HELLSINGの少佐がミレニアムで教師をしている話 作:海鮮横丁
「さてさて、君はどうするつもりかね」
大きく手を広げ、まるで舞台上の主役のように少佐は笑う。
薄暗い部屋の中、背後で回る古びた換気扇の音だけが妙に耳についた。 机の上には散乱した書類。 床には転がる空薬莢。
窓の外では赤く燃える夜景がちらちらと揺れている。
それでも少佐は愉快そうだった。まるでこの状況すら、自分のために用意された劇場だと言わんばかりに。
「逃げるかね? 戦うかね? それとも――」
ゆっくりとこちらを指差す。
「私と共に地獄の続きを見るかね?」
その声は甘く、芝居がかっていて。 だが瞳だけは、笑っていなかった。 私は思わず眉を顰める。
「……アンタ、本当に楽しそうだな」
「当然だとも」
即答だった。 少佐は胸に手を当て、大仰な仕草で続ける。
「人生とは闘争! 戦争! 混沌! そして浪漫なのだよ!」
ネルは頭を抱えたくなった。たまにはC&Cの任務を手伝うと宣いさも当然の顔で着いてきてこの演説だ。毎度のことながら戦場のど真ん中でこれだ。正直テンションが上がるには上がるが止めて欲しい。
今も各地で戦闘中のC&Cの他メンバーに思いを馳せながら、大仰な仕草で溜息を吐く。少佐の動きにつられたのか最近どうも行動が芝居がかっている時がある。
その動きを見てニタニタと笑う目の前の男を殴りたくなったが、周囲の状況確認を優先する。周りの敵は黙らせたが、他にも敵は山の様にいるのだ。少佐風に言うなら運河の様だろうか。
『リーダーこっちはもう直ぐ終わりそうだよ』
『西区画残党処理を開始します』
『こっちは増援が来た。もう少しかかる』
通信が立て続けに入る。
アスナの明るい声。
カリンの冷静な報告。
そしてどこか騒がしいアカネ側の銃声。
ネルは短く息を吐いた。
「……全員まだ元気そうで何よりだ」
「実に結構」
少佐は腕を組み、うんうんと満足げに頷く。
「若者は元気が一番だからね」
「保護者面すんな」
「気分としては引率の教師だよ」
「絶対嫌だそんな教師」
即答。
だが少佐は気にした様子もなく、窓の外へ目を向けた。
炎。
煙。
銃火。
その光景を眺める横顔は、妙に楽しそうで――同時にどこか穏やかだった。
「しかし良い部隊だ」
「……あ?」
「君達だよ、C&C」
少佐は珍しく静かな声で言った。
「騒がしく。
荒っぽく。
実に不器用だ」
「悪口か?」
「褒め言葉だとも」
笑う。
「誰一人として止まらない。
実に頼もしいではないか」
ネルは少しだけ目を細めた。
通信越しに聞こえる仲間達の声。
文句を言いながらも前へ進む連中。
無茶苦茶で、手が掛かって、でも強い。
確かに。
悪くない。
いいチームだ。
「…まぁそうだな」
非常に癪だが認めよう。この大人は本当によくこちらを見ている。
だからある程度は信じられる。
特に戦場での彼は。
少佐はその言葉を聞くと、ほんの少しだけ目を丸くした。
「ほう」
「なんだよ」
「いや何、君からそこまでの評価を貰えるとは思わなくてね」
「調子乗んな」
即答。
だが少佐は気分を害した様子もなく、むしろ嬉しそうに笑った。
「しかし光栄だとも」
外套を翻しながら、ゆっくりと窓辺から離れる。
「戦場で信頼されるというのは実に重い」
その声音は妙に静かだった。
ネルは少しだけ眉を顰める。
この男。
普段は戦争だの浪漫だの叫んでいる癖に、こういう時だけ変に真面目になる。
「アンタさ」
「む?」
「何でそんな慣れてんだよ」
「戦場にかね?」
「それ以外に何があんだ」
