一つ乱れていないのは流石の一言です!大尉を見据え、何を思うのか!!ゆっくりと会場中央に向かいます』
大きく息を吐き、グッと構えを取るアリス。
『他の参加者の姿が見えませんが、どうするつもりでしょうアリス選手。時間は後、26:40秒程です』
「アリス行きます!」
アリスの足に力が籠る。
アリスの姿が掻き消えた。
大尉の後ろに回り込み、手を伸ばす。
一歩前進して躱しながら後ろに足を振り上げる大尉。
アリスの手を巻き取るように大尉の足が動き、勢いのまま転がされる。
『ここで大尉選手。対決を選んだようです。技量の差を見せつけるようにアリス選手が転がっています』
『大尉、遊んでるな』
『アスナ先輩とマキちゃん何処行った?』
『カメラには映ってないし』
「さて、上手く動いてよ」
端末を操作し、ハッキングしたカメラをいくつも動かしていく。
最低限の修理しか出来てないが、映るだけいいだろう。
「後はアスナ先輩のタイミング次第」
緊張を解すように息を吸い、吐く。
「アリスちゃん耐えてよ」
一人で戦っている友人に祈りを贈る。
「もう少し、もう少し」
観客席の近くにある配電盤の隅に座って会場の様子を伺うアスナ。
「本来なら私が大尉とやって時間稼ぎするんだけどね」
何度も地面に転がされている後輩を心配そうに見詰める。
「そろそろマキちゃんの準備も出来たっぽいね」
ふよふよと大尉の周辺に浮かぶドローンの動きを見て頷く。
「さあ、今度は捕まえるよ大尉」
『アリス選手流石のガッツです。大尉の動きに慣れてきたのか拘束されても指や足を動かし、何とか触れようという執念を感じます!』
『さぁ時間はもう直ぐ20分を切ります。どうなるか…』
コトリが言い終わる前に、会場内の照明が一瞬で落ちた。
『おや、何らかのアクシデントでしょうか?確認します』
ドローンの駆動音がいくつも響く。
大尉は迷うことなく前方にいるアリスを捕まえるために手を伸ばす。
『大尉!受け止めて!!』
上空からマキの声が響く。
大尉が視線を向けた先、天井の梁部分から飛び降りたマキの姿が目に飛び込んでくる。
大尉の動きが明確に鈍る。
一瞬、アリスに視線を向ける。
こちらに伸ばしていた手が途中で止まり、驚きに目を染める。
アスナが後ろから迫る音がする。
小さく、本当に小さく息を吐いて。
床を踏み抜きそうな程に力を込めて大尉が跳ぶ。
マキを上空で軽々と抱き留める。
「へっへー。ありがと大尉」
へにゃりと顔を崩し、ポンポンと大尉の身体を叩くマキ。
非常電源が会場内を照らし出す。
大尉がマキをゆっくりと床に降ろす姿が会場のモニターに映る。
『これは、予想外の終わり方です。マキ選手の機転により、大尉選手の捕獲がなされました!会場の皆様、どうぞ選手の皆さんに温かい拍手をお送りください!!』
コトリの実況の後にまばらに続いた拍手が万雷の拍手に変わる。
大尉の横にひょこひょことアリスが近付き、手を差し出す。
「大尉、楽しかったです。またやりましょう!」
その手をついでアリスの顔を見て、ゆっくりと握手をかわす大尉。
アスナがマキに飛びつき、抱き上げる。
「ありがと!お陰で大尉に一本とれたよ!」
「あれ滅茶苦茶怖かったんですからね!?もうやりませんから!」
今更思い出したのか青い顔でぐったりと息を吐くマキ。
『皆さん、今回のイベントはこれにて終了になります!怪我のないように安全にお帰りください!今回使った映像はマキさんの分も含めて後で希望者には配布することになっています。気になる方はエンジニア部の部長である白石ウタハ先輩にご連絡を。実況は、私!豊見コトリ!そして参加者の皆様にもう一度大きな拍手をお願いします!!』
ラストどうしようかすげえ悩んだ話