HELLSINGの少佐がミレニアムで教師をしている話 作:海鮮横丁
「あ、大尉だ」
マキがのんびりとヴェリタスの部室内で、監視カメラをハッキングして遊んでいたら大尉の姿が目に飛び込んできた。
その映像を巻き戻して確認してみると、またビルの屋上に向かって軽やかに駆け上がっているところだ。
「相変わらず重力を無視してるなあ」
何処に行くのか気になって暫く追いかけていると大尉の姿が突然消える。
「ありゃ?」
慌てて周囲の監視カメラやドローンをハッキングして探すも姿は見つからず首を傾げる。
「うーん。また見失ったかな」
探すのを一旦諦め、頼まれたタスクをいくつかこなしていく。
ある程度目途が付き、身体を伸ばす。
「うーん。何とか終わりそうかな」
くるりと椅子を回転させ、部室内を何となく見回す。
気分転換の一つだ。
今日は珍しく自分一人しかいないため、いつもより広く感じる。
「コンビニ行って何か買って追い込みかけるかなあ」
軽い調子で椅子から立ち上がり、扉に向かう。
その時にはもう大尉のことなぞ頭から吹き飛んでいた。
コンビニからの帰り道。
こちらに向かっていつものように歩いてくる軍服の男性の姿が目に入る。
「お、大尉じゃん」
ひらひらと手を振り、走って近付く。
いつものように無言で立ち止まってこちらを待つ大尉。
その視線がコンビニの袋に注がれている。
がさりと一つ揺らし、中を見やすいように広げると首を伸ばして見下ろす。
少し子供っぽい仕草だ。
「ん。今日はちょっと真面目にお仕事中」
納得したように頷き、すぐに私の横を通り過ぎる。
またパトロールするつもりなのか。それとも別の用事だろうか。
「大尉。私も付いていっていい?」
ふっと沸いた好奇心で尋ねれば、こちらを見下ろす不思議そうな視線がマキの頭に刺さる。
大尉はしばらくマキを見下ろしたまま動かない。
「……」
返事はない。
ただ、数秒考えるような間があってから、くい、と顎を進行方向へ向ける。
それだけ。
「お、いいってこと?」
確認するように笑うと、大尉はもう歩き始めていた。
「相変わらず分かりづらいなあ」
肩を竦めながら、その後ろをついていく。
歩幅が違うので、少し早足にならないと離される。
「ねえねえ。いつも何して回ってるの?」
無言。
「警備?」
無言。
「散歩?」
無言。
「運動不足解消?」
ぴたり、と大尉の足が止まる。
「え、違う?」
こちらを振り返った大尉は、じっとマキを見つめる。
それから軽く首を横に振ると、また歩き始めた。
「今のは否定してくれた!」
何だか少しだけ会話が成立した気がして、マキは一人で嬉しくなる。
「じゃあ任務かあ」
今度は否定しない。
「当たり?」
やはり返事はない。
だが否定もしない。
「へえ……」
大尉は基本的に誰かと群れることがない。
だからこうして隣を歩いているだけでも、かなり珍しい光景だった。
しばらく歩いていると、大尉がふと建物の壁へ近付く。
「……?」
マキも覗き込む。
何もない。
壁しかない。
次の瞬間だった。
大尉は助走もつけずに壁を蹴り、二階、三階と信じられない速度で駆け上がる。
「うわっ!?」
重力を無視した動きで屋上へ消えていく。
「いやいやいや!」
マキは慌てて端末を取り出し、近くのドローンへアクセスする。
「こんなの追いかけられるわけないじゃん!」
ドローンの映像を屋上へ向ける。
いた。
屋上の縁に立ち、街全体を見渡している大尉の姿。
「何見てるんだろ」
ドローンを少しだけ近付ける。
その瞬間。
ぞくり、と背筋が粟立った。
画面越しなのに。
大尉が真っ直ぐこちらを見た。
「げ」
完全に目が合った。
いや、ドローンと目が合ったと言うべきか。
大尉は何もせず、ただ一度だけ小さく首を傾げる。
まるで、
『そこにいるのか?』
と尋ねるように。
「……バレた?」
マキが苦笑した直後。
画面から大尉が消えた。
「え?」
慌ててドローンを左右へ振る。
いない。
上にも下にもいない。
「また!?」
直後。
コン、と軽い音。
「ん?」
肩を叩かれ、マキは飛び上がる。
「ひゃあっ!?」
振り向くと。
いつの間に降りてきたのか、大尉がすぐ後ろに立っていた。
「いっ、いつ降りてきたの!?」
大尉は何も答えない。
ただ、マキの持つ端末を見て、それから屋上の方を見る。
「……あー」
マキは乾いた笑みを浮かべた。
「盗み見はダメってこと?」
