HELLSINGの少佐がミレニアムで教師をしている話   作:海鮮横丁

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多分一定数少佐に脳焼かれた生徒がいるミレニアム


ミレニアムの祭典

ミレニアムEXPO

技術の祭典。

 

未来ある若者たちが己の持てる技術、その情熱、その狂気を余すことなく叩きつける一大イベント。

 

空には無数のドローン広告が飛び交い、巨大モニターには未来技術、生活支援AI、次世代エネルギー機関の宣伝映像が次々と映し出される。

通路を歩けば爆発音。

別方向では歓声。

さらに奥では「実験は成功です!」という声と共に黒煙。

 

いつものミレニアムである。

 

「いや全然よくないんだけど!?」

 

セミナー所属、早瀬ユウカは悲鳴を上げた。

 

「なんで開幕一時間で三件も爆発事故起きてるのよ!?」

 

「安心してユウカ。今のところ怪我人は出てないから」

 

「ゼロならセーフみたいに言わないで!?」

 

慌ただしく飛び回る警備ドローン。

消火剤を撒き散らしながら飛ぶ整備用メカ。

その横を「限定ラーメンあと二十食ー!」と叫びながら走る屋台ロボ。

 

混沌。

 

実に混沌である。

 

「いやぁ素晴らしい」

 

その光景を見ながら、セミナー室で優雅に紅茶を飲んでいる男が一人。

 

真っ白なスーツ。

明らかに高級品だと分かる小物の数々。

姿勢よく紅茶を飲む姿には確かな教養を感じる。

 

少佐である。

 

「青春は爆発だと言ったのは誰だったかな」

 

「岡本太郎よ!あとそれを言うなら芸術は爆発だ、よ!!」

 

ユウカの絶叫を聞き流しながら、少佐は優雅にティーカップを傾ける。

 

「実に結構。若者というものは多少の危険を冒してこそ成長する」

 

「限度って言葉知ってる!?」

 

「勿論。だから会場全体に対爆設備が配備されているのだろう?」

 

「それ“爆発する前提”なのよ!!」

 

ユウカの絶叫が部屋内に響く。

実際その通りだった。

 

ミレニアムEXPOでは毎年のように何かしらの事故が起きるため、今年は特に安全設備へ莫大な予算が投入されている。

自動隔壁。

鎮火フォーム散布装置。

緊急医療ポッド。

果ては局地EMP発生機まで。

 

もはや学園祭ではなく災害対策拠点である。

ここまで対策をしたのは他校の生徒の安全のためもあるが。

 

――最大の理由は。

 

トリニティのティーパーティーが一人。百合園セイアである。

 

「……どうして今年に限って来るのよぉ……」

 

ユウカは胃を押さえながら呻いた。

 

今現在ミレニアムの生徒会長である調月リオは失踪中である。

よってユウカが代理で最高責任者の地位に座ってしまっている。

とんでもない話だ。

少佐に頼もうにものらくらと躱されて今に至る。

 

「さて、私もそろそろ観光に行かせてもらうよ」

 

「え、待ってください少佐。何処に行くつもりですか?」

 

「EXPOの視察だとも。実に興味深い展示が多いと聞いていてね」

 

「あの、ですね。少佐が動くと問題事が増えるので大人しくしておいて欲しいのですが…」

 

ユウカの懇願なぞ通じるはずがなく。いつの間にか合流していた大尉とドクを率いて去っていった。

 

 

「少佐。何処か目的がおありですか?」

 

「何、ある程度見学して回るだけのつもりだよ」

 

「………」

 

ミレニアムEXPO中央通路。

 

そこはまさに技術の坩堝だった。

 

空中投影広告。

二足歩行配送ロボ。

全自動射撃演算補助システム。

何に使うのか一見して分からないガラクタのような物が展示しているコーナー。

 

「そうだ。大尉、頼んでいたことは分かったかね」

 

「…」

 

「成程、それは重畳」

 

「あ、少佐たちだ」

 

「マジ!?」

 

「写真撮っていいですか!?」

 

周囲のミレニアム生がざわついた。

 

あっという間に人だかりができる。

 

「大尉一緒に写真撮りましょう」

 

「ドクさん。こっち後で手伝ってください」

 

「少佐。ウチの新型AI見ません!?」」

 

「うわ一気に増えた……」

 

ドクが押し流されかける。

 

対して少佐は慣れたものだった。

 

「諸君、押すな押すな。私は逃げんよ」

 

少佐は人波の中心で実に優雅に笑った。

 

暫くの間、少佐たちはミレニアム生の実験成果に付き合い。非常に充実した時間を過ごした。

 

 

「さて、名残り惜しいが私たちはお暇するとしよう」

 

「えーもっと遊びましょうよ」

 

