アラサーTSメスガキ魔法少女に煽られて恥ずかしくないの?♡ざぁーこ♡ 作:夏川優希
「えっ…この女の子がクロサワなの?」
「どゆこと?」
「おいおいおいおいTS怪人かよ!!!」
「俺は好きだよ」
「えぇ…?」
「かわいいけども…」
電子音で読み上げられるコメントに、クロサワはその小さな唇を忌々しそうに噛んだ。
「……勝手なことを!」
クロサワにとって女子供というのは餌、あるいは商品だった。
ときには仕入れて売りさばき、ときには下品なパーティーで刺身を並べる皿にして下劣な男に供する。
クロサワは世の中のほとんどすべての人間を下に見ているが、女子供は同じ人間とすら思っていない節がある。
だからこそ、クロサワは律に負けたことが我慢ならなかった。
律に負けた場面を夢に見てはうなされ、煽られた言葉を反芻しては唇から血が出るほどに噛み締め、しかしながらいざ収容所で律と相対すると恐怖からいつものように口が回らなくなり、そしてあの無関心な視線を投げられてしまった。
だからクロサワは己のすべてを代償にして律に対抗する力を得たわけだが――その結果として、クロサワは律と同じ少女になってしまった。
絶望が怪人を強くする。みゃうみゃうの言うとおりだ。
「ずいぶんかわいくなっちゃったね♡ まぁリツほどじゃないけど♡」
「ほざくな!」
律のクスクスという声を薙ぎ払うようにクロサワは声を張る。
しかしいくらドスを効かせようとしても、その小さな口から漏れるのは小鳥のように高く可愛らしい声だ。
「この姿を晒すことになるのは想定外だが――しかし計画の根本は変わらない」
律とは違い、口調がメスガキ語になるなどといった制限はないらしく、クロサワは以前までと同じように教祖めいた胡散臭い口調でペラペラと喋る。
「今の攻撃でお前は魔力のほとんどを失ったはずだ。一方で、私はほとんど魔力を消耗していない」
魔力を消耗して膨大な数のクマを作り出したのはモモカであり、クロサワはそれを操ったにすぎない。
黒クマたちに身を守らせたおかげでその白い肌には傷ひとつなく、魔力もまだ満ち満ちている。
「私の優位は変わらない! 目的も変わらないぞ! 魔法少女リツ――お前を殺す」
声が完全に女の子のそれなので、アニメの悪役のセリフを真似ているようにしか聞こえないが、その目を見ればクロサワが「ごっこ遊び」をしているわけではないと分かるだろう。
クロサワはにわかに動いた。
その右手は前に突き出し、左手を天へ掲げる。指からは幾本もの白い糸が弾丸の如きスピードで噴出した。突き出した右手の糸は律の体へ巻きつき、掲げた左手の糸は上へ放出され、2人を囲うドーム型の檻を作り出す。
まるでミノムシのようになった律に、クロサワは嗜虐的な笑みを向けた。
「このまま絞め殺す。助けを呼んでも無駄だ。誰にも邪魔はさせない!」
クロサワが腕を引くと、白い糸が律の体をギチギチと締め上げた。
「死体は私が操って見せ物にする。“最強の魔法少女”の敗北を世界中に知らしめ、誰が支配者なのか愚民どもに理解らせてやる!」
律の口から息が漏れた。
白い糸に締め上げられて呼吸すら満足にできない。悲鳴も上げられず、苦しそうに喘ぐばかり。
――そうクロサワは解釈したが、違った。
それは単なるため息だった。
「えいっ♡」
ブチブチブチィッ!
