アラサーTSメスガキ魔法少女に煽られて恥ずかしくないの?♡ざぁーこ♡ 作:夏川優希
七瀬律。
久しぶりに呼ばれたその名前に、律は懐かしさと衝撃を覚えていた。
もちろん魔法少女リツは本名を公開していない。
その名前を知っているということはつまり、モモカが律の正体を知っているということになる。
律とはまったく接点のなかったモモカがどうしてそんなことを知っているのか。
そのカラクリはモモカの口から直接明かされた。
「モモカの能力は罪を知り、罰を与えること。それは過去の罪も含まれる」
モモカは棒付きキャンディの包みを開け、ショッキングピンクのそれを口の中へと放り込む。
「七瀬律、あなたが魔法によって形を変えた歪な存在だということをモモカは知ってる」
過去の罪――その表現に律は引っかかりを覚えた。
律はなにも邪な気持ちや企みを持ってメスガキ魔法少女になったわけではないのだ。
この体になったことは律にとっても想定外のことであり、また、魔法少女になっていなければ律は死んでいた。
それを罪と言われるのは釈然としない。
あるいは、そのことを仲間たちに黙っていることが罪という判定なのだろうか。
いや、そんなことを気にしている場合ではないかもしれない。
「え? なに? リツさんが、なんなんですか?」
怪訝な顔をするカナコ。
モモカが意味ありげに言ったその言葉に魔法少女たちが困惑する中――ただひとり、表情を曇らせる者がいた。
セイラである。
「もう……もうやめてください! これ以上リツさんを苦しませないであげて!」
涙ながらに訴えるセイラに、魔法少女たちの視線が集まる。
律は内心で頭を抱えた。また面倒なことになるぞ、と思った。
律がどうすれば良いのか困っていると、それをどう解釈したのか、セイラが思い詰めたように話しだした。
「リツさんが言わないのなら……アタシが言う」
「なんなの? セイラはなにか知っているの?」
ルナの問いかけに答えるようにしてセイラは口を開いた。
まるで誰かの死について語るような、重々しい声で。
「リツさんは、魔法少女になるまでのすべての記憶と記録を代償にして魔法少女になったんだよ。家族も友達も、もうリツさんのことを覚えている人はひとりもいないんだよ……」
魔法少女たちがざわつくのを見て、律はますます頭を抱えた。
なにより厄介なのは、その間違った仮説がいかにも正しそうすぎることだ。
魔法少女リツの異常な強さや、プライベートの記録が一切出てこないことにも説明がついてしまう。
それにくわえ、その仮説が律の状況を実際のそれより悲劇的なものにしていることも彼の罪悪感を煽っていた。
「リツさんにそんな過去があったなんて」
「そ、そんな残酷な仕打ちがあって良いの……!?」
「いや、あれだけの強さを手に入れるならそれくらいの代償があって当然だわ。どうして気づかなかったのかしら……」
口元を押さえて息を呑む者、リツの"悲しい過去"に涙ぐむ者――その反応はセイラの時のそれとだいたい同じようなものだった。
しかしひとつ腑に落ちないのは、モモカの反応だ。
先ほどの口ぶりから見て、モモカが律の本当の正体を知っていることは間違いない。
にもかかわらず、モモカはセイラの勘違いを正そうとしなかった。
「まぁ……そうだね。そういうことになるか」
モモカはキャンディを舐りながらそう嘯いた。
薄笑いを浮かべて律の様子を窺っているようにも見える。
どういうことか。律はすぐにピンときた。
(……なるほど。黙っていてほしかったらモモカの味方をしろってことか)
ほかの魔法少女に対する律の影響は、モモカの想定よりも大きかった――つまり、モモカが思っていたより律はほかの魔法少女に慕われていた。
だから律の秘密を暴露して魔法少女たちを動揺させるより、秘密で律を操って自分の味方をさせたほうが魔法少女たちもすんなり言うことをきかせられると判断したのだろう。
(俺を利用してみんなを操ろうとしてるんだ)
そう気づいたとき、律の胸に沸き起こったのは「怒り」だった。
自分をダシに少女たちをテロリストの道に引き込もうとしている――それが律は許せなかった。許せないと思ってしまった。
そうなってしまうと、もうメスガキの口は止まらない。
「なんか勘違いしてるけど、それ間違ってるよ♡」
「……え?」
皆の視線が集まってくるのを感じる。
律は内心で焦った。
自分がこれからどんなとんでもないことを言おうとしているのか、律本人は分かっていた。
(マ、マズい!)