少佐は少し考える素振りを見せ――それから肩を竦めた。
「長く生き過ぎたのだろう」
「ジジイみたいなこと言ってんな」
「みたい、ではなく年長者だとも」
「はいはい」
ネルは適当に流しながら周囲を確認する。
崩れた壁。
硝煙。
敵影なし。
だが静か過ぎる。
こういう時は大抵ロクでもないことが起きる。
そして隣の男は、そういう状況を心底楽しむ。
「……嫌な予感しかしねえ」
「素晴らしい直感だネル君」
少佐はにやりと笑った。
「大抵その予感は当たる」
「最悪じゃねえか」
その瞬間。
通信が弾ける。
『リーダー!!』
アスナの焦った声。
『上!! 上から来るよ!!』
「っ!?」
ネルが反射的に天井を見上げた直後。
轟音。
天井が吹き飛ぶ。
瓦礫。
粉塵。
鋼鉄の脚。
大型兵器が文字通り上階を踏み抜いて降ってきた。
「うおっ!?」
ネルが咄嗟に飛び退く。
砕けたコンクリートが雨みたいに降り注ぐ中、巨大な駆動音が唸りを上げた。
赤いセンサー光。
重装甲。
大型砲。
どう見ても面倒臭い。
だが。
「――はは」
隣で笑い声がした。
ネルが横を見る。
少佐がいた。
崩れ落ちる瓦礫の中。
硝煙の中。
心底楽しそうに口元を吊り上げている。
「実に良い」
「出たよ戦争狂いの感想!」
ネルは瓦礫を蹴飛ばしながら叫ぶ。
粉塵で視界が悪い。
耳鳴りも酷い。
だというのに。
少佐だけは妙に楽しそうだった。
「見たまえネル君!」
大型兵器を指差し、芝居がかった動きで両腕を広げる。
「あの装甲を!何とも武骨で頼りがいがあるじゃないか!!」
「敵兵器相手に惚れ惚れすんな!!」
ネルは思わず怒鳴った。
だが少佐はまるで舞台役者のように大仰な動きで続ける。
「しかも見たまえあの重量感!」
大型兵器が一歩踏み出す。
床が軋み、瓦礫が跳ねた。
少佐は感動したように胸へ手を当てる。
「嗚呼、実に素晴らしい……!」
「感想が兵器オタクなんだよ!!」
赤いセンサーがこちらを捕捉する。
駆動音。
砲身展開。
ネルの背筋に冷たいものが走った。
「少佐!! 来るぞ!!」
「うむ!」
返事だけは妙に良い。
次の瞬間。
大型砲が火を吹く。
轟音。
爆炎が一直線に部屋を薙ぎ払った。
ネルは咄嗟に遮蔽物へ滑り込み、熱風をやり過ごす。
耳鳴り。
焦げ臭さ。
崩落音。
「っ……!」
顔を上げる。
視界は煙で真っ白だった。
崩れた壁の向こうで炎が揺れている。
嫌になるほど派手だ。
そしてこういう時、大抵隣の男は――。
「はーっはっはっは!!」
「やっぱ生きてやがった!!」
ネルは思わず叫んだ。
煙を突き破るように少佐が現れる。
外套は焦げ、肩には瓦礫の粉が積もっている。
なのに本人は心底楽しそうだった。
「何とも素晴らしい火力だ!8.8cmを思い出す」
「知るか!!」
ネルは即座に怒鳴り返した。
だが少佐はまるで気にした様子もなく、降り積もる粉塵の中を悠々と歩く。
その姿は避難中の一般人ではなく、観劇中の貴族そのものだった。
「見たまえネル君」
少佐は燃える瓦礫を杖代わりに軽く叩く。
「火力とは実に芸術的だ。
優れた砲撃には思想が宿る」
「宿ってたまるか!!」
大型兵器の駆動音が低く唸る。
ギギギ、と重い音を立てながら砲身が再びこちらへ向く。
赤いセンサーが明滅し、敵機が標的を再確認した。
ネルは舌打ちする。
「チッ……硬ぇ上に火力まで盛りやがって」
『リーダー!そっち向かう!?』
通信越しのアスナの声。
だがネルは即答した。
「来んな! 通路崩れてる!」
『えぇー!?』
「その代わり東側から回れ! 背面取れそうなら取れ!」