「そうですよトリニティの子たちも楽しんでましたし」

 

「それは何よりだ」

 

少佐は柔らかく笑い、手を軽く振った。

 

その仕草だけ見れば、どこぞの上流階級の紳士である。

なお実態は歩く災害誘発装置に近い。

 

「いやぁでも今年はかなり盛り上がってますよ!」

 

「トリニティの人たちも“ミレニアム怖いけど面白い”って!」

 

「怖いって感想が先に来てる時点で駄目なんだよなぁ……」

 

ドクが遠い目をする。

 

その横で大尉は静かに周囲を観察していた。

 

人混み。

警備ドローン。

展示機。

会場構造。

 

「……」

 

「分かっているよ大尉」

 

「見られていますね」

 

少佐は笑みを崩さないまま答える。

 

笑顔のまま若者たちから離れ、怪しまれないように徐々に人気のないところまで歩く。

 

「先導を頼めるかね大尉」

 

「……」

 

こくりと一つ頷き。前に出る。

 

雑踏から離れるにつれ、EXPO特有の喧騒が少しずつ遠ざかっていく。

 

爆発音。

歓声。

警報。

どこかで流れる陽気な宣伝ソング。

 

それらが混ざり合ったカオスも、人気の少ない搬入エリア付近まで来るとかなり薄れていた。

 

「やれやれ、こんなところまでかくれんぼとは」

 

「本人なりの自戒のつもりなのでしょうか…」

 

「……」

 

大尉の背中をゆったりと追いながら周囲を軽く観察する。

警戒は大尉がしてくれるのだ。ただの暇潰しである。

妙に古びたビル群に搬入路。非常階段もキチンと繋がってのか分からないくらい古い。

 

「…」

 

大尉が目的地に着いたようで立ち止まる。

 

「随分と趣味の悪い場所へ案内してくれるじゃないか」

 

少佐が見上げた先。

 

そこにあったのは、半ば廃墟化した旧研究棟だった。

 

外壁は煤け。

窓ガラスの何枚かは割れ。

 

「だが、実にらしい」

 

満足そうに何度も頷きながら無造作に扉を開け放つ。

 

「少佐。貴方ならここまで来ると思っていたわ」

 

ゆっくりとこちらに振り返る懐かしい顔を見て少佐の顔が思わず綻ぶ。

 

「あぁ、久しぶりだねリオ君。壮健そうでなにより」

 

失踪していたはずの生徒会長である調月リオがその姿を静かに晒していた。

 

「おお、リオ君。ユウカ君が心配していたよ。帰る前に顔を見せてやったらどうだい?」

 

「……」

 

ドクが無邪気にリオの帰還を喜ぶ。マッドなところは数あれど感性自体は善よりの男だ。

 

「それで、貴方はどこまで掴んでいるの?」

 

「何も、と言いたいところだが。大尉が面白い報告をくれてね」

 

少佐は楽しげに目を細める。

 

対してリオの表情は険しいままだった。

 

「……なら話は早いわ」

 

彼女は無造作に端末を操作する。

 

途端。

旧研究棟の奥に眠っていた大量のモニターが一斉に点灯した。

 

低い駆動音。

遅れて立ち上がる旧式冷却ファン。

薄暗い室内が青白い光に染まる。

 

「うわ……」

 

ドクが思わず声を漏らす。

 

表示されていたのはEXPO全域の監視情報だった。

 

会場マップ。

熱源反応。

通信ログ。

警備ドローンの巡回経路。

更にはミレニアム内ネットワークの異常アクセス一覧まで。

 

「え、待ってくださいリオ会長。これ普通に機密の塊では?」

 

「機密だから隠れてるのよ」

 

「理屈は分かるんですけど納得したくないなぁ!?」

 

ドクが頭を抱える。

 

少佐は満足げにモニター群を見回した。

 

「素晴らしい。相変わらず君の仕事場は陰気で実に良い」

 

「褒め言葉として受け取る気はないわ」

 

「そうかね。私は好きだが」

 

リオは軽く溜息を吐く。

 

「こうなったら貴方たちにも協力を要請するわ」

 

「勿論いいとも存分に使いたまえ」

 

「あのー事情を説明してもらえるとありがたいんですが」

 

ドクが恐る恐る手を挙げる。

 

リオは数秒ほど沈黙し。

やがて諦めたように口を開いた。

 

「…今回のEXPOを誰かが邪魔しようとしているわ」

 

「だからリオ君がこうして地下に潜って独自調査をしていた、と」

 

少佐が静かに言葉を継ぐ。

 

リオは小さく頷いた。

 

「えぇ。後はネルと何故か分からないけど、百合園セイアが手伝ってくれているから貴方たちには別の角度から調査を頼みたいの」

 