大尉は一度だけ頷く。
それだけ確認すると、また何事もなかったかのように歩き出す。
「はは……」
苦笑しながら、その背中を見送る。
「ちょっとビビったぁ…」
早鐘を打つ心臓を宥めるように胸を軽く抑え、何度か深呼吸を繰り返す。
通りの先で何故かこちらを振り向きじっと顔を見てくる大尉の姿。
「…まさか待ってくれてるの?」
小声で呟いたこちらの声が届いたはずもないのに軽く頷きが返ってくる。
「やっぱ大尉面白いわ」
もう一度大きく深呼吸をし、景気づけに袋からエナドリの缶を取り出し一息に流し込む。
「……」
無言でこてんとでもいうように首を傾げる大尉の姿にちょっと吹き出しそうになりながら、急いで中身を空にする。
空になった缶をそこらを徘徊している清掃ロボに放り投げ、大尉の元に走る。
大尉に近付くとこちらに「まだついてくるのか」とでも言いたげな視線を投げてくる。
その視線を無視して、大尉の背中に回り込む。
「大尉!ちょっと屈んで」
嫌そうな気配を背中から漂わせる大尉を無視して、背中に飛び乗る。
「いよっし!」
「……」
ぐらり、ともしなかった。
勢いよく飛び乗ったはずなのに、大尉の体は微動だにしない。
「おおっ」
マキが思わず声を漏らす。
「全然揺れない」
肩に手を回しながら感心していると、大尉はゆっくりと横目だけでこちらを見る。
明らかに、
『降りろ』
と言いたげな目だ。
「やだ」
即答だった。
「大尉すぐどっか行くじゃん」
「……」
じと、とした視線。
だが無理やり振り落とそうとはしない。
数秒の沈黙。
やがて諦めたように小さく息を吐き、大尉は再び歩き出した。
「やった」
マキは勝ち誇ったように笑う。
「特等席ー」
普段見上げるばかりだった景色が少し高くなる。
「やっぱ大尉の背中は大きいねえ」
左右を見回しながら楽しそうにはしゃぐ。
「……」
大尉は無言。
ただ歩幅は先ほどよりほんの少しだけ小さくなっていた。
しかも殆ど揺れがない。
「お、歩く速度合わせてくれてる?」
ちらりと横顔を覗き込む。
何も返さない。
だが否定もしない。
「優しいじゃん」
その一言にだけ、大尉はほんの僅か眉を寄せた。
照れたのか、不服なのか。
マキには分からない。
「そういえばさ」
肩越しに街を眺めながら話しかける。
「屋上から何見てたの?」
返事はない。
「侵入者?」
首を横に振る。
「困ってる人?」
少しだけ考えてから、今度は縦に頷いた。
「へぇ」
思わず目を丸くする。
「ちゃんと探してるんだ」
"ちゃんと"と言われたことが少し引っ掛かったのか、大尉は肩越しにじろりと睨んできた。
「ごめんごめん」
笑って誤魔化す。
「だってさ、大尉って何考えてるか全然分かんないし」
「……」
「でも、意外と面倒見いいよね」
その言葉には反応しなかった。
ただ、しばらく歩いた先。
交差点の向こうで、小さな配送ドローンが街路樹に引っ掛かっているのが見えた。
「ん?」
大尉は迷うことなく進路を変える。
木の枝に絡まったドローン。
配達用の小さな機体が、モーターを唸らせながら空回りしていた。
近くには依頼主らしい生徒が、おろおろと見上げている。
大尉はマキを背負ったまま木の前へ立つ。
「え、ちょっ」
次の瞬間には、軽く膝を曲げ――
跳んだ。
「うわあぁっ!?」
一瞬で街路樹より高く。
風が耳元を駆け抜ける。
マキは慌てて大尉の肩へしがみついた。
「ちょ、ちょっと! 飛ぶなら言って!」
そんな悲鳴も気にせず、大尉は枝に引っ掛かったドローンを片手でひょいと持ち上げる。
絡まった枝を外し、生徒の前へ静かに降り立つ。
何事もなかったかのようにドローンを差し出す。
「あっ……ありがとうございます!」
生徒は深々と頭を下げる。
大尉は軽く頷くだけで、そのまま踵を返した。
「……」
その背中を見ながら、マキはぽつりと呟く。
「なるほどねぇ」
パトロールというより。
誰かが困っていることに、誰より先に気付いて、誰にも気付かれないうちに片付けてしまう。
だから監視カメラを追っても、すぐ見失う。
必要な場所へ、必要な時だけ現れるから。
「……大尉ってさ」
大尉の肩に顎を乗せ、くすりと笑う。
「ちょっとかっこいいじゃん」
その言葉に、大尉は少しだけ困ったように目を細めた。
否定も肯定もせず。
ただ照れ隠しでもするように、帽子のつばを少しだけ指で下げると、また静かに歩き始めた。