律が腕に力を込めると、体を締め付けていた糸がたやすく千切れた。
「……は?」
クロサワは己の目を疑った。思わず間の抜けた声が漏れる。
「なっ……まさか、そんなはず……もう飛んでいるのもやっとのはずだろう!?」
追加契約により、クロサワは今までとは比べ物にならない力を手に入れた。
だからこそ、分かる。あのレベルの魔法を使えば律といえどかなりの消耗があるはず。
にもかかわらず、律はクロサワが全力で出した糸をたやすくちぎってしまった。どういうことなのか。計算が合わないではないか。クロサワはそう狼狽える。
答えは地上にあった。
危険を顧みず、地上から律たちの様子をとらえ続けているプイプイの配信機材。そのレンズが律の生意気な笑顔をとらえる。
「みんなの応援ってヤツ?♡」
プイプイが配信をしているのは人々からの応援といったポジティブなエネルギーを得て、魔法少女の魔力を高めるためである。
律の魔力量は膨大すぎて今までその恩恵を感じたことはなかったが、今回ばかりは違った。
「いけリツ!やっちゃえ!」
「頑張れリツ!」
「オラッ!俺たちの応援だよ!タップリ受け取れ!!!」
「メスガキ頂上決戦だ!格の違いを理解らせろ!」
もはやアンチコメントは見当たらない。というか、アンチなどしている場合ではない。
日本の明日は律にかかっている。誰もが律を見守り、手に汗握って声援を送っている。プイプイの行っている配信も、これまでに類を見ない同時接続者数を記録していた。
その凄まじい熱量と膨大な数の応援が、枯れかけた律の魔力を補充していたのだ。
「ざこのお兄さんお姉さんたちに助けられる日がくるなんて♡ まぁでも、期待には応えなくちゃね♡」
そして律は改めてステッキを掲げる。
しかしもちろんクロサワもただではやられない。
「くっ……!」
糸を両手から噴出し、律の腕を封じようとする。
しかし無駄だった。
律の体がにわかに輝き出す。
その腕に巻き付いていた糸が熱された綿あめのように溶ける。
「なんか光ってる!?」
「ゲーミングメスガキ?」
「違う。高濃度の魔力は光るんだよ」
「光のメスガキだ!」
「女神…女神だ…」
「メスガキクロサワを理解らせろ!」
日本中、いや世界中からネットを介して律への声援が届き、そのたびに律から放たれる輝きが強くなる。
「あは♡ みんなからの魔力デッカ♡ そんなにがっつかなくてもぉ……この可愛いちびっこはリツがちゃーんとお仕置きしてあげる♡」
「くそっ!」
「ムキになっちゃってかわいい♡」
クロサワががむしゃらに放つ糸の雨は、手を触れるまでもなく律の輝きに当てられてあっけなく溶けていく。
「ねぇねぇ♡ だいじなモノを代償にしたのにリツに敵わなくて、逆に理解らせられるのってどんな気持ち?♡ ねぇどんな気持ち?♡」
「くそっ……くそっ……」
攻撃はまったく効かず、律は輝きをより強くしながらどんどんと距離を狭めていく。それに比例するようにクロサワの顔は恐怖に歪み、ほとんど無意識のうちに後退するが、しかし彼の逃走は自ら張った糸の檻にて阻まれた。
「クソクソクソ! クソがぁッ!」
そして律はステッキを振り上げる。その先端にしつらえられたハート型のクリスタルが、クロサワの目を潰すようにまばゆい光を放った。
「はいリツの勝ち♡ ざぁーこ♡」
ゴッッッッッ!!!
いかにも魔法少女らしいきらめくエフェクトと、それに似合わない鈍い打撃音を響かせながら、ステッキがクロサワの頭を殴打する。
まるで矢で射られた鳥のように、クロサワはなんの抵抗もできず地面へ吸い込まれていった。
***
「交通網はマヒしてるし、群馬怪人収容所は爆破されちゃってるしで、怪人護送車の到着はもう少し先になるそうだプイ」
かなりの高度から墜落したものの、追加契約による強靭な肉体のおかげか、意識は失っているもののクロサワは死んでいなかった。
それぞれ散らばって住民の避難などに勤しんでいた魔法少女たちとモモカは律の元へ集い、プイプイも配信を終えて同じく律の元へ駆けつけたのだった。
「もう少し先って、絶対“もう少し”じゃないだろ……。いつくるか分からない護送車を待つくらいなら、アタシたちが運んだほうがいいんじゃないか?」
セイラの言葉にルナやセイラもうんざりした様子で頷く。
みんなひどく疲れていた。肉体的にも精神的にも。
「モモカは構わないよ」
セイラの意見にモモカも同調する。
