アラサーTSメスガキ魔法少女に煽られて恥ずかしくないの?♡ざぁーこ♡ 作:夏川優希
異変はなんの前触れもなく突然降りかかった。
朝、自室のベッドで目覚めた律は眠い目を擦りながらそれを見た。
「……ん? なにこれ」
それは可愛らしいクマの形をしていた。
ふわふわの毛並みは黄色く染められ、目の部分にはボタンが縫い付けられている。手のひらに乗る程度の可愛らしいサイズ感。猛獣としての熊とは全く違う愛らしさ。
それはクマのぬいぐるみだった。
市販のぬいぐるみと違うのは、それがふわふわと浮いていて、律のあとをついてまわること。
「プイプイの新しい発明品かなぁ」
カラフルなクマのぬいぐるみはいかにも魔法少女的だ。
プイプイが魔法少女たちの対応に疲弊し、自身の分身のようなものを作ったのだろうか。
そんなふうに律は考え、クマの前で手のひらを振ってみる。
そこにカメラでも内蔵されているんじゃないかと思ったのだ。
「おーい。プイプイ? このぬいぐるみなにー?」
しかしぬいぐるみからの応答はない。
「通話機能とかはないのか……まぁいいや。そのうち説明にくるよね」
顔を洗って着替えをし、律はマンションを出る。
冷蔵庫の中がすっからかんであり、空腹を満たすには買い出しに出る必要があったのだ。
フードデリバリーを頼むという発想は律にはない。割高になるからである。
外へ出てもぬいぐるみがついてくるのには少し戸惑った。
空飛ぶぬいぐるみを侍らせていては注目を集める。ただでさえ律は魔法少女リツとして広く認知されているのだ。下手をすれば騒ぎになってしまう。
しかし律の心配は杞憂に終わった。
外はもう十分騒ぎになっていたからである。
つまり、外を歩く人全員にクマのぬいぐるみがついていたのだ。
色が違うものの、どれも同じデザイン、同じ大きさ、そして同じように人の周りを衛星のごとく浮かんでいる。
「なんなのかしら、このぬいぐるみ……」
「奥さんも? うちの家族にも全員クマが憑いて離れないのよ。これって日本中の人に憑いてるのかしら……」
「いや、どうも東京に住んでいる人だけみたいですよ。千葉に住む親戚には憑いてないみたいで――」
「空飛ぶクマちゃん! 可愛い!」
「こら、怖いからあんまり触らないで」
(ど、どういうこと……?)
男も女も子供も大人も若者も老人も、一切の区別なく全員のそばにクマが浮いている。
聞き耳を立てるに、どうやらみんな律と同じように朝起きたらなんの前触れもなくクマが憑いていたらしい。
(これってプイプイの発明じゃないってことだよね……じゃあなに……?)
ぬいぐるみは憑いている人間を見守るように追いかけるだけで、他にはなにもしない。
実害はないので、人々はクマのストーカーに困惑しながらもそのまま社会生活を送っているようだ。
律はスマホを取り出しプイプイに連絡してみたが、同様の問い合わせが殺到しているのか電話は通じず。
試しにクマをひっつかんであちこちイジってみるが、手で引っ張っても、歯で齧り付いても、どう頑張っても破損させることはできなかった。
かといってクマが報復に動くようなこともなく。
迷った挙げ句、律も他の人間同様にひとまず普段の生活を送ることにした。
(うーん……魔力は感じるけど嫌な感じではないし……とりあえず良いかぁ)
律は腹が減っていた。
一晩絶食していた律の体は猛烈にエネルギーを欲していたのだ。
空腹という人間の三大欲求の前に、小さく可愛らしい無害なクマなど些末な問題であった。
律は当初の予定通り最寄りのスーパーへと向かう。
そのルート上にある大きな道路には何台もの車が行き交っているが、その車の後ろをピッタリ走るカラフルなクマを何匹も見ることになった。
どうやら車の速度を以てしてもクマを撒くことはできないようだ。
クマの正体と今日の1日の食事メニューを交互に考えているうちに行きつけのスーパーへ到着。
菓子パンや惣菜、冷凍食品などをカゴへ放り込んでいく。
他の買い物客やスーパーの店員のそばにもクマが浮かんでいたが、みんなだんだん慣れてきたのか、クマには見向きもせずそれぞれ買い物や仕事に勤しんでいる。