「百合園セイアというとあの予知夢の娘ですか。一度会って話を聞いてみたいと思っていたんですよ」

 

「今は予知夢の能力が消えて直感が鋭くなったという話だけど」

 

「それはそれは。実にいい。再現性が見込めないのが残念でなりませんが。流石にバラすわけにも…」

 

「大尉。少し運動して来たまえ。怪しいと思ったところに自由に行ってもらって構わん」

 

大尉は無音で敬礼を返し、静かに踵を返した。

 

その背中を見送りながら、リオが低い声で付け加える。

 

「単独行動は推奨しないわ。相手の規模がまだ読めてない」

 

「問題ありません。大尉はその辺りの加減を理解していますので」

 

「貴方が言うと不安なのだけど」

 

「心外だな」

 

少佐は胸に手を当てて大仰に嘆いてみせる。

説得力は皆無である。

 

ドクはモニターを覗き込みながら眉を寄せた。

 

「でも実際、何を狙ってるんでしょうね。EXPOって言っても規模が大きすぎますし」

 

「愉快犯ならまだマシね」

 

リオは淡々と端末を操作する。

 

「取り敢えずネルとセイアに貴方たちが一時的に仲間になったことを伝えるわ」

 

「まぁ、大尉の報告待ちだね」

 

「そうですね。少佐。取り敢えずリオ君?部屋の掃除をしてもいいかね」

 

ドクがぐるりと部屋内を見回す。

物で溢れかえる部屋内の惨状を。

 

「…掃除用のアヴァンギャルド君がキチンといるわよ」

 

「何と!そんなものまでわざわざ作ったのかね」

 

「効率化は大事でしょう? ゴミの分別、廃棄物圧縮、床面洗浄、空気清浄まで一括でやってくれる優秀な子よ」

 

リオはどこか誇らしげに胸を張る。

その背後では、丸っこいフォルムに不釣り合いな多脚ユニットを備えた掃除機械――“アヴァンギャルド君”が、ぶぅん、と低い駆動音を響かせながら床を這っていた。

 

ただし問題がある。

 

その進行ルート上に存在していた空き缶、書類束、謎の金属片、半壊したドローン残骸を、区別なく豪快に吸引しているのだ。

 

「待て待て待て、それ重要書類じゃないのかね!?」

 

ドクが慌てて手を伸ばす。

 

だが遅い。

 

ガギョン!!

 

「おぉう」

 

分厚いファイルが内部圧縮機構へ飲み込まれ、綺麗な立方体となって排出された。

 

アヴァンギャルド君は満足そうに電子音を鳴らす。

 

『ピピッ。清掃効率、向上。空間美化指数、上昇』

 

「……」

 

「……」

 

「……リオ君?」

 

「だ、大丈夫よ。バックアップはあるから」

 

僅かに視線を逸らしながら答えるリオ。

 

少佐はその様子を見て、肩を震わせながら笑っていた。

 

「素晴らしいではないか。実に合理的だ。重要か否かを悩む時間すら排除している」

 

「いやいやいや、そこは悩んでくださいよ少佐殿」

 

「全くミレニアムは面白い。やはり君たちは退屈とは無縁だね」

 

「…褒め言葉として受け取っておくわ」

 

額に指を当て、痛みに耐えるようにリオが呟く。

 

「帰ったぞ。うっわ、ホントに少佐とドクが居やがる」

 

「おや、ネル君。お帰り、結果はどうだい?」

 

「何もねえよ。リオの奴にログ漁らせるくらいしかまだ出来てねえ」

 

「…ほお!少佐殿。少しリオ君を手伝っても?」

 

「構わんよ。存分にやりたまえ」

 

リオの隣に移動し、早速キーを踊るように叩き始めるドク。

一瞬嫌そうに顔を歪めたリオは諦めたように自分の作業を開始した。

 

「…ああいうとこ見ると狂気の科学者に見えるなやっぱ」

 

「何と失礼なことを彼は真摯に科学と向き合っているだけだよ」

 

二人してドクとリオの作業を見守る。

いつの間に手懐けたのかアヴァンギャルド君に椅子を作らせた少佐がどっかりと座り込む。

 

「やれ、ヴァンホーテンのココアが欲しくなるな」

 

「…また医者に怒られるぞ手前」

 

肩を竦め、その発言を受け流す。

 

「なんだが、随分と騒がしいね」

 

扉を開け、一人の少女が入ってきた。

頭部にキツネ耳を生やした金髪の少女だ。何とも儚げに見えるが、随分と意思の強そうな瞳をしている。

百合園セイアだ。

 

「おや、これはこれは」

 

少佐は椅子代わりにしていた元ドローンケースの上で足を組み替え、優雅に頭を下げる。

 

