アラサーTSメスガキ魔法少女に煽られて恥ずかしくないの?♡ざぁーこ♡ 作:夏川優希
「……すごい注目度プイ。待機中なのに同接がこんなに」
東京中の人間にクマが取り憑いた件は日本を揺るがす大ニュースとして報じられており、それにくわえてモモカが全国放送で犯行宣言なんかするものだから無闇矢鱈と注目を集めてしまっているようだ。
プイプイが憎々しげにスマホの画面を睨みながらそう呟く。
普段であれば配信に注目が集まることにプイプイは歓声を上げて喜ぶはずはずだが、今回はそうではない。その注目は決して良い注目ではないからだ。
魔法少女であるモモカが怪人となり人々に牙を剥いたというニュースのせいで、魔法少女たちには逆風が吹いている状態。
配信を見ようと待機しているこのリスナーたちも、魔法少女を応援しようと駆けつけたファンばかりではないかもしれない。
「だ、大丈夫プイ! いつもはあまり干渉しないようにしているプイが、今回はちょっとでも荒らすようなコメントがついたらじゃんじゃん追い出していくプイ!」
「てか配信する必要なくない?♡ この期に及んでそんなに投げ銭がほしいの?♡ この淫獣♡」
「ち、違うプイ! モモカのことはともかく、現役の魔法少女たちがこんなに頑張っているっていうのを世の中に発信するのは大切なことプイ!」
「それはそうか♡ じゃあいいよ♡」
律の決定に意義を唱える者もおらず、プイプイによる配信もスタート。
魔法少女たちと共にJTV社屋を進んでいく。
一等地にそびえ立つ、怪人の潜むビルを進む――その点で言えば〈黒き森〉の時と状況は似ている。
しかし〈黒き森〉の時と違い、今回は全くといって良いほど敵は出てこなかった。
出てくるのは床を埋めるカラフルなクマの着ぐるみばかり。恐らくJTVの社員や出入りの業者たちがクマに飲まれたものだろう。
モモカはJTVを乗っ取る際、社屋にいたすべての人間をクマに飲み込ませたのだ。
「これ全部モモカがひとりでやったの?♡ 協力者とかいないのかな?♡」
答えを求めて喋ったわけではなかったが、これには明確な回答があった。ルナだ。
「ひとりだと思います。モモカさんが他の怪人と手を組むとは思えません。本当に……正義感の強い人だったんです」
『うわリツの前なのにルナが正気だ……』
『どんだけヤバい状況なのかが端的に分かるな』
『草』
『なんか和んだ』
魔法少女たちはJTV社屋を進んでいくが、多量のクマが横たわっている以外に変わったことはなく、ショッキングではあるものの代わり映えのしない映像が続く。
かといってリスナーたちとの雑談に応じるような雰囲気でもなく、彼女たちは言葉少なにただ目の前の廊下を進むことに専念していた。
まるで不安や邪念を振り切るように。
しかしそうなると、リスナーたちの不安や邪念を誤魔化すものがなくなる。
『でもなんでモモカはJTVを襲ったん? 藤テレビでも大日テレビでもなくJTV狙ったのってなんか理由あんのかな』
『JTVは〈黒き森〉のとき魔法少女をめちゃめちゃ叩いてたんだよ』
『確かにあれはひどかった』
『復讐ってことか?』
『偏向報道のマスゴミは復讐されて当然!』
『いやだからってクマに飲まれて仕方ないとはならんだろ』
『いいのかそんなこと言って?お前もクマに飲まれちまうぞ?』
プイプイが懸念していた通り、徐々にコメント欄の雰囲気が悪くなっていく。
今回はあまりに被害者が多すぎる。なにせ東京中の人間にクマが憑いているのだ。リスナーの中にも当然クマの憑いた者がいるだろう。
対岸の火事などでは決してない。彼らはまさに火の渦の中にいるのだ。そんな状態で冷静に振る舞えと言う方が無理な話なのだろう。
「状況が動くまでぼくが小話でもするプイ! ぼくが魔法少女連盟会計科と激しいバトルを繰り広げ、見事報奨金アップを勝ち取った話なんだプイが――」
と、プイプイもリスナーの気を紛らわそうと試みたものの、たいした成果は得られなかった。
『お呼びじゃないんだよ淫獣!』
『妖精界に帰れバケモン』
『おめーの管理不行き届きだろうが!』
『責任取ってモモカの変身ブローチぶんどってこいや』
「なっ!? 誰がバケモンだプイ! 頭に来たプイ、開示請求するプイ!」
「リスナーとレスバしないで♡」
律がそう制止した、次の瞬間だった。
プイプイの体を、カラフルな毛皮に覆われた腕が掴んだ。
社屋の廊下を埋めていたクマの着ぐるみの一体が動き出したのである。
「え?」
プイプイ自身も自分に何が起きたのか分かっていなかったのだろう。
当然だ。今までにそんな報告はなかった。
クマのぬいぐるみは憑いた人間が悪さをした場合にのみその人間を取り込み、着ぐるみのような状態になる。その後は動かない――そういうもののはずだった。
まさか、クマの着ぐるみがプイプイをその身に取り込もうとするなんて思ってもみなかったのだ。
「プイプイ!」
律ですら咄嗟には動けなかった。
万引き犯やJTV社屋前で石を投げてきた男のとき、襲っていたのは彼らに憑いたクマのぬいぐるみだった。
しかし今プイプイを襲っているのは、床に倒れ伏していた着ぐるみ。中にはぬいぐるみに取り込まれた人間が入っている可能性が高く、むやみに攻撃できなかったのである。
たった数秒で、プイプイの小さな体は配信機材ごとクマの着ぐるみの中に吸い込まれていった。
「プ、プイプイ!? 大丈夫!?」
「大丈夫、大丈夫。妖精さんには魔法が効きづらいから、放っておいてもそのうち出てくるよ」
ルナの呼びかけに答えたのはプイプイではなかった。
誰もがハッとして顔を上げた。
律以外の誰もが、その声に覚えがあった。
律の知らない思い出が、それぞれの脳裏をよぎっていった。
「モモカさん――」
誰かがそう呟いた。誰かは律には分からなかった。喉が詰まったような、今にも泣きそうな声だった。
「久しぶりだね。配信もプイプイも抜きで、みんなと水入らずで話したかったんだ」
廊下の奥から現れたモモカの表情は、旧友たちとの再会を喜ぶ少女そのものに見えた。