ただしモモカは“運ぶ側”ではなく“運ばれる側”としての意見だが。
「逃げそうで不安なら手足を折ってもらっても、頭を殴って気絶させてもらってもいい」
「……モモカさんにそんなこと、できるはずないじゃないですか」
セイラはモモカの言葉に力なく首をふる。
予期せぬクロサワの登場により魔法少女たちとモモカは一致団結して作業に当たったが、しかし日の出の前までは律派とモモカ派に分かれて内輪揉めをしていたのだ。
お互いに気まずいのはもちろん、律派についたルナ、セイラ、カナコだって、モモカが怪人として連行されるのを待つのは辛かった。
「とにかくクロサワは危険だプイ。護送車には怪人の能力を完全に無力化する設備が揃ってるから、もう少し待ってほしいプイ」
「えー♡ リツ、もう疲れちゃったんたけど♡」
律はワガママな子供みたいな口調で言うと、まるで家出少女のように地べたに座ってビルに背中を預け、アスファルトに足を投げだした。
「ちょっと休むから静かにしてて♡」
「え? 律様、それでしたら近くのホテルへでも――」
というルナの声はもう届いてはいなかった。
律は変身も解かないまま、目を閉じ、すーすーと寝息を立てている。
カナコは輝く金髪をそっと撫でながら声を潜めて言った。
「相当疲れたんでしょうね。無理もありません」
「“疲れた”で済んで良かったプイ。普通の魔法少女なら膨大な魔力をコントロールできず魔力暴走するプイ。多分3日は起きないプイ」
「魔力暴走って、具体的にどうなんの?」
「律さんレベルが魔力暴走を起こしたら東京が更地になるプイ」
「お前さぁ! そういうの事前に説明しとけって!」
プイプイの杜撰な説明にツッコミを入れつつ、セイラはなにやら考え込むように視線を彷徨わせる。
その言葉に思うところがあったのだろう。チラリとクロサワを見やった。
「……律さんといいクロサワといい、なんでおじさんが女の子になると強くなるんだ?」
「えっっっ!?」
プイプイは一瞬ギョッとした顔をして、しかしそれを誤魔化すように引き攣った笑みを浮かべる。
ふわふわの毛皮が濡れるほど汗をかき、目は泳ぎまくっているが、本人はシラを切ろうと必死だった。
「ななななななななんのことプイ? なに言ってるか分からないプイ!」
「もう隠さなくていいよ。魔法少女はみんな知ってる」
「ほわっ!?」
プイプイは目を回して今にも倒れそうになるが、しかし魔法少女たちは驚くほど冷静だった。
「律様の過去が男でも女でも大人でも子供でも関係ないわ。律様は怪人の魔の手から世界を救った。それは事実よ」
モモカ派についた魔法少女たちも、自らの行動を恥じるように小さく頷いた。
異を唱える者はいなかった。
――ただひとりを除いて。
「男……だって? 私と同じ?」
クロサワだった。
大怪我をし、飛ぶことはもちろん起き上がることすら難しく、意識さえハッキリしない中で、クロサワは呆然と呟いた。
「そうか……七瀬律……やはりアイツが……」
クロサワは己の会社で働く社員のことをハッキリと記憶していた。脳裏にその男の顔を浮かべる。
飛び抜けた能力はないが、バカ真面目で、人の嫌がる仕事も文句ひとつ言わず引き受け、泣き言も言わずアリのように働く――都合の良い奴隷。
「ははは、そうか。だから私のことを“社長”と」
自分を完膚なきまでに叩き潰し、全てを奪い去った天敵の正体に愕然とした。
真っ白になったクロサワの頭の中に、どこからか声が響く。
『――ここで、お前だけ終わっていいのかみゃ?』
みゃうみゃうの声だった。
近くでクロサワの無様な姿を見ていたのだろう。
そしてみゃうみゃうは、まともに体も起こせないクロサワになおも悪魔のごとく囁く。
『どうせ終わるなら、自分の手でなにもかも終わらせてやればいいみゃ』
「――確かに、そのとおりだ」
みゃうみゃうの誘いに、クロサワは乗った。
クロサワの体がにわかに輝く。
律のそれとは違う、黒曜石のごとき黒き輝き。
こんなヤツに負けるくらいなら。
クロサワは文字通り、命を捨てた攻撃に出たのだ。
「一体なんだよこれ!?」
「マズいプイ! 魔力暴走してるプイ!」
それは魔力をコントロールしきれずに起きた暴走ではない。故意に魔力を暴走させ、自分もろとも東京を壊滅させようとしているのだ。
「私はもうおしまいだ! でもそれはお前たちも同じ! なにもかも吹き飛ばしてやる!!」
幼い顔に似合わない凶悪な笑みを浮かべて、クロサワは言った。