「噂に名高い予知の姫君ではないか」

 

「……その呼び方はあまり好きじゃないんだけどね」

 

静かにため息を吐きながら、セイアは室内を見回した。

 

圧縮された謎の立方体。

床を走るアヴァンギャルド君。

何故かソファ代わりにされているドローンケース。

そして高速でキーボードを叩き続けるリオとドク。

 

「……酷い有様だ」

 

「安心したまえ。先程よりは片付いている」

 

「それで改善済みなのかい?」

 

セイアの声に僅かな困惑が混じる。

 

何度か首を振って今の現状を受け入れる。

 

「それよりリオに報告したいことがあるのだけど」

 

「ええ、今聞くわ」

 

一時的に作業を中断し、セイアの方に向き直る。

 

「…エンジニア部には迷惑をかけたわね」

 

「成程、本格的に妨害に入ったという訳か」

 

少佐は楽しげに目を細める。

まるで待ち望んでいた展開が来たとでも言いたげだった。

 

セイアは静かに頷いた。

 

「あのままではアヴァンギャルド君が暴走して怪我人が出ていただろう。そっちの対処はどうするつもりだいリオ?」

 

「適当なウィルスでも流し込んでおくわ。問題はこのチップね。ドク、解析をお願いしても?」

 

「お願いされましょう」

 

喜々として解析を始めるドクを警戒するように視界に収めながら、少佐に向き直るセイア。

 

「それで、貴方が噂の少佐?」

 

セイアの問いに、室内の空気が僅かに変わる。

 

キーボードを叩く音だけが妙に響いた。

 

少佐は数秒ほど何も答えず、ただ楽しそうにセイアを見つめ返す。

 

やがて胸元に手を添え、芝居がかった動作で一礼した。

 

「如何にも。しがない敗残兵にして、平和を愛する一市民だよ」

 

「胡散臭さが限界突破してるわね」

 

リオが即座に切り捨てる。

 

「はっはっは、辛辣だなリオ君」

 

「実際問題、戦場の亡霊みたいな気配してるじゃねえか」

 

ネルも腕を組みながら眉を顰める。

 

セイアはそんな軽口には乗らず、静かに少佐を観察していた。

 

柔らかな笑み。

穏やかな声音。

だがその奥に、妙に底知れないものが見える。

 

まるで――巨大な何かを愉快そうに見下ろしている観測者のような。

 

「……君は随分と面白い目をしているね」

 

少佐が不意に口を開く。

 

「未来を見る者特有の諦観がある。だが同時に、まだ完全には絶望していない目だ」

 

「しかも最近、未来視が消えて直感が鋭くなったと聞く。全く人間とは面白いものだ」

 

「…台詞がまんま悪役なんだよアンタ」

 

疲れたようにネルもアヴァンギャルド君が作った箱に腰掛けながら溜息を吐く。

慰めるようにセイアに声をかける。

 

「あんま気にするな。この大人の話なんて話半分くらいでいいからな」

 

「随分信用がありませんね少佐殿」

 

「全く失礼なものだ。私は紳士の見本のような男だぞ」

 

「紳士は自分で紳士とは言わないものだよ」

 

セイアが即座に切り返す。

 

「おやおや、これは手厳しい」

 

少佐は愉快そうに肩を竦めた。

まるで痛痒を感じていない。

むしろ楽しんでいる。

 

「少佐殿。ある程度の解析が終わりました」

 

「えぇ。これは外部から持ち込まれた可能性があるわ」

 

二人して少佐に顔を向ける。どうやら成果があったようだ。

 

「その件は後で聞くとしよう。二人共、メインカメラを見たまえ」

 

セイアとネルがカメラに注視する。

EXPOのメイン会場が映し出されており、いくつかの部活がブースを出している。

 

「随分と大きい人がいるね」

 

「…何で大尉があそこにいるんだよ」

 

「何か嗅ぎ分けたのだろうね」

 

EXPO会場。

人で溢れ返る中央広場。

そのど真ん中を、妙に威圧感のある長身の軍人――大尉が堂々と歩いていた。

 

周囲の生徒達が自然と道を空けている。

 

目的があるのか迷いなく進む。

 

1人の少女が大尉に近付き話始めた。

 

『あ、大尉。よく来たね。ゲーム開発部のブースにようこそ!』

 

才羽モモイだ。

いつものように笑顔で大尉を迎え入れる。

大尉の姿に勇気付けられたのか他のゲーム開発部のメンバーの眼に気合が入るのが見てとれる。

 

「あのチビ共のこと気に入ってたからなあ」

 

「…君たちそのナリで子供好きなのかい?」

 

「子は宝だよセイア君」

 

「はっ、似合わねえ台詞言いやがって」

 

ネルが鼻で笑う。

 

