アラサーTSメスガキ魔法少女に煽られて恥ずかしくないの?♡ざぁーこ♡ 作:夏川優希
――あの目が、クロサワは今も忘れられずにいる。
『
群馬怪人収容所にて、収監されていたクロサワと相対したリツがそう言い放ったときの目。
恐怖、警戒、羨望、嫉妬、軽蔑、敵意、好意――クロサワと話すとき、いつも人はなんらかの感情をその目に宿していた。
しかし律は違ったのだ。
その目にはなんの感情も宿してはいなかった。
まったくの無関心だった。
口調こそ煽ってはいたが、クロサワを怒らせてやろうとか、馬鹿にしてやろうとか、そんな感情はまったく持ってはいなかった。
道ばたの石ころを見るような、スマホの画面いっぱいに表示される広告を見るような、久しぶりにテレビに映った落ち目のタレントを見るような、そんな目をしていた。
そのような視線を向けられたのは、クロサワにとって初めてのことだった。
〈黒き森〉を率いていたときはもちろんのこと、怪人収容所にぶち込まれてからも、クロサワは伝説の怪人として収容所職員から最大限の警戒と畏怖をもたれていた。それが自分にとって相応しい待遇だと信じて疑わなかった。
しかし、リツにその視線を向けられた瞬間、クロサワは気づいてしまった。
自分はもう終わった人間なのだと。
いや――人間ですらない。怪人だ。しかし怪人と呼べるかも怪しい。この収容所にいる限り、クロサワは怪人としての能力を使うことはできないのだから。
人間でも、怪人でもない。クロサワにできるのは、残りの一生をこの狭い収容所でただ無意味に過ごすことだけ。
〈黒き森〉のボスとして築いた栄光も、時間と共に風化し、やがては忘れ去られる。
どうしてこんなことになってしまったのか。
それはもちろん、あの生意気なメスガキのせいに他ならない。
白い壁の中で、膨大な時間をかけて、クロサワはリツへの恨みを募らせていったのだ。
ここから出てリツに復讐ができるのなら、自分の命すらどうなっても構わないとすら思った。
――その祈りが通じたのだろうか。
クロサワを生涯に亘って閉じ込めるはずの忌々しい白い壁は、爆発音と共に容易く崩れ去った。
「追加契約だ」
みゃうみゃうの金色に輝くコインのごとき目をまっすぐに見ながら、クロサワは言った。
それは悪魔と契約するのと同義だとクロサワは知っている。
〈黒き森〉のボスだった頃であれば、追加契約など決して手を出さなかっただろう。伴う代償が大きすぎるからだ。
しかし今は違う。
リツへの怒り、憎悪、怨嗟――あらゆる負の感情が、クロサワを突き動かしていた。
「あんなガキに負けたなんて、生き恥をさらし続けるわけにはいかない」
「そうこなくちゃみゃ」
「それで――対価はどうなる」
問題はそこだった。
今のクロサワはかつての彼とは違う。
怪人として収容所に入れられているクロサワには財産らしきものはなにもない。付き従っていた部下も、高級ブランドの時計も、自慢のクルーザーも、クロサワは何も持ってはいないのだ。
しかし問題ないとみゃうみゃうは言う。
「怪人に必要なのは深い絶望だみゃ。代償は必ずしも"価値あるもの"でなくとも構わないみゃ」
「すでに私は深い絶望を味わっている。払えるものはなんだって払うさ」
みゃうみゃうは金色の目を細めた。
見ているのだ。クロサワから一体なにを奪えば、さらなる絶望の淵にたたき落とせるかを。
みゃうみゃうは念を押すようにゆっくりと確認する。
「……本当だみゃ? 自分のすべてを捨てられるみゃ?」
「もちろんだ」
クロサワは迷いなく頷く。
瞬間、みゃうみゃうの目が三日月のごとく歪んだ。
***
「どうやら……群馬で爆発が起きたみたいです」
昇る朝日に目を細めながら、ルナがスマホを忙しなくスクロールしている。
ルークはよく働いてくれた。
DMに届いた爆弾クマの目撃情報をひとつひとつ潰し、渋滞にはまった警察車両に駆けつけてクマの処理を行い、真偽の怪しい情報も1件1件処理していった。
日が昇った今も東京中を瞬間移動で駆け巡って不審物がないかを確認して回っている。
おかげで東京の爆弾は処理し尽くせたらしく、律たちの目の届く範囲での爆発はなかった。
しかしさすがのルークも東京外に設置された爆弾を発見することはできなかった。
群馬怪人収容所の爆発は様々なメディアに取り上げられ、爆弾の全解除を達成できたか確かめるべくインターネットの情報を探った魔法少女たちもすぐに知るところとなった。
しかしその意味はまだ理解しきれていない。
「群馬? なんで? 爆弾って、東京に仕掛けられたんじゃなかったのか? モモカさん、そう言ってたよな?」
「モモカさんとは関係ない……わけないですよね。こんなタイミングで爆発だなんて」
首を傾げる魔法少女たちを横目に、律は静かに考えを巡らせていた。
(群馬? 群馬って確か、怪人収容所がある――)
一抹の不安が律の脳裏をよぎる。
律はそこに行ったことがあるからだ。
ルークの襲撃を受けながらも生き残った怪人・クロサワとの面会のために。
ニュースサイトには、被害を伝えるための最低限の文章と共に、大きく崩壊した収容所の画像が掲載されている。
怪人が逃げ出したかどうか現時点では分かっていないようだが――
「え」
にわかに辺りが暗くなる。たったいま日が昇ったばかりであるにもかかわらず。
まるで世界が逆再生して、昇った太陽が再び地平線の向こうに沈んでしまったかのような錯覚を覚えるほど。
しかし呆然と声を上げたセイラと同じように空を見上げれば、誰にでもその理由が分かるだろう。
それはクマの大群だった。
モモカが魔法で作り出し、東京中の人間に憑けたクマ。それが空を埋め尽くし、太陽の光を遮って、東京を夜に戻している。
「あのクマ、色が変です」
空を見上げたままカナコがぽつりと呟いた。
モモカの作り出したクマは、どれも鮮やかな色をしていて、ひとつとして同じものはなかった。
しかし空に集結しているクマはどれも一様に黒い。
憑いた人間から決して離れなかったはずのクマが天高く舞い上がり、しかも色が変わっている。
クマの性質が大きく変わったことは容易に推測ができた。
「爆弾は解除できたのに……モモカさん、ウソついたのか……?」
「……待って。アレを見て!」
ルナが空を指さす。
空を駆けるピンクの光。かつて共に戦った3人には、いくら離れていてもそれがモモカであることがすぐに認識できた。
「クマを率いてるんでしょうか……?」
「違う♡ 襲われてるんだよ♡」
「え?」
カナコが振り向く。
しかし律の姿はもうそこにはなかった。
見上げると、凄まじい速度で動く黄色い光が黒く染まった空を切り裂くように飛んでいた。