アラサーTSメスガキ魔法少女に煽られて恥ずかしくないの?♡ざぁーこ♡ 作:夏川優希
「や、やっと外に出られたプイ……外は一体どうなってるプイ?」
プイプイを取り込んでいたクマの着ぐるみは突然立ち上がり、プイプイを吐き出すやどこかへと行ってしまった。
JTV中に転がっていた着ぐるみの山についても同様だ。
カラフルだった毛皮が黒く染まり、取り込んでいた人間たちを吐き出し、なにかに操られているように社屋を出ていった。
なにより、クマから感じる魔力。あれはモモカのものではない。
「嫌な予感がするプイ……すっごく嫌な予感プイ……」
群馬怪人収容所で爆発があったことは把握している。
そこに収容されている怪人が関与しているのだとしたら。
最悪の想像が脳裏をよぎり、プイプイは頭を振る。
今はとにかく現状の把握だ。そう考え、もぬけの殻となったJTV社屋を飛び出し――
そこで、最悪の想像を超える悪夢のような光景がプイプイの視界に飛び込んだ。
「なっ!?」
空高く浮かぶ巨大なクマのシルエット。
よくよく見れば、それが小さな黒いクマの集合体であることに気づいた。
罪を犯した人間を取り込み着ぐるみと化したクマたちも、取り込んだ人間を吐き出し、次々と空へ向かって飛び上がっていく。
東京都民に憑いていたクマが空に集まっているのだろう。だとすればその数は1400万を超える。
まるで蝗害だ。
とても人間の手でどうこうできるものとは思えない。
そしてそれと対峙するのは、金髪のツインテールを煌めかせた小柄な魔法少女。
「律さん……」
律は文句なしに最強の、いや、歴代最強の魔法少女である。
しかし相対する敵はただの怪人ではない。
その膨大な魔力量は、もはや災害と言っても良いレベルだ。
たとえ律といえど勝てるかどうか――
プイプイはまた頭を振った。
妖精さんが魔法少女を信じなくてどうする。少しでも魔法少女の勝率を上げるためにサポートをするのが妖精さんの役目ではないのか。
プイプイは素早く配信機材を取り出す。
応援、憧れ、ときめき――少しでも正のエネルギーを集めて、律の魔力を底上げするのだ。
『うお、急に配信再開した』
『プイプイ無事だったか』
『配信助かる!』
事件は東京のど真ん中で起きているのだ。
数多くのメディアが中継をしているものの、しかしここまで間近から配信をしているところは他にない。
とはいえなんの予告もなく突然再開した配信であり、開始して間もないということもあって、リスナーは元来の魔法少女ファンが中心であるようだった。
『てか近くで見ると本当にデカいな…倒せんのかこれ…』
『クロサワが収容所から逃げ出したって聞いたけど』
『これもクロサワの能力ってことか…?』
『こんなん怪獣じゃん…』
『でもリツは怪獣を倒したことあるよ!』
コメントでも指摘されている通り、律はかつて追加契約によって怪獣と化した怪人・リュウザキを魔法の巨大洗濯機で倒している。
人間のサイズを遙かに超越した怪獣を倒す方法はそうそうあるものではない。前例にのっとり、律が洗濯機を作り出そうとしたのは至極当然だ。
その手から眩い光が放たれ、そしてどんどんと膨張していくが――しかし、そう簡単にはいかなかった。
「無駄だよ」
クマが動いた。その巨体に似合わない速度で腕を振り下ろし、律に掴みかかる。凄まじい速さと膨大なリーチ。
『やべやべやべやべ』
『反則だろあんなん』
『逃げろリツ!』
あわや握り潰されるかとリスナーたちが息を飲んだ瞬間、律がステッキを振るった。巻き起こったつむじ風がクマの手を引き裂く。
『セーフ…』
『リツがそんな簡単にやられるはずないだろ』
『でもあの程度じゃ全然クマにダメージ通ってないぞ』
『やっぱ洗濯機じゃないと』
『洗濯機って作るのに時間かかるんだよな?』
『これじゃあ洗濯機作れないじゃん!どうする!?』
ざわつくコメント欄。
そんなリスナーたちを嘲笑うかのようにクロサワが口を開く。
「きっとたくさんの人間がこの戦いを見守っている。そこでひとつ、余興を準備したよ。以前にも聞いた問だ。トロッコ問題だよ」