『了解っ!』
通信が切れる。
その直後。
大型兵器の肩部装甲が展開した。
「……ミサイルまであんのかよ」
ネルの顔が引き攣る。
少佐は感心したように頷いた。
「何とも素敵な物を兵器とはかくあるべしだな」
「褒めてる場合か!!」
ネルが怒鳴った直後、無数のミサイルが白煙を引いて放たれる。
轟音。
爆炎。
衝撃波。
部屋だった空間が見る間に瓦礫へ変わっていく。
ネルは崩れた柱を蹴って跳び、爆風の隙間を縫う。
熱風が頬を焼く。
視界の端で鉄骨が吹き飛び、床が捲れ上がった。
『リーダー!!』
『まだ生きてる!?』
通信越しにアカネの叫び。
「死んでたら返事してねえ!!」
ネルは爆風を潜り抜けながら怒鳴り返す。
直後。
すぐ横で爆発。
「うおっ!?」
吹き飛んだ瓦礫が肩を掠める。
熱い。
だが止まるほどじゃない。
大型兵器はなおもミサイルを吐き出し続けていた。
白煙。
炎。
轟音。
もはや戦場というより災害だった。
だがそんな中。
「素晴らしい!!」
また聞こえた。
ネルは思わず顔を引き攣らせる。
見ると少佐が爆炎を背に立っていた。
外套の端が燃えている。
なのに本人は全く気にしていない。
むしろ目を輝かせていた。
「これだよネル君!!」
「何がだよ!!」
「圧倒的火力による蹂躙!!これこそが戦争の華だよ!」
「うっせえ!敵側視点なんだよアンタ!!」
『リーダー!背面見えた!』
アスナの明るい声。どうやら背面をとれる位置に着いたらしい。
『なんか凄い冷却装置ついてるよー!』
「そこだ!!ぶっ壊せ!!」
『了解っ♪』
直後。
遠方で爆発。
大型兵器の背部から火花が吹き上がる。
巨体が揺れた。
駆動音が乱れる。
「ほう」
少佐が愉快そうに目を細める。
「良い連携だ」
「言ったろ。いいチームなんだよ」
ネルは笑う。
汗と煤で顔は酷い有様だったが、その目だけは獰猛だった。
大型兵器が再び砲撃姿勢へ移行する。
だが今度は遅い。
冷却不良。
駆動エラー。
火花。
蒸気。
明らかに動きが鈍っていた。
「――行くぞォ!!」
ネルが床を蹴る。
爆風で抉れた瓦礫を踏み台に、一気に加速。
一直線。
大型兵器のセンサーが反応する。
警告音。
砲身旋回。
だが間に合わない。
「遅ぇんだよ鉄クズ!!」
ネルの銃口が火を吹く。
連射。
連射。
連射。
弾丸が損傷した背部装甲へ叩き込まれる。
火花。
金属音。
蒸気噴出。
大型兵器が低く唸った。
「効いてる効いてる!!」
通信越しにアスナがはしゃぐ。
『リーダーそのままー!』
「言われなくても!!」
ネルは更に踏み込む。
砕けた床を滑り、瓦礫を蹴り飛ばしながら大型兵器の懐へ潜り込む。
至近距離。
巨大な鋼鉄の脚が軋みを上げた。
上から見下ろしてくる赤いセンサーが不気味に明滅する。
普通なら。
怖気付く距離だ。
だがネルは獰猛に笑った。
「デカブツはな――!」
跳ぶ。
大型兵器の脚部装甲へ片足を掛け、更に上へ。
銃火を撒き散らしながら駆け上がる。
「足元取られると弱ぇんだよ!!」
背部。
損傷した冷却ユニット。
そこへ銃口を押し付ける。
大型兵器が警告音を絶叫させた。
蒸気噴出。
駆動暴走。
センサー明滅。
そして。
「――ぶち抜けェ!!」
轟音。
至近距離から叩き込まれた連射が冷却装置を完全に破壊した。
爆炎。
大型兵器の背部が内側から吹き飛ぶ。
火柱。
黒煙。
吹き荒れる熱風。
巨体が大きく揺れた。
「おお……!」
少佐が感嘆の声を漏らす。
その目は子供みたいに輝いていた。
「素晴らしいぞネル君!!