だがモニターの向こうでは、大尉はそんな周囲の空気など気にも留めず、ゲーム開発部のブース前で足を止めていた。

 

『………』

 

『うん。今日のはちょっと自信作だよ!バグがまだ残ってかもしれないけどほぼ完成!』

 

「不良品じゃないかしらそれって?」

 

「少なくとも大尉の興味は引いたようですな」

 

大人しく列の最後尾に並ぶ大尉の姿に笑みがこぼれる。

相変わらず律儀な男だ。

 

「ふむ。大尉の目的地はここのようだ」

 

「…探ってみるわ」

 

リオの指が素早くキーボードの上を滑る。

モニター上に幾つものウィンドウが展開され、EXPO会場内の監視カメラ、ネットワーク負荷、無線通信ログが洪水のように流れ始めた。

 

「おぉ……」

 

セイアが小さく感嘆の声を漏らす。

 

「流石はビックシスターというべきか。見事なものだ」

 

「褒めても何も出ないわよ」

 

そう返しながらも、リオの口元は僅かに緩んでいた。

 

「…これは不自然なコードが加えられているわ」

 

「ほう。それはどのような」

 

「プレイヤーの神経を逆なでするようなコードが仕込まれているわ」

 

「対処方は?」

 

「…今この場では無理ね」

 

会場内が一気に騒がしくなる。

生徒たちがいきなり殴り合いの喧嘩を始めたのだ。

 

大尉が滑るように動き、瞬時に無力化していく。

 

「これで一段落ですかね。私とセイア君で行ってコードを無力化してきましょう」

 

「よろしくお願いするわ」

 

「任せたまえ」

 

ドクは白衣を翻しながら立ち上がる。

その眼は完全に獲物を前にした研究者のそれだった。

 

「セイア君。君は現地で異常行動を起こしている者たちの誘導を頼めるかね?」

 

「……分かった。予兆くらいならまだ読める」

 

「実に頼もしい」

 

二人が部屋を出ていく。

 

バタン、と扉が閉まった瞬間。

 

室内に僅かな静寂が落ちた。

 

ネルはモニターを睨みながら舌打ちする。

 

「クソが。EXPO丸ごと潰す気かよ」

 

「混乱を起こして、その隙に何かを持ち出すつもりでしょうね」

 

リオは冷静に答える。

だが指の動きは止まらない。

 

ウィンドウが更に増殖していく。

 

会場内通信。

電源負荷。

移動ログ。

生徒の位置情報。

 

まるで都市全体を脳神経のように扱っている。

 

少佐はそんなリオを興味深そうに見つめていた。

 

「ふむ……」

 

「何よ」

 

「いや。君はやはり“管理者”の顔がよく似合うと思ってね」

 

「褒め言葉には聞こえないわ」

 

「実際褒めてはいない」

 

「アンタ本当に性格悪いな」

 

ネルが呆れたように肩を落とす。

 

「そういえば、リオ君。君個人的に恨みを買うようなことはしてないかね?」

 

「…記憶にないわ」

 

リオは眉一つ動かさず答える。

だがネルは即座に突っ込んだ。

 

「いや絶対あるだろ。お前は無自覚に地雷を踏むタイプだ」

 

「…貴方がそう言うならそうなんでしょうね」

 

拗ねたように呟くリオを慰めるでもなく少佐は顎に手を当て、どこか納得したように頷いた。

 

「うむ。実にミレニアムらしい回答だ」

 

「どういう意味よ」

 

「悪意なく敵を増やす、という意味だ」

 

「最悪の評価じゃねえか」

 

ネルが呆れ果てた顔をする。

 

「この手の犯人で多いのはやはり怨恨だからね。愉快犯の可能性もあるが、それにしては規模が小さい。私ならもっと派手にやる」

 

その間にも、モニターの向こうでは大尉が次々と暴走生徒を制圧している。

殴りかかってきた生徒の腕を捻り、別方向から飛び込んできた相手を最小動作で転倒させ、そのまま首根っこを掴んで安全圏へ放り込む。

 

「…あの人あんなに強かったのね」

 

「しかも筋一つ傷付けてないぞあの投げ方」

 

「大尉は優秀だからね」

 

満足そうに一つ頷き、少佐はそこで一度言葉を切り、モニター越しに大尉の動きを眺めた。

 

暴走した生徒が椅子を振り上げる。

だが大尉は一歩だけ踏み込み、その腕を取って重心を崩す。

次の瞬間には、まるで最初からそこに寝かせる予定だったかのように床へ転がされていた。

 

騒ぎが終わったそこには、気絶した生徒と半泣きのゲーム開発部。廊下の中央で服の埃を払う大尉の姿があった。

 

「さて、これで後はドクとセイア君が来れば大丈夫だろう」

 

