アラサーTSメスガキ魔法少女に煽られて恥ずかしくないの?♡ざぁーこ♡ 作:夏川優希
夕闇が徐々に濃くなっていく黄昏時。
大きな公園に、そいつはいた。
いや――ルナとセイラを待ち構えていたのだ。
黒のロングコートに黒い帽子。そして至近距離でしか分からない、頬に走る傷。
闇に溶けてしまいそうなその男の姿を、セイラは忘れていなかった。
「あ……う……切り裂きジャック……!」
恐怖に喉が固まり、悲鳴を上げることすらできない。
一歩、二歩と後ずさり――しかしその視界に世界一頼りになる人間が映り込む。
姉のルナだ。
セイラは呼吸が少し楽になるような感覚を覚えた。
(そうだ。大丈夫。姉ちゃんがついているんだ。これはこれで予定通りだよ)
ルナが多忙で切り裂きジャックに構えなくなったからセイラは律に助けを求めたものの、元々ルナもセイラも切り裂きジャックを倒すために魔法少女になったのだ。
たまたまとはいえ、こうして姉のルナと一緒のときに切り裂きジャックと相まみえたのも何かの縁。
セイラは変身ブローチを取り出し、掲げる。
「とうとう姿を現したな。お前なんか姉ちゃんがやっつけてやるんだから。ねぇ、姉ちゃん!」
と、セイラは威勢良く宣言するが。
「……姉ちゃん?」
すぐに異変に気付いた。
ルナの顔色が悪い。極寒の中に裸で放り出されたかのように体は震え、唇が蒼くなっていく。
そしてセイラは、常に完璧だった姉の気弱な言葉を生まれて初めて聞いた。
「隙を突いて逃げなさい」
「……え?」
日が落ち、街を照らす光が赤らんでいく。
伸びていく影が不気味に蠢いた気がした。
***
セイラにとってルナは「完璧なお姉ちゃん」だったが、その実ルナは決して完璧なんかではなかった。
ただ、そう見せようと努力していただけ。
効率のためあえて切り裂きジャックを放置しているかのように見せていたが、実際には違う。
ルナは切り裂きジャックに敵わないと考え、戦いを避けていたのである。
最初はルナもセイラと同じく、切り裂きジャックを倒そうと奮闘していた。
だが魔法少女になり、調べれば調べるほど分かった。
切り裂きジャックがどんなに恐ろしい怪人であるか。
かつて切り裂きジャックに襲われたふたりを助けたのは、当時歴代最強と謳われていた魔法少女、モモカだった。
そんな彼女ですら切り裂きジャックを倒すことができなかったのだ。
自分たちなど、切り裂きジャックに敵うはずがないとルナは理解してしまった。
それでもみんなで力を合わせれば――そう思っていた矢先、〈黒き森〉の魔の手が魔法少女たちに迫る。
頼れる先輩たちが次々に〈黒き森〉の脅迫に負け、魔法少女を辞めていった。
残ったのは自分と、自分よりもずっと後輩の魔法少女たち。
彼女たちを守りながら怪人とも戦っていかなくてはならない。
もはや正義がどうこうだなんて言っていられなくなった。
〈黒き森〉には手を出さない。
敵わない実力の怪人にも手を出さない。
これ以上魔法少女の数を減らすわけにはいかないから。
言い訳を並べたてて、保身に走って、ふがいない自分から目を逸らして、それでも後輩たちを不安にさせないよう、そして魔法少女の威厳を失わないよう立ち振る舞い、プライドばかりが大きくなって――そうして組織と彼女は腐っていったのだ。
そのツケが今、亡霊のように自分たちの前に現れた。
***
「ッ……!」
ルナは変身ブローチを掲げ、魔法少女に変身。
月を模したステッキを振るい、魔力を練り上げ創り出したのは大型の銃。
いわゆるショットガンだった。
ルナが創り出すことのできる武器の中でも最も破壊力が高いもののひとつ。
住宅地に位置する静かな公園の真ん中で、ルナはそれをぶっ放す。
この距離で外すはずはない。
散弾が切り裂きジャックの土手っ腹に大穴を開けた――そうなるはずだった。
しかしそうならなかった。
穴が開くどころか、痛みに苦しむような素振りすらなかった。
切り裂きジャックは影法師のようにゆらりと揺れるだけ。
「き……効いてない?」
セイラは呆然と呟く。
が、効いていないどころではなかった。
切り裂きジャックのシルエットがぐにゃりと歪み、そして
無数の帯となった影が蛇のように襲いかかる。
――セイラではなく、ルナに。
「くっ……!」
ルナは帯状の影に次々ショットガンを放つ。
しかし散弾を食らった帯はさらに細かく裂け、四方八方からルナを襲う。
「お……お姉ちゃ……」
ルナがズタズタになっていくのを見てようやく、セイラは理解した。
ルナは切り裂きジャックを相手にしていなかったのではなく、相手にできなかったのだと。
姉は最強だと思っていた。
自分は鉄壁の殻にこもり、姉に任せていればすべてがうまくいくと思っていた。
しかし怯えた姉の顔と効かない攻撃を目の当たりにし、姉が決して最強ではないと分かったとき。
セイラは――姉の背中に隠れるのを、やめた。