クマがその両腕を広げた。左右の黒い腕がそれぞれ真逆の方向を指し示す。
クマの頭が、西へと向いた。
「西の方角にある西海工業の本社ビルに社長をはじめとした幹部一同とそのもとで働く社員およそ3000人を閉じ込めた。日本のGDPの10パーセントを占める、言わずとしれた大企業だが、3分後にビルを爆破して全員殺す」
そう言うと、クマの頭は今までと逆、東へと向いた。
「東の方角にある東堂総合病院に3000人の乳児を集めた。この少子化の時代に生まれた貴重な存在だが、3分後に病院を爆破して全員殺す」
西海工業と東堂総合病院は真逆の方角にある。
律が本気を出して飛べば2分程度でたどり着ける距離距離だ。しかしどちらかに駆けつけて、もう一方へ向かうには時間が足りない。
つまり――
「助けられるのはどちらかだけだ。この国の今と未来、どちらを切り捨てる?」
かつてのクルーズ船での戦いにて、クロサワは律に無慈悲な二択を突きつけた。
事情を知らないままクロサワによって操られ盾にされた5人を殺してクロサワを捕まえるか、5人を生かすためにクロサワをみすみす逃がすか。
だが律はその二択を拒否した。
そしてその宣言通り、律は5人を助け、そしてクロサワも捕まえてみせた。
クロサワがその時の仕返しをもくろんでいることは明白だった。
「ほら、早く選ばないとどちらも救えなくなるよ」
嘲笑うように言うが、しかし律は動かない。
西にも東にも向かおうとしなかった。律はクロサワをただジッと見つめている。
その様子に、クロサワは堪えきれなくなったように噴き出した。
「呆れた! 恐れで足が動かないとは。所詮はただのガキか!」
心底愉快そうに言いながら、クロサワは意地悪くカウントダウンを始める。
「お前は最悪の選択をした! 助けられるはずの3000人を助けなかった! 彼らが死んだのはお前のせいだ! 殺戮まで、3,2,1――」
しかし次の瞬間、クロサワは言いかけた言葉を飲み込んだ。
「っ……これは……」
狼狽えているような気配。
どうやらクロサワの思惑通りにはいかなかったようだ。
律はその場から一歩も動いていないというのに、爆弾は不発に終わった。
そこにきて律はようやく口を開いた。口元には嘲笑を浮かべ、まるでいたぶるような甘い声で。
「リツは動けないんじゃなくて、動かなかったの♡ リツにはお兄さんと違っていちいち糸なんか使わなくても動いてくれる仲間たちがいるから♡」
「仲間……!? バカな、ただの魔法少女などにどうこうできるものではない。〈黒き森〉の最強格がようやく倒せる、強力な戦闘能力を備えたクマ爆弾で――」
「ねぇプイプイ、コメント読み上げ機能オンにしてあげて♡」
配信機材を構えたカメラを見下ろし、律はプイプイへ静かに指示を出す。
プイプイがスマホをあれこれ操作するとリスナーから寄せられたコメントが機械音声となって流れた。
「wwwwww」
「殺戮まで、3,2,1――(どや顔)」
「笑ってやるなよwwww仕方ねぇだろwwww」
「クロサワくんはお勤め長かったから最近の情報に疎いのは当然だろ!!!」
「闇の精霊はそんな重要なことも教えてくれなかったんですか?」
感情の乗らない機械音声にもかかわらず、コメントからはクロサワを馬鹿にする意図がありありと見て取れた。
律ならばともかく、一般人であるリスナーにまで煽られるとは一体どういうことか。
答えは次の瞬間に目の前に現れた。
銀色の髪を靡かせる白いドレスの少女。
まるで魔法少女のようだが、そうではない。もっと言うと少女でもない。
「ルークきゅん!」
「きたあああああああ!!!」
「さすがはダークヒーローだぜ!!」
機械音声の声援を受けて、ルークは銀色の髪を靡かせながらふふんと鼻を鳴らす。
「律! ちゃーんと爆弾の解除はしたぞ。これまでのやつよりも強かった。まぁ俺にかかれば瞬殺だったけどな!」
瞬間移動の能力に加え、〈黒き森〉最強と言われていた怪人・クサカベの能力を奪ったルークにとって、爆弾クマの解除はそう難しいことではなかった。
こんな仲間がいるなんて、ついさっきまで収容所に入れられていたクロサワは知らなかったのだ。