(こういうときの日本人って適応早いよな~)
なんてのんきに考えながら一通り買い物を終え、レジへ向かおうとしたその時だった。
律の目がにわかに鋭くなる。
その小さな手が反射的に変身ブローチを掴んでいた。
律は全身で感じ取っていたのだ。
今までに感じたことのない、強烈な魔力の爆発を。
悲鳴が店内に響いたのは、その直後だった。
「悪かった! 悪かった! もうやらねぇから」
律は素早く変身ブローチを掲げて魔法少女に変身する。
そして駆けつけた先。
いつものスーパーのいつもの床に、衝撃的な光景が広がっていた。
床に這いつくばる中年男性。
その大柄な体をショッキングピンクのクマが飲み込みつつあった。
手のひらほどのサイズだったクマは着ぐるみサイズにまで肥大化しており、既に男性の腰の辺りまでくわえこんでいる。
「ダメだクマ! 万引きする悪い子はお仕置きクマ~!」
確かに床に落ちたトートバッグからは未会計と思われるビールのロング缶が顔を覗かせている。どうやらクマは万引きをした男に制裁を加えるつもりらしい。
律はハート型のステッキを作り出し、振り上げた。
「いいオトナがビールの万引きなんて情けない♡ けど、クマに食べられるのはちょっと可哀想かな♡」
律は生意気な笑顔を浮かべてステッキを振り下ろす。
素手ではまったく破壊できなかったクマだったが、魔法少女リツの一撃は別だった。
ステッキがクマの頭にめり込み――
パンッ。
まるで風船が割れるかのように、クマの体は破裂。そのまま煙のように消えてしまった。
(やっぱり魔力を感じる。怪人によるものか? いや、それにしては――)
「うう……」
クマに飲み込まれかけていた男性が、うめき声を上げながら起き上がる。
クマに襲われて転倒した際にあちこち打ったらしいが、大きな怪我はなさそうだ。
自力で立ち上がり、そして律を見下ろす。
お礼のひとつでも言われるのかと思ったが、違った。
むしろその逆だ。
額に青筋を浮かべ、唾を飛ばしながら激しく律を怒鳴りつけた。
「お前魔法少女だろ! もっと早く助けろや!」
(……は?)
律は固まった。
なにを言われているのか気づくまで数秒の時間を要した。
(もしかして……万引きして襲われた挙げ句、助けられたのに文句言ってるのかこの人!)
と、律は困惑と怒りを覚える。男が言っていることはあまりにも理不尽だった。
しかし律は元来争いごとを嫌うタイプだ。
男の言葉に到底納得はできないが、言い返したところでこのタイプが反省するとは思えない。ここは黙って去ったほうがよい。
――という律の理性を完全に無視し、その顔には挑発的な笑みが浮かぶ。
そして律の意思とは関係なく、その可愛らしい小さな口は八重歯をのぞかせながら開いてしまった。
「缶ビールすらまともに買えないざこのくせにリツに文句とか笑える♡」
「あ!? なんだとガキ! 市民の税金使ってる魔法少女のくせに!」
「でもおじさん消費税払ってないじゃん♡ オトナには納税の義務があるのに♡ ああ、小売店を苦しめる寄生虫には難しくて分からないか♡」
律の煽りに男は黙った。
しかし律の言葉に納得したわけではもちろんない。そして怒りが萎んだわけでも当然ない。
それはむしろ男の体内でどんどんと膨らみ、その内圧で男は目を剥き、顔はみるみる赤くなっていく。
(あー、やばいやばいやばい!)
そして律の予想は当たった。
男は言葉での反撃ではなく、暴力に訴えたのだ。
強く握り込んだ拳をおもむろに律へ叩きつける。いや、叩きつけようとした。
――が、変身した魔法少女に殴りかかるなんて、武装した軍人を相手にするより愚かなことだ。
「おっそ♡」
律はその動体視力でパンチを軽々とかわす。
男の体重が乗った渾身の一撃は行き場を失い、そのまま陳列棚へと突っ込む。
棚から落ちてきた酒缶が男に振り注ぎ、またもや店内に野太い悲鳴が響いた。
「そんなにお酒が好きだなんて♡ ビールに埋もれて幸せそうだね♡」
クスクスと嘲笑を漏らす口元とは裏腹に、律は内心で頭を抱えていた。
(またやってしまった。売場をめちゃくちゃにしてごめんなさい、店員さん……)