HELLSINGの少佐がミレニアムで教師をしている話 作:海鮮横丁
ミレニアム地下。
ドクが秘密裡に建造した実験室兼作業場である。
「ふむ。神秘とは血統もある程度関係するとの仮説の裏付けはとれた」
検査結果をレポートに記し、アリウススクワッドのアツコ、ヒヨリのものをもう一度比較する。
アリウスという抑圧された環境で育ったためか、一般のアリウス生も総じて神秘の含有量や身体の頑健さは高い傾向にある。
その中でも群を抜いて高いのが、生徒会長の血統であるといわれる秤アツコだ。
アリウス生の平均値は高い。
しかし特定個人の突出は環境要因のみでは説明がつかない。
神秘量と血統には正の相関が見られる。
だが完全な一致には程遠い。
「さて、神秘はある程度遺伝する。ならば、ネル君はどうだ?」
「彼女の血統も調べてはいるが、特筆すべき点はない。突然変異か?」
「いいや、理由があるはずだ。分かりやすいのがトリニティだ」
アリウスのデータの上にトリニティの生徒のデータを重ねる。
「トリニティのシスターフッドから幾人もの血液を採れたのは大きい。彼女等は神を信仰している。神と神秘の相関性は?」
「トリニティの一般生徒はどうか?」
「正義実現委員会の剣先ツルギ君や羽川ハスミ君は?」
データを検分する。
「興味深いな」
モニターを指で叩く。
「ツルギ君もハスミ君も特別な血統は確認できない」
「だが神秘量は平均を大きく上回る」
「特にツルギ君は異常だ」
データ上のグラフが跳ね上がっている。
「身体能力、耐久力、回復力。どれも生徒としては規格外」
「アリウス生徒会長に匹敵する値だ」
しばし沈黙。
ドクは顎に手を当てる。
「血統だけではない」
「環境だけでもない」
「ならば何だ?」
新しいウィンドウを開く。
そこにはトリニティ生徒へのアンケート結果が表示されていた。
信仰頻度。
所属組織。
学校への帰属意識。
自己認識。
そうした項目が並ぶ。
「……なるほど」
口元が僅かに歪む。
「神を信じる者ほど神秘が強い傾向がある」
「だがそれも完全ではない」
「神を信じぬ者にも高神秘個体は存在する」
「逆に敬虔な信徒でも平均以下の者もいる」
「信じる者は救われるとでもいうのかね。面白い」
ミレニアムの生徒の個人データを呼び出す。
「特筆すべきはやはりC&Cだ」
「ネル君を筆頭にアスナ君は特定の分野では異様な能力を発揮する」
「アカネ君だってそうだ。カリン君だって正義実現委員会の幹部と比べてもデータ上は遜色はない」
データを重ねる。
「奇妙だな」
三校のデータを同一画面に並べる。
「アリウスは苦難」
「トリニティは信仰」
「ミレニアムは技術」
「根底にある思想は全く異なる」
「にもかかわらず高神秘個体は発生する」
画面上のグラフが重なり合う。
アツコ。
ツルギ。
ネル。
それぞれ別系統の極点。
だが数値上の特徴はよく似ている。
「共通点は何だ?」
指先で机を叩く。
「神を信じているから強いのではない」
「苦難を経験したから強いのでもない」
「血統が優れているから強いわけでもない」
モニターに次々と情報が追加されていく。
秤アツコ。
剣先ツルギ。
美甘ネル。
天童アリス。
各々の経歴。
活動記録。
周囲からの評価。
そして本人の発言。
「……これか」
ドクの目が細まる。
『アリウスの希望』
『正義の執行者』
『最強のメイド』
『勇者を倒す魔王』
「全員が自らに物語を持っている」
静かに呟く。
「そして周囲もそれを認識している」
「神秘は血統によって器が決まり」
「環境によって方向性が定まり」
「自己認識によって増幅される」
仮説を書き込む。
だがそこで手が止まった。
「いや、違うな」
モニターを睨む。
「自己認識だけでは説明できない」
「ネル君は自らを最強と思っている」
「だが同じような自信家は他にもいる」
「アツコ君は自らを王女とは考えていない」
「だが神秘は極めて高い」
ペン先が机を叩く。
「本人だけではない」
「周囲だ」
その瞬間、複数のデータが一本の線で繋がる。
「なるほど」
「神秘とは個人の幻想ではない」
「集団が共有する認識か」
一応の仮説を打ち立てる。
「この仮説の場合、アビドスではどうなる?」
「生徒会長である小鳥遊ホシノも高神秘個体だ」
「だが、彼女達アビドス高はたった5人の生徒しかいない」
「全員の練度は高いが、これは環境要因と割り切れる」
「だが違和感があるな」
ホシノのデータを表示する。
平均値。
最大値。
戦闘記録。
負傷履歴。
全てが異常。
「生徒数は五名」
「認識する集団としては最小規模だ」
「にもかかわらず高神秘個体が存在する」
「しかも一人ではない」
ホシノ。
シロコ。
ノノミ。
それぞれ異なる方向性ながら高水準。
ドクは腕を組む。
「人数ではないのか」
仮説の一部を消去する。
「集団規模は無関係」
「ならば何が重要だ?」
ホシノの経歴を開く。
次いで現在の活動記録。
砂漠化。
廃校の危機。
借金問題。
連邦生徒会からの見放し。
度重なる襲撃。
並べると笑えるほど悲惨だ。
「……なるほど」
思わず笑みが漏れる。
「逆か」
画面に新しい文章が打ち込まれる。
『共同幻想の強度』
「人数ではない」
「どれだけ強く信じられているかだ」
アリウスはアリウスの希望を。
トリニティは正義を。
ミレニアムは才能を。
アビドスは存続そのものを。
「全員が同じ物語を共有している」
「そして当事者もまたその物語に組み込まれている」
ホシノの名前を指でなぞる。
「アビドスを支える先輩」
「皆がそう認識している」
「本人が否定しても関係ない」
「周囲がそう扱う」
「本人もまた無意識にその役割を引き受ける」
ドクの視線が止まる。
「待て」
今度は別のデータを呼び出した。
そこに表示された名前は。
砂狼シロコ
「彼女は何だ?」
「血統は不明」
「信仰心も低い」
「学校内で特別な地位もない」
「それでも高神秘個体だ」
沈黙。
そして数秒後。
ドクの瞳が見開かれる。
「違う」
「私はまた順序を誤った」
神秘量推移。
戦闘記録。
対人関係。
行動履歴。
それらを重ねる。
すると一つの特徴が浮かび上がる。
『役割に近づくほど神秘が増加している』
「そういうことか」
ドクは椅子にもたれた。
「神秘は肩書ではない」
「周囲の評価でもない」
「物語との一致率だ」
アツコは王女として振る舞うほど。
ツルギは正義を執行するほど。
ネルは最強であろうとするほど。
ホシノは先輩であろうとするほど。
神秘が強まる。
そしてシロコは――
「狼だ」
思わず呟く。
「孤独に走り続ける狼」
「だからあれほどの速度と執念を持つ」
ドクは新しいレポートのタイトルを入力した。
『神秘発現における物語同調仮説』