「変態ジャック! お前の狙いはアタシじゃないのかよ! こいよ相手になってやる!」
「なに……言ってるの。あなたに一体なにができるの……? さっさと逃げなさい!」
ルナは息も絶え絶えに声を上げる。
当然の判断だろうとセイラ自身も思った。
セイラが使える魔法は自分の身を守るものだけ。
律のようなめちゃくちゃなパワーも、ルナのような精密な魔力操作もできない。
でも、それはやろうとしてこなかったからだ。
自分だけ安全を確保し、必要な時は姉のルナに頼りっぱなし。
人なつっこい彼女はそれができてしまっていた。
しかし今――今だけは、セイラは己の力で道を切り開かなければならない。
このままでは大事な姉を失うのだから。
そして魔法は、彼女の精神に呼応する。
「あああああぁぁぁぁぁ!!」
魔法で創り出した、白い布。
しかしそれはセイラの体を覆う殻ではなく、窮地を切り開く武器として顕現する。
白い布はひとりでに発火。
やがて彼女の髪と同じように赤く燃え上がり、天女の羽衣のごとくセイラの周りを揺蕩った。
「ぶっ殺してやるよ!」
魔法少女らしからぬセリフを吐き、セイラはその右腕を前に突き出す。
瞬間、炎が一際大きく燃え上がり辺りを照らし出す。
襲い来る影を燃やし尽くそうとした攻撃だった。
が――そうなる前に、影が消えた。
まるで光を当てられた影絵のように。
「そうか、光――!」
切り裂きジャックは影に実態を与え、操るのだ。
だから強い光を浴びせれば影を消せる。
――もう少し早く気付いていれば、勝機があったのかもしれない。
「……あ」
周囲が闇に包まれる。
日没の時刻となったのだ。
太陽が地平線の向こうに姿を隠し、公園に設置されたはずの電灯もなぜか光を点さない。
切り裂きジャックの犯行は決まって夜だった。それも月の出ない夜。
悪いことをする時というのは大抵夜だ。
犯行が露見しにくく、人通りも少なくなるため助けを求めにくくなる。
が、切り裂きジャックが犯行を夜にした理由はそれだけじゃない。
夜は街が影に沈むから。
「……くっ!」
セイラはルナに覆い被さるようにし、ますます強く炎を大きくする。
しかしいくら頑張っても辺りを昼のように照らす光量が出せるはずもなく。
もはやふたりに影から逃れる手立てはない。
――ヒュンッ。
四方八歩から鞭のようにしなり飛んでくる影が、セイラを痛めつける。
殺そうと思えばすぐに殺せるはず。
そうしないのは、切り裂きジャックが犯行を楽しんでいるからに他ならない。
今までの犠牲者も、遺体には体に何十カ所もの傷があり、死因の多くが失血によるものであった。
「くっ……ううっ……」
「もう、いいから。あなたは自分の身を守りなさい」
ルナは諦めたようにそう囁く。
確かにセイラひとりだけであれば、いつものように布で体をグルグル巻きにして攻撃から身を守ることができるだろう。
布の中でスマホを操作し、プイプイを通じて律に助けを求めることもできる。
しかし2人分の布はない。
そんなことをしていたら、ルナは切り裂きジャックに殺されてしまうに違いなかった。
「ダメだよ、見捨てらんない」
「セイラ。お姉ちゃんの言うことが聞けないの?」
射貫くような目。
この目で睨まれると、セイラは蛇に睨まれた蛙のように動けなくなる――いや、なっていた。今までは。
「……姉ちゃんは完璧なんかじゃないじゃん」
「っ……それは……」
ルナは視線を宙に漂わせる。
責められたと感じたのかもしれないが、それは違う。
セイラは姉を盲信することをやめたのだ。
「だから――自分で突破口を見つける」
セイラはその右腕を高く高く天に衝き上げる。
彼女の動きに呼応し、周囲を揺蕩っていた羽衣が龍のごとく昇り、そして上空で強い光を放った。
それは小さな太陽のように辺りを明るく照らし出す――
が、もちろん長くは続かない。
魔力を出し切ったセイラは燃え尽きたようにその場に崩れ落ちる。
羽衣も燃え尽き、もはや防御の魔法も使えない。
「一体なにやってるの!? こんなっ……なんの意味もないことやって!」
「へへ……へへへ。本当に"狼煙"で来たよ」
「は!?」
ルナは怒りに声を荒げるが、すぐにその意味が分かった。
闇夜に浮かび上がるような黄色のワンピースに、金色のツインテール。
人を小馬鹿にしたような笑顔に、口から除く八重歯、甘ったるい耳障りな声。
「ざぁーこ♡ 姉妹揃ってよわよわ♡ 全身ボロボロじゃん♡ 情けない♡」
律だった。
ルナとセイラのふたりとは反対方向をパトロールしていたものの、セイラが空中で強い光を放ったことで異変に気付き駆けつけたのだ。
「あなたたちみたいな口ばっかりのざこ魔法少女に怪人なんか倒せるはずない♡ そこでいつまでも寝てたらぁ?♡」
ボロボロのふたりを煽り、嘲笑し、そして――その小さな体でふたりを守るようにして立ちはだかる。
不敵な笑みを切り裂きジャックに向けながら。
「だから、リツにぜーんぶ任せておけばいいの♡」