「少佐。次はどうすると思う?」

 

「ふむ。単純なものなら電力を落とす。混乱が大きければ大きい程効果は高いからね」

 

「…嫌なこと言いやがって」

 

「セイア君。君は面白い能力を持っているのだったね」

 

ドクと二人ゲーム開発部のブースで復旧作業を行う。

といっても私が出来ることなど気絶した生徒の介抱くらいなものだ。

それも大尉のように手慣れたものではないし、ドローンが多数配置された今では何の役にも立たない。

 

だからこうして、ゲーム開発部のブースでぽつねんと立っていた。

 

ゲーム開発部の面々はドクが来てバグ取りに来たと言えば、ドクに任せて去っていった。

涙を堪えた彼女たちの姿に胸が痛む。

 

「そうだね。未来視は消えたが直感が現れた」

 

「私もここで長く研究をしているが、やはり君たちは面白いと思うよ」

 

「…どういう意味だい?」

 

ドクはモニターから目を離さず、半ばからかうように言った。

キーボードを叩く音だけが、静かなブースに規則正しく響く。

 

「君の例で言えば、未来というものは本来見えないものだ。少佐なぞ未来が見えた瞬間、その未来を投げ捨てるだろうね」

 

「…それはどんな未来でもかい?」

 

ドクはそこで初めて、ほんの一瞬だけ手を止めた。

 

そして、ゆっくりと息を吐く。

 

「“どんな未来でも”、だよ」

 

モニターの光が彼の横顔を淡く照らしている。

冗談めかした軽さはもうない。ただ、観察者の目だけが残っていた。

 

「私たちはだから彼に付き従った。つまらない未来を老いて死ぬくらいなら、彼に従い夢の中で死ぬために」

 

声に熱狂が増す。

 

「“夢の中で死ぬ”……か。ずいぶん詩的だね」

 

カタ、と一度だけキーを叩く音が鳴る。

 

「少佐ならもう少し綺麗な言い方をするだろうがね。私は残念ながらそういう学がない」

 

最終チェックに入ったのだろう。画面に集中している。

 

「やれ、君たちから見たら私は随分と子供らしい」

 

「まだ君たちは子供だろう。気にすることはない」

 

慰めているつもりなのだろうか。この男は。

 

「そうだ、セイア君。髪を一束貰えないかね?血でも構わないが」

 

「…何に使うつもりか聞いても?」

 

「私は研究者だ。その私の目の前に貴重なサンプルが居る。だが、君たちの神秘は生きていないと効果がない」

 

「だから、生きたサンプルをいくつか貰いたい」

 

狂気が支配する。

慌てて彼の傍から離れようと足を動かす。

ドンっと何か固い物に当たり、慌ててそちらからも距離を取る。

 

「………」

 

「大尉か。少佐殿に報告は済んだようだね」

 

「…」

 

「そう怒らないでくれ。一種の職業病だ。未知を既知にしたいという抗えない欲求さ」

 

「セイア君もすまなかったね。もう二度とあんなことは言わんよ」

 

綺麗な礼をして、画面に目を戻す。

復旧は完了したのだろう。満足そうに何度も頷く。

 

「…どうも君たちは私にとって鬼門らしい」

 

「私と少佐はともかく大尉を嫌わないでくれ。彼は優しい男だ」

 

さっさと帰っていく白衣の男を見送り、何となく大尉の方に顔を向ける。

やりにくそうにこちらを見る不器用な顔を見て、警戒していた自分がバカみたいだと思った。

 

「どうやら君は信用してもいいらしい」

 

「……」

 

「そういえば喋れないのか君は。難儀なものだね」

 

大尉を後ろに引き連れてブースを出る。

この件が終わったらゲーム開発部の部室に顔を出そう。

新しい友人にこの大きくて優しい大人の話を聞こう。

 

 

 

「で、分かったことは?」

 

次の日。ネルはリオに会うなり、開口一番そう切り出した。

 

「いくつかあるわ」

 

「ほう。流石はリオ君。是非拝聴させてもらおう」

 

少佐に一瞬視線を向けて、咳払いをする。

 

「今回の襲撃の目的だけど、EXPOを潰すのが目的なら、少佐が言ったように電力をカットして部隊でも送ればいいから違うと思うの」

 

「予備電力で隔壁出そうにも時間かかるしな」

 

「ええ、そうね。だから目的はそこじゃない。これだけ混乱させて何が欲しいのか考えてみたの」

 

「しかし、ミレニアムの研究データなら欲しがる企業は山のようにいるだろう」

 

「そんな小さいものではないよ。セイア君。狙いはもっと面白いものだ」

 

『『ビッグシスターアルゴリズム』』

 