「君は……」
突然現れたルークに、クロサワは怪訝な声を上げる。
ルークとクロサワは以前にも会ったことがある。ルークが〈黒き森〉に所属していた怪人の能力を奪い、また、「姿を自在に変えられる能力」に関する情報を探るために群馬怪人収容所へ襲撃した際に顔を合わせているのだ。
とはいえ、その際のルークはまだ男の格好をしていたが。
「あ? あー、おっさん。久しぶりだな」
「女……だったのか?」
女装のあまりの似合いっぷりにクロサワも困惑している気配がする。
ルークはにやりと笑って、そして扇情的な視線をクロサワへ向ける。スカートの裾を軽く持ち上げるなり、からかうように裾をひらひら振ってみせた。
「確かめてみるかよ?」
「そんなのいいから♡ ケガしたくなかったら引っ込んでて♡」
「……そうだな。律の活躍、見守ってるから」
そう言い残してルークはまた消えた。
このままでは戦いの邪魔になるという判断だった。
すでに準備は整っているのだから。
「まさか彼が君に味方しているとは思わなかったが――しかし状況はなにも変わらない」
「本当にそう?♡ 自分の足元見てみたら?♡」
「――は?」
呆然と声を上げた巨大黒クマの少し下――つまりクロサワの足元で風が渦を巻いていた。
律がいつも作り出す単純な風の刃とは比べ物にならないほど激しく、そして巨大だ。
「洗濯機は作るの邪魔されちゃうから、洗濯機のガワはなしで中身だけ再現しちゃった♡ ただ洗濯機を作るよりちょっと時間がかかったけど、お兄さんトロッコ問題に夢中で全然足元見てないんだもん♡」
律は嘲笑を強調するかのように口元へ手を当てた。
「てかまたトロッコ問題擦っててウケる♡ 悔しくて悔しくて、仕返ししたくて仕方なかったんだね♡ 収容所の中でもそんな妄想ばっかりしてたの?♡ ダッサ♡」
律の言うとおりだった。
クロサワは律への憎しみが強すぎるあまり、視野狭窄を起こしていたのだ。
だから律以外に警戒すべき相手がいるなどと考えてもいなかったし、足元に危険が迫っていることにもまったく気が付かなかった。
「リツに釘付けで他のものが目に入らなかったんだね♡ もしかしてお兄さんもロリコン?♡ 〈黒き森〉のオトナってロリコン多すぎ♡ きっしょ♡」
「くっ……」
巨大黒クマはさらに高く飛び上がった。
足元に迫る風の刃の渦は振り払って消せるようなものではもはやなく、逃げる以外に方法はなかったのだ。
とはいえ、もちろん逃がすわけはないのだが。
「まってよ♡ ロリコンのお兄さん♡」
渦を巻く風の刃が風船のごとく膨張し、またたく間に巨大黒クマを飲み込んだ。構成する凄まじい数のクマたちが裂かれ、千切られ、巨大黒クマは風にさらされた砂像のごとく崩壊していく。
「くそっ……くそおおぉぉぉぉ!!」
モモカが作り出し、クロサワが奪った、おびただしい数のクマたち。
それはミキサーにかけられたかのごとく風の刃によってひとつ残らず粉砕された。
――ただひとつ、クマに守らせていた“本体”を除いて。
「クマの中に隠れて出てこないと思ったら♡ なにその姿♡」
律も気になってはいた。
クロサワの能力はかつて戦ったときよりも明らかに強くなっていた。“追加契約”を行ったことは間違いないと思っていた。
問題はその代償だ。
〈ブラッディドラゴン〉のリュウザキは大切な仲間を食い、代償とした。
クロサワの代償は一体何だったのか。
彼には大切な仲間も守るべき財産もない。持っているのは“自分自身”だけ。
――だからクロサワはそれを代償とした。
「は?」
「……子供?」
「こいつクロサワなんだよな?」
「女の子じゃん」
コメント欄がざわつくのも当然だ。
律よりもさらに一回り小さな体躯。サイドテールにまとめた黒く長い髪。大きな目の、あどけない顔。
律よりもさらに幼く見える。ランドセルでも背負えば、完全に小学生にも見えかねない。
つまり、クロサワは成熟した己の肉体を捨て、少女となることを代償に追加契約を果たしたのである。
律は自分のことを棚に上げてクロサワをこう嘲笑った。
「え♡ メスガキじゃん♡」