HELLSINGの少佐がミレニアムで教師をしている話 作:海鮮横丁
「あ、大尉を発見しました!」
後ろから元気な声がかかる。
首だけ回して振り向けば、何が楽しいのか笑顔で近付いてくる勇者の姿。
「今日も巡回ですか!アリスも付いていきます」
ぶんぶんと腕を振り、大尉の隣に立つ。
無言でアリスの頭頂部を見下ろし、首を振る。
諦めたように小さく息を吐く。
勇者の今日の冒険の相手になったようだ。
「はい!それでは出発です!」
「……」
許可を取った覚えはないのだが、本人は既に同行が決定したと思っているらしい。
大尉は溜息を一つ吐く。
歩幅を合わせるためにいつもよりゆっくりと歩く。
周囲のミレニアム生が珍しいものを見たようにスマホを構え、写真を撮る。
「お、アリスちゃんと大尉だ」
「珍しいね」
「アリスちゃんこっち向いて」
声をかけられる度に立ち止まり、笑顔で手を振り応えるアリスを遠目に眺める。
毎回感心するが、彼女は随分と人気者のようだ。
「大尉ー!」
離れた場所からぶんぶんと手を振る。
大尉は無言で踵を返し、そのまま歩き続けた。
「あっ」
ようやく置いて行かれたことに気付いたアリスが慌てて駆け出す。
「ま、待ってください!」
ぱたぱたと小走りで追い付いてくる。
「……」
無言でビルを見上げる。
「何かありました?」
ビルの壁を蹴り、無造作に駆け上がる。
「すごいです大尉!まるで忍者です」
下から聞こえる能天気な声。
大尉は屋上の縁に立ち、周囲を見回す。
異常なし。
不審者なし。
問題なし。
確認を終え、そのまま飛び降りようとして。
「大尉ー!」
聞き慣れた声に視線を向けた。
アリスがビルの下で手を振っている。
「アリスも行きます!」
「……」
嫌な予感がした。
そしてその予感は正しかった。
アリスが軽く膝を曲げる。
次の瞬間。
どんっ!
地面が爆ぜた。
周囲で見ていた生徒達が悲鳴を上げた。
「飛んだぁ!?」
「アリスちゃん飛んだ!」
「いや知ってたけど改めて見ると怖い!」
そして。
どすん。
アリスが屋上へ着地する。
満面の笑み。
「追い付きました!」
「……」
大尉はかぶりを振った。
そして静かに空を見る。
逃げられない。
どうやら本当に逃げられないらしい。
何といったか前に子供たちが言っていた。
勇者からは逃げられないだったか。
遠い眼をしたこちらを心配してアリスが声をかける。
「大尉?」
心配そうにアリスが顔を覗き込む。
「具合が悪いんですか?」
「……」
「本当ですか?」
こてりと首を傾げる。
大尉は数秒だけアリスを見た。
真っ直ぐな瞳。
打算も裏もない。
ただ純粋に心配しているだけだ。
「…」
「なら良かったです!」
ぱっと花が咲いたように笑う。
それを見て。
大尉はふと理解する。
逃げられないのではない。
逃がしてくれないのだ。
この勇者は。
悪意もなく。
善意だけで。
人の懐へ踏み込んでくる。
「……」
「大尉、屋上は異常なしでしたか!」
無言で頷き、次の目標のビルを指差す。
「了解です!」
アリスが勢いよく敬礼する。
大尉は歩き出す。
その数歩後ろを、楽しそうに勇者がついてくる。
騒がしい。
落ち着かない。
任務効率も確実に下がる。
それなのに。
先ほどまで感じていた煩わしさは、少しだけ薄れていた。
「?」
振り返ったアリスが不思議そうな顔をする。
大尉は何も言わない。
代わりに。
ほんの僅かだけ歩く速度を落とした。
アリスが隣に並べる程度に。
「!」
その変化に気付いたのか。
アリスは嬉しそうに笑った。
「はい!次の巡回も頑張ります!」
その声を聞きながら。
大尉は小さく息を吐く。
今日の巡回も、静かには終わりそうになかった。