少佐とリオの声が重なった。

驚いたように何度も瞬きを繰り返すリオに悪戯が成功した子供のように無邪気に笑いかけながら続ける。

 

「全く面白いものを作るじゃないかリオ君。ミレニアムに存在する全データと情報、これらの出所を追跡できるシステムとはね。これがあればミレニアムを支配することだって可能だろうに」

 

「…あ、貴方どうしてそれを!」

 

「私はこれでも教師だよ。生徒が作った作品に目を通さない教師が何処にいるかね」

 

今にも掴みかからんばかりに興奮するリオをまるでペットか何かのような目で見て笑っている少佐。

 

「あー一旦落ち着けリオ。コイツはこういう奴だって分かってるだろ」

 

「少佐も今の彼女を追い詰めないでください。また慰めるの大変なんですから」

 

「…君たちは昔からこうなのかい?」

 

「…」

 

ミレニアムの部外者であるセイアは床に座りロボット犬の頭を撫でていた。

大尉は困ったように首を振る。

 

「ま、まあとにかく!狙いはビッグシスターアルゴリズムで間違いがないと思うの」

 

気持ちを落ち着かせるように何度も深呼吸をする。

 

「で、それは何処にあるんだよ」

 

「データセンターの深奥よ」

 

「…何でそんな面倒なとこにあんだよ」

 

「まぁ場所も目的も分かったならやることは一つだね」

 

「それなんだけど「リオ君。私に説得されるのと二人に説得されるのどっちがいいかね?」…分かったわ。お願いね二人共」

 

「少佐、護衛に大尉を連れていきますか?それとも周辺の警戒に?」

 

少佐の声は軽いのに、命令だけは妙に滑らかで重い。

 

「おお、そうだね。大尉、残党狩りは頼んだよ」

 

「……」

 

大尉は一瞬だけセイアの方を見る。

言葉はない。ただ、“君はそれでいいのか”という確認だけが視線に乗っていた。

 

少佐はそれを見て、楽しそうに笑う。

 

「心配はいらないとも。君はいつも通り“やりすぎない程度に”やればいい」

 

その言い方は、限りなく無責任で、限りなく信頼でもあった。

 

大尉は小さく頷き、背を向ける。

足音は重いのに、迷いはない。

 

「で、君は誰だね?」

 

データセンターの深奥。

ミレニアムの心臓部といっても過言ではない場所に三人が到達し、その後無数のヘルメット団を率いて一人の少女が現れた。

 

「おや、少佐。私のことをお忘れですか?それは何とも寂しいですね」

 

『…少佐、彼女は吾妻ミライですよ。疑似科学部の元部長の』

 

「あー?」

 

本当に覚えていないのだろう。彼にしては珍しく記憶を探るような仕草をしている。

 

「私は覚えていますよ、少佐。貴方はいつだって私を救ってくれた」

 

「少佐?お前またろくでもないことしたみてえだぞ」

 

「君は割と本当に酷い男の様だ」

 

両脇の少女から責めるような視線を受ける。

そんな物で少佐が痛痒に感じるはずがないが。

 

「…ああ、君か。やっと思い出した」

 

ミライの顔から足の先まで何度も眺めて、やっと思い出したようで。

詰まらなそうにミライを見る。

 

『…疑似科学部というとあのつまらない部活かしら』

 

リオの声が部屋を満たす。

一瞬だけ呆けたような顔をさらしたミライは慌てて首を振る。

現実を受け入れられないように声を荒げる。

 

「私は貴方の言葉を信じて商売をしてきました!確かにミレニアムらしくなかったでしょうがそれを否定される謂れは調月リオにもありません!」

 

「あー成程。お前思い出したぞ。バカみたいに怪しい商品売りつけて悦に入ってたバカだろ」

 

「…ミレニアムは本当に奥が深い」

 

『貴方の研究に何の価値もないのはメールでも通達したはずだけど』

 

「私は!私の部活はもっと大きくなるはずだった!部外者に止められてたまるものですか!!」

 

ヘルメット団に指示を出すために手を振り上げるミライ。

 

「…君はもう少し面白い子だと思ったのだがね」

 

少佐はもう価値のなくなった商品を見る目でミライを見下ろす。

 

「そんな目で私を見るなー!!」

 

ミライを失った少女の叫びがデータセンターに木霊する。

ヘルメット団はその叫びを背に突撃を開始した。

 

「君も劇に上がったのなら少しは客を楽しませたまえよ」

 

パチンと少佐の指がなる。

それを合図にしたわけではないだろうが、ネルとセイアが攻撃を開始する。

 

「まぁ今更こんな程度で、ミレニアムの誇る00を止められるとは私も思ってませんよ」

 

ヘルメット団の全員が倒されるまでそう時間はかからなかった。

 