実に鮮やかな機動戦だ!」
「あんたも少しは手伝え!」
「これは失礼を。お嬢さんに花を持たせたくてね」
花形役者のように肩を竦め、そのままゆっくりとこちらに歩いてくる。
殆ど動かなくなった敵性兵器を愛でるように眺めている。
「今回の戦争は十分に楽しめた。諸君、次の戦争でまた会おう」
片手を真っ直ぐに掲げ、まるで指揮者のように振るう。
その瞬間、少佐の肩口を掠めるように弾丸が飛来して敵のコア部分を打ち抜いた。
『敵兵器沈黙確認。カリンお手柄です』
『リーダーが動きを止めてくれたからな』
『裏で情報回してくれた少佐のお陰もあるしねー』
弛緩した空気が流れる。今回の任務も終わりが近付いている。
ネルは崩れた瓦礫の上へ腰を下ろし、大きく息を吐いた。
「はぁー……終わった終わった……」
汗。
煤。
火薬臭さ。
身体はボロボロだ。
だが嫌いじゃない。
むしろ、妙に高揚感があった。
少佐はそんなネルを見下ろし、愉快そうに口元を吊り上げる。
「実に良い顔をしている」
「誰のせいでこんな目に遭ってると思ってんだ」
「無論、敵だとも」
「アンタも原因側なんだよ」
即答。
少佐はははは、と上機嫌に笑う。
その笑い声を聞きながら、ネルは改めて周囲を見る。
崩壊した部屋。
燃える残骸。
沈黙した大型兵器。
いつも着ている真っ白なスーツは煤だらけだし、外套は焼け焦げ。それでも姿勢は妙に優雅だった。
戦場が似合い過ぎる。
その事実にネルは少しだけ嫌そうな顔をした。
「……アンタさ」
「む?」
「裏で情報回してたって何だよ」
少佐は肩を竦める。
「簡単な話だ。兵器の設計思想というものは実に素直でね」
「設計思想」
「兵器には性格が出る」
少佐は燃える残骸へ目を向ける。
「過剰火力。
重装甲。
高機動ではなく制圧重視。
つまりあれは“突破”ではなく“圧殺”を目的に作られている」
淡々と。
講義みたいな口調だった。
「故に冷却機構は大出力維持を優先して背部に集中する。
重量配分も鈍い。
実に分かりやすい」
ネルは呆れた顔になる。
「……敵兵器見てそこまで分かるの普通に怖ぇよ」
「長生きすると詳しくなる」
「便利な言葉みたいに使うな」
通信越しにアカネが吹き出した。
『あははっ!でも実際助かったよねー』
『あれが無ければもっと面倒だったでしょうね』
カリンまで頷く。
「若者に頼られるというのも存外悪くないものだ。あぁそれとカリン君。いい狙撃だった」
『……どうも』
通信越しのカリンの声は相変わらず淡々としていた。
だがほんの僅か、照れ臭そうでもあった。
『少佐のお陰ですよ』
「何それくらいしか取り柄がないのでね」
大仰に肩を竦め、やれやれと首を振る少佐にネルは思わず吹き出した。
「絶対もっと色々あるだろアンタ」
「例えば?」
「うるせぇし面倒臭ぇし戦場でテンション上がるし……」
「褒められている気がしないな」
「実際褒めてねえよ」
即答。
だが少佐は満足そうだった。
崩れた天井から火の粉が舞い落ちる。
遠くではまだ断続的に銃声が響いていたが、ここだけは妙に穏やかだった。
大型兵器の残骸が時折火花を散らす。
「さて、今回の任務もほぼ終わりだろう。私としては早く帰って食事でもと思っているが?」
空気を変えるようにパンと大きくを手を打ち合わせ、こちらに向かってにんまりと笑う。
「賛成」
『あらいいですね。私も賛成です』
『私も私も!』
『…私もお願いします』
「うむ。大変結構!それでは全員身だしなみを整えてくるように。場所は追って伝える」