HELLSINGの少佐がミレニアムで教師をしている話 作:海鮮横丁
軽く準備運動を始めるポニーテールの少女。
その横でもう倒れそうな顔をした赤毛の少女。
その後ろで涼しい顔をした軍服姿の男性とスーツ姿の女性。
「…何で私まで」
「リップヴァーンさんは最近、運動不足だと仰っていたと聞きましたので。大尉は誘ったら頷いてくださいました」
何の邪気もない輝かんばかりの笑顔でこちらを見詰めるスミレ。
「大尉?」
「……」
「…ま、こっちは何かあるんでしょうね。そっちの死にそうな子は大丈夫ですか?」
「…はい。まだやれます」
野球部所属の野正レイである。
またトレーニング部に出向して色々トレーニングをしているのだろう。
「じゃ、軽くランニングを始めます。ここがゴール地点になりますので」
「…ミレニアム一周てどれくらいですか?」
「…大体10kmくらいっす」
それを聞いて目の前が暗くなり、思わず空を見上げる。
忌々しいくらいにいい天気だった。
スミレの後を軽く走る。
せめてスーツを着替えさせて欲しかったが、仕方あるまい。
隣を走るレイに声をかける。
随分と綺麗なフォームだ。
「何度も走ってるんですか?」
「そっすね。割とトレーニングの終わりとかに自主的に走ったりもしますから」
「…はー青春ですねえ」
先頭を喜色満面といった雰囲気で走るスミレとその横で涼しい顔で走る大尉を忌々しげに見る。
後ろ姿だけなら爽やかな朝のランニング風景だ。
問題はその距離が十キロあることだった。
「ちなみにあとどれくらいですか?」
「まだ一キロくらいですね!」
「……」
「どうしました?」
「いえ。今すぐ帰りたいなと」
「そんな!まだ始まったばかりですよ。自分の身体を信じてあげてください!」
そんなこと言われても困る。
「大尉を見てください!こんなに楽しそうに走って」
「すいません。スミレ先輩分かんないっす」
「…同じく」
人のことは言えないが、汗一つかかずに1キロ走る成人男性は割と怖いのではなかろうか。
こちらの視線に気付いたのか軽く振り返って頷きを返される。
「……」
「分かりましたよ。走りますよ」
「素晴らしい!さぁペースを上げますよ」
言葉通りにペースを上げる。
爽やかに脚を振り上げ、振り下ろす。
その度にこちらが離される。
「うっわ先輩容赦ない」
「…因みに途中で消えた場合は?」
「明日以降のトレーニングメニューが増えます」
「…最悪だ」
こちらも少しずつペースを上げる。
一度は離された背中が近付いてくる。
私達の足音に気付いたのだろう大尉が少し歩幅を変える。
この人まさか引き離す気じゃないだろうな。
「いい顔ですよ。二人共!まだ2キロ程走ったばかりです。これからですよ!」
笑顔でやる気を削ぐのは止めて欲しい。
目の前の大尉の姿グンと遠くなる。
瞬く間に小さくなる大尉の背中を遠目で眺める。
…あの人走るの好きだったんだ。
「流石は大尉!私も頑張らねばなりませんね。さ、もっとペースを上げていきますよ」
タンと軽い音がして加速するスミレ。
一瞬、足が止まりかけたが何とか走り始める。
「…すいません。先輩、今日テンション高いみたいで」
「…ウチの大尉も何か楽しそうなんでお相子ですよ」
二人して顔を見合わせ、置いて行かれないように足を動かす。
いつの間にか会話も減っていた。
足を前に出すだけで精一杯だ。
「さ、後5キロですよ。折り返しが見えてきました!」
荒い呼吸が続く。
スーツのボタンを外して、ジャケットを投げたのは何処だったか。
革靴で長距離走るなんて馬鹿げている。
「…一旦休憩にしませんか?」
私の周りを確認のためだろう走り回るスミレに提案する。
きょとんと言う顔でこちらを不思議そうに眺めるスミレの顔に、背筋に汗以外の冷たいものが流れる。
「まだ5キロですよ?」
「…まだビル飛び回ってる方が楽ですねえ」
走りながら大きく息を吸う。
隣を見ると最初に比べて余裕はなさそうだが、息をあまり乱さず黙々と走るレイの姿。
……若さとは恐ろしい。
「さ、それでは行きますよ二人共!」
元気に軽やかに影も残さないような加速をして私達を置いていくスミレ。
「…聞き忘れてましたけど難所とかあります?」
「それなら、これから2キロ程走った先に坂があります。最初は苦労しましたけど、いいトレーニングになったと思います」
坂と聞いて顔が引き攣る。
今は聞きたくない単語だ。
しばらく走っていたら大尉が軽く走っていた。
怪我をするわけがないので私を待っていたのだろうか。
隣に並び、何とか顔を見る。
「あ、ジャケット拾ってくれたんですね」
「……」
「取り敢えず大尉が持っててください。今貰ってもどうしようもないので」
そう言い終わる前に大尉の姿が消える。
いや、錯覚だ。
私達よりはるか前方で走っている姿が見える。
「…優しいですね大尉さん」
「…まぁ…そうですね」
「頑張ってくださいリップヴァーンさん。坂を半分超えましたよ!」
隣で励ましてくれるスミレに殺意が沸く。
ニコニコと爽やかな顔をしながら、軽やかに私の後ろや隣で励ましてくれる。
本人的には本当に発破をかけているだけだろう。
坂の頂上付近を見ると大尉といつの間に上がったのかレイの姿が見える。
…レイはともかく大尉はホント何なんだ。
必死に足を動かし、何とか登り終える。
膝に手を付き、荒い呼吸を整えようとした時に肩を優しく叩かれる。
「お疲れ様です。スミレ先輩お手製のスポーツドリンクです」
「…ありがとうございます。中身はちゃんとスポーツドリンク何ですか?」
「勿論です!体にいいものが沢山入ってますよ!例えばプロテインとか」
「…いらないです。ありがとうございます」
何とか断り、周りを確認する。
どうやら私の周りで小休止を始めたようだ。
軽く喉を潤すレイにスミレ。
やはり汗一つかいてない大尉。
…化け物かこの人たちは。
何とか息が整ったあたりでスミレのよく通る声が響く。
「さ、後3キロです。これから休憩はありません。己の肉体に是非打ち勝ってください」
華麗にターンをして、そのまま走り出すスミレを慌てて追いかけていくレイ。
大尉がこちらを一瞬だけ見た後、ゆっくりと足を動かす。
そのまま風のように駆け出していった。
「…さ、私も走りますか」
せめて完走はするとしよう。
明日以降絶対筋肉痛だなあ。
結局、完走することは出来た。
ゴール付近で待っていたスミレやレイに倒れ込むようにゴールしたのは覚えている。
その後、どうやって帰ったか記憶にないのだ。
「…あ、大尉。この前はありがとうございました」
「……」
部屋から出たら大尉が目の前に立っていた。
普通に怖い。
スッと細められた目が私の全身を見る。
おかしなところでもあったかと確認のために見回すも、いつもと変わらず疑問に思う。
「あ、ジャケットありがとうございました。お陰で変に汚れずにすみました」
「あーそれ以外?あ、筋肉痛か。そっちは放っておけば治りますんで大丈夫ですよ」
何だこの人。
心配して来たなら声をかけて欲しい。
いや、声聞いたことないけど。
一しきり見て満足したのか無言で去っていく。
何なんだあの人は。
扉を閉めるために振り返ると一本のスポーツドリンクが置いてあるのが目に映る。
「…あの人こういうことも出来たのか」