「減らず口叩いてる場合かお前?どうやって逃げる気だ」

 

『ちゃんとした成果を見せれば認める可能性はあるわよ』

 

リオの言葉に一瞬ミライの身体が揺れる。

それを否定するように首を振り、今までと違った輝きを瞳に宿す。

 

「一応こうなるかもしれないと思って保険を用意してたんですよ」

 

ポケットから何かのスイッチを取り出して、震える指で支える。

少佐の眼が少し開かれる。

 

「おお、次は何を見せてくれるのだね」

 

「このスイッチを押せば、会場中に潜伏したヘルメット団の人たちが蜂起するようにしています」

 

「悪足掻きだね。今更その程度の騒ぎが起こったところでどうなるものでもないよ」

 

『貴方はどうしたいの?部を認めてもらいたかったのではないの?』

 

警戒するようにネルが銃を構える。

これ以上騒ぎを起こされるのはごめんだ。

 

「ドク、大尉はどうした」

 

『はい。報告によればヘルメット団の無力化に成功したと。後はネル君以外のC&Cのメンバーも無力化に当たっていると』

 

淡々とした報告がデータセンター内に響く。

ネルの顔が一瞬綻ぶが、直ぐに引き締められる。

 

「そんな、どうして?」

 

認められないのかミライの身体全体が震える。

 

「君程度の人間なぞ吐いて捨てる程見てきた。それぐらい読めないでどうして教師なぞできようか」

 

これ見よがしに溜息を吐く。ラストシーンで失敗した舞台を見る客の態度だ。

少佐の傍から一歩半程距離を取るセイア。

 

「…少佐、私は君と関わらないことにするよ」

 

「そうしろ。人生が確実に狂うから」

 

空気が弛緩していく。

もう祭りは終わったのだという空気に変化していく。

 

 

それが悔しくて。

もう一度あの場所に立ちたくて。

 

「少佐。彼女の眼はまだ死んでいないよ」

 

「面倒だな。さっさと気絶させるか」

 

「踊るのならもっとキチンと踊りたまえ」

 

ミライの肩がびくりと震える。

 

その言葉は嘲笑だった。

だが同時に、最後の舞台に立つ権利を与える言葉でもあった。

 

「……っ」

 

握り締めたスイッチが軋む。

悔しさと怒りと、認められたいという執念だけで立っているような顔だった。

 

少佐はそんな彼女を、冷めた目で眺めている。

 

まるで。

壊れかけた玩具が最後にどんな音を鳴らすのか観察している子供のように。

 

「ほら、どうした。君は私に見せたいものがあるのだろう?」

 

「……私は」

 

ミライの喉が震える。

 

「私は、ただ……!」

 

その瞬間だった。

 

彼女の指がスイッチを押し込む。

 

だが――何も起こらない。

 

静寂。

 

ただデータセンターの冷却音だけが響いている。

 

「な、んで……」

 

「一応、先生にも別口で手伝ってもらった成果だな」

 

「何だ私やリオ君だけでは足りなかったかね」

 

「そういう意味じゃねえ。EXPOが荒らされねえためだ」

 

ミライの顔が歪む。

 

「先生……?」

 

「おう。少なくともお前みてえに生徒巻き込んで祭り潰そうとする奴よりはよっぽど教師してるぜ」

 

ネルは肩に担いだ銃を軽く叩く。

その声音に苛立ちはあっても侮蔑はなかった。

 

だからこそ。

ミライには余計に耐え難かった。

 

「そんな……そんなはず……」

 

「君は根本的に勘違いしている」

 

少佐が静かに口を開く。

 

「誰かに認められたいのなら、先ずは行動せねばならない」

 

「そこに狂気はあったかね。そこに人生をかけるだけの狂気が」

 

「それがなければただの夢芥だ。塵にしかならんよ」

 

がっくりと膝を付き、微動だにせずにいるミライを見て、セイアは思った。

あぁ少佐はこうやって人を狂わせるのか。

 

データセンターに沈黙が落ちる。

 

冷却ファンの低い駆動音だけが、空虚になった空間を満たしていた。

 

ミライは床に膝をついたまま動かない。

 

その姿を見下ろしながら、少佐は興味を失ったように踵を返す。

 

「さて、終わった終わった。帰るとしようか」

 

 

 

「で、結局ミライと率いていたヘルメット団は脱走したと」

 

「外部に協力者がいたのは分かっていたけど、思ったより手が長いわね」

 

「まぁいいじゃないか。また新しい祭りが始まるのだ。楽しみにしていようではないか」

 

コツコツと靴音を響かせながら会場内を歩く。

ネルとセイアも何となく後ろを付いて歩く。

事後処理ももう終わったのだ。

 

後は祭りを全力で楽しむだけだ。

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