しかしいくら内心で焦っても無意味だ。
プイプイがいれば全力で阻止しただろうが、いまは着ぐるみのなかに配信用器材ともども囚われており、阻止するどころかこの状況に気づいてすらいない。
「一体、どういうことですか……?」
セイラの問いかけに答えるようにして、律は口を開く。
いつもの生意気な笑みを浮かべ、甘ったるい声で、魔法少女たちが想像だにしていない告白をさらりと口にする。
「リツはね、男だったんだ♡」
「え?」
「ちなみに30歳♡ 会社が怪人に襲われて、がむしゃらやってたらなんか魔法少女になっちゃって♡ なったはいいけど戻れなくなっちゃって♡」
「え??」
「だから、こう見えて誰よりもお姉さんなんだ♡ いや、お兄さんか♡」
「え???」
セイラだけではない。
魔法少女たちみんなの頭に「?」が浮かんでいる。
誰もが変なものを食べたみたいな顔をしていた。
「…………これは、現実…………?」
怪人の攻撃で幻覚を見せられていることを疑ってか、ルナが自分の頬をつねり出すと、他のみんなもマネをして自分の頬をつまみ出した。
結果、頭に「?」を浮かべ、変なものを食べたみたいな顔をしながら、自分の頬をつねりつつ律を凝視する謎の集団ができあがってしまった。
まぁ理解が追いついていないのも仕方のないことだろう。
律の見た目はどうみても十代の少女であり、急に30歳の男性だなどと言われて「あぁそうですか」と飲み込めるはずもない。
(あーあ、言っちゃった。でも、まぁいいか。モモカの脅迫に屈するよりはマシでしょ)
プイプイに固く口止めをされていたから秘密にしていただけで、律本人としてはいつ正体を話しても良いと思っていたのだ。
今回はちょうど良い機会だった、と受け止めるほかない。
そして律はステッキを作り出し、モモカへと向ける。
「それじゃあ、お話はもうおしまいでいいかな?♡ 元魔法少女ならわかるよね♡ 怪人は収容所にいかないといけないの♡」
しかしモモカは武器を出して律に対抗しようとはしなかった。
そうする必要がなかったからだ。
自分の前に立ち、自分の代わりに武器を向けてくれるかつての後輩がいたから。
「……どういうつもり?♡」
立ち塞がるのは、ひとりの魔法少女だった。
いま現在プイプイが管理している魔法少女は10人ちょっと。
律はほかの魔法少女たちと積極的な関わりを持とうとはしていない。向こうから無理やりにでも関わってくるルナ、セイラ、カナコ以外の魔法少女と個人的な関わりはほぼない。
それでも彼女は仲間だった。
それが、いまは律の前に立ち塞がり、武器を向けている。
「だ、だめです。モモカさんは連れて行かせない」
その暴挙に、魔法少女たちの何名かから短い悲鳴が上がる。
ルナは鋭い声を上げて彼女を制止した。
「なにをやってるの! 自分がなにやってるか分かってる!?」
「分かってます。リツさんみたいなよく分からない人より、わたしはモモカさんを信じます」
その行動を受けて次に動いたのはカナコだった。
律に武器を向ける魔法少女に、彼女もまた躊躇なくステッキを突きつける。
「今すぐそれを下ろしてください。じゃないと攻撃します」
脅しで言っているのではない。
それはカナコの目を見れば誰にでも分かることだった。
「なっ……なんでよ! こんなよく分かんない怪しい人、まだ信じてるの!?」
「リツさんの過去とかはどうでも良いんです。リツさんはわたしのことを救ってくれた。その事実だけで十分なので」
カナコは澄んだ目でそう言った。
空気が張り詰めるのを感じる。
誰かのちょっとした動きで大惨事が起きかねない雰囲気。
律が男であるという事実に反発を抱く者がいるということは想定していたものの、それによってこんなヒリつく諍いが起きるとまでは思っていなかった。
(ヤバい、どうしよ)
しかし律が行動を起こすより先に、魔法少女たちの内輪もめを止めるものがいた。
モモカだ。
「ありがとう。でも良いんだよ。もう全部終わってるから」
魔法少女たちの前で話すことに慣れているのだろう。怒鳴っているわけではないのに、よく通る声だった。
後輩たちを纏めてきたその声で、モモカはさらなる犯行予告をする。
「モモカに賛同してくれる人は、なにもしなくていい。モモカに任せて、ただ待っていてくれるだけでいい。朝が来たら、なにもかもが変わってるから。みんなが理不尽な思いをしなくて良い世界に」
モモカは咥えている棒付きのキャンディを噛み砕いた。
「その作戦の一環として、これから都内の重要施設を破壊する。その準備はもうできてる」
ピンク色のキャンディが、モモカの口の中で音を立てて崩れていく。
「でも
そしてモモカはすっかりキャンディの溶け切った棒で窓の外を指し示す。
「モモカを止めたいなら早くしたほうがいいよ」
言い終わるか終わらないかのうちに律は窓を蹴破って飛び出していた。
時間がないのは明白だった。
「待って、リツさん!」
律を追ってテレビ局を飛び出してきたのは、ルナ、セイラ、カナコの3人だけ。
東京中の爆弾を、朝までにたった4人で解除しなければならないのだから。